§第21話 アカツキ起動
「潤間潤がミサイルの炸裂の巻き添えで」――で?巻き添えでどうなった?という疑問文を頭に浮かばせたまま紗綾はフリーズしている。その場の全員は言葉にならない顔。――何とも言えぬ地獄的絶望的終末的音楽が脳内に流れている顔である。
先ほど消えた二人の隊員が戻ってきた。一人はぐったりした人間を背負っている。二人はそっとその人間を下ろし、地面に横たえた。紗綾は二コンマ三四米の距離から次第に近づく。
紗綾 潤?それ潤?ミサイル……え 何これ?野グソの後の昼寝?ちょっと潤。ねえ。ねえってば!寝ながら野グソ キャ!
横たわった潤の腕が何かの拍子にダラリと落ちた。
紗綾 ねえどういう事?どういう事よ……どういう事!
紗綾は顔を背ける一人ずつに食ってかかる。
紗綾 なんで……こんな事。こんな事!
紗綾はガガーッと泣きはじめた。それはまさにガガーッと。そんな泣き方あるんかい。
皆は見ている外ない。
間。
実際の時間は十秒三七。が、その場にいる者にとっては数分にも感じられただろう。
紗綾は震える吐息を一つついた。鼻をすすった。見上げた目に光が灯った。それは意志だとか覚悟だとかいう名の光だ。バックパックを乱暴に開け、ラグビーボール程の大きさの機械を取りだした。皆の前でドン、と床に置く。
それは丸みを帯びて、凹凸や継ぎ目が無くのっぺりしていた。何とも無機質でシュールな形状だった。
暁 それは!
暁が目をむいた。
紗綾 聞いてたわよこういう場合の対応!
暁 「アカツキ」!
朔次 アカツキって……うちで開発中のか?
暁 いやでもまだ社内リリースもされてないっす
紗綾 どんなジャミングも通じない。どんなクラッキングも許さない史上最強の通信装置。これがアイツの私への最後の依頼よ
暁 初めて見たっす。キレイっす
ライウ すごい
暁とライウは別の意味で目を輝かせている。技術沼の住人はこれだから。
紗綾 万が一アイツの身に何かあったらここで起きた事を一切合財ぶちまけるのよ!世界中に!アイツの言葉を!そして私が書いた記事を世界中のメディアにばら撒く!
ゴウウ ちょっと待って。そんな事をして何になるの?
紗綾 知らん!知らないわよそんなの。それがアイツのゆ。ゆ。遺言なんだからぁぁぁぁ
紗綾はガガーリンと泣いた。月へ行くのか紗綾?いつの間にかライウが紗綾の背後から近づいている。通信装置に手を伸ばす。それは技術沼から湧き上がる好奇心か。あるいは国の意向か。が――
紗綾 んなにするんじゃごるぁぁぁぁ!
紗綾は涙目で鼻を垂らしたまま凄まじい速度でライウの腕を左足で踏みつけ、右足でライウの側頭部に回し蹴りを入れた。そのままアカツキを抱きかかえる。ライウは吹っ飛び這いつくばり呻いている。
周りはフリーズしている。何その強さ。相手軍人だよ?
紗綾 アイツの言葉はわしが世界に届けるんじゃぁ!スイッチオーン!
紗綾は通信装置「アカツキ」を抱えたまま、その頭頂部を捻って押し込んだ。頭頂部が丸く半回転した。ゴリッガチッバシュッ――スマートな見た目に似合わぬ野蛮な音とともに凹んだ。紗綾は周りに睨みを効かせながら装置をそっと床に置き、少し離れた。
静謐な間。
通信装置と紗綾だけにスポットライトが当たり一人と一台が世界に取り残された時空。
と、装置の側部が光り出し、装置全体から声が響いた。世界配信が始まったのか。
声 世界のみなさん。こんにちは
紗綾 潤!
それはまさしく潤間潤の声だった。と同時に英語中国語スペイン語韓国語ヒンディ語フランス語ドイツ語等々、翻訳された声が重なる。本当に世界同時配信がされているのだ。
潤(声) 今この場にいるのは関係者の皆さんだけだと思います。ですがこの声は各種の電波により世界中のメディアに強制的に配信されています。
朔次 世界同時電波ジャックか
潤(声) さて僕はロビンソンエージェンシーの代表取締役 潤間潤です。潤う間に潤うジュンです。蟹みそ大好きです。少しだけ僕の話にお付き合い下さい
皆は緊張の中に黙って聞いている。
潤(声) まず業務報告です。今回の仕事は同時進行で複雑な仕掛けが必要でした。しかし関係諸氏の積極的かつ暖かいご協力のおかげでつつがなく終了しました。皆さんは特殊な立場にありながらも無事に出会い互いの能力を確かめ合い信頼関係を築かれました。また一組のカップルが愛を確かめ絆を築かれました。これを聞いているならきっとやり遂げて下さったと信じています。
皆は顔を見合わせている。ちなみに暁はまだ朔次にしがみついている。どうでもいいが少し離れてゴウウとライウは手を繋いでいる。
潤(声) そしてあと一つ仕事が残っています。僕の最後の本当の仕事です。それは……[ガガッ]……にこのメッセージを伝える事です
雑音が入った。
朔次 メッセージ……俺にか?テッ
暁は抱きつきながらも下から朔次を速攻でしばく。器用だな。
メッセージは誰に?――皆は紗綾を見た。紗綾は首を傾げつつ自分を指す。全員ゆっくり頷く。あんたしかおらんわな。
潤(声) 紗綾さん。今日は君の誕生日だね。皆さん祝ってあげて下さいね。ほら!ハッピバースディワイワーイ!ハッピバースディワイワーイ!
スティー○ー・△ンダーのパチもんっぽいバースディソングのアカペラ。皆は微妙な空気のままうっすら手拍子をしたりしている。どうすればいいのかわからんだろうな~この空気。
潤(声) ハイ!
皆が止まった。
潤(声) こんなめでたい日に悲しい思いをさせてごめん。今まで何度プロポーズしても君は聞く耳を持ってくれなかったからね。もう一回。もう一回だけ。今までで一番大きな僕の気持を伝え[プツ]たいんだ
声にプチノイズが乗り始めた。次第に酷くなっていく。
潤 幼馴染の君とはなんだか兄妹みたいで[プチ]今更こんな事を言うのはちょっと照れ[プチ]んだけど思いきって言う[ブッブチ]君と一緒にいた[ブチブブ]これ[ブブ]ずっと[ピー]っと爺さんと婆さんになるまで君と一緒にいたい。結[ガー]てくれ。これが僕の最後の依頼で[ガガガ]はぁやっぱり照れ[ピーガー]安[ザザザ]し[プチ]くれもう二度[ガ]と言わない。だか[ザ]君は[ピーギャー]らず……しあ[ギャープチ]
切れた。あかん。何言ってるのかさっぱりわからん。
紗綾 えっ何?電池?電池?
紗綾は装置に近づいた。皆も装置を凝視している。
間。
ボン!
装置はいきなり破裂した。
口々に「エッ」「オ!」「キャ」と小さく叫び声を上げたが、一瞬で防御の姿勢を取っている。さすが特殊な職業の人々だ。
破裂の規模はさほど大きくはない。破片が飛び散ったのは半径二コンマ八米程度の範囲だ。
紗綾 あっぶね!あぶね!「危なくない」っていったじゃんか潤!
皆は防御姿勢のまま動かない。次に起こる事の予測ができないからだろう。
紗綾は涙の粒を頬につけたまま、装置の破片を拾い集め始めた。
紗綾 嘘つき。嘘つき!あんたのプロポーズなんてあと百回は聞くつもりだったのに嘘つき。「運命共同体」とか言ってたくせに嘘つき。何が「最後の依頼」よ何が「二度と言わない」よ!あと百回言いなさいよこの嘘つき。そしたらその依頼受けたげるから。ほら言いなさいよ。言いなさいよぅ
紗綾は再び、ガガーリンゴスターと泣きはじめた。BGMはビート○ズの「ザ・ロ○グア○ドワイ○ディ○グロード」だな。
声 結婚してくれ
紗綾は泣き続けている。
声 結婚してくれ
紗綾は何かに気づいた。
声 結婚してくれ。三回目
どう聞いても潤の声だ。ん?どこから?
紗綾はふわりと振り返った。皆はもう気付いている。潤が生き返った――いや。死んでなかったことに。
潤 結婚してくれ。せめて気づいてくれ
紗綾は潤の遺体――いや、元遺体を見た。気付いた。まじまじと横たわる潤を見つめる。潤の首を――首だけを自分の方に捻じ曲げた。いやいやあんたこれは苦しいよ。そして――
紗綾は潤にいきなりキスをした。周りは反応できずに唖然としている。暁だけは驚きつつ自分もやりたそうな目を朔次に向けている。朔次は絶対に目を合わせない。
そして。誰よりも潤が目を見開いている。
潤 ん~~んうぅ~
これは驚きよりも……苦しみか。首をよじられた上に口から生卵を流し込まれた感じか。紗綾は唇を離し、もう一度潤の顔をまじまじと見た。少し紅潮している。手には潤の体温が確かに感じられるのだろう。顔を挟んだ手を離さない。
紗綾 もう一度言って。もう一度!言って!
いやだから苦しいってこの体勢。潤は顔を固定されてるので仕方なく体の方をよじり戻して体勢を整えた。息をつく。あまりのしんどさにダメージを受けているっぽいぞ。大丈夫か潤。ここで昇天したら目も当てられないぞ潤。ゆっくり息を吸い込んで言葉を吐き出す。
潤 結婚。してくれ
「エンダぁ~~~~」――潤の脳内にはここぞという盛り上げ曲が流れているだろう。見つめる一同の瞳にもハートマークが飛び交っている。
紗綾はしみじみと嬉しそうな顔をした。潤を見つめる。上半身を引き起こし、ハグした。
また見つめる。息を吸い込み、低い声で……え 低い声で?
紗綾 い・や・だ・よ!
全員 ええぇぇぇぇぇぇ!




