そらくんとのアオイでーとパニック編
わたくしは、まさにいま、感情の上がり下がりのまばゆい点滅のなかにいて、それはまるで、自由落下したピンポンが、また跳ね返ってきたような感じだ。
何度も部屋を往復する。
香りや洗濯ものまで気になる。
朝から掃除にはげんでしまった。
どうにも落ち着かない。
窓を開けて空をみる。
スゥ〜ハァハァスゥ〜ハァ。
バタンと窓をしめる。
また部屋を眺めてみる。
「そらくんとのおでーとははじめてじゃない」
「はじめてじゃない」
「はじめてじゃないわ」
「はじめてじゃないわよね?」
そう。
覚悟だ。
覚悟がいるのよ。
なんとかこの部屋にそらくんを招かれざる客。
間違えたわ。
部屋に招いてみなくては。
誤魔化して誘導して話すのよ。
「ままままさかそらくんが」
「ええええっちしちゃう」
「ととととかきいてくるわけないわよね」
ははは、ふふふ、ははは。
また窓をあけて息を吸い込む。
やっと落ち着いてきたわ。
「鳥さんおはようですわ」
「空ってアオイですわね」
「アオイって青春ですわね」
バタン。
シャワーは浴びたし下着は隠したし、スプレーは撒いたし掃除はしたし、
バックは確認したし笑顔の練習はしたし、服装は整えたし財布は確認したし、カーテンはしめたし靴はいいし、スマホ…………。
「ヤッッッッバいですわ。充電があわわ」
でる時間ですわね。
玄関をでるときに、一度部屋を振り返る。
「モバイルバッテリーで一日いけるかしら」
玄関をでて、二回閉めたか確認した。
あまりスマホが使えないため、省電力モードにしながら歩く。
駅までの道を歩いていく。
「おでーとですわね」
「デートとデータとデイって似てますわね」
「バードストライクって鳥さんの攻撃はかわいそうになりますわね」
「海のしーと彼女のシーって見分けつきませんわね」
「シーソーって発音いいですわね」
などと歌を歌っているため、怪しいヒトであることは疑いがない。
よくこれで街を歩けるわね、とアイには言われたことがある。
「ろらりるれって舌噛みますわね」
「らららって歌うんですから、りりりって歌もいいですわね」
そう。
配信マインドである。
皆さまに一ミリグラムでもおもしろく配信するためなら、わたくしの怪しさなど、これっぽっちも気にしないですわ。
「おはよございます」
「……ます」
子どもに話しかけられてしまった。
通り過ぎるときに、笑っている気がする。
気にしないですわね。
「りりりりり」
子どもは恐ろしいですわね。
さっそくわたくしの真似をしていますわ。
ついでに一ミリグラムのミリっとお届けも教えておけばよかったかしらね。
腕時計をみると、駅までの時間はちょうどだった。
改札でピピッと通り、来た電車に乗り込む。
少し混んでいるらしいから、車内で立っている。
スマホを充電しなくては。
モバイルバッテリーを取り出して、バックのなかで上手く配線して充電しておく。
車窓を眺めていると、さまざまな声が聴こえてくる。
「最新の流行って最近意味わからないよね」
「推しのだけ知りたい」
「値段爆上がりつらい」
「それよね」
世知辛いわね。
世はまさに値上がり時代。
欲しいものほど天井知らず。
けれど推すためなら、積むつむ。
積み上がったらタワーの出来上がり。
トランプのエースかジョーカーどちらがいいか。
「わたくしは、どちらかしらね」
わたくしは、推される側であることは、間違いないはずだわ。
でも、天井知らずにまで積む応援に、果たして共感できるのかしら。
タワーを建てたあとで、そこに残るのは、貯金額だけなんて寂しい。
「どうせなら、アイしてほしい。どうせダメなら、果たし状」
さきほどまでは、そらくんをどう誘おうか、ドキドキしていたのに、いまは冷静に冷徹に、ミリロリ嬢としてのこれからを考える。
推しに推されるべきか、推され推し返すべきか。
それが問題ですわね!
わたくしは、一ミリグラムの重さで、そっと側に置いてくだされば、それでいいのよ。
ときどきフォロワー数においてビビっときますけどね。
電車のなかでは、いまもスマホを眺めるひとたちがたくさんいる。
そのなかには、動画や音楽で楽しむかたたちも多数いる。
こういう一場面のなかに、わたくしの存在がもし助けになっているのなら、それはわたくしにとってとても光栄ですわ。
本当は、少数でもいいのかもしれない。
けれど、より多数のなかに入る余地があるなら、わたくしはそこにいてみせる。
そこは、わたくしの意地もあるのかもしれない。
合間にアイのアカウントで、いまの心境をアイのように投稿する。
"スマホみたりおしゃべりのなかに、わたしの存在がある?
もしそこに、わたしがいるなら
わたしはそれを受け止める
"より多数のなかに
わたしはいるのかしら
より少数でもひとの心に
だれがのこってる
すぐにくる通知はいつものこと。
だから、通常はあとは入ってくるコメントを少しずつ読んでいく。
でもこのコメントは、なんだか心に残り、すぐに相手を確認した。
"アイはやっぱりそうでなくちゃね
そらくんでもなく、いつもの一番ノリでもないひとは、なぜだかひどく印象的だ。
前から知っているひとなのだろうか。
でも、わたくしの記憶にはないひと。
駅に着いたらしく、車内にいたひとたちが、少しずつ入れ替わっていく。
そらくんとの待ちあわせ先は、もう少しだけ先だ。
少し人が多くなってきたため、席を詰めると、すぐに電車のイスは満杯になった。
アイのアカウントは、以前よりもさらに数が増えている。
一般ユーザーとしては、これはもう上位になるのではないかしら。
わたくしの発信する内容は、できるだけ以前のアイに近いようにしているけれど、最近少しずつりーちゃんとの印象も強くしている。
このアカウントをいつまで運営するのか、わたくしにはわからないけれど、アオイからの受け継いだものは、きっと返すべきものなのだと想っている。
アイをもらうこと。
少し目を瞑って考えていたら、いつの間にか降りる駅がすぐそこだった。
混んでいる車内を通してもらい、無事に降りる。
いってしまう電車を見送ると、さきほどまで考えていたことは忘れていた。
そらくんとの待ちあわせは、ラブアクアリウムという名前のお店だ。
いかにも怪しいホテルみたいな名前だけれど、けっしていかがわしいホテルではない。
むしろ健全だ。
店内に入るのには、かなり勇気がいるものの、入る。
そこは、ピンクの照明がいくつか飾られていて、ところとごろに青くもある。
小さい水槽がいくつも並べられていて、三階建てだ。
店舗は二階までで三階は、貸し店舗になるらしい。
入口の案内で立ち止まって、そこからカウンターにたずねる。
「あのぉ、こちらでお食事休憩などもできると聴いたのですけれども」
カウンターにいた少し背のある男性スタッフが、はい、と振り向いて、パンフレットを出してくれる。
「通路奥にある別のカウンターで、飲みものやサイドメニューがごさいます」
「あ、はい」
「席もいくつかありますので、そちらでメニューをご注文くださいませ。あとはお好きに回られていいですよ」
「はい」
これは、かなりやり手なお兄さまだな。
きっと、何人もの女性をその手で、ころころお遊ばせになっているに違いない。
わたくしは、笑顔で応対しつつも警戒しておく。
通路を歩いていくと、少し気分は落ち着いてくる。
ま、わたくしには、そらくんがいますからね。
そらくんを最終的に、前面にだせば、わたくしは後衛でサポートしますわ。
ピンクと青の照明のなか、水槽で泳ぐ小さい者たちをみつめる。
「かわゆい」
海月が、ふわりふわりと水のなかをゆく。
透明度の高い身体で、触手を器用に動かす。
眼なのか口なのかもわからなく、どうなってるやらな姿が、またなんとも胸にくる。
「これが海月親こころかしら」
海月に、親の気持ちを反射させるとは、なかなかに海の生物は、深い。
通路に並ぶ水槽のなかには、何種類何百種類という生き物たちがいて、なんだか不思議なセカイに迷いこんだようだわ。
もしそらくんが隣にいて、ここは夢のセカイだよと囁かれたら、そのまま夢のセカイなんですわねなんて現実感と言ってしまいますわね。
そう店内をフラフラしつつ、奥の場所までいくと、喫茶店らしきカウンターがみえる。
いらっしゃいませ、ともなにも言われないため、若干迷いつつ話しかける。
「あの、注文いいでしょうか」
「いらっしゃいませ。どうぞ」
といってもメニューがさっぱりだ。
変わった名前のメニューしかない。
トキマジ ♡ カフェのスタッフとして、
メニューが変わった名前というのは、参考にしよう。
「メニューがわからないわ、どうしましょう」
「紅茶、コーヒー、パフェがおすすめで、サンドウィッチと簡単な軽食もございますよ」
一瞬、邪な考えが頭を通過する。
紅茶とかコーヒーっていうメニューでいいのではないかしら。
なんで、トロピカルパフェとかグランドチョコタワーとか、意味深なようでそれほどではない名前にするのかしらね。
いいえ、名前を贅沢にすれば、きっと、贅沢なメニューがこれでもかって出来上がるんですわね。
ええ、きっとそうですわね。
「では、そのサイレント茜パフェにしますわね。あと飲みものは温かい紅茶でお願いしますわね」
「サイレント茜パフェと紅茶ですね」
「はい」
サイレント茜なんだから、きっと朱っぽくてリンゴソースとか、キャラメルとかかかってるに違いないわ。
そういえば、そらくんはキャラメルは平気かしらね。
平気なら分けて差し上げますわ。
席に運んでくれるようなため、そらくんが店内にいるか探してみる。
はっとここに来て気づく。
待ちあわせの会話をしたときのことだ。
たしかに、ここのお店で待ちあわせとは聴いたけれど、席で座ってるとか、ここの喫茶席だよとかは、言ってなかったような気がする。
すると、もしかしたら空いてる席で座っていたら、気づかれないこともあるのではないかしら。
あわわ、どうしましょ。
とりあえず空いてるカウンター席に座る。
「そうですわよね。スマホという文明の利器がわたくしにはありますわ」
そう想ってバックからスマホを取り出した。
あれ、と想う。
ケーブルが外れてますわね。
充電されてません。
「道理で途中から、スマホが鳴らないわけですわ」
あれ、マズイかしらね。
慌ててケーブルを差してみると、ピコンと可愛らしい音がする。
省エネ中なため、入ってもこなかった通知が、バシバシくる。
通知、そらくん。
通知、そらくん。
リリスタ返信。
通知そらくん。
リリスタ返信。
通知そらくん。
通知そらくん。
通知そらくん。
電話そらくん。
電話そらくん。
「電話すら鳴らないとはなぜ!」
画面には、可愛らしくマナーモード ♡ となっている。
あぁ、そうでしたわね。
電車のなかで、メイワクかしらとマナーモード ♡ にしたんでしたわ。
ふいに呼ばれてみると、さきほどのスタッフの方が温かい紅茶を持ってきたところだった。
「ああ……あの……電話かける場所……」
丁寧に紅茶をテーブルに置いたあと、応えてくれる。
「お電話でしたら、カウンターの前付近か、お化粧室の前にスペースがあります」
「わかりましたわ!」
紅茶を見届けたあと、丁寧に頭を下げてから、颯爽とお化粧室の前までいく。
片手にバックを持ち、片手にケーブルに繋がるスマホがある。
充電中は、わずか七パーセントの表示だ。
お化粧室前にいくと、小さめながらベンチとイスがあり、壁に案内や注意書きなどがかけられている。
その前のベンチに座り、深呼吸もおろそかにして電話をかける。
通じた。
「あわ、うお、そら……くん、さまでごさいますか?」
「りーちゃん」
「このたびは、大変お電話をかけていただいたのに、さっぱり気づくことなく、スルーしてしまい、充電もうなくて、バッテリーがとても具合悪くなりまして……」
「ちょ、ちょっとりーちゃん落ち着いて」
「申し訳ございませんでした!!!!」
「いや、平気ですけど、それよりいまはどちらに……」
とりあえずわたくしは、話しているうちに、パニパニパニック状態になり、話しを聴かずに謝る。
「いえ、ほんとわたくしの油断がまねきましてとんだことで、電話鳴らないですし……」
「りーちゃん、落ち着きましょ」
「はぁ……はぁ……え? いまどこですの?」
肩を掴まれる。
わたくしは、ビクッとなる。
ま、まさかこんなところでわたくしのストーカー?
「りーちゃん、いた」
「えっ!! そらくんさま」
電話とすぐ側にいるそらくんから、同じセリフが聴こえてくる。
「席で待っていてくれたら、見つけたのに」
「そらくんさま……うぇ〜~ん」
「え! なんで泣くの!?」
そらくんに腕を掴まれて、席につきながら、三十分ほどなぐさめてもらった。




