1.迷子じゃないわ!!
ゆるっとお読みいただければ幸いです。
「つまらないわ。」
ポーレット辺境伯領の辺境騎士団本部で、ぶすっと不機嫌そうな顔をした7歳の少女がひとり。
彼女はアイリス・アーバスノット。隣領の領主アーバスノット侯爵の一人娘だ。
(まさかこんなに面白くないなんて。もっと旅行みたいな感じだと思っていたのに。)
アイリスは昨夜のことを思い出す。
父である侯爵が夕食のとき、明日は隣領に行くと言い出した。旅行に行くのかと目を輝かせたアイリスは、自分も行くものだと信じて疑っていなかった。
それなのに今日の朝になって父は、仕事で行くからアイリスはお留守番だよ、なんて言い出したのだ。準備万端、気分ウキウキだったアイリスは、その言葉を聞くや否や駄々をこねた。
結局押し負けた父はアイリスを連れてきてくれたのだが、父の仕事(大人と難しい話し合いをすること)は、アイリスにとって暇で仕方がない。
まだ話し合いが続きそうな雰囲気にうんざりしていたアイリスは、あることに気がついた。
部屋のドアが開いている。
父も話し合いに夢中でアイリスのほうを見ることはない。
―――少しだけなら抜け出せるのではないか?
それに気づいたアイリスはいてもたってもいられず、少しずつドアの方に近づき、ゆっくりと部屋を出た。
少しだけ、少し探検してすぐに戻ろう。そう考えていたのだが、、、。
「―――あれ?どこ、ここ、、、。お父様?おとーさまー!」
数十分後、アイリスは草むらを抜けると知らない場所にいた。どうやら外まで来てしまっていたようだ。
一体ここはどこなのだろう。どうやってここまで来たのだろう。アイリスは座り込んだままうーんと考えこむ。
確か本部の中を探検していたら、遠くから声が聞こえて、その声の方に、、、。
そこまで考えたところで、アイリスに三つの大きな影がかかった。はっと気が付いて顔を上げると騎士の訓練服のようなものを着た3人の男と目が合う。
「あれ?嬢ちゃん、どうしたんだ?」
「うわ、ちっちゃい女の子がいる。何で訓練場に?」
「5、いや7歳くらいか。迷子かなあ。おーい、君、どこから来たの?」
鍛え上げられた大きな体の男たちに囲まれてアイリスは一瞬萎縮する、がすぐに立ち上がった。胸を張り、手は腰に当て、フンッと鼻をならす、いかにも高貴なわがまま娘らしい態度で強気に答える。
「ま、迷子じゃないわ!気が付いたらここにいただけだよ!」
「迷子じゃないって、、。」
それを迷子って言うんじゃないか、、、と右端の男が小さくつぶやいたが、アイリスは聞こえないふりをする。
そう、アイリスは知らない間に知らないところにいただけだ。迷子だとかそんな子供じみたこと、侯爵令嬢である自分がなるわけがないのだ。
強気な態度を取り続けるアイリスを見た男のうちの一人、おそらく三人の中で一番年上のスキンヘッドの男が他の二人に声をかけた。
「―――よし、お前ら。一旦、ジーク呼んできてくれねぇか。」
はいっ!と元気のある挨拶をした他の男は走って去っていく。
待っている間、スキンヘッドの男はアイリスを上から下までじっくり観察して、何やら言いたげな目をした。
(な、なに。私とって食べられるのかしら、、、。)
アイリスがぷるぷると震えそうになっていると、1人の少年がざざざっと走り寄ってきた。どうやら彼がジークのようだ。
「なんだよ、おっさん。」
アイリスと同じ歳くらいのジークは、スキンヘッドの男に話しかけた。スキンヘッドの男は少年にこらっと叱りつける。
「教官と呼べ!――ってそんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ。この子、迷子、、じゃなかった、気づいたらここにいたみたいなんだよ。」
「なんだよ、それ。迷子か?」
「迷子じゃない!」
「だよなぁ、迷子じゃないよなぁ。気づいたらここにいただけだよなぁ。」
「それを迷子って言うんだろ!」
「違うわ!」
スキンヘッドの男は、きゃんきゃんと子供らしい言い争いをするアイリスとジークに乾いた笑みをもらして、ジークに話しかける。
「まぁとにかく、何とかしてやってくれねぇか。この子、着てるものからして明らかに良いとこの子だろ?」
「ええぇ。」
しょうがねぇなぁ。と呟いたジークはぶすっと不貞腐れながらアイリスに話しかける。
「おい、お前。どっから来たんだ?」
「――建物。」
「わかってるわ、そんなこと!!」
そんなこと言われてもしょうがない。本当にそれ以外わからないんだもの。
そう言いたげな態度を取り続けるアイリスに、ジークはハァっとため息をついて男に話しかける。
「うん。おっさん、俺には無理だ!こんなやつ、見たことねぇもん!」
吹っ切れたようにニコリと笑うジークに、男はうぅーんと唸りながら話しかける。
「伯爵様ならなんとかできるんじゃねぇか?」
「なんとかって、どうすんだよ。」
「いや、わかんねぇけど。とにかく、このままにしておくわけにもいかねぇだろ。」
「えー。でも俺、この後の訓練、参加したいしなぁ。」
完全に興味を失った様子のジークに、男はニヤリと笑いながら話しかけた。ジークは嫌な予感に思わず少し後退りをする。
「――なぁジーク。訓練に参加するってことは、お前は騎士の卵だってことだよなぁ?」
「何だよ、いまさら。そうだよ!俺は将来、すっげぇ騎士になるんだよ!」
「そうだよなぁ。騎士だよなぁ。――騎士なら困ってる女の子、ほっとくなんて真似はしねぇよなぁ?」
痛いところをつかれた。と顔を歪ませる
なぁ?と男に同意を求められたジークは、くそっ。と小さく呟いてアイリスに向き直る。
「―――わかったよ。ほら、お前、行くぞ。」
「――えぇ。」
ジークに手を引かれてアイリスは歩き出した。スキンヘッドの男が、よろしくなーと手を振って見送ってくれた。
しばらく歩いた後、ジークが怪訝そうにアイリスに話しかける。
「どっから来たか、ほんとに覚えてないのか?」
「うん。お父様が知らない人とむずかしいお話してて、飽きちゃって散歩してたら知らないところにいたのよ。」
「ん?父親といたのか?」
「えぇ。お父様と馬車に乗って家から来たわ。」
「馬車?お前、どっかのお金持ちのお嬢様だな?」
「??普通よ。」
生まれてから馬車に乗る習慣が当たり前だったアイリスは不思議そうに聞き返した。
その様子を見たジークは、もしかしてどっかの貴族か?いやでも貴族がこんなところいるはずないし、、とぶつぶつ呟いている。
その後も何気ない話をしながら2人は歩き続けた。
ジークはどうやら面倒見が良いタイプらしく、意外にもアイリスに様々な話題を振ってくれた。
そうこうしている間に2人は塀に行き当たった。
行き止まりかとキョロキョロ辺りを見回すアイリスにジークが声をかけた。
「ほら、ついたぞ。」
「???どこに?」
「俺の親父がいるところ。」
「ジークのお父様は壁に住んでるの?」
塀を指差したジークに、アイリスは不思議そうな顔をする。
「そんなわけねぇだろ。こっちだよ。」
不思議そうにするアイリスを横目に、ジークは近くの木にヒョイヒョイと登り、塀の上に飛び移る。
その様子に、アイリスは信じられないという目を向けた。
「来れるか?」
「い、いけるわよ。」
アイリスは木に登ろうとするが、今までそんなことはしたことがないため、全く登ることができない。
その様子を見たジークは塀から下りてきて、アイリスに背中を向けた。
「ほら、乗れよ。」
「いけるわ!」
意地になっているアイリスを見て、ジークは面倒くさそうにしながら、アイリスを脇に抱えた。
「うわぁ!何するの!?」
「何って。あのままじゃ埒あかねぇじゃん。」
そのままヒョイヒョイと塀の上まで登るジーク。
アイリスはパニックになって、ジークの脇でバタバタと暴れてる。
「じ、自分で行けるから!」
「うわ!ちょっと、暴れるなよ!――おい!」
「え。」
「おい!!」
アイリスの体がふわりと浮いた。
アイリスが暴れたことでバランスを崩したジークが、塀の向こうに落ちていくアイリスに必死に手を伸ばしている。
どすん!!!
辺り一体に地響きのような音が響き渡った。
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