41 精霊と聖女 3
私にも分かる。
きっと、この状況を作り出したのは、目の前にいる燃えるような赤い色をしたドラゴンだ。
恐怖からきたものなのか、何なのかは分からないが、燃えるような力強い赤に目が離せなくなってしまった。
いや、そうじゃない。
目を離したら、きっと私はその口から吐かれる炎によって、一瞬にして焼かれ、跡形もなくなってしまうだろう。
セレン様やお兄様の状況を確認したくても、できない。目を離せない。
すると、その赤いドラゴンは、ゆっくりとこちらを見た。
間違いなく私を見た。
セレン様でも、お兄様でもなく、私を。
きっと、あのドラゴンは私が『すずらんの聖女』だということが分かっているのだろう。
だって、精霊の花畑を救えるのは、『すずらんの聖女』だけだから───。
多分だけど、あの赤いドラゴンは、私が、すずらんの聖女が、どんな力を持っているのかを知っている。そして、それはあの赤いドラゴンにとっては脅威なのだろう。
だから、私を狙おうとした。
だけど、今、あの赤いドラゴンはこちらを見ていない。ということは、今、私を狙うと何かがあるからだ。
赤いドラゴンは、私のことを全て知っていて、魔物の中ではとても賢い。
何故かは分からないけど、直感的にそう思ったのだ。
『私を狙うと何かある』という私の推測が当たっていれば、私がお兄様やセレン様の盾になることができる。
でも、間違っていたら、私は……。
『すずらんの聖女』の力の行使方法が分かれば、こんな一か八かに賭けることもなく、解決できたかもしれない。
私は弱かった。自分で思う以上に。
ここに来て痛いほど分かる。私は弱い。
でも、弱くても、すごく弱くても、出来ることはあるはずだ。
私はお兄様とセレン様よりも、燃えるような赤いドラゴンに近づいていった。
「レーア!? 今すぐ下がってろ!!」
後ろからお兄様の焦る声が聞こえた。
だけど、私は歩みを進める。
すると、ドラゴンは威嚇するように炎を空に向かって吐いた。
それでも私は前に進む。
ドラゴンはもう一度、大きな炎を吐いた。
「「───レーア、危ない!!」」
セレン様とお兄様の絶望が混じった焦る声が聞こえたと思ったら、私の視界は一瞬で、あのドラゴンと同じ燃えるような赤い色に包まれた。
いや、ような、ではなく実際に燃えていた。
その炎は見た目は熱かったが、私の体感は全く熱くなかった。
よく見てみると、白い光が私の身体を纏っていた。この白い光が私を炎から守ってくれたのだろう。
私は炎の中を歩いていく。
私が歩くと、不思議と炎は私を避けるかのように消えていく。
遠くから私の名を何度も何度も呼ぶ、セレン様とお兄様の声が聞こえる。
心配させているだろうな……。
私だって、セレン様やお兄様が炎に包まれれば、冷静さを保てなくなるだろう。
早く終わらせなきゃ。
早く終わらせないと、セレン様とお兄様が無事ていられなくなるかもしれない。そんなのは絶対に嫌!
みんなでいつもと同じように、家に帰るんだから!
これを収められるのは、すずらんの聖女のみ。私がしっかりしなきゃ、ダメだから。
いつまでも、いつまでも、弱いままなんて嫌だから───。
すると、暖かなそよ風が、私の冷えた耳を優しく撫でた。
─────ああ、そうだ。すずらん聖女の力は、こうやって使うんだった。
どうして忘れていたんだろう?
こんなにも知っていたのに……。
聖女の力の行使方法を、私はずっと前から知っていたような気がした。
これで、みんなを守れる!!
希望が見えた、と思った。だが、すぐに絶望に落とされた。
「セレン様!!」
あのドラゴンは、私が聖女の力の行使方法を知ったことを察したのか、本能的に自身に危険が及ぶことを察したのかは分からないが、何らかの魔術を使ったことが分かった。
ドラゴンは見た目からして、炎系統の魔術ばかりを行使するのかと思えば、柱状の氷を3つほど生成し、セレン様へと放っていた。
セレン様は得意の防御結界を張る時間もなかったようで、自身の手で頭を庇おうとしているセレン様よ様子が確認できた。
セレン様とドラゴンが放ったその柱状の氷との距離はほとんどない。ほんの1秒もないのだが、スローモーションに思えるこの時間は、無念にも過ぎてしまった。
ダメ──!!
そう心のなかで叫んでも、状況は変わらない。
ドラゴンが放ったその柱状の氷は、セレン様のお腹に突き刺さってしまった。
嘘でしょ……?
嘘だと言ってよ……。誰でもいいから、これは夢だって言ってほしい。
いつの間にか溢れていた涙が、頬を伝っていくのが分かった。
……あれ?
何だか知ってる。何だろう、セレン様なのに、セレン様ではない……。
そうして思い至った。
───ここで『約束』をした彼!?
なぜかは分からないが、ここで『約束』を交わした彼と、セレン様が重なって見えた。
色々なことが次々と起こり過ぎて、何が何だか分からなくなっていると、お兄様がセレン様へと駆けていくのが視界に入った。
お兄様はセレン様の元へ辿り着くと、セレン様の状態を確認していく。
だが、その顔は段々と曇っていった。それだけで、セレン様の状態が良くないことは私にも察せられた。
「レーア、殿下のことは俺がどうにかする。だから、レーアにしかできないことを、やってくれないか……?」
お兄様に声をかけられて、はっと我に返った。
そうだった。セレン様のことは正直、ものすごく気になる。私にできるかは分からないけど、できる限りセレン様の側にいて助けられることは助けたい。
でも、それじゃいつまでもセレン様を危険にさらすことになる。
今はお兄様に任せて、聖女の力を使って、この危機をどうにかすることが私の役割だ。
そうして、私は怒り狂ったドラゴンを静かに見つめた。




