§第14話 ゴウウの判断
は反発した。
ライウ しかし!
部下ではあるが技術・知識はゴウウよりも先んじている自負があるのだろう。が。ゴウウはライウの口許に指を当てた。ライウはフリーズ。おまけに表情がぎこちなくなった。頬が赤い。
ゴウウ このネットには誰かがいる。インタラプトをかける意図をもつ誰かが。そうだな?ミスターウルマ
間。回線の向こうで潤がにっこり頷くのが分かる様な間だ。
潤 承知しました。その方が当方も安心です。メディアはどうされますか
ゴウウ ではQIC120テープでお願いする
QICは磁気テープ式データメディアの一規格である。一九八〇年代まで中型コンピュータの記憶媒体の主流であった。しかし他の大容量媒体に取って代わられ今となってはほぼ流通していない。謂わば過去の遺物である。今時それを使う意味は?当然のようにライウが反駁する。
ライウ 少佐。それは古くないですか?うちにそんなドライブ
ゴウウ シッ
ゴウウは再び遮った。さらにライウに何かを耳打ちした。ライウは赤い頬のまま頷き、静かにグラブとパッドを操作し始めた。意図を理解したらしい。
ゴウウ それでいいか?
潤 了解しました。至急QICテープを用意します。受け渡し方法は五分後に連絡致します。では
ゴウウ いや
ゴウウが三度遮った。
ゴウウ 何度も失礼。やはり変更する
潤 え?
ライウ 今のところOKです
ライウが小さく報告する。ゴウウは通話を続けた。
ゴウウ やはりデータは今 ネット経由で頂く事にする
ほんの少しの間。
潤 了解です。リスクは先ほど説明した通りですが本当によろしいですか?
変わらず落ち着いた潤の声。
ゴウウ こちらでネットを監視し帯域を確保する。タイミングはこちらから出す。よろしいな
潤 了解しました。スクランブルはDCTですね
ゴウウ いや。スクランブルなしで結構だ
潤 なし……ですか
ゴウウ その方が転送速度を稼げる
無線によるデータ通信においてスクランブルは一般的な常識である。ましてこのシチュエーションでは必須だろう。ゴウウは敢えてそれを選択した。
少しの間を空けて潤が応えた。
潤 承知しました。ノイズやジャミングによるデータ損失については保証しかねます。それでよろしいですね
ゴウウ 了承する。こちらには最新装置が揃っている。ジャミングもクラッキングもさせない
矢継ぎ早に飛び交う専門用語っぽいカタカナ。が。ストーリーには何の影響もない。
潤 では新たにリンクを生成したのちデータをお送りします。リンク情報も含めて楕円曲線暗号化しますのでそちらで鍵を生成して公開鍵を共有してください。バースト転送で一気に送信します
と、ライウが会話に割って入った。
ライウ 失礼しますオペレータです。少しよろしいでしょうか
潤 どうぞ
ライウ なぜ多変数多項式暗号を使わないんです?そのほうが安全です。楕円曲線では量子コンピュータに破られます
潤 多変数多項式暗号はエンコードもデコードも時間ロスが大きいのです。スクランブルなしで速度を稼ぐとすればジャミングを避けつつの通信は時間も帯域も限られますからデータ量も勘案し単純で高速な方がリスクが低いと判断します。公開鍵を共有して頂ければ当方の公開鍵で施錠したパケットを送ります。そちらでは秘密鍵で解錠してください。スピード勝負になります
楕円曲線暗号方式は公開鍵暗号方式の一種である。楕円曲線状の離散対数問題を根拠として一九八五年に発明され、二〇〇〇年代以降広く利用されている。それ以前に普及していたRSA暗号よりも鍵のサイズが小さく、鍵生成・暗号化・復号化処理が高速であるため、大量データの高速通信に貢献する。一方、多変数多項式は……もういいだろう。眠り始めた顔が浮かぶ。この方式は量子コンピューティングに強い、とだけ言っておく。解説終了。
何度も言うがストーリーに何の影響もない。
そして多分絶対これらの理論を理解できていないゴウウは、ライウが頷くのを確認して返答した。これも上司の仕事だ。
ゴウウ 了解した
ライウ 公開鍵共有しました。送信予約を
潤 OKです。パケット準備しました。タイミングよろしく
ライウはゴーグルに現れる情報を睨んでいる。
ライウ 行きます。三。二。一。ハイ。バーストコネクション開始。OK。送信確認。OK。データ受信開始。デコード開始。一。二。三。完了……は 速い!
受送信中の信号音が始まったと思うとすぐに空中の画面のプログレスバーが一杯になり、終了の表示が現れた。
この間、二コンマ六三秒。
ライウ データ確認OKであります
ゴウウはいつの間にか止めていた息を吐き、マイクに向かった。
ゴウウ 受信完了した。ご協力感謝する
そしてライウに、
ゴウウ 撤収する
ライウ 明白了。切断します
潤 その前に一つお聞きしていいですか
ゴウウ 何か
潤 どうしてやり方を二度も変更されたんですか。データの安全を考慮すればあの時点でネット経由に戻すオプションはなかったと思いますが
ゴウウ 答える義務はない。が 一言だけ。お宅の返事が気に入らなかったからだ
潤 私の返事?
ゴウウ そうだ。こちらが予定を急に変えた時お宅は躊躇なく対応した。QICの古い規格はスピードが遅くスキャニングされやすい。お宅はネットの危険性を指摘しておきながら物理メディアの安全性について拘りがなかった
潤 ふむ。それで?
ゴウウ QICより安全なメディアを提案する事も可能だったはずだ。従ってそこには状況ではなく意図がある。それを確認する為だ
潤 なるほど。最後は推量ではなく確信だという事ですね。すばらしい!
ゴウウ 以上だ
ライウ 切断します
ゴウウは頷いた。切断音。
と、そこから少し離れた所で潤の声が大きく浜に響いた。
潤 いえ。お話はこれからです
潤が磯の影から現れた。自転車を担いでいる。まさかこの格好で通信していたのか?二人は驚きを隠せない。ていうか世界中の通信技師が驚愕するわ。
ライウ お前は……。あの時の
状況が飲み込めない二人の耳に、少し離れた場所から人の話し声が聞こえてきた。




