第21話 新たな扉の前で
国際学会から一ヶ月、五人のもとに予想外の連絡が舞い込んだ。シリコンバレーから来日したベンチャーキャピタル「ネクスト・ビジョン」の代表、アレックス・チェンが直接会いたいという。
「信じられない」赤城がスマホのメールを見つめながら呟く。「あの『ネクスト・ビジョン』が俺たちに興味を持つなんて」
藤原は慎重に書類を整理していた。
「しかし、なぜいきなり?私たちには実績もなければ…」
その時、ドアが開き、瀬戸教授が現れた。
「私の推薦だ」教授はいたずらっぽく笑った。「君たちの研究は、単なる学術的価値だけではない。商業的可能性も十分にある」
神崎の指がキーボードの上で止まった。
「しかし、私たちの目的は金儲けではない」
「わかっている」教授の表情が真剣になる。「だが、資金がなければ、この研究をより多くの人に届けることはできない」
会議室でアレックス・チェンと向き合う五人。彼は30代半ばの鋭い眼光の男性で、言葉の端々にビジネスマンとしての鋭さがにじむ。
「君たちのプログラムは素晴らしい。だが」アレックスの指が書類をたたく。「ビジネスモデルがなっていない」
森川のカメラが微かに軋む。
「私たちは、人の心を癒すことを第一に考えています」
「わかっているよ」アレックスの口調は柔らかいが、核心を突く。「だが、慈善だけでは持続不可能だ。この技術を製品化し、利益を上げなければ、永遠に小さなプロジェクトのままだ」
夏希が静かに口を開いた。
「私たちの技術を、どうビジネスに結びつけるおつもりですか?」
アレックスはタブレットを取り出し、市場分析データを示した。
「感情認識技術の市場は、今後五年で300%成長する見込みだ。君たちの技術は、教育、医療、エンターテインメント…あらゆる分野で応用可能だ」
その夜、五人は美術室に集まり、アレックスの提案を検討した。
「つまり」藤原が要点をまとめる。「私たちの技術を製品化し、会社を設立することを提案している」
「でも」赤城が眉をひそめる。「俺たち、まだ学生だぜ?会社なんて経営できるのか?」
神崎が新しい資料を投影した。
「計算した。初期投資さえ確保できれば、技術的には可能だ。しかし…」
森川が写真を一枚取り出した。施設の子どもたちの笑顔だ。
「私たちの目的は、あの笑顔を増やすことだ。ビジネスでそれができるのか?」
議論は深夜まで続いた。それぞれの想いが交錯する中、夏希はある提案をした。
「まずは、小さく始めてみませんか?製品化のテストケースとして」
彼女の言葉に、一同が考え込む。
「具体的には?」藤原が聞く。
「教育機関向けの感情認識ツール」夏希の目が輝く。「子どもたちの学習時の感情の変化を可視化し、より効果的な教育方法を見つける手助けをする」
神崎の指が動き始めた。
「可能だ。既存のプログラムを教育向けにカスタマイズすればいい」
森川もうなずいた。
「それなら、俺の写真分析技術も活かせる」
しかし、新しい問題が浮上した。会社の代表者だ。
「法律的には、成年である代表者が必要だ」藤原が現実を突きつける。
その時、ドアがノックされた。藤原の父親が立っている。
「私が代表者になろう」
一同が驚く中、彼は続けた。
「ただし、条件がある。君たち全員が、それぞれの道を諦めないことだ」
彼の目は、五人をしっかりと見つめている。
「大学に行く者は学業を、専門学校に行く者は技術を磨け。ビジネスはあくまでも副業だ」
アレックスとの第二回会談で、彼らは新たな提案をした。
「まずは教育機関向けの小規模なプロジェクトから始めたい」藤原が代表して説明する。
アレックスは少し考え込み、やがて笑顔を見せた。
「賢明な判断だ。では、テストケースとして、まずは三つの学校で導入試験をしよう」
契約書が交わされる瞬間、五人は固く手を握り合った。この決断が、新たな困難の始まりになるかもしれない。しかし、彼らはもう迷わない。
夜明け前、それぞれの家路につく五人。月が沈み、東の空がほのかに明るみ始めている。
夏希はスケッチブックを開き、新たなページに五人の未来を描き始めた。それぞれの道を歩みながら、一つの目標に向かって進む姿を。
一粒のレモンキャンディを口に含みながら、彼女は思う。
この道が正しいかどうかは、まだわからない。でも、進むしかない。
新しい扉が開かれた。その先に待つものは、成功かもしれない、失敗かもしれない。しかし、どんな結果であろうと、彼らはこの選択を決して後悔しない。
美術室の窓から、新しい朝の光が差し込む。それぞれの場所で、それぞれの戦いが始まる。




