まだアオイ蕾
準備をしてと言ったのは、わたくしです。
明日と言ったのも、わたくしです。
朝とか言ったような気がするのも、わたくしですわね。
けれど、朝陽と同時に部屋にひとが来るとは、想ってはいなかった。
どこかアオイと似ている気がする。
「おはようございますわ。はっやいですわね」
「おはようございますわ」
「荷物受け取りますわ」
「ありがとうございますわ」
あかりさんは朝の時間に動くことに、なんの迷いもないらしい。
けれど、なぜあかりさんまでお嬢様の言葉なのだろうか。
朝のはずなのに、外はもう蒸してきている。
昨晩も熱帯夜だったようだ。
あかりさんが薄っすら汗をかいているのは、荷物を持ちながら歩いてきたからだろう。
「お紅茶でよろしいかしら」
「冷たいのでお願いしますわ」
「冷たいのですわね」
リビングに荷物を置いたあと、キッチンで冷たい紅茶を入れる。
ついさきほどまで、配信用の準備をしていてあまり寝ていない。
そらくんに会ったときに、事務所のマネージャーが心配していたと言われてしまったため、マネージャーに連絡もしていた。
夜中なのに、しっかりと話しができた。
コップに冷たいのを準備したあと、テーブルに持っていくと、あかりさんはバックの荷物を確認していた。
まだ暑いのだろう頬が少し赤い。
「暑いですわね」
「エアコンつけますわね」
「ありがとうございます」
二つ並べたあと、座って向きあう。
制服ではなくて、私服で少し長くしたスカート姿だ。
上はシャツと上着で厚くしている。
髪は軽くまとめてある。
化粧は、しているかどうかもわからないけれど、していても汗で落ちているのかもしれない。
少し緊張しているような気がする。
わたくしは、眠いためだらしなくみえているかもしれない。
昨晩より少し前の会話を思い出そうとするも、頭はあまり回らない。
配信開始するときは、いつも眠気もお腹の減り具合も吹き飛ばしているものの、それでもときどき言葉足らずになる。
まだまだなところが、自分にはあるのだ。
アオイは、その辺りがすごかったことを思い出そうとするも、やはりぼんやりしてしまう。
「少し疲れてしまいましたわ」
「夜中ずっと作業していたんですか」
「ずっと、ではありませんわ。一度買いものにいき、そのあとうたた寝をしつつですわね」
「すごいです。帰って準備して少し動画みて、寝たらすぐ来ました」
「そうなんですの」
あかりさんに、聴きたいこともしたいこともあるけれど、まずはお話しをきいてみないといけない。
「あの……そらくんから聴いたでしょうか。これのこと」
テーブルに出したのは、ここの部屋のカギだ。
「ええ、みましたわ」
こちらに来てから次の配信の準備をしつつ、ようやくスマホのアプリやパスワードをクリアしていくつか開くことができた。
すると、そらくんとあかりさんから交互に、こちらの部屋に入るね、という連絡メッセージがあったらしい。
わたくしはこちらの部屋に入るためのカギ利用を昨晩から今日、確認した。
「返さないといけないですよね。ここはりーちゃんの部屋だし、それにわたしはりーちゃんと知り合いになったばかりだったし」
「あら。わたくしの愛人になったんじゃなくて?」
「あ、愛人ですけど」
「それなら、こちらの部屋は、利用していても平気ですわね」
「……怒ってないんですか。というか、普通に考えて怒りますよね」
「なぜかしら」
「だって……」
そう言いつつ、あかりさんはコップに口をつける。
まだ、部屋のなかはあまり涼しくはならない。
「ええ」
「たぶんフツーのひとは、自分の部屋に他のひとが出入りしていて、しかもそれが女だったら気分悪いと思うし」
「もし、見知らぬ男性が部屋にいたら強盗か変態かと思いますわね」
「たしかに、男のヒトでもそうだけど、やっぱりフツーは、部屋に入られるのは行き過ぎですよ」
「そうね……でも、あなたは知り合いというかもう友人ですし、そらくんは彼氏なんですわ」
「でも……!」
「いいえ。せめてるんでも、怒ってもいませんわ。もし怒るならそらくんに怒ります」
「それは……ヤメて下さい。怒るならわたしにです」
「ふふ。そらくんのことそんなにお好きですか?」
「はい。そらくんのこと好きです」
「そんなにはっきりと言っていただけると、嬉しいですわ」
「なぜ……」
「わたくし第一彼女ですからね」
「わたしは第二彼女なんです」
「そんなに張り合わなくても……」
「りーちゃんって変ですね。変ですよ。わたしそらくん寝取って、無理矢理身体の関係から第一彼女になろうとしてるのに」
「あかりさんは、そうしませんでしたわ」
「いまからそうします……できるかな」
「それなら、わたくしでお試しになってもいいんですのよ?」
「……え」
少し妖しい顔をしてみると、あかりさんが引いているのがわかる。
「なにごとも経験ですし」
「え……と、りーちゃんは女のヒトだし」
「オンナの子同士はイヤ? キライ?」
「や、ちょっと……」
これ以上近寄ると、逃げてしまいそうだ。
「うふふ……冗談ですわよ。わたくしの女相手はアオイで手一杯ですわよ」
「りーちゃん怖い」
「え?」
「眼が本気そうだし」
「少しは減ったみたいですわね」
「減る?」
「貴女の傷痕ですわ。首や顔、手、腕など前よりは少ないですわ」
「あ……そうなんです。部屋を空けるのはよく思われてないけど、アルバイトの話しそらくんと相談しながら伝えてみたら、それからは数減ったかも」
「そうなんですわね」
少し考えてしまう。
あかりさんの傷が減ったのはよかった。
こちらの部屋で寝泊まりするのも、距離をあけられてよかったのかもしれない。
けれど、まだ油断はできないことがいくつもある。
「りーちゃん、眠そうなの」
「ええ。そうね。少し眠っていいかしら」
「あ、そうですよね。朝早いし」
「そらくんから連絡がくる前には、起きます。準備もしたいし」
わたくしが立ち上がるとあかりさんは、少しほっとしている。
よほどさきほどの身体のお相手の話しが、怖かったらしい。
「ベット、シーツとか枕とか洗いました」
「ありがとうございますわ」
あかりさんは、あまり眠くはなさそうで、荷物をいくつか取り出している。
そらくんは、帰ってからすることがいくつかありそうだったから、しばらく来ないだろう。
配信事務所のマネージャーには連絡したし、まずは寝てからあとは考えよう。
「おやすみなさい、りーちゃん」
「おやすみなさい」
なんだか、前よりあかりさんが頼もしく感じられるのは、同じヒトを好きになったからだろうか。
それとも、あかりさんが素直にそらくんのことをお話ししてくれるからだろうか。
長く寝ていたような気がする。
ぼんやり考えるのは、やはり配信部屋は仕事部屋で私室がないと、急かされている気分になるのかもしれないということだ。
特にこの三か月は、ハンパないトラブルと事務処理の連続だった。
こんなことなら、そらくんにマネージャー職についていただき、側でサポートしてほしいと何度も思った。
けれど、スマホ故障で連絡はできないし、ショップにいけば待たされるし、パソコンは回線が不調だしで、やることだけ増えて、都会砂漠でひとりでいるみたいな感じに想えた。
眠る前に、何度そらくんにお逢いしたいと、想ったことか。
実際何日かは、そらくんの夢をみた。
わたくしを置いていき、浮気彼女と結婚する夢だったり、わたくしに抱きついたはずが、相手が変わっていて他所の配信者だったり、手を繋いでハグしたと想ったら、そらくんが消えてしまう夢だったりした。
これが極限なのだと想った。
ひとは極めると、最悪からも幸せになるようだ。
ユメのなかは最悪なのに起きたときに、そらくんに逢えたと気分が上がるのだ。
切ない想いのまま、気分だけやる気とは、恐ろしいものだ。
おそらく、もう少し期間が長かったら、わたくしは修行の路をいくミリロリ阿修羅になっていたかもしれない。
今度、配信でミリロリ阿修羅をしてみようか。
そんなことをボーッと考えていたら、眼の前に、それは可愛いらしいあかりさんが、こちらをみていた。
「あら、可愛いらしい御方がいるわ」
「りーちゃん、よく寝てました。でも、少し苦しそうにもしてたから……」
「そうでしたか。わたくし、なにか言ってましたか?」
「いいえ。でも、可愛いかったです。少しうなされながら、枕抱えたり腕を少しふったり……」
側にいるあかりさんの腕を捕まえて、引っ張る。
こちらに寄りかかるようになる。
「ふふ……捕まえたわ」
「あ……りーちゃんまだ寝てます?」
「なんですの。しっかりと……起きてますわよ」
「だって、甘えんぼうみたいだし」
「わたくし寝て起きるとこうなんですわ。もう少しいて下さいな」
「……なんか恥ずかしい」
「いいですのよ。そのままわたくしを抱きとめて下さいな」
「やっぱりいいです」
「恥ずかしがりやさん」
あかりさんは少し姿勢を整えて、ベットに座る。
でも、こちらをジッとみる。
「……りーちゃん少し聴きたいことがあります」
「付き合っているひとならいますわ」
「それじゃなくて」
「わたくし実はミリロリで……」
「それじゃなくて」
「……このままふたりきりどきどき」
「それじゃなくて……そらくんのこと。本当は謝ろうかと。でも、違ったんです。お礼なんです。傷痕のことも。この部屋のことも、りーちゃんと会ってから、どれだけ変わったか」
言いたいことは、たぶんわかる。
理解した気がする。
「あのときあかりさん、本当に死にそうだったんですもの」
「そらくんも言ってた」
「堕ちるヒトはどこまでも堕ちるし」
「なにそれ怖い」
「一度堕ちると黒い羽根が生えるらしいですわ」
「悪魔……」
「堕天使かもですわ」
「ふふ。天使ならあんまり怖くないかも」
「油断してはダメですわよ。右手の天使と左手の悪魔なら、実は左手の悪魔が導いてくれるときもあるんですわよ」
「りーちゃんって不思議です」
「不思議ちゃん?」
「違うの。フツーならたぶん間違うな。正しくあれ。見てみぬフリしろって言うんじゃないのかな」
「見ぬフリ……それって必要かしら」
「必要なときあると想う」
「あかりさんは、わたくしがどこか穴に落ちそうなとき、上手く避けるのでしょうか?」
「わたしなら助ける!」
「ほら、あかりさんだって……ふりしないわ」
「え……わたしの場合は理由あるし」
「見ぬフリもしない理由には、興味ありますわね」
「い、いいの。わたしのことは」
いけない。
このままだと、あかりさんが拗ねてしまう。
「そうね。わたくしの場合は……なんでしょうね」
あかりさんが、言っていることはよくわかる。
なにかあったときに、助けてくれるひとが少ないのだろう。
わたくしのこれまでを教えてみても、きっと意味などないだろう。
それほどまでに、わたくしの路は跳んだり跳ねたりだった。
わたくしの隣で膝を抱えるあかりさん。
「わたし、そらくんみたいになれるでしょうか」
「ムリですわね」
「え……」
「そらくんのようにまっすぐでニブくて、オンナのひとを困らせるひとみたくは、わたくしもなれませんわ。もしあかりさんが、そらくんみたくなったら、それはブルーのように演技ですわね」
「ブルー?」
「ツンデレって素直じゃないわ」
「りーちゃんも充分素直じゃないですよね」
「うぬぬ。そんな……こと……ないともいいきれなくは」
「そらくんの話し聴いてたらわかります。そらくんにベタベタしたいのが漏れでてるのに、ワザと少し突き放したくなるみたいな」
「それは……あかりさんも一緒ではないかしら」
「そうなのかも。でも、わたし嬉しくて悔しいんです」
「なんですの」
「そらくんが手を取ったひとがりーちゃんでよかったけど、りーちゃんより先にそらくんの恋人になりたかった」
あかりさんは丸くなりながら、すごく素直に言ってくれる。
胸にキュンとくるものがある。
「お可愛いですわ。あかりさんお可愛いですわ。わたくしあかりさんがいま側にいるのが、とっても嬉しくてキュンからドキドキしますわ」
「りーちゃん。わたし絶対にそらくんを寝取ってみせますから、恨んでください」
「そらくんと先にキスしたのはわたくしなため、一番はわたくしですわね」
「うう……キスしたんだ。そらくんえっち」
「男の子ですもの、みんなそう」
「りーちゃんもえっちです。絶対寝取ってやる」
「ふふふっ、いいですわね。やっぱりオンナに必要なのは、女宿敵ですわね」
「りーちゃんは仲間です」
「うふふん、ニマニマしてきますわ」
ようやく頭がすっきりしてきた。
すっとあかりさんを引き寄せる。
なでてみる。
「子ども扱いですか」
「あかりさんがお可愛いからですわ」
「じゃりーちゃんもなでないと」
「イヤですわ」
「なにそのツンデレ」
「デレたあとなためデレからのツン」
そのままあかりさんは、わたくしになでられている。
この感じ、たまらなくキュンとする。
あかりさんは花開くまえの蕾から、こんなにキラキラしている。
花開いたら、いっそ隠してしまおうか。
そらくんにも、渡したくなくなる。
そらくんはこの蕾の姿を、きっと大切に想っている。
「もし……もし、そらくんにフラレたら、そのときはりーちゃんが、わたしを引き取ってくださいね」
「いいですわ。愛人は、愛するひとと言いますもの」
少しの間、あかりさんをなでていると、急にあかりさんは動きだした。
「な……なんか熱いですね」
「そんなに恥ずがらなくても」
「ち、違います!」
どうやら逃げられてしまった。
もう少しなでていたかったのにな。
もそもそとベットから、降りてこちらも動きだす。
まだ、そらくんは来ないだろう。
「先にシャワー浴びますわ! 一緒に……」
「入りません!」
「そんなにはっきり言わなくても、よろしいのに……」
「準備して先に入ってください」
「あかりさんは、ひと休みしていてください」
「じゃ、少しキッチンつかいます。軽食」
「わかりましたわ」
スケジュールを確認して、タオルや下着を持ちつつちらっとみると、もうあかりさんは普通にキッチンにいる。
高校生は元気がありまくるらしい。
わたくしも、負けないように活動しなくてはいけない。
今度、あかりさんにスマホももっと使いこなせるようにたずねてみようか。
いまは休止されているアイのアカウントのことを思い出した。
わたくしの手元にあるのは、わたくしの個人スマホと、配信とマネージャー管理の一台、そして、アオイが旧くから使っていて名義が代わったアオイのスマホだ。
浴室でシャワーをしながら、配信の今後の動画の作成とアオイのことを考える。
「ここの部屋は、いまもアオイが払っているのよね。アオイの荷物も少し探してみなくちゃですわね」
レンタルの仕事は、まだ続けているのだろうか。
おそらくそのままのはずだ。
きっと、アイを探しにでたはずだ。
アイを探しにいけば、アオイに逢えるはず。
そういえばカギがまだ、ひとつ残った。




