とにかく大きな王様
「私としたことが、不覚を取りました」
エルは頬を赤らめながら、朽ちた木製の板の上に正座する。確かに不気味ではあるけれど、まさか失神するとは思わなんだ。貴重なシーンだったから是非とも写真に収めたかったけれど、魔法カメラを持ってきていないのが悔やまれる。
あたしは胡坐をかき、クーはエルに倣って行儀よく並んで座る。焚き木を挟んだ反対側には、妖怪の面々が顔を連ねた。ろくろさん以外、凄く濃ゆい。
「さ、ほんならお話ししましょか。まずはうちらの自己紹介からやね」
「ろくろさんはいいとして、まずは俺からだな」
全身赤色の大男が、ずいと前に歩み出る。
「俺は赤鬼。力が自慢の妖怪だ。本とかじゃよく悪者扱いされるが、実際はそんなことないぞ」
「へー。上半身丸出しで寒くないの?」
「おうさ。俺の心はいつだって熱く燃え滾ってるからな!」
赤鬼と名乗った男は、ぐっと親指を立ててウインクする。強面の割にはやることが可愛らしく、見た目とのギャップに驚かされるも、妙に親近感が湧いた。
「はははっ、赤鬼さん面白いね~♪」
「だろう?君達も、妖怪が恐ろしい生き物じゃないって分かってくれたかい?」
「おかげさまで。私達との違いは、見た目だけだと言うことですね」
「そうそう!いやあ、話が通じる子達で良かったぞ」
盛大に高笑いする赤鬼に、あたしは親指を立て返して、次の妖怪の紹介に移る。今度は、頭に大皿を乗せたくちばし持ちだ。
「次はオイラ…だね。オイラの名前は河童。水を泳ぐのが得意な妖怪だよ」
「手が水かきみたいになってるのはその為なのね。どのぐらい速く動けるの?」
「え、えっと…このぐらい?」
河童は身振り手振りで、大雑把にその速さを表現する。何とも伝わりにくい、典型的な説明下手。会話があまり得意じゃないのがよく分かる反応だった。
「えっとさ」
「突っ込みは厳禁ですよ、リノ」
「河童ちゃんは人見知りで口下手なんよ。許したってね」
「ご、ごめんなさい…。オイラ、他人と話すことが全然なくって。それに女の子とかは特に…」
「気にしてないからいいって。それも個性の1つだしね。んで、後の2人は?」
手足の生えた壁は、片手を上げるも何も喋らない。両目はあれど口がないので、もしかしたら喋れないのかもしれない。
「あ…もしかして」
「オレ、ぬりかべ」
「喋れるんかいっ!!」
「突っ込み忙しいね、リノお姉ちゃん…」
「ぬりかべちゃんは通せんぼが趣味の妖怪なんよ。…嫌がらせではせえへんよ?」
「分かってますって!それだとただの嫌な妖怪じゃないですか!」
ぬりかべはしょんぼりと肩を落として、がっかり感を体現する。他の妖怪と同じく、コミカルで愛着の湧く反応だ。
「オレ、ワルイヤツチガウ」
「分かってるよ。悪い妖怪なら、とっくに成敗してるって」
「少なくとも、ここにいる方々はそうではないと、理解しているつもりです」
ならいいよ。そう言わんばかりに、ぬりかべは黙りこくった。案外さっぱりとした性格なのかもしれない。石像のように固まってしまったぬりかべに、あたし自身もよく分からないエールを送って、最後の紹介に入る。
巨大な傘に人間の片足をくっつけた一つ目。何故だか分からないけれど、この妖怪だけは覚えがある…ような気がする。デジャヴらしき現象にあたしが首を捻って考えていると、エルが何かを思い出したように口を開いた。
「そう言えば…ミスティさんの話に、傘の妖怪の話が出てましたね」
「身長が2mにも届くぐらい丈の長い傘の妖怪って言ったね。じゃあ、ミスティさんの妹さんをここに連れて来たのも貴方が…?」
クーの疑問に対して、傘の妖怪は後ろめたそうに目をそらす。嘘がつけない性格らしく、その態度がまさに肯定だと主張していた。
「ねえ、傘の妖怪君。ミスティさんの妹さんをどこへやったの?」
「そ、それは…王様の所です」
「王様?ろくろさんが言ってた?」
「そうなんよリノちゃん。この子…からかさ小僧ちゃんは、その王様の命令で無理矢理働かされとるだけなんよ。責めんといてあげて」
からかさ小僧と呼ばれた妖怪は、申し訳なさそうに目を伏せて、謝罪の意を示す。本意じゃないと分かった以上、余計な追求は無用だ。今は、その王様について聞く必要がありそうだ。…と、その前にあたし達の自己紹介を簡潔に行い、それから本題に入る。
「ねえろくろさん。王様って一体?」
「名前の通り、ここ妖怪の国の頂点に君臨する妖怪や。人間界と同じで、強い妖怪が上に立つ決まりなんよ」
「…つまり、位の低い妖怪達は、王の命令には絶対服従だと言う訳ですか」
「残念ながらね。王様の考えは分からんけど、人間界に住んどる女子を連れて来ては、自分の手元に置いてるようなんよ」
「それはただの変態では?」
「ち、違うと思うけど…」
エルの冗談に、クーはがくっと頭を下げてのリアクションで応える。あながち間違ってなさそうな回答だと思うけれど、それだけじゃないだろう。おそらく、人間界に降る魔障雨と何か関連性があるのではと睨む。
あたしの推測と同意見なのか、エルはあたしに意味あり気な視線を送ると、人差し指を突き立てた。
「会いに行ってみましょうか。その王様に」
「お、おいおい正気か!?君達みたいな可愛い子が王様の所に行ったら、どんな仕打ちを受けるか分からんぞ!」
「か、可愛いってそんな…。じゃなくて!!さっき言った妹さんの件もあるけど、それ以外にも聞きたいことがあるんだ。納得するまでは帰れないよ」
「本気なん?」
少なくとも、あたしとエルはだけれど。クーは今回の件もあるので、聞いてみないと分からない。あたしが口を開こうとすると、それを遮るかのようにクーが立ち上がった。
「本気です。皆さんに酷いことをさせる王様には、ガツンと言わないといけませんから!」
「クーちゃん、大丈夫?」
「心配してくれてありがとう、リノお姉ちゃん。でも…もう大丈夫」
クーの瞳には、使命感に近い煌めきの光が宿っていた。悪は決して許さないその正義感に、あたしは関心を覚える。大した根性だなあ。
「ははっ、了解。ただ、いつものことだけど」
「無茶はしない!…だよね?」
「OK。それを分かってくれてるなら問題なし!」
「と、言う訳で。ろくろさん、その王様の居場所を教えてくれませんか?」
ろくろさんは、困ったように首を捻って悩んだような様子を見せる。やっぱり上下関係がある以上、そう簡単に情報を開示出来ないのかもしれない。もし仮に駄目だと言われても、自力で捜す気でいるけれど。
「うーん、そやねえ…別に構わへんけど、うちは心配や」
「問題ないですって!たとえ妖怪の王様だろうが、叩き伏せてやりますよ!」
「ちゃうよ。王様を改心させようとしてくれるのはありがたい話なんやけど…正直、あれは手に負えんよ?」
「…どう言う意味ですか?」
「外に出てみるといい。多分、君達驚くぞ」
赤鬼に誘われて、あたし達は朽ちた木製の扉を開けて外に出る。何があるのかと周囲を隈なく見渡すも、薄暗い闇の空が広がっているばかりで、妖怪らしき姿は見えない。
「ちょーっと赤鬼さん!なーんも見えないけど!」
「向こうの山」
赤鬼が指差した方角を凝視すると、奥に見える山岳の一部が、ずれたように錯覚する。まさか山が動く訳がない。
「山が動いたように見えたけど、気のせいだよね?」
「いえ…気のせいではないようですよ、リノ」
山だと思っていた『それ』は、山じゃなかった。大地を揺らしながら動き出したのは、まさしく妖怪の王の名に相応しい、人間の姿に似た青色の巨人だった。
「あれがうちら妖怪の王様…ダイダラボッチや」




