93 進みたくても停滞してしまう者と、キチンと進んで行く者達
久し振りに馬車でサリシン義父様がいらっしゃいました。来月のカトリーヌとセドリックの誕生会の月を間違えて早めにいらした?それとも、4月にはカヴィヨンが初等学校に入学するので、早々とそのお祝いにいらしたのでしょうか?幾らなんでも新年が明けたばかりでそんな訳は有りませんね。(笑)
最近のモリーノは真面目にフェンリル母様の教育を受けているので、珍しく馬車でタルピナスからいらしたそうです。執務室でハリシエダ様と話してらしたのですが、何故か私も部屋に呼ばれました。
『ミスティーヌは相変わらず忙しくしているようだが、困った事などは無いのか?私で相談に乗れる事が有るなら力を貸すぞ。』
とにこやかに笑っています。挨拶もそこそこに身を乗り出して聞かれたので、何の事か想像がつかなくてハリシエダ様を見ると、
『ずっとタルピナスでナイジェル兄様の再教育をして来たのだそうです。そのおかげでナイジェル兄様は領主の仕事を無事に熟せる様になったそうで、この度タルピナスの領主に任命されて子爵の地位に戻れたそうですよ。
えっと、それでナイジェル兄様から少し手が離れて一息ついたので、私達の事を思い出したそうです。今まで私の仕事の相談をしていたのですが、ひと段落したので今度はミスティーヌの番かなと。』
と苦笑してます。ナイジェル義兄様が心を入れ替えて自分の考えを見直し、地道に領政に取り組む様になったので、サリシン義父様は嬉しくて仕方なく、ご祝儀的な意味も含んで、子爵復帰を早めたのだそうです。
そうでしたね。ナイジェル義兄様の前には、ハリシエダ様について仕事を教えていましたね。ウーン、私は今まで特にはサリシン義父様に教えを請うた事は無かったですね。
だいたい、ハリシエダ様の領政は兎も角、私のする事と言うか領主夫人としての仕事で、クリミアナ義姉様以上にサリシン義父様の方が詳しい事は有ったでしょうか?
『領主夫人の仕事と言うか、社交?はクリミアナ義姉様が教えて下さいますし、私はお茶会などを開かないのが問題と言われればそうなのですが、今のところ面倒なので主催はスルーしています。
領内のギルド関係は両ギルマスが優秀ですから頼れますし、ショコラ関係はフォニウム様がまとめて下さっているし、今のところ、これと言って問題になる様な事は抱えていないですし………
あ、職業学校の関係でなら問題はまだ解決していないのが有りました。でも、私が口を出すべき問題では無いのですよ、たぶん。どちらかと言えば、ハリシエダ様に首を突っ込んでもらいたい位なので。』
フェーブルの相談役がまだ決まっていない筈です。前副ギルマスの所為で、フェーブルはまだグランダイの影響から抜け切れていない事が発覚し、リーバスさんが頭を痛めていました。これは領政にも関わる事を含んでいると思うのでハリシエダ様に相談が正しい筈。私が自分の仕事で相談出来る事が見つからないと悩んでいると、
『なるほど。つまり、ミスティーヌは今そんなには忙しく無いのだな?』
ん?想像外の反応がサリシン義父様から来ました。私に頼られなくても気分を害されなかったようですが、この言い方では逆に私に何か相談が有るのでしょうか?私、暇な訳では無いのですけどね。サリシン義父様は徐ろに上着の内ポケットから手紙を取り出すと、今すぐ読んでくれ。と言わんばかりに私に手渡して来ました。
『私もタルピナスで反省した事が有ってな。実はアネトール達と話をして来たんだよ。まぁ、結果から話すと、変化の無いアネトールの処遇は今迄と変わらず、タルピナスに幽閉のままなんだが、ナイジェルが変わった事を切っ掛けに、ロヴェニアもナイジェルと一緒に変わりたいと決心してくれたのだよ。
それで、二人から預かった手紙がそれだ。私はミスティーヌが彼らをどう受け止めるかを知りたいので、取り敢えず、読んでみてはくれないか。』
ウキウキ半分?いや、期待の籠った眼差しで渡された封書は、二人分のせいか封筒に厚さが有ります。ナイジェル義兄様が変わって来ているのは、フォニウム様からも伝え聞いたので知っていますが、交流が一切無かったロヴェニア義姉様の事は、変わったと言われても元々何も知らないのですよね。何を書かれているのでしょうか?
ハリシエダ様が私を気遣って、サリシン義父様とヴェルムの領政について話し始めたので、その間に私はお手紙を読み始めました。二人とも其々で書かれたようですが、ナイジェル義兄様もロヴェニア義姉様も謝罪から始まるお手紙で驚きました。
ナイジェル義兄様の手紙はあのファイアタートルの甲羅の件にまで遡って謝罪が書かれていました。アネトール義母様の言葉を信じて裏どりをせず、間違った情報で私を蔑みかつ妬んでいた事も、今ではかなり反省されていると伝わる文面でした。現実を捉えられていて、確かに変わられましたね。
ですが、ロヴェニア義姉様のは、一面識も無いのに一方的に嫌っていてごめんなさいから始まり、これからは心を入れ替えますからお付き合い下さいと、相手が誰でも通用しそうな無難な謝罪から始まってます。私がロヴェニア義姉様本人を知らないのもあってか、何も伝わって来ないので却って悩んでしまいますよ。
結論から言うと、成功したクリミアナ義姉様の話を聞いて、それなら私もお金と名声を得られる勝ち馬に乗せてもらうべきじゃない?って考えで私に丸投げして、恩恵だけ与えられて当然って思ったんじゃないかな。と考えました。たぶん、間違ってないでしょうね。要はタルピナスの経済を回す手伝いが欲しいと言う事らしいですね。
『タルピナスの冒険者ギルドって運営はどうなりましたか?余り活動している様な記憶が無いのですけど。紅鳥を捕獲?狩猟出来る冒険者が居ないと、ロヴェニア義姉様が考えている様な産業は起こし難いと思いますよ。
手紙に書いてあるように本気で服飾工房を立ち上げたいと考えているなら、私に頼るよりも先に、冒険者の確保、育成から始める事を提案しますよ。仮に私一人に頼って、採集活動をした素材をロヴェニア義姉様に提供する様な事では、直ぐに材料不足になって、安定した工房の運営など出来ません。』
手紙を読み終えて、少し辛口のお返事すると、サリシン義父様も苦笑して、私の差し出したお手紙に目を通しました。おや、ロヴェニア義姉様の手紙を回されたハリシエダ様は顔付きが変わり強張りかけてます?私の勝手な思い込みもありますけど、アネトール義母様にべったりだったロヴェニア義姉様は、苦労した事で改心したナイジェル義兄様とは違うと思うのですよね。
『二人ともまだ考えが甘い様だな。特に、ロヴェニアは服やアクセサリー等のデザインを自分が考えれば良いとだけ思っていたみたいで、コレを読むだにそれを作る職人や、素材の確保は思いもよらなかったらしい。
一応、マジェンダやクリミアナからも、ミスティーヌの優しさにつけ込んで楽をしようとすると見放されるよ。と忠告は受けている筈だが、ナイジェルもロヴェニアも人脈が乏しくてな、既に最初から躓いているのだよ。
商業ギルドはキエランも入って梃入れしているが、リストランテの冒険者ギルドがまだ勉強中な処もあって、タルピナス迄はまだ手を伸ばせていないのだよ。困った事にタルピナスはのんびりした気風が領の特色なのだよ。』
ロヴェニア義姉様の手紙を読んだサリシン義父様が困った様に戸惑いながら呟いてます。
冒険者達の中でアラン父様の教えが本流となって、王都の冒険者ギルドを動かした結果、初心者に優しい教育が各地のギルドで始まったのですが、これには職員の教育も必要なので、サルカンドとヴェルムの冒険者ギルドには研修希望が殺到しています。………もっとも、マジックバッグの提供は集られても全面的に断ってますけど。
『ごめんなさい。お二人の謝罪は受け入れたいとは思います。でも、私にお手伝いを頼むのでしたら、内容を絞って欲しいです。ロヴェニア義姉様の希望は余りにもあやふやで、他人任せ過ぎます。自分で動いて躓いてから相談して下さい。と言いたい位です。正直言って木工工房を企画した時のハリシエダ様以下です。』
最初は私とリーバスさんに丸投げしそうだった事を思い出したのか、ハリシエダ様が苦笑いをしています。
『そうですね。夫の私よりミスティーヌに頼り過ぎの内容に頭が痛いかな。ナイジェル兄様はファイアタートルの時の様に、ミスティーヌの善意で全部仕事が回るのが当然だと思っているのでしょうか?』
とサリシン義父様を見て首を傾げています。私も、
『マジェンダ義兄様やサリシン義父様の様に持ちつ持たれつと言うか、ご迷惑が掛かる物の処分を一方的にお願いする立場なら、私の持っている素材を権利毎全てお譲りするのも有りですけど、このお手紙の内容からすると、ロヴェニア義姉様の考えは、私が一から全部築き上げて出した結果と功績と利益の全てを寄越せ。と言われている様に思えてしまいます。やはり、アネトール義母様の考えをなぞっているのでしょうかね?』
と穿った言い方をしてしまいました。だって、この手紙の要望のまま実現するとしたら、私がロヴェニア義姉様のアイデアを形にする為に全て動く事になります。それもボランティアで。しかも人気が出る商品にするところ迄望まれている様に受け取れました。
仮に百歩譲って、コレが恩のあるクリミアナ義姉様の為なら私も頑張るかもしれませんが、私、ロヴェニア義姉様に何かして貰った事が有りませんし、コレからも関わる想像が付かないのですよ。なんと言ったら良いのか、
『サリシン義父様から見て、ナイジェル義兄様やロヴェニア義姉様の支援として、私がここまでしなくてはならないと思いますか?もし有るなら理由を教えて欲しいです。
サリシン義父様は、私が二人に援助するのが当然と思ってこの手紙を持っていらしたのでしょう?』
と聞いてみました。お二人の手紙から目を離したサリシン義父様は、
『いや、ロヴェニアのこの手紙の内容を知っていたら持って来なかった。ナイジェルの書いた内容も、まだ甘えが強いと思うが…。ミスティーヌ、騒がせて済まなかった。もう暫く教育して来るから、二人への評価はその後にしてくれ。今回はナイジェルがまともになってくれた事に浮かれ過ぎた私のミスだ。』
ちょっとガッカリして落ち込んだ表情のサリシン義父様。たぶん、タルピナスは素材の宝庫だと思うので、頑張る方向が合っていれば評価は上がると思います。今までが今までだったのですから、焦らずゆっくりと産業を育てて行けば良いと思います。タルピナスの風土に合わせて。
そんな事を伝えて励ますと、サリシン義父様は、それもそうだな。と言って帰って行かれました。次回は、二人の誕生会だな。と孫達から元気を貰って。
タルピナスののんびりさを羨ましく思える程、職業学校の問題を時間は待ってくれません。リーバスさんが諦めてフェーブルに行き、なるべくグランダイの影響を無くしたいので苦労しましたが、相談役を決めて来ました。王都の服飾と繋がりの深い老舗の工房で、オプショさんが密かに推していた人で、ムラジンさんと言います。
『最初は学校の寮でと言っていたのですが、相談役は大人ですし、今後もずっと続くので、ベルトラン校長宅の近くに相談役用の家を建てる事になり、今、ヴェルム中の職人で急遽建てています。使用人も募集するので雇用も増えますし、良い風が吹き込んでますよ。』
とリーバスさんが嬉しそうに報告に来ました。ハリシエダ様は領費を動かす為に事前に報告されていたそうで、此方も嬉しそうです。自分の分野で私の力を使わずに済んだのが嬉しい様です。私も自分では力になれそうに無いと心配しか出来なかったのでホッとしました。
元々、食事は寮で済ます形態だったので、基本は寮と似た構造だそうです。話を聞いたので、私からの新築祝いとして、各部屋の鍵付きの戸棚に固定したマジックバッグを置く事にしました。戸棚から取り出せない上に、扉にも鍵が付くので、マジックバッグ自体も盗まれないと思います。
容量8×8Mで時間経過タイプなので、まぁまぁですね。私の中ではそんなに貴重では無いのですが、たぶん、価値は有るのかなぁ〜って感覚です。お祝いなのですから、領主夫人がちょっと頑張った。で流してくれて良いのですよ。トレントが使えたらそのままマジックボックスが作れたのですけどね。(笑)
人が揃ったので、2月からは正式に動き出す方針で話を進めているのですが、出遅れたムラジンさんが足並みを揃えたいと、ワトソンさんに集中して付き人をすると申し込んで来たそうです。バッファローズさんは地元の利で最初に仕事に就いたのもあって、仕事が良く分かっています。ユナイトさんもそうですが良い人を選べて良かったと安心しました。ワトソンさんから、
『三人の相談役が決まって、私の気持ちにかなり余裕が出来ました。最初に話が来た時は何も考えられない程悩みましたが、今は何とかなりそうだと思える様になりました。
私の一番の仕事は、ミスティーヌ様に言われた様に、名簿をキッチリと作って資料を残す事になりそうです。講義の順番やどの工房に頼むとかの各工房との対応を、自分一人で抱え込まなくて良いのは非常に助かります。』
と聞いて、職業学校が、ヴェルムの職業学校に成長した事を確認出来た気がしました。




