潜入「羅生館」
その姿を現した妖怪の王ダイダラボッチは、ゆっくりと時間をかけて周囲を見渡した後、再び身体を屈めて山の背景に溶け込んだ。どうやら寝返りを打っただけのようだ。ネパルマで出会った砂クジラも相当の大きさだったけれど、妖怪の王様も大概だな。
「恐ろしいだろう?そして、誰もが逆らわず大人しく命令に従っている理由にも納得したかい?」
「うん、正直びっくりした。けどまあ—————」
「このレベルの大きさなら、以前にも戦闘経験がありますので」
エルが冷静にそう言い放つと、赤鬼と河童は顎が外れそうなほど大口を開けて驚きを露わにした。
「リ、リノさん達って、見かけによらずハードな人生送ってるんですね…」
「自慢するような話でもないけどね。でも、今回はちょっちよろしくないかも」
砂クジラと対峙した時は、行商人の骸が武器を貸してくれたからこそ、辛くも勝利を得ることが出来た。けれど…今回は違う。話し合いで済めばそれに越したことはないけど、間違いなく不可能な相手だ。
「衝撃砲があれば抑止力になると思うけど、今は手元にないし…。うーん、他に何かないかな?」
「そうですね…」
クーとエルは2人して、俯いては対抗策を考えている。あたしの意見としては真っ向勝負なんだけど、却下されるだろうから黙っておく。
「戦うなんて考えんほうがええよ。いくらリノちゃん達が強い言うても、さすがにあれは無理やって」
「そういう訳にはいかないよ。うーむ…せめてあのキザ野郎でもいればなあ」
「あら、そんなにオージェさんのことを頼りにしてたんですか?」
「ばっ…!ばっか!そ、そんな訳ないじゃん!!変なこと言わないでよ!」
「リノお姉ちゃん、顔真っ赤だよ」
「あらまあ。なになに?リノちゃんの彼氏の話?」
オージェのことは断じて好きじゃない。寧ろ、あたしがこの世で一番嫌いな男だ。…けれど、その実力は買ってるつもりだったから、つい口に出してしまった。
「違いますって!!うがーっ、やめやめ!この話やめー!!とにかく行ってみよう、そうしよう!!」
「相変わらず照れ隠しが下手ですね」
「あーあー聞こえなーい!ほら、さっさと行くよ!」
「うふふ、青春しとってええねえ。…もう止めはせえへんけど、十分気ぃつけてよ。傘坊、リノちゃん達の道案内したってや」
「分かったよ。道案内だけなら…」
傘坊ことからかさ小僧は、露骨な嫌悪感を示した。普段から無理難題をふっかけてくる王様に会いに行けと言われれば、その反応も頷ける。
「傘坊君、ごめん。入口まででいいからお願い出来ないかな?」
「無理強いはしませんから、嫌になったら戻ってもらっても———」
「いや、責任を持って入口までは一緒に行くよ。いくら王様の命令とはいえ、クーストラちゃんをここまで連れて来たのは、他ならぬ僕だから…」
負い目を感じているのが分かる面持ちで、からかさ小僧は巨大な1つ目を地面に向ける。そんな俯き加減のからかさ小僧の小間に優しく触れて、柔らかに微笑んだ。
「そんなに落ち込まないで下さい。確かに、初めに出会って連れ去られた時は怖かったですけど、今は全然そんなことありませんから。元気出して下さい…ねっ?」
「クーストラちゃん…。ごめん、ありがとう」
「いえいえ。それじゃあ…気を取り直して傘坊さん。道案内、お願い出来ますか?」
太陽のようなクーの眩しい笑顔に、からかさ小僧も笑顔になった。
「うん。リノさん、エルノアさん、僕について来て下さい」
「ほーい」
「君達の無事を祈っているぞ」
「うん、ありがと赤鬼さん。それじゃまた」
見送ってくれる赤鬼、河童、ろくろさんにそれぞれ手を振って、あたし達は妖怪の王「ダイダラボッチ」の元へと向かった。
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最も強き者が、モノノケの王とならん。妖怪の国に古くから伝わるしきたりで、絶対の掟。シンプルな理由とは裏腹に、弱者は強者の言いなりだと宣言しているようなもので、そのたった一言の台詞に、醜い争いの歴史の闇が垣間見える。
道中からかさ小僧は、瞳に光が灯っていない下級の妖怪を見つけては、多様な切り口で現状の愁いを嘆き語った。あたし達3人は、揃って熱心に耳を傾けて聞いていたけれど、中でもエルは特に高い関心を示していて、深い溜め息の後に帽子の鍔を下げては、思い出したくない過去に怒りを覚えているように見えた。
そういえば以前出身国の話題になった時も、今のように浮かない様子を覗かせていた。エルはお嬢様だとも聞いたことがある。色々と厄介なしがらみでも抱えているんだろうか。
「どうしましたリノ。人の顔をジロジロ見て」
「えっ、あたしそんなにエルのこと見てた?」
「それはもうねっとりと。何か言いたいことでも?」
「まあ、あるっちゃあるけど…。後でも構わないよ」
「…そうですか」
あたしの言いたいことを察したようで、エルの表情はより曇った。
「…その時が来たら話します。今は、目の前の用事を済ませましょう」
「りょーかい」
ドライなエルの態度を心配したのか、クーがあたしに向けて目で『何かあったの?』と、サインを飛ばしてくる。あたしにも分からない話なので、とりあえず首を横に振って知らないと答えておく。…と、そんなこんな話をしている内に目的地に着いたらしい。からかさ小僧はあたし達の方へ振り返って、険しい目つきを光らせた。
「ここが妖怪王の住処、羅生館です」
先が見えないほど長い塀に囲われたこの場所は、富豪の豪邸すら腰を抜かすぐらい、膨大な領地だった。あれだけの巨躯をおさめるとなれば、当然と言えば当然だけれど。
「す、凄く大きなお屋敷だね」
「まあ…あのサイズだし」
「ですね。しかし、こうも広いと移動が面倒ですね。クーちゃん、お願い出来ますか?」
「うん、分かった」
エルの呼びかけに応じて、クーはうさぎポーチから移動道具フローボードを3枚分取り出し地面に置いた。これが何なのかを知らないからかさ小僧は、不思議そうに目を動かしながら、指の代わりに舌で差した。
「これは一体…?」
「傘坊君は知らないんだったね。よーく見ててよー」
驚かせてやろうと思って、あたしはわざと大袈裟にフローボードを踏む。いつも通り、独特の機械音を伴ってその真の姿を現すフローボードに、からかさ小僧は目を見開いて甲高い声を上げた。
「うわーっ!凄い!これ、もしかして古代遺産ってやつですか!?」
「ふふん、そーだよ。すげーでしょ?」
「何でリノが威張ってるんですか。これはクーちゃんの所有物ですよ」
「細かいことは気にしなーい!」
「ねえクーストラちゃん!これ、どんな道具なの!?」
「移動用の乗り物です。太陽の光を機械内に蓄えることで走って—————」
簡潔かつ分かりやすい説明を聞き終えたからかさ小僧は、二度目の甲高い声を上げる。
「先人がこんな代物を拵えていたなんて話、今一つ信じられない与太話だと思ってたけど、本当に実在するんだね…」
「ちゃんと探せば、妖怪の国にもあるかもよ?」
「いつかは探してみたいですね。…と、いつまでも引き止めてごめんなさい。リノさん、エルノアさん、クーストラちゃん。気を付けて」
「あんがとね。さあ、行っくぞー!!」
あたしの掛け声で、からかさ小僧が入口の巨大門をゆっくりと押し開ける。館の奥から漂ってくる邪気に飲まれないよう気を引き締めてから、あたし達は羅生館に侵入した。




