またしても
鍛冶職人グスタフに、新しい刀製作の依頼を託けたあたし達は、ひとまずマーテリーの経営している宿に戻った。夜が更けてきたのもあってか、やたらとお店の勧誘が多かったけれど、エルの巧みな話術の前では無意味だった。声をかけてきた人達を完膚なきまでに撃退していその様は、見ていて中々に爽快。ちょっとした見世物よりも楽しめる一芸に満足感を得つつ、辿り着いた宿屋の扉を静かに開いた。
「おっ、リノやんか」
宿に入るなり、聞き覚えのある声色が耳に届く。その持ち主を確認しようとカウンターに目を向けると、見知った男女の姿があった。
1人は、身長175~180前後。後頭部がハリネズミのようにトゲトゲした紫髪に、十分につり上がった漆黒の瞳。白色無地のシャツの上に、体格に合わないやや大きめの深緑色のコートを身に纏い、だらしない上半身とは反対に、下半身は身体にフィットした灰色のデニムを決めている。
もう1人は、身長155~160前後。人目を引く褐色の肌に、肩まで伸びた白銀の髪。隅が少しだけ伸びている、長方形状の灰色ニット帽を被り、決して相手に感情を悟らせないような翡翠の双眼。ノースリーブで薄手の黒チュニックに、ガジュア国で流行りの赤色のミニフレアスカートを靡かせている。
忘れるはずもない。男はネパルマ国で力を貸してくれ、女はシャンタ国であたしに刃を向けてきた―――
「骸!?それに…えーと」
「エリン。エリン・ガラハッド。…リノ・レインバー、記憶能力が欠如している」
「ええい、うるさいわい!敵の名前なんざいちいち覚えてられるかっての!それよりも、どうして骸とアンタが一緒にいるんだ!?」
「…なるほど」
エルが放った低い声色で、あたしは2人の関係性を理解した。何故あの時に力を貸してくれたのか…理由は定かじゃないけれど、どうやら骸はあたし達の『敵』らしい。
「おいおい、何で俺は敵として見られとるん?エリン、お宅やらかしたんか?」
「シャンタでレインバーと刃を交えた」
「あっちゃー…。それなら、お宅と一緒におれば俺も敵と認識されるか」
しまったと、右手で顔を覆いつくす骸だが、その表情に一切の焦りは見られない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにも感じられた。骸はカウンターから離れると、コートのポケットに両手を忍ばせ口元を緩ませた。
「まあ…ばれたんなら仕方ない。嘘ついても面白くあらへんし、正直に話すわ。大方リノ達の想像通り、俺は悪者の商人や」
「随分と余裕そうだね」
「仮に今攻撃を仕掛けてきたとしても、捌ける自信があるからや。リノ…お宅の武器があれば話は別やったがな」
あたしが臨戦態勢を整えるよりも先に、エリンが自らの腰に提げている二対の白鞘に触れる。武器さえあれば圧倒出来るけれど、徒手空拳だけじゃさすがに厳しいだろう。諦めて矛を収めると、エリンも白鞘から手を離した。
「賢明な判断」
「前回負けたくせに…」
「今回は私の勝利」
「がー!ああ言えばこう言う!いくら師匠の弟子でも、やっぱり相容れなーい!!」
「ハッハッハッ!エリンは不器用なんや、許してやってや。…ま、一時休戦ってことで続きを話そか」
骸は付近に設置してある椅子に腰を下ろすと、あたし達にも余りの席に座るよう促してくる。エリン以外のみんなが、言われるがままに同じく腰を下ろすと、骸は言葉を続けた。
「さて…何を聞きたい?」
「貴方の正体ですかね」
敵対感情を隠すことなく、エルの鋭い質問が先制攻撃を放つ。
「多分知っとるやろうが、俺はとある組織に所属しとる商人や」
「それが鬼血衆と言う訳ですか」
「おおっと、やっぱり知っとったか」
「貴方がたの目的は何ですか?各地で問題を引き起こし、悪戯に混乱を招くその行為には、どのような意図が―――」
「決まっとる。鬼血衆の望みである『鬼』を世に解き放つことや。今はその下準備ってところか?」
「鬼…。シャンタ国の妖怪とは違う存在なんですか?」
「違う。確かに妖怪の中にも鬼は存在するけれど、私達の求めている『鬼』はもっと格上の個体。世界を喰らう程に…とても巨大な」
無機質ながらも迫力のあるエリンの台詞に、クーはたじろいで目を伏せる。以前にも、同じ組織の一員である孤月から聞いていたが、世界を左右出来る程の力があると、本気で思っているのだろうか。敵の思想に興味はないけれど、その鬼に関しては興味が湧いた。
「ねえ、その鬼ってのはどうやったら現れんの?」
「それはNG。教えたら絶対邪魔されるやん」
「レインバーだけには教えられない」
「ふふ、完全拒否ですねリノ」
「笑いどころじゃないでしょ、エル。…んじゃあ別の質問。下準備って?」
「ハハハ、エルノアあたりならもう分かっとるんやない?」
骸が話を振ると、エルは帽子の鍔を下げる。ある程度は把握しているような反応だった。
「あくまで推測の範囲で、ですが。これまで出会った方々の話から察するに、各国で騒ぎを起こして負のエネルギーを発生させ、それを何らかの道具を用いて収集している…。鬼とやらの復活に向けて」
「ほぉー、流石はエルノア。いい線いっとるやん」
「レインバーより賢い」
「いちいちうるっさいわ!まあ、アンタ達の計画とやらが順調に進んでるのは分かった。…そういや弧月のおっちゃは?」
「そもそも鬼血衆は単独行動が主でな。定期連絡の時ぐらいしか、他のメンツと顔を合わせたりはしないんよ」
「んじゃ、どうして骸とエリンギは一緒に行動してるんだ?」
わざと名前を間違えてやったら、案の定エリンは反応した。普段は無表情を貫いている為に、別の一面を見せるとすぐ分かる。僅かに眉根を寄せて、震える手を白鞘にかけた。
「レインバー。挑発のつもりなら無駄だよ」
「いや、めっちゃ動揺してっけど」
「ハッハッハッ、これは傑作!!」
「骸…。貴方も塵になりたい?」
「おお、こわいこわい。冗談や冗談」
エリンは不満気な表情を隠そうともせず、付近の壁にもたれかかって腕を組む。可愛くない奴だと思っていたけれど、からかうと案外面白いかもしれない。…と、和んでいる場合じゃなかった。気を取り直して骸と話を続ける。
「話を戻すけど、何で2人は一緒に行動してるんだ?」
「別に変な意味やないんやけど、俺達は相性が良くってな」
「会話面が骸さんで、戦闘面がエリンさんということですか…?」
「正解。クーストラちゃんは賢いな。俺は人と話すの好きなんやけど、荒事はちょいと…な。だから、それをエリンに補ってもらっとるんや」
「確かに、言い換えれば月と太陽という言葉が似合いそうな感じですが…」
「やろ?ま、そういう事や」
骸は嬉しそうに声を弾ませた。確かにエルの言う通り、骸とエリンは対極の存在だ。あまり評価したくはないけど、お似合いと言えばそうなのかもしれない。
「それで?リノ達はまだミロスリーにおるつもりなんか?」
「やらないといけないことがあるからね。おおっと、口が裂けても言わないからね?」
「俺達も秘密にしてる事があるんや、そのくらい分かっとるよ。ただ…何となく察しはつくがな」
あたしの腰回りを観察していた骸は、不敵な笑みを見せた。どうやら武器の事は完全に見透かされているようだ。負けじと強気な表情で返して見せると、骸は満足そうな様子を覗かせた後、静かに立ち上がった。
「ま、お互い頑張ろうや。次に会った時は…」
「おうさ。アンタらの悪だくみ、阻止してやるから」
「期待しないで待っとる。行くで、エリン」
カウンターに金貨を置くと、骸とエリンは建物を後にした。今の状況なら、あたし達を確実にやれたはずなのに、本当に最後まで攻撃してこなかった。骸は自身が言っていた通り、争い事は苦手らしい。一悶着して、何とも言えない脱力感があたしの身体を蝕む。
「はぁ…。よー分からん」
「そうですね。ああして話していると、本当に敵なのか疑わしくなります」
「でも、骸さんがエリンさんを止めてくれて助かったね」
「ほんと。あのエリンギめ、次会ったらボコボコにしてやる」
「あーら、いらっしゃーい❤」
いつの間にやらカウンターに姿を現していたマーテリーが、あたし達を歓迎する投げキッスを送ってくる。相変わらず気持ち悪いけど、今はそれがありがたかった。




