83 閑話
【イルミナ】
貴族様とは言え、昔から付き合いのある叔母に相談したのが間違いだったのよ。と言うより、ミスティーヌ様は魔力が異常に多いそうだから、私の憧れやその為の苦悩なんて思い付きもしないのだと思う。あんなに凄い人なんだから、私の悩みだってチョチョイのちょいで解決してくれると思ったのに。
卒業後の事で相談しに行ったけど、私が望んでいた答えは貰えなかった。魔力で付与する仕事をしたかったけど、それは無理って言われたせいで、このまま母さんの工房で仕事をする覚悟が付かなくて、伯父さんに頼み込んでサルカンドの工房を紹介して貰って仕事を覚える事にしたんだけど。
母さんが平民にしては魔力が有る方だから付与魔法が出来るのだと分かったのは、この工房で働き出してからだった。子供の頃は大きくなれば私にも付与魔法が使えると思っていたのが間違いだと気付いたのも……
『イルミナ、頼んでおいた魔石は磨き終わったのか?加工チームが待っているぞ!』
砥石で研磨された魔石が入った箱が積み重なった机に向かって、只管魔石を磨きあげるだけの日々に疲れてきた私だけど、周囲はそんな私を気遣ってくれる訳もなく、結果だけを見てくる。
『はい。班長。こちらの箱は磨き終わっています。』
キラキラ光る魔石が詰まった箱の方を指差すと、
『終わったならさっさと持って来てくれなきゃ困るって、前も言っておいたよな!』
とムッとした返事が来た。磨き上がった魔石は加工チームに入った子が取りに来る筈なのに、最近はサボっているのか取りに来ないのだ。私は磨くだけで手一杯なので、
『ククルが取りに来ないんです。私の仕事は魔石を磨く事で、魔石を運ぶのはククルの仕事ですよ。』
と、文句を言ってやった。だって、魔石が滞るのは仕事をしないククルの所為だから。それなのに、班長に叱られたのは私の方だった。私が知らないうちにククルは錬金術を教えられていて、少ない魔力を使ってアクセサリーの加工が出来る様になっていたそうだ。
最初は私がアクセサリー加工チームに入る筈だったのに。魔力量の鑑定結果でククルと入れ替わったのだ。私は平民の平均程度しかないらしく、ククルよりほんの僅か少なかっただけなのに、魔力を使わない作業に回された。加工された魔石を砥石と革で只管磨くだけ。1年経っても私の仕事は変わらなかった。その1年の間にククルは魔石運びから錬金術の仕事に変わっていたのだ……
自分の仕事が変わらない事をククルの所為にするなと班長から叱られてしまい、寮に戻ってベッドの中で声を殺して泣いた。私が家を出てまで遣りたかった仕事は魔石磨きじゃない!付与魔法とまでは言わないけど、せめて錬金術で魔石を加工してのアクセサリー作りだ!
ククルが贔屓されているとは思いたく無いけど、少なくとも、私には期待されていないって態度がよくわかる。ククルよりも経験が有るのに、子供の頃、母さんの工房で遊んでいた頃にさせて貰っていた様な簡単な作業すらさせてもらえない。私はいつまでも一番下の見習いのままで……
母さんの工房よりも古いここなら私の魔力でもやっていけると思ったから紹介して貰ったのに、どうしてこんな事になっているのだろう。泣きながら、母さんやミスティーヌ様との会話を思い出していた。
『付与は魔力勝負な処があるから、イルミナには向いてないかもしれないけど、イルミナはアクセサリーが作りたいのでしょ。だったら、付与された魔石を使ってアクセサリーを作る方になれば良いのよ。』
『まだ量産は決まっていないけど、ワイヤーを専門に作る職人さんを頼んでいるの。ワイヤー加工のアクセサリーならイルミナでも当然作れるし、多分、繊細なデザインを考えるのはイルミナに向いていると思うのよね。それにワイヤー手芸は魔力を必要としないから、手先の器用なイルミナ向きなの。
今までに無い手芸になるから新しい発想で楽しく作れると思うのよ。』
母さんもミスティーヌ様も私に魔力が無い事を否定していなかったけど、魔力が無い事を責めてはいないし、私の遣りたい方向に進める様に考えていてくれた……
私は何を聞いていたのだろう。 母さんもミスティーヌ様も私の出来る事を考えてくれていたのに。遅いかもしれないけど、休日を待ってサミュエル伯父さんに相談しに行こう。
サルカンドの方が友達も多いし、住み慣れているから一人でも平気と思って我儘を通したけど。自分の我儘だからと遣りたく無い内容の仕事でも無理して頑張ったけど。此処では誰も私を見てくれないし、ドンドン夢から遠ざかって行く。現実に気付いた所為で疲れてしまったわ。私の居場所は此処じゃない。
キュラスに帰って、母さんの工房に入れて下さい。って謝ろう。遅いとは思うけど、一生懸命に謝って、初めからやり直させて貰うんだ。
【モリーノ】
美味しい物がいっぱい食べられるからとミスティーヌにくっついて来たけど、段々と美味しい物をくれる人が増えて、僕の世界は広がって来た。と言うか、ただ、美味しい物をくれる人を見つけたんだよね。
最初は僕の涙が目当てかな?と思った事も有ったけど、あの人の目当ては転移だった。ミスティーヌの様に、一緒に飛んでいれば覚えるかな?って思ってたんだけど、覚えられなかったんだ。
『モリーノ様。普通の人間は転移は出来ません。ミスティーヌは特別なのです。空間属性を持っていて、マジックバッグを作れる者は居ますが、時空間属性まで持っている人は珍しいのです。
ミスティーヌは時空間属性を持っているから、安易に時間停止のマジックバッグを作りますが、本来なら簡単には作れない物なのですよ。ましてや転移なんて出来るのは聖獣様位の筈なのですよ。』
と、ミスティーヌがおかしいって文句を言い出した。まぁ、其れは兎も角、だから、あの人にお願いされてあちこちに連れ回しているのさ。その行く先々でいろんなお菓子をもらう訳だけど、これは僕が仕事をした対価だから僕は堂々と受け取っても良い訳さ。
フェンリル父さんやフェンリル母さんの様に、厳しい事を言わずに甘やかしてくれるから、ついつい一緒に居る所為で、最近ミスティーヌに会っていない日が多くなった。
この前、久し振りにキュラスの邸に戻って、フェンリル母さんに会ったら、
『モリーノはミスティーヌの守護聖獣を辞めて、サリシン様の守護に付いたと思っていたけど、今日は何が有って此処に来たのかしら。』
と詰られてしまった。フェンリル父さんは僕に何も言わずに山に帰ってしまっていたそうだし、フェンリル母さんも来年には山に帰ってしまうと聞かされて、僕は驚いてしまった。
慌ててミスティーヌの処に行くと、
『モリーノが居るって事は、サリシン義父様もいらしているのね。今はハリシエダ様の処かしら。何が有ったのかしらね。私も聞きに行かなきゃ。』
と、僕に話し掛ける訳でもなく部屋を出て行ってしまった。
……付いて来ていたフェンリル母さんが、表情を無くした僕を見て、
『ほらね。元々、モリーノはミスティーヌに守護されていた様なものだったし、ミスティーヌの守護聖獣の役目は何も果たしていなかったから当然ね。
そう言えば、私達が親代わりになって出していた課題も、最初の幾つかだけ取り組んで、結果は出していなかったわね。だからヘルベルトは早くから諦めて私に投げ出して、さっさと山に帰ってしまったの。
ランティスはキチンとガウディ様の守護聖獣を勤めていて安心出来たから、私も山に帰る決心をしたの。私はミスティーヌ達の守護聖獣にはならないと決めているから。
モリーノも今後どう生きて行くのか、自分で考えなさい。少なくとも、ミスティーヌもサリシン様もあなたに守護されないと怒る人達では無いわ。良い人に恵まれたわね。』
と笑って話してくれた。フェンリル母さんによると、僕は聖獣としては子供過ぎて、誰かを守護出来る程成長していないそうだ。そして、ミスティーヌもあの人もそれを分かっているから、ただ優しくしてくれているらしい。
今の僕には、宝石を作る力と転移の力しか無い。それは、とても強い力で、それだけでも充分かもしれないけれど。足りない事が有ると理解出来たら、その課題に取り組んで成し遂げたら、もの凄い力になる。らしい。
取り敢えず僕はミスティーヌに守護聖獣で有ると認めてもらいに行く事にした。あの人は美味しいお菓子をくれるけど、僕が本当に一緒に居たいのはミスティーヌだから。
【ユーリウス】
父様の補佐として領内の産業を調査していますが、ハリシエダ叔父様がヴェルム領を受領してから、ヴェルム領で始まった新規の産業がリストランテでも増えました。
従来の産業と比べて力が有ると言うか、思いもよらない事が多く、とても勉強になります。お祖父様が張り切って飛び回ってくれるのは良いのですが、後始末と言って良いのでしょうか?事業に継続に振り回され気味です。
ミスティーヌ叔母様から派生した産業は、母様が工房を立ち上げて統括してくれているので安心ですが、才能を開花させてしまった様で、更に発展させていますね。とても生き生きとして楽しそうです。
ガラス工房を買い取って作った工房は、ビーズという装飾品の材料を作る工房だそうです。ミスティーヌ叔母様に教わって、母様とヴィクトリアがアクセサリーを作って来ましたが、まだ4歳程のジャレットの作ったブローチは見事でした。
カンザシという髪を飾るアクセサリーも見せてもらいましたが、こちらもキラキラと綺麗でした。トレントで作られた土台はカヴィヨンが作ったそうですが、とても滑らかな指感触で相変わらず器用だなと感心させられました。
さて。お祖父様が特に力を入れているのはチョコレートのお店です。元々は薬草として細々と輸入されていたカカオの実でしたが、とても苦いので、薬としてもあまり好まれていなかったそうですが、ミスティーヌ叔母様はそのカカオからとても美味しいチョコレートを作り上げたそうです。
輸入元のプルメリア国においてすら知られていなかった製法で作られたそうで、画期的なお菓子なのです。何故ミスティーヌ叔母様が作れたのか、私はとても疑問に思いましたが、お祖父様も両親も、
『ミスティーヌならなんでもありじゃないかな?まぁ、ミスティーヌだからね。』
と言うだけで、私の質問にまともに取り合ってすらくれません。ただ、チョコレートがとても美味しいのは真実です。蜂蜜よりも危険な成分が有るとかで、子供には極少量しか食べさせてはならないそうですが、私は大人ですから食べました。
初めての味です。甘くて、苦くて、滑らかで、口の中で溶けてしまいました。もう一つと思い手を伸ばしたのですが、お祖父様に止められてしまいました。
カカオの輸入に関しては、前タルピナス領主のフォニウム様が専属で取り仕切ってくれる事になりました。リストランテのショコラ店はお祖父様がオーナーとして立ち上げたので、私は店長を希望したのですが、却下されてしまいました。とても残念です。
父様の補佐にショコラ店の経営が含まれていたら嬉しかったのですが、お祖父様とフォニウム様の領域だそうです。従兄弟のカーチスが店の手伝いに入ると聞いた時は狡いと思いましたが、父様からカカオはタルピナスの産業にする予定だからと説明されたので諦めました。
私とはあまり考えが合わなかったお祖母様が原因で、ナイジェル叔父様の身分が平民に落ちていたそうです。婿入りした先の子爵家が爵位返上になったのだそうです。ナイジェル叔父様がタルピナス領主に就けば子爵位に戻るそうですが。
父様の補佐の仕事をしている私から言わせてもらえれば、子爵領の統治は然程難しく無いと思われますが、お祖母様が甘やかして、間違った考えを植え付けていた為に、領主たる能力が欠けていたのだとか。ナイジェル叔父様は被害者なのかもしれませんね。
その救済の意味もあるので、カーチスはショコラ店の経営と職人技を学んでいるそうです。
今ではタルピナスにカカオの農園計画が進んでいるそうです。無事に農園からカカオが収穫される事になったら
、国産のチョコレートを作る工房を立ち上げて、ショコラ店を出店するそうです。その時にはカーチスが切り盛りする事になる予定だそうです。
何年先になるかは分からないそうですが、その頃には私もリストランテのショコラ店に携わっているかもしれません。未来が楽しみです。




