85 学校運営ですか? 少しずつの前進で良いのです。
リーバスさんから、揉めている副校長の件で、私に依頼が来たそうです。
『………領主夫人としての仕事の傍に出来る事では無いので無理は承知してますが、誰も尻込みしていて引き受けてくれないのです。誰かが名誉職でも有るのだからミスティーヌ様が相応しいと呟いたら、皆がそうだそうだと口にし始めてしまって、他の意見が消されてしまいました。何よりも、ミスティーヌ様の考えから始まった学校なのだから、私達が横取りして良いわけがない。と言う意見で会議の参加者の総意が纏まってしまったのです。』
リーバスさん自身も疲れ切った様子が伺えます。名誉職と言うくらいなら、何故、誰も成りたがらないのかが不思議に思えます。
私が職業学校を立ち上げたのはヴェルムの商業の発展の為で、職人の技術の向上の為なのですが、それが伝わっていないのかしら。誰も私が上に立つ方がおかしいと思わないのでしょうか?その上に何故、責任を押し付けられたかの様な言い方で迷惑扱いされているのでしょうか?皆さんの考えが想像も付きません。
『質問ですが、子供達の職業体験に関して、各工房共に好意的で、次年度以降に対するやる気も好感触だったと記憶していましたが、私の勘違いだったのでしょうか?』
『其方は新規の工房の申し出も合って、再来年以降の順番待ちが出来る程です。なので、重なった分野毎の工房で集まって順番を決めてもらう事に決まりました。』
『…それなのに、まとめ役には就きたく無いと言う事なのですか。それは余りにも身勝手な意見ですね。領主夫人が言い出した事なので領主夫人が責任を取れ。と言うなら、私が責任を取り易い体制にしてしまいますよ。』
私の雰囲気が変わった事にリーバスさんが身構えました。私もそんなに暇が有る訳では有りませんし、やり過ぎは良く無いと自重していただけです。ヴェルム全体の商工業を盛り上げる為に企画したのに、自分達の利益の享受だけを主張して、責任者としての協力はしないと言われて、はい、そうですね。と引き下がる訳にはいきません。
『リーバスさんには申し訳ありませんが、私が副校長に就任する条件として、来年以降の職業体験工房の選定は私の一存で決定し、異議は認めない物とします。と伝えて下さい。
私は方針を伝える為に、私の工房とハリシエダ様の工房から始めると決めた以外には、今年の皆様の選考に口出ししないで来ましたが、私が責任を負うならば話は別です。
ヴェルム全体の事業の事など私が網羅出来る筈がないのは分かり切った事です。それを無視して責任だけ押し付けられた人事を受ける程、私は出来た人間では有りませんし、それ程の人脈を持ってもいません。ですから、私に都合の良い決定になるのは仕方ないと諦めて、どうなったとしても受け入れてもらえるのですよね!』
黙って横で話を聞いていたハリシエダ様が、一気に捲し立て始めた私を見つめて驚いた顔をしています。どうしたのでしょうか?
『仮にミスティーヌが副校長になったら、どうするのかを既に決めているのかい?今まで私達に任せっきりでいたのに、全てに責任を取るなんて簡単に引き受けて大丈夫なのか?
話の流れに怒る気持ちは分かるけど、勢いで話してはいけないよ。』
あら。ハリシエダ様に諭されてしまいました。理路整然と意見されるなんて、初めての事かもしれません。しみじみと見つめてしまいました。
『いえ、ミスティーヌ様がお怒りになるのも理解出来ます。私ですらそう思って此処に来ているのですから。でも工房長達の意見も理解出来ると言うか、正直なところ商業ギルドの人材不足なのが問題なのですよ。
最初は副ギルド長の中から兼任で出すつもりだったのです。ところが、三人とも今の業務で精一杯だと成りたがらなくて躓きました。それで工房長達に話を持って行ったのですが………』
あらあらリーバスさんが項垂れてしまいました。ヴェルム、もとい、キュラスにはこれまで学校が無かったのですよね。だから他の領地の学校に行っていたのです。学びに通った経験は有っても、統括して指導する経験は無いし、未体験の事でしかも失敗は許されないだろうと思ったら、足が進まないのは当然な事なのかもしれませんね。
『そうなるとリストランテに人材を頼ると言う提案をしても良いかな。私が力不足で申し訳無いが、経験を豊富に持っている人の知恵を借りるのは有りだと思う。』
私が気付いていないだけで、ハリシエダ様は領主としての経験を活かして、自分の意見をしっかり伝えられる様に成長されていました!なんか、格好良く見えますね。私も少し冷静を取り戻したようで、突き放した様な言い方を反省しています。リーバスさんに八つ当たりをしたみたいですし、
『ごめんなさい。責任者に成り手が現れないなんて想定外と言うか、遣り甲斐がある筈の役職を押し付け合っている話を聞いて、私の想いが否定された様に感じてしまって…ならば、私の好き勝手に運営しても文句は言わせないと極論を考えてしまいました。
ハリシエダ様、ありがとうございます。私が全責任を取らねばならないかと視界が狭まってしまいました。
そうですよね。ヴェルムはまだ成長し始めたばかりですし、学校という制度も、経営形態も始めたばかりで手探りな訳ですし、知らない者だけで試行錯誤せず、経験豊かな方の補助が必要と主張しても良いのですよね。
ましてや職業学校なんて初めての試みなのですし、手探りなのだから、簡単の推移する筈が無くて当然かも。』
ハリシエダ様の言葉に、私やリーバスさんの緊張が解けていきます。そして、私には新たな疑問が湧いて来ました。そもそも、名誉あるトップに立てるのに、なんで此処まで嫌がられているのでしょうか?
『因みに、皆さんが辞退する理由は何か聞いていますか?』
ハリシエダ様はキョトンとしています。リーバスさんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、
『一番重要な事は報酬ですね。1カ月間の内で4日程教えに行くだけなら、無報酬でも然程工房の運営に影響しないが、それが年間を通して休み無く続くとなると………
しかも、知らない工房との交渉なんて面倒くさい事が分かっていて、そんな貧乏くじを引かされては堪らない。それに今の所順調に進んでいるから、自分が引き受けて失敗でもしたら、目も当てられない。
と言った不平不満は会議の最初から聞こえていました。皆さん、自分で工房を運営しているからこそ、責任問題には過敏に反応してしまうし、個々に潤沢な蓄えが有るわけでは無いのに、無報酬で長時間拘束は受けられないって考えているのです。
本音を言うなら、私も公平な立場を主張出来る商業ギルドから派遣したいのですが、此方は本当に人手が足りないのですよ。』
大きなため息を吐くリーバスさん。私は職業学校の費用も領費に盛り込んでおいた筈なので、
『副校長に報酬は出しますよ?ねぇハリシエダ様、領費から正式に出しますよね?』
と確認しました。毎月の授業の講師代は各工房のボランティア扱いですが、材料の実費は支払ってます。利潤が多い時は多少の心付けは出しましたが、貴重な見習いを見つけ出せる機会を与えると言う建前で、講師代だけは無報酬でお願いしているので、工房側としては専任でお願いされても困ると思った事が判りました。
『会議中にその話題が出なかったので忘れていたけど、無報酬では死活問題と取られるな。私の配慮不足で申し訳ない。会議の最初に、副校長には校長に準じた報酬を出すと通達するべきだった。
今からでも報酬の件を含めて会議を遣り直す事は可能だろうか?』
ハリシエダ様とリーバスさんで話し合っているので、私も自分の考えを纏めて伝えてみました。
『やっぱり、商業ギルドの職員を派遣するのが一番筋が通ると思います。大きな工房の工房長さんの顔は広いかもしれませんが、職種に偏りが出てしまう可能性は否めません。
今の副ギルド長を出すのでは無く、一般の職員から出せませんか?職員が無理なら、引退した工房長に声を掛けては如何でしょうか?』
即戦力を考えると副ギルド長を出したくなるのは判りますが、毎年交換なんて事になっても困ります。もっと仕事が熟れてきて、毎回のやる事が確定した後ならそれも可能かもしれませんが、今はまだ手探り状態なのです。
『誰か一人に責任を負わせる。と言う意味なら、多分、領主夫人である私が適任なのだと思います。そう言う意味なら私の名前を使っても良いでしょうが、実際に動いてくれる職員は必要です。
実質、私の出来る仕事の内容的には、相談役の地位が一番合っていると私は思っていますけど。』
話し込んでいる二人に私がポソっと呟くと、ハリシエダ様が、
『ベルトラン様に協力をお願いして、学校運営の仕方を学んで貰えば良いのでは?
来年から一気に始めるのでは無く、今からベルトラン様の下について覚えて行けばどうだろう。ベルトラン様も助手が増えれば仕事が減るだろうから、相談する価値はあると思う。
リーバス、数人、候補は出せないかな。最初から一人に縛るから皆尻込みするのではないかな?』
と明るい口調で言います。二人とも顔付きが変わりましたね。リーバスさんもギルドに持ち帰って調整してみるそうです。
『引退した工房長を引っ張り出す案も捨て難いので、相談役と言う方向で検討し直してみたいです。職人の育成を領全体でしていくと言う試みは、ギルドとしても発展していく大きな材料なので、是非とも成功させたいのですよ。現職を引っ張り出して工房を潰しては本末転倒ですからね。』
すっきりとした表情に変わってリーバスさんが帰って行きました。
リーバスさんを中心に何度か会議を繰り返した結果、キエランさんがリストランテから職員をギルドに派遣してくれる事になり、副ギルマスの一人のワトソンさんが3年の任期で専任する事に決まったそうです。
『元々キュラスの副ギルマスをしていたのでキュラスの工房には顔が効く筈。と言う理由で決まった様なものなんですが、やるからには全力で頑張りますよ。次の副校長用にマニュアルを作るのが私の一番の仕事です。
私の下にはキュラス、シャフェー、フェーブルの三地区の工房から、代表者を各一人ずつ出してもらう事になりました。代表者は基本的に引退した工房長をお願いする事になりましたので、現役の工房長の負担は無くなりました。
引退されたと言っても、行動力と影響力の強い、お元気な方でお願いしているので、そちらの舵取りの方が大変かも知れません。』
とは、苦笑気味なワトソンさんからの挨拶です。ご隠居を引っ張り出す私の意見を取り入れたそうで、経験と知識の面からも有能な人を採り入れられるのでは?と満場一致だったらしいですけど、その反面、自分の意見に固執しがちな人に当たってしまうかもしれないので、ワトソンさんはそれを考慮して悩んでいるそうです。
『最初から組織図を明確にして、上下関係を理解してもらい、年齢に固執したり、他人の意見を潰したがる様な人は弾く方針で進めましょう。相談役として私も名前を貸すので、若輩者として舐められない様にしなくてはいけないのです。ですから役職としての上下関係を付けて線引きをしっかり引きます。』
と宣言すると、安堵のため息?を吐かれました。
因みに、キュラスからはワトソンさんの推薦で陶芸工房の先代のバファローズさん。シャフェーからはフォーラスさんの推薦で、ビーズ工房の関連からガラス工房の先代のユナイトさんが候補です。
と言っても、キュラスの職人には心配していません。シャフェーもビーズ工房の関係からなのとフォーラスさんの頑張りで、職人との交流が無い訳では無いのですが、フェーブルが少し不安です。
『リーバスさん。フェーブルですが、オプショさん達の再教育はどうなってますか?工房の営業成績とか、問題は有りませんか?』
賄賂営業で成績を誤魔化して来た二人ですが、性格は素直らしいです。リーバスさんがちょこちょこ視察しては教育しているそうなので、今回の人員選出を任せて大丈夫なのか確認しました。
『まぁ、最初に比べたら。グランダイや王都の商会に良い顔しがちだったのもだいぶおさまりましたし、地元に足を付けた営業が増えたと思います。落第点スレスレから多少はマシになったと思いたいです。
フェーブルから出すなら、昔から続いている服飾工房を考えてますけど、まだ決めていません。二人に人柄を調べさせてリストを作ってから交渉させようと考えています。』
リーバスさんが確認してリストアップするなら大丈夫そうですね。間違ってもグランダイの息が掛かった人選はされないでしょう。まだ学校が始まって半年程ですが、少しずつ影響が出ているみたいで、何らかの妨害が出て来るのではないかと心配しています。
『ベルトラン様に付いて、学校運営を学んでもらうのですから、失礼な人だけは選べません。経験や知識は大切ですが、人柄も考慮して頂けるようにお願い致します。』
基本的な事ですが、あの二人が調べるのなら、重ねて伝えておきましょう。




