彼女は甘すぎる
何日か部活とバイト、それに少し友だちの用につきあって、そらくんとは連絡が行き違いになることがあった。
家には夜中に少しだけ帰って寝るを繰り返し、妹とともちょっと会話したりだけだ。
りーちゃんの次の旅の予定を話しあい、合間で配信の作業を少し聴いた。
最近のわたしの趣味は、どれだけシルバーに浸かれるかと、ミリロリ嬢様の配信をみて、そして、はいくずれさんの配信をこっそりみることだ。
もちろん、コメントはしたことがない。
推しといえるのは、ミリロリ嬢様だけど、サブ推しははいくずれさんだ。
コメント欄をみるのも楽しい。
この一か月ほどは、はいくずれさんは恋愛に関することはあまりしゃべらなくなり、代わりに、受験勉強対策やSNSでのマナー講座のような話しをしている。
「なにがあったんだろ」
どうやら、そらくんにも内緒の隠れアカウントでみはじめたのは、はいくずれさんが変化しはじめた時期だったらしく、中にはリアル恋愛がなくてつまらない、というアンチもきて、離れていくひともいるらしい。
わたしは受験対策と、合間で現れるはいくずれさんのクセになりそうな、投げやりなようで真面目な返しが好きになり、はいくずれさんアンチを叩いてアンチテーゼしてやろうかと考えるくらいにはなった。
図書館で昼間の配信をみつつ勉強をして、そらくんに連絡してみたものの、返事がおそかった。
りーちゃんに送ってみたら、りーちゃんの部屋にはいっていないらしい。
だからと、そらくんの部屋に突撃してみようかと思ってみても、そもそも返事がこないのだから、部屋にもいないかもしれない。
「こちらもどうしたの」
試しでもりーちゃんの部屋にいってみようか。
でも、りーちゃん配信部屋は別にあるため作業中だったら、りーちゃんの部屋も留守になってしまう。
以前は避難部屋、といっていたけど、いまはもう本人がいるのだから、勝手にいっては迷惑だろう。
そもそも鍵を返却した……はずだ。
図書館で勉強を続けてみても、集中していたはずだし、ノートも進んだのに、やはり落ち着かない。
「そらくん……」
きてから三時間ほど勉強を進ませ、図書館の借りものを返すと、とりあえずバックに詰めて、でることにした。
途端に日差しの下にでて、夏なんだなと想う。
「さて、どこにいこう」
さきほども考えた通りに、りーちゃん部屋もそらくんの部屋も、すぐにいこうとはならない。
けれど、そらくんの大学は少し遠いし、バイトなら先に言ってくれているはずだ。
あまりほかに、なにを考えることもなく、歩いていく。
前に買いものをした場所だろうか。
それとも、友だちの家にでもいったのだろうか。
まさか、一人で旅にでることはないとは想う。
「駅きちゃった」
改札を通り過ぎてから、どこ方面がいいのだろうかと考える。
スマホをチェックしてみるも、りーちゃんから、のんびりした返事だけあった。
幸いここの駅は、なかにコンビニがあるため、ふらりと中に入る。
雑誌は、以前よりも並びが少なくなっている。
どこも雑誌不況なのだろう。
炭酸水と自然水があり、自然水のペットボトルを選ぶ。
ちらっと栄養剤のケースが目に入る。
ここのところ、少し疲労感が気になる。
コンビニもセルフレジが増えてきたなか、まだここは店員さんが、レジにいた。
「タッチでお願いします」
ムニョンと変な決済音がする。
ここのところ入れたばかりの電子マネーだ。
変な音なため、インストールしたのは失敗だったろうか。
「ありがとうございました」
女性の店員さんが可愛いかった。
扉を開けて、駅のホームに下りるために歩こうとしたところ、すぐ近くをみたことのある人が通る。
間違いない。
「そらくん!」
慌てて追いかけて、右手をつかむ。
「え……あかりさん」
返事はきたけれど、そらくんの表情が変だ。
痛そうにしている。
「あれ、そらくんなんでここに」
「あかりさんこそだよ」
「……どうしたの」
手を放して欲しそうだ。
パッと放したあと、またすぐに捕まえて、シャツの裾をまくりあげる。
「いたっ」
「ちょっと、なにこれ!」
そらくんの右腕に、ひっかき傷がある。
しかも、少し長い。
赤くなっている。
「放してもらっていい」
「待ってて」
すぐにコンビニに入りなおして、レジに消毒液を持っていく。
またタッチ決済音がする。
外にでても、そらくんはこちらをみていた。
「いいのに」
「ちょっと座りましょう」
壁ぎわにあるベンチまで連れていき、シャツをもう一度まくり、そこに座らせる。
買ったばかりの消毒液をあけて、スプレーする。
「いだっ!」
「がまん!」
いったいなにをしたのかは、あとでだ。
少しタオルでふきつつ、腕の赤みをみる。
ナイフやカッターで切られたわけではないらしい。
服に少しだけ血がついている。
一応もう一度汚れていないかチェックしたあと、腕をふいたあと、スマホで写真を撮る。
そらくんは、少しいいわけでも探しているような感じだ。
「そんなに怒らなくても」
「怒られるようなこと、ですよ」
「そんなこと」
「じゃ聴いてもいいですよね」
「いや」
「どこで傷つけたんですか!?」
「その」
「わたしでも、りーちゃんでもなくて、それで」
わたしがまだ立ったままだった。
それでおびえているのかもしれない。
隣に座る。
「それで病院とか薬局とかいこうかなと」
そらくんの右腕を掴んだまま、にこりとする。
「誤魔化さないでください。りーちゃんにも連絡します」
「え、うん」
今度はスマホでさっきの写真をりーちゃんに送り、そらくんだという説明をのせる。
「連絡完了。それで、だれですか?」
「だれって」
「女のひとですか?」
「なんで」
「そらくん、転んだりガラスで切ったならすぐに言いますよね?」
「そう……かもね」
なかなかしぶとい。
これは厄介案件だ。
「このあとの予定は?」
「薬局……いま消毒したか」
「じゃりーちゃんの部屋いきましょ」
「いまから」
「わたしちょうどいくところなんです」
「そうなんだ」
行き先は決まった。
とりあえず病院は平気だろうとは思う。
痛がってはいるけれど、刃物じゃなくて、たぶん爪か鍵みたいなだろう。
問題は……だれと会ったかだ。
りーちゃんの部屋につく間、わたしはそらくんの左手をできるだけ掴んでいた。
荷物もこちらが持っている。
左手を掴み電車をおりて、改札を通り、左手を掴んでは、通りを歩く。
「つきました」
「りーちゃんまだ配信部屋かも」
チャイムを鳴らし、でなければここで少し待とう。
「いないなら待つから平気です」
「熱中症とか……」
と話している間には、扉がもう開いていた。
「ちょうどいま着きましたの。どうぞ入ってくださいまし」
「配信はいいの?」
「あら。午前配信でしたのよ」
「そっか」
そらくんは、午前配信はチェックしそびれていたらしい。
「さあどうぞ」
りーちゃんの部屋は、以前わたしたちがしょっちゅう来ていたときより、少し片付いている。
あの金庫は出してあるし、衣装部屋もぎっしりだけど、なにが違うのだろう。
「荷物置いておきますね」
「うん」
そらくんに確認してから、荷物を端によせる。
暑かったけれど、そらくんがオトナしいのは、それだけではないだろう。
エアコンの冷房はよく効いている。
「お紅茶ですわ」
冷たい紅茶を三つ置いてくれる。
その置かれたグラスをみながら、そらくんに声をかける。
「それで、そらくん。昼間は」
「あ、お待ちになってあかりさん」
「……はい」
りーちゃんが、そらくんの手を捕まえると、腕をみている。
「でっかい猫さんにひっかかれましたわね」
「たぶんあかりさんが消毒してくれたから、平気かも」
「それにしても、通報とかしなくてもよろしいの?」
「……ぼくはしないと思います」
「傷害……と呼ばれたりもしますわ」
「ぼくが驚かせたから悪いのかも」
「猫さんですか?」
「……そうかも」
わたしはとても不満だ。
男の子か女の子かもはっきり言わないし、りーちゃんは優しすぎる。
もっと腕を抑えて、ひねりあげるみたいな。
「とりあえずもう一度お水で洗いましょう」
「いいよ」
「子どもですわね。ほら早くしてください」
りーちゃんが腕を引いて、そらくんをキッチンに連れていく。
キッチンでお水をだしてあげている。
ちらっとこちらをみるため、眼があう。
りーちゃんは、あまり問い詰めるなと言いたそうだ。
彼女は甘すぎる。
言いたくなさそうだなとは、会ってすぐわかったけれど、彼女だから詳しく聴きたい。
それとも、上手く優しくするのが役割なのだろうか。
洗ってから戻ってくるため、タオルでふいてあげる。
たしかに、そらくんのプライベートをあまり詮索しすぎるのはいけないのかもしれない。
だけど、もし相手が女の子なら、どうだろう。
そらくんが怪我をした。
それで黙るのが、いい彼女なのだろうか。
よくわからない。
「二週間くらいは痛そう」
「なんとかバイトは頑張るよ」
「大学、平気そうなんですか」
「夏休みだからね」
「でも、キーボードとか、買いものとかいろいろ不便ですよ」
「あかりさんは、いろいろ気づくから、なんだか助かるよ」
「あら、わたくしはニブイやつと思われてますのね」
「りーちゃんは、そういうんじゃないよ」
「……怖い」
「えっ」
「そらくんが優しすぎますわ。なんですの。なにか企んでますわ」
「いつもお優しいって言ってくれるのに」
「男の子は優しすぎると、裏側でなにかヤラカシているって最近みましたわ」
「なにを読んだの」
「……クズれかかったハッシュですわ」
「あぁ! あの海外の有名グループですよね」
「そうですの! 五名いたはずのアイドルの一人が、一年前に活動休止して、復帰したのですが、解散するらしいと噂があるんですの」
あかりさんが不思議そうにする。
「それで、なぜ優しすぎるのですか」
「メンバーのひとりは、ほかの四人が活躍するなか、ご自分の居場所を探して、ひとつ賭けをしたらしいんですの」
「賭け?」
「ひとりの女性をみつけて、そのかたと共に過ごして引退するか、それとも約束だけ残して復帰するか」
「素敵なお話しなんじゃ」
「復帰したあとのやりとりが、憶測ですがネットに流出して、それが原因らしいですわ」
「え……」
「復帰するなら、ほかのメンバーとの食事会をしてほしいと」
「え……」
「あなたとは、メンバーのひとりに会いたいためについてきただけで、本命は別にあったらしいと」
「あなたとは別に……それは」
「そう。その女性はメンバーの別のかたのファンで、お付きあいしていたのは、そちらに会いたいからだ。そのため、会わせてくれたら、用は済んだ。お別れしましょう……ですわ」
「残酷」
「うわさでは、賭けに負けた。もう思い残すことはないというご本人ですわね」
「思い残すことありありですねそれ!」
「運命……それは翻弄されるためにあった」
「やっぱりゲームですか?」
「違いますわ。しっかりとほかのメンバーのかたが、話しあいをしたと」
「それって本人は納得できたんですか。やめてもやめなくても、悔いが残りそう」
「きっと、かがやくことに疲れてしまったのかもですね」
そらくんが、切なそうにしている。
「光は常にあるんですのよ」
「常にですか」
「小さくても大きくても、ありますのよ。けれど、そこにあるのに気づかないんですわ」
「それなら、りーちゃんは疾り続けて、もし大きな崖があって、とても飛べなかったらどうしますか」
「後ろを向きます」
「後ろ?」
「仲間を待ちます」
「じゃ仲間が来なかったら」
「アイテムを探します」
「なにもみつからないかも」
「そしたら、次の方法を探しますわね」
「そんなに簡単ですか?」
わたしは、りーちゃんのその信念はわかるけれど、そんなに簡単だろうか。
「ええ、そうですわね」
「なぜ……?」
「あかりさんは、ひとつ忘れてきていますわね」
「……忘れる?」
「そう。それはあなたの後ろのこれまでですわ」
「これまで、そらくんとりーちゃん、あとは妹しか思いつかない」
「ふふふ。いまは部屋ですものね。けれど、あかりさんは崖の前にきたら、もう思い出すはずですわ」
わたしが紅茶を飲みほしたからか、りーちゃんは立ち上がり、キッチンにいく。
そらくんをみると、さっきよりは落ち着いている。
わたしが問い詰めなくなったからか、違うことを思い出したのか。
紅茶を注いでくれて、こちらに持ってくる。
「ありがとうございます」
「そうそう。あとで朝のアーカイブでもみてくださいまし」
「朝配信は、最近していなかったですね」
「わたくしの早起きができて、かつ、夜中の作業が進んで、旅の予定もなかったからですわね」
「それだいぶ、稀な出来ごとですよね」
「そうかもしれませんわ」
「しっかり見させてもらいますね」
そらくんは、まだ右腕が痛むらしく、左手で飲みものを飲む。
「そらくんは、その手で本当に勉強平気ですの?」
「しばらくは様子みながら、包帯とか巻いてなんとかします」
「あまり無理なら、わたくしにいってくださいね」
「りーちゃんにあまり負担にならないようにはします」
「男の子ですわね。でも、甘える甘えかたも覚えてもいいのですよ」
「あまり弱くはなりたくないな」
そらくんが、なんとなく手を触りながら話す。
さっきまでのは失敗だったかもしれない。
りーちゃんは年齢不詳ではあるけど、こういう場面は、慣れているのだろうか。
どこか待つ姿勢というか、上手くしっかりとしている。
普段もっとしっかりしたほうがいいのに、こういうときは、本当にそうだ。
「そらくんが、あまりお強くても困ります」
「強いほうが頼りになるし、いいんじゃないかな」
「わたしは、もう少し甘えてほしい」
「そうですわ。それに、普段からなにも言ってくれないと、いざっていうときにもなにも言えませんわよ」
「いざっていうときがきますか?」
「いざっていうときは、いざっていうときにきますわよ」
「いざこざとかいいますもんね」
「あざとか、うざとかもいいますわよ」
「うざってもはや、うざがられてますよ」
「うざまる、とかもいいますわよ」
「うざまる、知らない」
「そ、そんな! ヨジゴジのキャラクターのあのうざまるを知らないんですの!?」
「キャラクターなんだ」
「はぁ! うざっ! うざまる! って可愛いくいいますのよ。本音と建前を使い分けますわ」
「ギャルですね」
「双子ですわね」
「二人いるんだ」
そのあとはでるときまで、旅の次の日程と、バイトのシフトを聴かれつつ、合間でそらくんの様子をみた。
そらくんは、だれと会ったか、やっぱり言いたくないようだ。
夕方、少し暗くなった時間にりーちゃんの部屋をでる。
暑さはちっとも安らいでいない。
少し重い勉強のバックを肩から提げつつ、そらくんの隣を歩く。
わたしのバックに入っていた、ペットボトルは、りーちゃんの部屋でついでに飲みきったため、いまはない。
りーちゃんはこのあと買いものがあるらしく、一緒にいこうと言ったら、駅から離れてしまうから、と断られた。
まだ暑い景色のなか、帰ったらまた汗だくだと考えていた。
「りーちゃん変だったな」
そらくんがそんなことを言う。
りーちゃんが変なことは、いつものことなため、どう変だったろうか。
「そうでしたか……気づかなかった」
「紅茶入っていたよ」
「あぁ!」
そういえば、りーちゃんは家の買い置きは自然水だ。
「それだけじゃなくて」
「はい」
「途中喉触ったり、話ししながら髪何度もとかしたりするんだよね」
「たしかにそうかも」
言われると、ほかにもいくつか思い当たることもある。
だけど、今日はそらくんを問い詰める用ができたために、りーちゃんの部屋にいくことにしたため、なにかほかにりーちゃんにあったのかわからない。
「りーちゃん、しっかり者でしっかりしてないから」
「慌て者で、ときどきしっかりしてるじゃないですか」
どちらにしても、わたしももう少し、観察してみればよかった。
そらくんの腕の怪我に気をとられていた。
「明日、もう一回りーちゃんの部屋いってみます」
駅についてから、そらくんに話す。
明日はバイトがあるけれど、夜になら寄れるかもしれない。




