21、じいさんを探そう
次の日ともなればさすがに二人とも落ち着いていて、三人でまた腰掛けていたが、エルゲアがおもむろに立ち上がった。
「そういえば先に鳥たちに指示出しとかなきゃだね〜」
窓を開け放ち、口を大きく開けて「あーあー」と発声練習した後で、高い音域の音と低い音域の音を交互で声に出している。
すると近くにいる大小様々な鳥たちが飛んできて、エルゲアが差し出した腕や指に止まった。
「可愛いな」
エルゲアの背後から顔を覗かせると驚かせてしまったのか五割の鳥が飛び去ってしまい慌てた。
「あ、ごめん」
今度は驚かせてしまわないようにゆっくりと顔を引っ込め、遠くから眺めるだけにした。
「みんなでじいさんを探して欲しい。うん……うん……そう。些細な情報でも良いからボクに教えてくれる?」
「それで通じるのか?」
もっとどんな人物だとか背格好だとか教えなくていいものなんだろうか。不思議になり首を傾げる。
「千颯んとこのじいさん、この世界では結構な有名人だからね。特にこの街ではって言った方がいいかな〜」
「オリナルト公国じゃなくて?」
「オリナルト公国での有名人はそこにいる猫だよ。なんたって守護獣してたくらいだし。気に入らないけど、歴代きっての精霊獣。のもあって今まで誰とも契約なんかしなかったのにね〜千颯も厄介な奴に好かれたね」
——グライトってそんなに凄いんだ。なら、どうしてオレなんかと契約したんだろ? あれ? 違う……。
勝手に名前をつけてしまったんだっけ、と結論に至って血の気が引いた。もしかしてとんでもない迷惑だったのではないかと今気が付いてしまったからだ。
「ごめん、グライト。オレが勝手に名前をつけちゃったから契約みたいな形になっちゃったんだよな? 嫌だったら契約解いてくれてもいいからな?」
今度はグライトを見て尋ねてみると、フッと軽く息を吐かれた後で頭を撫でられた。
「いや、気にしていない。それに千颯なら構わん。お前は俺が求めた唯一だからな。今までは同じように思える精霊術師と出会わなかったから契約してこなかっただけだ。お前が気に病む必要はない」
——それなら良かった。
「猫は気難しいくせに自由気ままだからね〜」
「放っておけ」
中型サイズの鳥が飛んできたかと思いきや、エルゲアの指に止まる。
「そう。ありがと。引き続きよろしくね」
エルゲアが言葉を発すると鳥はまた飛んでいってしまった。
「ここから南東に三キロ行ったとこで見かけたって情報入ったよ。ただ先月の話だから今は居るかは分からないけどどうする? これから行ってみる〜?」
「行きたい」
「なら視察も兼ねて行ってみるか」
今日の行き先は決まった。
朝食を済ませた後で出かける事になり、三人で宿を出た。
「……」
——やべえ、どうしよう……。
道中無言っていうのも微妙に気まずい。林の中を歩いていて、真ん中を陣取らせられている。
右側にグライトがいて、左側にはエルゲアがいた。しかも二人とも動物と鳥の姿になっている。
それは良い。それは良いのだが、さっきから何やら二人の挙動がおかしいのだ。
白くて細長い物が視界に入った瞬間にグライトが左前足で払う。今度は左側に白い物体が映り込んだかと思いきや、エルゲアの羽で払われてしまった。
——え? 何? さっきから何してるの、コイツら……。
それが五回も続くとさすがに気になって仕方ない。思い切って聞いてみる事にした。
「なあ、あのさ……さっきからチラチラ視界に入る白いのって何?」
「どうしたの、千颯? 何かあったの〜?」
「気のせいだ、気にするな」
「いや、そんなわけないし! 視えてないわけないじゃん!?」
言葉のやり取りをしているとまた白い物体が飛び出してきて、今度は堂々と目の前にきた。
「白い、ヘビ?」
白いヘビらしきモノが黄色の瞳を輝かせている。体長二十センチくらいなので、子どもなのかもしれない。
「やっぱりぼくが見えてるんですね。凄……「視えない視えない」……ぐえっ」
珍しくて眺めていると、エルゲアとグライトが白ヘビを踏みつけた。
「さっきから何なんですか!?」
「こっちのセリフだ。いい加減しつこいぞ。今度現れたら引き裂く」
「齧るよ?」
グライトとエルゲアの低音の声音が怖い。威圧感たっぷりで脅され、白ヘビが跳ね上がったかと思いきや逃げていく。二人は何事もなかったかのように歩き始めた。
「ほら、何もないでしょ千颯。早く行こう〜?」
「へ、ああ……うん。ソウダネ」
ここまであからさまに〝何もなかった〟を強調されると頷く事しか出来ない。
——もしかしてさっきのも精霊獣の一種なのかな?
それにしても良いのだろうか。ニホンでは白ヘビは確か金運を運ぶ使者だとか幸せの象徴とかと言われていたのを思い出す。バチとか当たったりしませんようにと心の中でお祈りしてみる。
背後からガサッと音がしたので振り返るとさっきの白ヘビがいて、コチラの様子を伺うようにしていた。
「構うな、千颯」
「え……うん。でも何か可哀想じゃないか?」
「そんなモノを一々拾ってたらお前の周りは精霊獣ばかりになるぞ。このアホ鳥はお前のじいさんの手掛かりになるかもしれないから許したが他は許すつもりはない」
「まあ、そうだな……」
後ろ髪を引かれつつ、視線を前に向けた。
今日進んでいる道はいつも以上に獣道で、グライトとエルゲアが歩く道を作ってくれないと歩けもしない場所だった。
「いたっ」
腕で押しのけていた木の枝が跳ね返ってきて頬に痛みが走る。頬を手で触れると血がついていた。どうやら切ってしまったらしい。
「ジッとしてろ」
グライトが手を当てて治癒をかけてくれたので痛みごと傷が消える。
「ありがとう、グライト」
「なんて事ない」
「南東に三キロてそろそろじゃないかな? 近くに湖があって湖の西側って言ってた〜」
湖に出て周りを見渡すと趣のある屋敷があるのが分かった。
「あそこだな」
そこに向けて三人で歩いていく。周りを見渡してみても警備兵一人いない。それどころか人の気配すらしなかった。
堂々と正門から入ってみたもののやはりどこにも人がいない。祖父がいる可能性は限りなく低くなってきた。
どうしようか考えていると、地下室から異様な気配を感じて、意識はそこに集中していく。
カビ臭い匂いに混ざって、生ゴミが腐ったような腐臭と酸っぱい臭いが鼻につく。
——まさかこの臭いって……。じいさん!!
創作物のミステリーだとここで死体発見とかの方向に向かう。それだけに不安感が一気に増した。
臭いの酷いところを探り当て意を決して扉を開く。そこには動物の遺体が散乱していてこれはこれで気分が悪くなってきた。普通の館じゃないのは確かだ。




