決着 そして…
からかさ小僧にお願いして、あたしはさらに上空へと舞い上がる。ダイダラボッチの頭部辺りが限界高度だったらしく、そこまで行ってくれたことに正直ホッとする。見栄を切ってカッコつけたのに、届きませんでしたじゃ締まらない。
無我夢中で腕を振り回すダイダラボッチの攻撃を捌きながら接近し、背後に回り込んでからの後頭部へ全力の一打。強烈な痛みに悶えるダイダラボッチに、あたしは追い打ちをかけるべく最後の仕上げに入る。
「傘坊君、合わせて!!」
「は、はい!」
「無理させちゃうけど、頑張ってよ~!!」
からかさ小僧のてっぺん…つまり、一般的な傘で言うところの石突きの部分で、ダイダラボッチの背中に突きを入れる。それと同時に、支えを失ったあたしの身体は地上に向けて勢いよく降下していく。
けれど、ダイダラボッチの背中に擦り付けている石突きの摩擦も勢いも増し、大きな傷跡をつけながら地上へと加速していく。
「リ、リノさぁ~ん!い、いくらなんでも無茶苦茶ですってぇー!!」
口を開くと舌を噛む可能性が高い為、ジェスチャーで頑張れとだけからかさ小僧を激励して、次の行動を起こす機会を窺う。それからしばらく進んで、腰の辺りまで到達した際にからかさ小僧の持ち方を直し、ダイダラボッチを蹴った反動で離脱する。あまり地上付近ギリギリまで粘ると、滑空を安定させる時間が足りずに落下してしまうからだ。
「ぐうおおおぉぉぉ!!」
「どーだ、思い知ったか!これはあたしじゃなく、あんたの仲間達の一撃だ!!」
「背中が熱い…!熱い、熱いいいぃぃ…!!」
「もういい加減負けを認めろ!これ以上抵抗するってんなら、今度は容赦なく真剣で斬るよ!!」
本当にその気はないけれど、わざとらしく刃を振り回して最大限威嚇する。すると効果があったのか、ダイダラボッチは何かを悟ったかのようにピタリと動きを止めた。
「そうか、貴様は…殺ろうと思えばいつでも俺様を殺れたのか…。怒りで我を忘れて、手加減されていたことにすら気付けなんだとは。力の差は歴然。認めざるを得ない…か」
我に返ったダイダラボッチから闘志が抜けきったのを確認した後、あたしも刃を鞘に収める。砂クジラの時ほどではないけれど、もの凄く疲れた。地上に降りるまでの数分間、摩擦で痺れかけていた両手を交互にぶらぶらさせて、軽くストレッチした。
「あー、疲れた」
「リノ!」
地上にふわりと着地してすぐに、急ぎ足でエルとクーがあたしを出迎えてくれた。周囲を見渡すと、妖怪の皆も含めて、誰も怪我がないようで安心する。
「ただいまー。エル、クーちゃん、大丈夫だった?」
「それはこちらの台詞です。奇想天外な行動に出るのはいつものことですが、落ちてしまわないかと心配する私達の身にもなって下さい」
「本当だよ!リノお姉ちゃん、いつも私に無理するなって言ってるのに、自分が一番危険な橋を渡ってるんだもん」
「あはは、ごめんごめん」
「いやはや、無事で良かったぜ…!」
情に厚い赤鬼は、またしても涙を流してあたしの生還を喜んでくれている。嬉しいことだけど、やっぱりちょっと暑苦しい。
「傘坊頑張ったね…。怪我はないかい?」
「おかげ様で。石突きが擦れたぐらいで、何ともないよ」
河童はからかさ小僧に労いの言葉をかけた後、心配そうにあたしを見つめる。口には出さずとも、その意図はすぐ読めた。感謝沢山のウインクで返して、無事をアピールしておく。
「ほんま、何ものうて良かったわあ。リノちゃんもそうやけど、傘坊ちゃんもえらい頑張ったね」
「そ、そんなことは。僕はただ…」
「勇気を出して…命をかけてまで王様に挑んだんだ。もっと誇って良いことだよ」
あたしの視界に入って来たぬりかべが、無言で親指を立て、あたしのさきに放った言葉を強調させる。ろくろさんも気にいった様子で、からかさ小僧に向けて可愛らしく親指を立てて、その功労を労った。
「その通りだ」
あたし達の会話に混じるように、背後からダイダラボッチの落ち着いた声が響き渡る。
「俺様を目の前にして、怯まず臆さぬその根性…見事なものであった。従来ならば、反逆罪で即刻罰していただろうが、もうやめだ」
消え入りそうな声で、大地に腰を下ろしたダイダラボッチの足元まで移動し、首を痛めない程度に上を見上げる。
「まさかここまでとは思わなんだ。俺様の評価は誤っていたようだ」
「だから言ったっしょー。今の腑抜けた王様には負けないって」
「ガハハ、そうだな。しかしおかげで、人間達の心を動かせるような気がしてきたぞ」
「やる気を出したのは結構なことだけど、その前にやらなきゃいけない事があるんじゃないの?」
あたしの発言に、ダイダラボッチはこくりと頷く。王としての責務に目覚めてくれたようで何よりだ。
「背中の消毒だな!」
「ちっがーう!!ここはボケるとこじゃなあああい!!」
「冗談だ、そう熱くなるな」
「熱くさせてんのはどこのどいつだ!全く…」
「ツッコミ、上達しましたねリノ」
「嬉しくないって…」
無駄に嬉しそうなエルの表情にあたしが肩を落すと、クーが軽く背中を叩いて励ましてくれた。けれど、この流れだと完全にボケの延長線上だ。
「さて…。からかさ小僧よ」
「は、はいっ!」
「今まで貴様に命じていた行動の数々。その全てを現時点をもって取り消しする。…嫌な思いをさせてしまってすまなかったな」
深いお辞儀。そのお辞儀には、これまでの情けない王とは違う、しっかりとした威厳が表れていた。
「い、いえ!そんなお気になさらず。確かに嫌と言えば嫌でしたが、王様のお気持ちを知りましたから…」
「だが、殻に閉じこもるあまり、周りすら見えていなかったのは事実だ。これだけの背丈を持ち、日々眺めておきながら、廃れきった己が国の惨状にさえ気付けないとは…愚か極まりない」
「じゃあ、これからどうするんですか?」
クーが問いを投げかけると、その言葉を待っていたと言わんばかりに立ち上がったダイダラボッチは、右手の拳を力強く握り締めてさっきまで控えめだった声を張り上げた。
「妖怪の国の者全てに告げる!!これより妖怪の国は、長い歴史の中でもただ1つ変わらなかった『ルール』を完全に撤廃する!!弱肉強食はもう終わりだ!これからは皆、平等に富を築く時代とすることをここに宣言する!!」
突如、各地から歓声が上がる。王の意志に応えるかのような、気高くも雄々しき歓声が。国全体が1つの巨大な声によって震え、来たる新時代に向けて歓喜の咆哮を轟かせた。
傍にいた赤鬼、河童、ぬりかべ、からかさ小僧、ろくろさんらも、各々声を上げて喜びを露わにしている。
「凄いですね。王とは、これほどまでに皆を動かす『力』があるんですね。尤も、ある程度の信頼を得ていければ成立しないものでしょうけど」
「殻に閉じこもる前は、とても優秀な王様だったって証明だよね」
クーは嬉しそうに、エルに満面の笑みを浮かべる。エルもまた柔らかく微笑んで、クーの髪をくしゃりと撫でた。
「へへっ。まあなにはともあれ、これにて一件落着かな?」
「まだですよ。もう1つ、難所を越えなくてはなりません」
「人間側との亀裂の修復…だね」
「問題ないって!よゆーとはいかないだろうけど、十中八九上手くいくさ」
「あら、随分と自信があるんですね。何か良い考えでも?」
私の予想と相違とは思いますが。と、付け加えたエルは、あたしの発言を待つ。エルやクーなら気付くであろう作戦、それは—————




