9 迎えてくれる仲間がいるということ
「なんで奇声上げながら入ってくるのよ! 心臓飛び出すかと思ったじゃない!」
俺には俺の事情があったのだが、フランの怒りもごもっともである。
そういえば俺の住んでる宿屋の場所は以前に彼女に伝えていたし、自由に入っていいとは言っていたが……とはいえしかし、まさかこんな夜遅くに俺の家にいるとは思わないだろう。
「……どうしてここに?」
「どうしても何も、今日はメルヴィン一人に仕事を押しつけることになっちゃったじゃない? だから私に出来ることが何かないかって考えて……せめて、帰ったときにゆっくりできるようにと思って、こうやって夕ご飯作って待っててあげたのよ!」
「……!」
言われて初めて、テーブルの上に並んだ二人分の食事に気が付いた。
テーブルには二人分の食事がずらりと並んでいる。オレンジ色のソースがかかった鶏肉の照り焼き、ソーセージとジャガイモがたっぷり入った琥珀色のポトフ、コンソメスープ、ガーリックトーストみたいな何か、それに山盛りの温野菜。
「そろそろ帰ってくる頃だろうと当たりをつけていた甲斐があったわ。冷めちゃっても困るけど、着いてからすぐ食べられないんじゃ、待機してた意味がないものね」
「な、なんで……」
「今日はあまり汚れてないみたいね。貸して、しまってきてあげる」
そう言いながら、彼女は俺の兜を外して、窓際の定位置にセットした。
思い返せば、以前雑談混じりに兜の置き場所を話したことがあったが……そんなことまで覚えていたのか。
「怪我は……私が聞くことじゃないか。大丈夫よね、貴方なら」
信頼感ある物言いが妙にこそばゆい。
「……なんでお前、わざわざこんなことまでしてくれるんだ?」
「なんでって、仲間なんだからこれくらいしたっていいじゃない」
「……!」
「前のパーティはビジネスライクで、あんまりパーティ間で絆を深めようって感じの雰囲気じゃなかったのよね。私はパーティの中で一番の下っ端、お荷物だったから、方針に意見を言えるような立場じゃなかったし。それで結局、追い出されるときもあっさりだったんだけど……」
似ている。俺が追い出された理由と彼女が追い出された理由は、違っているようでとても似ていた。
俺は、絆こそはそれなりに築いていたと思う。だけど、立場に価値を確保できなくて、口臭で絆が切れた途端にパーティから追い出されてしまった。
フランは、絆すらも築くことができなかった。だから役割そのものを不要だと否定されたことによって、彼女の居場所はなくなった。
「……だから、こういう無駄っぽい交流でも、ちょっと憧れてたっていうか……それにほら、もうすぐメルヴィンの口臭がなくなったら、私達のパーティも解散になるでしょ?」
「……!」
俺は、はっとさせられた。
もうすぐ口臭対策の三アイテムが完成する。もしそれらが俺の口臭を解決したら、それで彼女と俺とのパーティは終了だ。少なくとも彼女に、俺と無理に関わる理由は存在しなくなる。
「ごめんね、もしかしたら押し付けだったかもしれないけど……」
「――――いや、そんなことはない!」
俺は鎧のまま、フランの両手を握りしめた。
「へっ!? ちょっ、痛い痛い……」
「押し付けなもんか! 仮に押し付けだとしても、これはいい押し付けだ! 人に歩み寄るのが苦手な俺みたいな人間にとって、そうやってフランが近づいてくれることが、どれだけ有り難かったか!」
彼女が、自分と他人との間に線を引いてしまうような人だったら、俺は自分が追い出された原因が口臭であることにすら気づけなかっただろう。
「貴方が、歩み寄るのが苦手……? そんな風には見えなかったけど。だって、初対面の私に、あんなに平気で話しかけてきた上に、深い身の上話までしてくれたじゃない」
「ああ、それか……」
言っていいものか迷った。中身があまりにも下世話というか、浅ましいというか……。
「……一つは、お前の背中が俺に似ていたからだ。二人とも、パーティから追放された者同士、何か惹かれあうものを感じていたのかもしれない。そしてもう一つは……」
ああ、やっぱりこういうことを言うのには慣れてない。
パーティの中で、俺だけに浮いた話が殆どなかったように。
苦手なんだ、昔から。
「……もう一つは?」
「……いや、なんでもない」
結局照れくさくて言えなかった。
フランの顔を最初に見たとき、目を奪われて、心も奪われて……なんていうかその、一目惚れ、だったなんて。
同じ境遇のフランを見て、共感や同情を覚えた以上に俺は――――彼女自身に惹かれていた。
そしてその思いは、彼女と接し、俺の悩みにまっすぐ向き合ってくれた彼女の姿勢を前にして、より一層強くなっていった。
その後、鎧を脱いで着替えてから、彼女と一緒に夕食を取った。
フランが作った料理は、ちょっと匂いが強めだったけど一通り全部美味しくて、食べ終わった頃には満足感で一杯になった。これで店が開けるんじゃないか、そういう生き方もアリなんじゃないか、と聞いてみたが、そういうのは『違う』らしい。真意は良く分からなかったけど、彼女なりに拘りがあるんだろう。
え? 間近で食事して口臭は大丈夫だったのかって? 何も大丈夫じゃなかったよ。
フランは俺の目の前で、鼻栓をしながらそれでも完全には防ぎきれなかったようで、ひきつった笑顔を浮かべながら飲み込むようにご飯を食べていた。
食事は美味しかったのに、臭いのせいでケチがついてしまったのは本当に残念だ。
ああ、本当にさっさと治したい……。
◆◆◆◆◆
食事が終わった後は、俺が洗い物をした。自分が勝手に作ったんだから、と拒んだ彼女を無理やり座らせて、慣れた手つきで皿を綺麗に磨いていく。渋々座った彼女は、部屋の中を色々物色し始めた。
……さて、どうしたものだろうかな。先ほど気付いた、フランには俺と無理に関わる必要がなくなるということについて再考する。関わる理由がなくなるのは、俺の方も同様だ。だが――――関わってはならないということはないはずだ。口臭問題が解決して、俺と彼女を結びつける楔がなくなった後も、どうせ俺たちは一人ぼっち。だったら……仮じゃなく、本当のパーティになるお願いをしてもいいんじゃないだろうか。いや、なんならそれ以上に――――。
「……よし」
一通りの食器を洗い終えた俺は、棚にそれらをしまっていく。異変が起こったのは、ちょうどその時であった。静かな部屋の中に、人が勢いよく倒れる音と、激しい金属音が響き渡ったのである。
「……!? な、何が……」
明らかに異様な雰囲気を感じた俺は、即座に振り向いた。するとそこには――――
「……あっ、ああっ……!」
俺の兜を被って、身もだえているフランの姿があった。
……え? 何してるんだ、この人?
◆◆◆◆◆
突っ込み所しかない状況だったが、フランの様子がまるで尋常ではなかったので、急いで彼女から兜を引っぺがした。中から出てきた彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「ぜひゅう、ぜひゅう、ぜひゅう……」
「一体何があったんだ。なんでお前が俺の兜を被ってたんだよ。そしてなんで苦しんでたんだ」
「ちょっとした出来心だったの……ただなんとなく、貴方の兜を被ってみたら……」
なんとなく? 何故に? 疑問符がぽつぽつと俺の脳裏に浮かんだが、そんな謎は次の彼女の言葉で簡単に吹き飛んでしまった。
「そしたらね……同じ匂いが……同じ匂いがしたの……!」
「同じ? 何の?」
「貴方の……口臭よ……!」
そんな馬鹿な。いくら俺の口臭が常軌を逸していたとして、金属に匂い移りする口臭なんて聞いたことがない! それに口の部分が匂うなら、一番それを間近で嗅いでいるのは俺の筈で、俺が誰よりも先に異臭に気が付くはずじゃないか。
「貸してくれ!」
被る。鼻を近づける。嗅ぐ。駄目だ、さっぱり匂わない。というより、俺には感じ取ることが出来ない。
結局、何度か鼻を近づけて頑張って嗅いでみたものの、俺にはさっぱり分からなかった。やはり自分の口臭と同じ匂いというのは分からないものなのだろうか。彼女の鼻が間違っているとも思えないし、匂いに関してはある程度麻痺している部分があるのかもな……。
「ところで、なんで俺の兜を被っていたんだ?」
「……とりあえず、傷む前にこれの仕込みを済ませないとね。胆嚢ありがとう。お休みなさい」
彼女は答えようとせず、はぐらかすようにそそくさと身支度をして、家へと帰っていった。な、なんだったんだ、一体……?




