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幽霊不信者は幽霊暗殺屋  作者: 蜜傘


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6/14

六 布屋ノ裏

人間は、人間として産まれ、人として生き、そして、人間として死ぬ。

人間には、見えるものと見えないものがある。

見えるもの。それは、信号機、ビル、スマホ、オムライス、コーヒー、スプーン、蝶、花、猫。

見えないもの。それは、空気、時間、音楽、価値、心、嘘、神様、幽霊。

人には、ミエル者とミエナイ者がいる。

ミエル者。それは、幽霊が見える者。

ミエナイ者。それは、幽霊が見えない者。


帽田 祥平 (ぼうだ しょうへい)

門倉 俊一 (かどくら しゅういち)

 5


 認知症だと、あの医者は言った。ヤブ医者だ。

 家族は私のことを信じちゃくれない。

 私は認知症じゃない。私はおかしいことを言っていない。

 あのヤブ医者がやったんだ。あのヤブ医者が、私の船を壊しやがったんだ!


 帽田祥平(ぼうだしょうへい)が青葉台で布屋を営んでいたのは、もう五十年くらい前になる。

 とっくの昔に死んだ帽田は現在、幽霊。

 得意だった裁縫を仕事にできた。帽田にとっては天職だった。

 旅行も好きだった。国内を歩いて、世界へ飛んで、人気なものから希少なものまで魅力の詰まった布やボタンを買っては持ち帰った。

 もの珍しそうに客は見てくれるので、持ち帰った品物は店内に展示した。

 洋服や帽子、絨毯やタペストリーの注文をとっては、リクエストに合わせて装飾した。店内に展示した海外のタペストリーを、デザインに希望する客もいた。

 だから帽田にとって一番は、客と旅行の話ができたことが天職だと思っていた理由だった。

 旅行をするうちに、海が好きになった。

 潮風が店の中まで入るように、店を閉じた今でも入り口は開けてある。時々誰かが閉めることもあるが、帽田はそれをまたこっそり開けている。

 船にも興味が湧いた。

 免許を取ったのは、ある友人の影響もあった。

 その船のせいで、ある日を境に二度と会わない関係になってしまうなんて当時は思いもしていなかった。

 帽田がそこまで思い出したところで、店の受付から声がした。

 「ボタンを注文したい」

 生者の来客は、百十年ぐらいぶりだった。それもそのはず、この店の店主である帽田はすでに死んでいるのだから。店主が死んで無人の空き家に訪れる人は滅多にいない。

 車椅子に乗った帽田は仕方なく、廊下から受付を覗いた。「お客さん、困りますよ。店内をご覧になってわかるでしょう。当店はすでに閉店」

 受付に立った青年は、勝手に引き出しを開けて伝票用紙を取り出していた。

 「ちょっと、ちょっと。お客さん。勝手にしないでくださいよ」

 車椅子の帽田が急いで受付に向かうと、『黒字 金縁』と書かれた伝票用紙が置いてあった。

 帽田はそれを見て、ため息をついた。

 「()()()の仕業ですね。勝手に人様の引き出しを開ける、伝票用紙をまるでメモ帳代わりに使う。いいですか?前にも言いましたが、ボタンは注文通りの品が届かないことが多いです。注文は、承り兼ねます」

 「模様は任せる。特注で」

 青年から帽田の姿は見えていないはずなのに、ペンを置いた青年はにっこりと笑っていた。

 帽田は、また、ため息をついた。

 「まったく。手配できるか、一度調べて参ります。少々お待ちを」

 受付を離れた帽田は、久しぶりの新規の客に実は少し高ぶっていた。昔はこの注文の時間に、客の好みに合わせて海や魚や旅行の話をしていたことを思い出していた。

 客の好み。

 青年は、というと。着飾っていない服装に、染色もしていない黒のふわふわとした癖っ毛、ノーブランドの時計に、ノーブランドのカバンに靴。ピアスもネックレスもなし。帽田には、すぐに青年の好みが掴めなかった。

 「・・・お客さん。どうせ、この声はお客さんに聞こえてはいないんでしょう。なら、この私の、独り言を。生者のころの話を聞いてくれませんか?」

 帽田は続けた。

 「私には、古い友人がいました。

 地元に帰ってきた時は必ず集まって、向かいの銭湯で酒飲み散らかしては、好きな話を好きなだけ言い合いました。女の話とか、仕事の話とか、趣味の話とか。

 結局、彼は医師免許を取りましたが、私も彼も船が好きでした。

 船の話と、歌の話をすることが多かったです。けれど、それがよくなかったのかもしれません。

 彼は私を脅かすつもりで、夜中に私の船を操縦しようとしました。

 私も、この日だけは犬の散歩を妻に任せればよかったのです。それも結果論ですがね。

 壊されたんです。

 翌朝、私の船のエンジンはかかりませんでした。

 疑いたくはありませんでしたが、心当たりはそれしかありませんでした。だって、趣味程度の知識だけの彼では、資格を持っている私のように乗れるはずないのですから。

 そういうところがあったんです。彼には、昔から。

 彼はいつだって、私にできることは俺にもできるって精神でしたから。船の操縦もできると思ったのでしょう。

 最初は憧れでもありました。なんでもやってのける彼は、かっこよかったですから。

 でも、私にだってプライドがあります。彼に負けたくない。彼に尊敬されてみたいと。船の免許を取った理由は、実はこのプライドからです。

 だから、船を壊されたのが私には許せませんでした。

 壊された船は、そこそこいい船でしたよ。私が初めて買ったものですから。

 その船で遠くへ行って、青い空のしたで広大な海のステージで歌でも歌ってみたかったんです。

 彼は、壊してないと言いました。

 信じられませんでした。嘘をつくなんて。

 その嘘は、私のプライドを踏み躙りました。

 しかし彼は、挙句の果てに怒り狂った私を認知症と診断しました。

 私は認知症ではないと言いましたが、家族は私のことを信じてはくれませんでした。

 それからは私が何か言う度に、私はおかしな目で見られるようになりました。

 あのヤブ医者がやったんだ。あのヤブ医者が私の船を壊した犯人だと、言う度に薬が増えるだけでした。

 薬なんて飲みませんでしたよ。私は認知症ではありませんでしたからね。

 なんて言っていたら、階段から落っこちて怪我をして生涯車椅子生活になってしまいました。

 そうです。もう二度と、船に乗れなくなってしまったんです。今思えば、本当に認知症になっていたのかもしれません。

 それをきっかけに、この私もさすがに諦めました。

 諦めて、大きな水槽で魚を飼って一緒に暮らして、好きなだけ歌を歌い続けました。

 それでも、水の中を泳ぐ魚をぼうっと眺めているとふと思うんです。もう少し、船乗りたかったなって。

 そんなことを繰り返すうちに、向かいの銭湯にも行きたくなくなってしまって、わざわざ隣町の駒部(こまべ)まで飲みに行っていました。夜中にそこへ通っては、なかなか帰ってこないと娘に叱られて。迷惑ばっかりかけて。

 気づいたら、ぽっくり逝っていたようです。

 面白くない昔話を聞かせてしまいました。

 とは言っても。この声、聞こえてはいないか」

 長らく調べた結果、注文の品が揃うのには短期間では困難と帽田は判断した。

 受付を覗くようにして、青年に声をかけた。

 「お客さん、注文の品は入手が困難です。取り揃えには、相当な時間を要しますので」

 「いつまでも待つ」

 帽田の言葉を遮るようなタイミングで、青年は言った。

 「まったく。本当に、これが最後です」

 「そういうなよ。相棒」

 自然なリズムだった。まるで声が聞こえているかのような会話のリズムに、改めて帽田は驚いた。

 「それにしても、これは一体?」

 帽田が受付の戻ると、青年は造花を一輪と、少し間をあけて、金が詰まった金袋を受付の机に置いた。

 「造花と、金。・・・いや、そうではありませんね」

 帽田は、人のことを散々にこき使う()()()から受け取った赤い紙を思い出した。


 お盆の時期は、普段よりも多くの客で賑わう「青葉台銭湯」。現在の「青葉台温泉」。

 知っている人にしか会わないような狭いところだったのは、もう五十年くらい前。

 賑わっているところに紛れたかったのは多分口実で、本当は何かに期待していたのかもしれないと、門倉俊一(かどくら しゅういち)はビールをグッと飲み干した。現在、幽霊。

 時計が二十三時をまわって、隣の二番テーブルに店員が注文をとりに来た。そのタイミングで、この日最後のビールを門倉は注文した。

 「あっ。こっちにもビールお願いします」亡者の門倉の注文は、当然通るはずも、聞こえるはずもないのだが。

 この日は、普段使う二番テーブルには人がいた。梅酒を注文するのが聞こえた。

 門倉はその隣のテーブルで席を立ち、トイレに向かった。

 トイレの裏口から出た外は、店内のBGMとクーラーの涼しさが遮断されていて夏の蒸し暑さと静けさがあった。

 煙草をやめていた時期もあった。

 ここ、地元でヤブ医者扱いされて、逃げるように遠くに引っ越しをした。その時に、印象も改めるためにもやめていた。

 地元には、親しい友人がいた。

 門倉に向かって、目をキラキラさせてかっこいいと初めて言った大事な友人だった。

 友人を脅かそうと夜中に、門倉は彼の船に忍び込んだ。彼の誕生日プレゼントに迷っていたから、ヒントになるものが見つかればと思っていたのだ。

 けれど、その翌日に門倉を待っていたのは、船が動かないと真っ青な友人だった。

 友人は、門倉が壊したと言った。

 昨夜の門倉は、船には乗ったもの、それ以外に触れていなかった。

 それでも友人は、門倉が船に乗っているのを見たと言い張っては怒り狂った。

 嘘つきだと周りに言いふらしては、医師である門倉の居場所は次第に狭くなるばかりだった。

 「むしゃくしゃした俺がその頃に、たった一つの願いが思い浮かばなきゃ、もしかしたら今頃素直に謝れてたかな」門倉がふかした煙が、白く漂って見えなくなった。「”認知症にでもなっちまったんじゃねぇか。あいつ”」

 忘れたくても、はっきり覚えている。あの時、診察室で見た波形と数値は、友人が認知症であると示していた。

 ガチャと裏口のドアが開いて、中から友人が出てくる。そう期待するのは、この時間にドアが開くと恒例のことだった。「暑いな」って、決まった言葉のように互いに言って煙草に火をつけるんだ。

 実際、中から出てきたのは、青年だった。二番テーブルにいた人だ。

 ここの場所を知っている人は何人かいたが、ここでは初めて見る顔だった。

 とは言っても、青年から門倉の姿は見えるはずがない。門倉は、すでに亡者であり幽霊である。

 だからこそ、青年が「相変わらず、暑いな」と呟いたことに門倉は驚いた。

 「ったく、あいつにはかなわねぇな」青年は言った。

 それから青年は、青年以外に誰もいない喫煙所で友人の話をした。中学の話、大学の話。

 こんな夜が、ずっと昔にもあったような気がした。

 「あなたにも友人がいるんですね。実は、私にも古い友人がいました。

 最も、私が友人と呼んでいいのか今になってはもうわかりませんが。

 君にはやっぱかなわないねって、彼に言われるのが嬉しくて、気がつけば医師になっていました。

 彼のお陰でした。私の全て。

 彼がいたから、私は頑張れた。

 許してもらえるとは、これっぽっちも思っていません。

 ただでも、また一緒に酒のみながらバカな話したいなって。

 そんなことを考える僕は、きっと傲慢だから、誘うこともできなくて、謝ることもできなくて。

 彼はもうここに来なくなったけど、もしかしたらひょっこり現れるんじゃないかって」

 「謝りたいよな」

 「え・・・?」

 「謝れるなら、謝りたいよな」青年は言った。

 ずっと長い間、言葉にできなかった言葉が、たった今、痛いほど頭で理解できた気がした。後悔が溢れては、見えない雫になって瞳からこぼれた。

 聞こえない嗚咽は、静寂の暗闇を轟いた。

 「・・・ええ。・・謝りたいです」

 次の瞬間には、隙を見せない動きで青年は門倉に馬乗りになっていた。

 「これは、あなたの罪であり」

 「何をするんですか・・・」

 青年は服に忍ばせておいたシリンジを右手に滑らせ、口ですばやくシリンジキャップを外した。「友情だ」

 シリンジの針先が、門倉の首筋に触れた。

 「さあ、悲劇と絶望を繰り返す人生に挨拶を」

 嗚呼、そうだ。

 逃げるように遠い街へ引っ越しをしてからは、何のトラブルも不安もなかった。

 医師の仕事をして、家に帰って、妻の作る料理を食べて、寝て。

 何も困ることなく、何の迷いもなく、何の刺激もなかった。

 何もなかった。

 何もなくなったんだって、気づいた。

 だから、私の人生は終わったんだって。

 多分、人生というものは、生きているうちのほんの一瞬で。それに気づいたのが、あまりにも遅くて。取り返しが付かなくて。私の人生面白かったなって余韻に浸りたくて、お盆になるとこそこそと地元に帰って。

 見つけてほしくて、見つかりたくなくて。

 ひどく、悲しくて。

 ーーただいま。

 シリンジが空になると、門倉は眠るように目を閉じ、灰になって消えた。

 青年は空になったシリンジを放り投げると、端末を確認した。画面には、『依頼達成』の文字があった。

 立ち上がって店内に戻る前に、振り返って青年は言った。

 「見えねぇ」

購買人は、提供された商品やサービスへの代金をテーブルの上に提案する。

店主は、商品の代金を選択できる。

購買人によってテーブルに置かれる品は、造花と金が入った金袋。

では店主に提案する代金は、造花か金か。実はそうではない。

それは、人間が見える情報であるだけ。店主は、人間ではないかもしれない。

代金として提案されるのは、みっつ。

一つ目は、生者の殺し。

ふたつめは、亡者の殺し。

三つ目は、金。

このみっつの選択から、店主は代金を自由に選択する。

金を選ばなかった店主を、以降、依頼人と呼称する。依頼人は、最も恨む人間の殺しを依頼する。

それは生者でも、もしくは、亡者でも。

生者の殺しは簡単。暗殺するだけ。

でも亡者の殺しは、どうするか。亡者はその通り、もう死んでいる。

亡者を殺しは、蘇生だ。

生き返るんだ。人間として。

浴びせられるような悲劇と絶望を伴う豊かな人生を、また最初から始めてもらう。

そうだろ?この自殺願望で咲き乱れた世界で、亡者にとってそれが一番の殺しだろ?

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