§第15話 再会@蟹来浜
ゴウウたちからは距離がある、大きく凸凹した磯の岩山の向こうで朔次と暁が歩いている。
暁 こんな所にいるんすか?
朔次 ああいる。必ずいる。絶対いる
暁 ほんとっすか。何を根拠に?あ、そこグラグラっす
朔次 チッチッチ
山で散々グラついていた朔次は得意げに人差し指を立てた。グラつかずに立っているじゃん。
朔次 ふっふっふ。もはや俺に死角はな あっあれっ
別の段差に躓き蹌踉めいた。だめじゃん。暁は手を貸して支える。
暁 大丈夫っすか59
朔次 59。多くないか。俺そんなにグラグラしてるか。おれは赤い服と青い服をきた野ねずみか
暁 上り28回下り31回合計59っすからねぇ
間。暁はハタと手を叩いた。
暁 『ぐにとぐら』っすか わかりにくいっすよ名作だけど――え おれ「ぐに」っすか。ちょっと嬉し あ。そこほら
朔次はまたグラっと。
暁 大丈夫っすか はい60回。ぐら課長お目出度うございます~!
朔次 目出度くねぇ。目は出てねぇ。ちくしょう
朔次は体勢を立て直し、改めて得意げな笑みを浮かべた。が。暁につかまって立っているのが限りなく情けない。情けないぞ朔次。そして話しを変える朔次。
朔次 ふっふっふ。わが社の声紋認識技術をなめるなよ ぐに君。さっきのヤツの声を解析して持ち主を同定したんだよ
朔次はポケットから小さい端末を取り出した。まことに得意げなドヤ顔だ。ぐら課長のくせに。暁はやれやれという表情。
暁 ぐら課長。何か分かったらペラペラペラペラしゃべるその性格。ホッントこの仕事に向いてないっすね
朔次 な。ち ちげぇよ。俺は上司として情報共有を
暁 分りましたお心遣いいたみ入りますっす
暁はスパッと遮る。真顔だ。
暁 俺以外にしゃべっちゃだめっすよ
どっちが上司だ?
朔次 分ってるよ。お前の方がよくわかってるってことも判ってるよ。無知の知だよ。ムチムチだよ。くっそ~デキスギ君め。デキスギぐに男め ちょっと待て
朔次は止まって自分の足を見た。片方が裸足で泥まみれだ。そういえば山から下りるときにそんな感じだったな。よくそんなんで歩いてきたな。ネイルアートはボロボロである。あちこちから血が滲んで……ない。うっそ頑丈か。
朔次はハンドタオルを出して足の泥を払い、ポケットから靴下を出して穿いた。暁は鞄から靴を出して渡しながら、
暁 あ~あ~ネイルアートボロボロじゃないっすか
朔次 これはそういう運命だったんだな。俺の足。俺の爪。そこに芸術が生まれる。俺はこれから新たなアートと出会うのだ!
芸術爆発系の暑苦しいポーズをする朔次。
暁は優しく頷きつつ辺りを見回した。
暁 出会うとしたらそろそろじゃないっすか?
何かを見つけた。
暁 あれじゃないすか?
朔次 スルーか!俺のネイルと芸術魂の叫びをスルーか?
暁は朔次の後ろに回り込んで首を掴み、捻じ曲げた。
暁 ほらあれ!
朔次 アート! え?あ
少し向こうに三つの人影が見えた。あの[♯「あの」に傍点]三人に違いない。そう。自転車男と荒天コンビだ。
朔次は急いで小さな端末を取り出して操作し、潤の方に向けた。と、端末には潤の画像が現れた。
朔次 お。個人認識完了。あいつだ!
朔次は得意げに暁を振り向く。暁は驚くでもなく三人を見ている。
朔次 あれ?あいつ山の……自転車野郎か?
自転車野郎 潤間潤はにこにこしながら朔次たちに声をかけた。
潤 こんにちは。相変わらずでかい声だ。先程は失礼しました。データは取れましたか
あとの二人、ゴウウ・ライウは体全体から緊張した空気を放っている。彼らにとっては想定外の出会いという事だろう。
朔次 そのでかい声。あんただったのか。ハッそうだ
朔次は潤に近づいて小声になった。
朔次 データが途切れて半分しかないんだ。もう一度頂きたい
暁 お願いするっす。俺らこのままじゃ会社に戻れないっす!
ライウがゆっくりとフィッシャーズベストのポケットの一つに手を入れた。何かを察したのか、潤が背中越しにゴウウ達に声をかけた。
潤 今は動かないで下さい
ゴウウは後ろ手にライウを制した。さらに潤は朔次達に、
潤 今この瞬間が一番危ないので協力して頂きますよ
潤は暁を[♯「暁を」に傍点]見た。軽く頷き目配せした様な気がする。
次の瞬間。
暁の手には小さな武器が握られていた。それは掌中に握り込めるほど小さく細い。が、その先端は鋭利に尖っている。タクティカルスティックと呼ばれる暗器の一種だろう。いつどこから出したのか。その動きは誰も目視できない程素早かった。そしてそれを――
朔次の喉元に突き付けた。
朔次 おい あれ イタッ 何?
ちょっと首に食い込んでいる。血が一筋滲んできた……脅しではなさそうだ。しかし。突き付けられている朔次ではなく暁の方の顔が歪んでいる。
暁 か 課長は特に動いちゃだめっす
その額には汗が滲んでいる。朔次から表情が消えた。ただ固まっているのか。何かを想起しているのか。あるいは自分の中の何かを覚醒させているのか。
ゴウウ・ライウも瞬間で身構えたがやはり動けない。何が起こっているのか必要かつ十分に把握できない限りは。
潤はまず朔次に話しかけた。穏やかな声だ。
潤 ご協力まことに感謝致します。今からから事情を説明しますのでよくお聞きください
潤はゴウウ・ライウに振り向いた。朔次が動けないために潤は比較的自由に二人に向く事ができる。なるほど。この状況を作りたかったのか。しかし暁は――何故。
潤 こちらはニン国を代表するセキュリティ開発会社 タテヤマ通信工業さんです
ゴウウ達はそれを聞いて身構えをやや緩めた。他国の軍属でないことが判明したからか。が、緊張は解いていない。潤は朔次に向き直り、
潤 あちらはローカ人民共和国の軍情報部の方々です。業種は異なりますが皆さん同じ職務でいらっしゃる
四人は無言で対峙した。ピリリとした空気。
朔次 ローカ……ああ 全国民がぞうきんがけに命を懸けている国か
暁 おかげで全国民が体力お化けらしいっす
朔次 街という街が長い通路で繋がっている国か
暁 おかげでだれも雨に濡れなくていいそうっす
朔次 けしてそこを走ってはならないという大国
暁 おかげで全員異常なくらい歩くのが速いらしいっす。OSK団よりも速いっす
OSK団は一時、世界で最も歩くのが速いと話題になった。短い足でセカセカと歩く。信号が青になればダッシュする。泣きわめく迷子がいても止まらない。
ゴウウ・ライウの鼻穴が膨らんでいる。え。嬉しいのか。誇らしいのかこの紹介方法は?
潤は手でニン国の二人を制した。確かにこれ以上続けない方がいい。国交断絶の引き金はいつも他愛もない相互文化の無理解なのである。
潤 私はあなた方四人を引き合わせる為に雇われました。改めまして。ロビンソンエージェンシーの潤間潤と申します。潤う間にもっと潤ってしまう潤間潤です。
そこに朔次が食ってかかった。
朔次 お前を雇ったのは誰だ。ミカドかのエージェントがロー国に何の用が お前――二重スパイか!
暁は「あっちゃぁ~」という表情に。何を知っているのか。潤は冷ややかだ。暁に向かって静かに話しかける。
潤 タテヤマ通信さんは人手不足ですか?少々職務不適合の方がおられるようですが
暁は軽く溜め息をついた。
暁 まあそうなるっすねぇ。もう!
と、暗器を突き付けている反対の手で朔次の脇腹を突いた。朔次はちょっと体をよじる。脇腹弱いのか朔次。
朔次 アタ。やめろよ アフン。やめろって。お前何者 アアン。なんで俺に オゥン――何がどうなってんだ!
騒がしいな。刀を突き付けられているのをわかってんのか。鈍いのか。図太いのか。
暁 いいんすよ。課長は今ここで起こる事の証人になってくれればいいんす。その為に俺はここにいるんす。幸せっす
朔次 誰の命令で?ミカドか アフン!ニン国か イフン!ロー国か エアン
暁 だから今はいいって!
暁がツン、朔次アフン。なんだこのやりとり。バリエーションの中に「ウ」がないぞ。
暁 それより
暁はツンツンを止めて、潤を促した。潤はこの緊張した空気――と言っても朔次のアフンのせいで若干緩みがちだが――この中で泰然としている。ゆっくり頷き、ゆったりとした口調で、
潤 そうですね。まずは皆さんお互いに名乗りませんか。仮の名で結構です。名前があることで好意的な認識が高まりそれが対話の潤滑油になります。どうぞ
暁 認知行動心理学っすね。じゃあ俺からっす。タテヤマ通信工業の焼尭暁です。課長ほら次
暁が朔次を促すついでにツン。
朔次 オフ。ンン……。同じく。匂坂朔次だ。こいつの上司だ。今は脅されててドナドナ~の身だ
ゴウウ ローカ人民軍参謀本部ゴウウ=ケイ少佐だ。こちらはライウ=チュイ中尉
ゴウウ・ライウは気をつけの姿勢をした。敬礼こそないが正式な挨拶という意味であろう。潤はにっこりした。
潤 アキラ。サクジ。ケイ。チュイ。よろしくお願いします。では状況を説明しますね。
潤は皆の顔を見渡した。




