骸(むくろ)
火の精霊王イフレイアの特殊な魔法により、街まで瞬間移動で戻って来たあたし達は、前報酬として受け取った精霊石を片手に、ガレットの店へと歩いていた。
「いやーしかし、さっきの魔法は凄かったねえ。身体がふわーってしたかと思ったら、本当に一瞬でここまで戻って来られるなんて」
「話に聞いたことはあったけど、あんな精度の高い転移魔法が使えるなんて…。力を失っているとはいっても、やっぱり精霊様の力は凄いね」
「転移魔法と言うのは、クーちゃんは使えないんですか?」
「一応出来ることは出来るんだけど、ここから10mの移動でさえ難しいんだ」
「クーちゃんでもそこまでが限界と考えると、精霊様の力は底が知れませんね」
と、そうこう話をしている内に、ガレットの店前まで辿り着く。オージェは中に入るつもりはないらしく、近くの公共椅子に腰かけて「早く済ませてこい」と目で訴えてくる。あたしは軽く顎で「ホテルで休んでろ」とオージェに伝えてから店に入った。
「おっ、新客やないの」
敷居を跨いだ途端、聞き覚えのない声があたし達を出迎えた。奥の暖簾から姿を現したのは、ガレットではなく若い青年だった。
身長は180~185cm、年齢は20~25歳ぐらい。特に後頭部がハリネズミのようにトゲトゲした紫髪に、オージェほどではないけれど、十分につり上がった漆黒の瞳。白色無地のシャツの上に、体格に合わないやや大きめの深緑色のコートを身に纏い、だらしない上半身とは反対に、下半身は身体にフィットした灰色のデニムを決めている。
一言で表現するなら『怪しい男』だった。
「ガレットのじっちゃはいる?ちょっと話があって来たんだけど」
「おお、奥におるで。呼んでくるか?」
「うん、お願い」
「ええけど、その前に…失礼」
男はあたしの前にずいと歩み出て、上から下まで観察を始めた。これがオージェなら、迷わずぶっ飛ばしていただろうな。
「何か?」
「いやあ。姉ちゃんただの観光客かと思うたけど、かなりの手練れみたいやね」
「へー、分かるんだ。ってことは、おにーさんも中々強いんじゃないの?」
「んなアホな。姉ちゃんに比べたら素人もええとこや」
「変わった話し方ですね。どこの生まれなんですか?」
「ミロスリーや。帽子の姉ちゃん」
ミロスリーと言えば、物事の全てが武力ではなく知力によって決められる、賭博に染まった格差社会の国だ。つまりこの男の慧眼は、賭博によって磨かれたものだと推測する。
「あら、奇遇ですね。私もミロスリーなんですよ」
「おおっ、ホンマか。いやあ他国で同郷の人間と出会えるなんて嬉しいわ」
「ほー。エル、ミロスリー出身だったんだね」
「あら、言ってませんでしたか?」
「初めて聞いたよ。なるほどね、だから知的なんだ」
「…好きでこうなった訳ではないですよ」
エルが何か呟いたように聞こえたけれど、ムクロが割って入った為に分からなかった。気のせいだろうか。
「せっかくこうして出会えたんやし、一応自己紹介しとこか。俺は骸。世界各地で『名品』を売る商人や」
「あたしはリノ・レインバーだよ。宜しく、ムクロ…さん」
「エルノア・アールコートです」
「クーストラ・ハイビスカスです」
「リノ、エルノア、クーストラ!みんなええ名前やね、宜しくな。ああ、俺のことは呼び捨てでええよ」
骸の相手に警戒心を与えない間の取り方に、あたしが初見に懐いていた怪しい男というイメージは、完全に崩れ去っていた。
さすがは商人と言うべきか、骸は軽快な話術で周囲を自分のペースにはめ込んでいく。
「ところで骸。さっき言ってた名品を売るって、どーゆーこと?」
「言葉通りの意味や。各国に伝わる名だたる品を売買しとる人間っちゅーこっちゃ」
今の仕事に誇りを持っているのか、骸は鼻高々にふんぞり返る。そうは言うけれど、骸の身体のどこを見ても、それだけの品を隠しているようには見えない。
骸はそんなあたしの考えを読んでいたのか、コートのポケットからある物を取り出した。出てきたのは、白く小さな巾着袋。中には何が入れられているのだろう。
「それは?」
「こいつが俺の商売道具や。見とけよ…」
骸が巾着袋に向かって何かを呟いたかと思うと、袋はみるみる大きくなっていく。やがて袋が1mぐらいの棒状に形を変えると、骸はそれを取り出した。
「おおー!?なに、今の手品!?」
「ハハハ、ちゃうちゃう。こいつはツールバッグって言ってな。偉人の遺した『魔法』の力が付与された袋なんや」
「魔法が付与された袋…ですか。これはまた珍しいですね」
「せやろ?俺も二月ほど前に偶然こいつを手に入れたんやけど、そん時はびっくりしたわ。どんな大きさの物でも、魔法の力で小さくして仕舞える。とんだオーバーテクノロジーや」
「本当に、過去の偉人には驚かされますね。よくもまあこんな発明品をぽんぽん思いつくものです。…ところで、何を出されたんですか?」
「へへ、これや」
骸が見せてきたのは、巨大な筒だった。銀色の光沢がきらりと輝く、何の変哲もないただの筒。素材が価値のあるものなのだろうか。
「こいつもオーバーテクノロジーの1つでな。衝撃砲言うて、騎士の国と呼ばれとるトルーソンにある戦術兵器『大砲』を模して造られたらしいで。なんでも、普通は弾を込めて発射するらしいんやけど、こいつはその代わりに魔力を打ち出すとか」
大砲とは、骸の言っていた通り、別名で騎士の国とも呼ばれる大国『トルーソン』に現存する戦術兵器の総称。導火線と言うロープのような紐に点火すれば、棒状の鋳鉄の口径から巨大な弾頭が高速で発射される。
技量がなくとも扱える上に、威力は投石よりも遥かに優秀だと高く評価されていて、争いがなくなった今現在でも、名物としてトルーソンの発展に貢献し続けていると聞いたことがある。尤も、実物を見たことのないあたしは、憶測でしか語れないけれども。
「うわー、凄いですね!」
「そやろ?けどコイツには欠点があってなあ。魔法の素質に影響して、性能が大きく変わってまうんや。生憎俺は素質がないから、その威力を披露出来へんけどね」
「魔法の素質…。骸さん、その衝撃砲とやらを少し貸してもらえませんか?」
「ん、ええよ?」
エルは骸から衝撃砲を受け取ると、一瞬口元を動かした後、クーに横流しする。
「エルお姉ちゃん?」
「クーちゃん、使えそうですか?」
エルの意図を察っしたのか、クーは筒の隅々まで手で触れて、魔力の巡りを確かめている様子だった。2~3分して吟味が終わると、クーは目を輝かせて感嘆の声を漏らした。
「この筒…これ以上ないくらい魔力の塊だよ。これなら、ほんの少し魔力を込めるだけでも、途方もない力が打ち出せるはず…!」
「ほー、クーストラちゃんは魔法が得意なん?」
「は、はい!得意と言うほどではないですけど、一応使えます」
「ハハハ!そんな謙遜せんでええって!出来るんは、素直に誇ってええやろ」
「良いこと言うじゃん、骸。クーちゃん、もっと自信を持っていいんだよ。実際凄いしさ」
「う、うん。ありがとうございます骸さん。それと、リノお姉ちゃん」
クーは相変わらずの丁寧で律儀な礼をした後、衝撃砲を腰の位置で持って構える。小柄で華奢なクーには似合わない姿だ。
「試しに撃ってみても良いですか?」
「ええで。そうや、これに撃ってみ?」
骸はツールバッグから鋼の板を取り出して適当な壁に立てかけ指を差した。ここを狙えと言う事らしい。クーは静かに板に向けて照準を合わせ、自身の魔力を衝撃砲に込めた!




