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8 素材集めは順風満帆

 次の日。俺たちは朝早く馬車に揺られて『龍鱗台地』に向かった。

 万年雪に囲まれたその台地は標高も高く、辿り着くだけで体力を消耗する。

 その代わり台地に着いてさえしまえば大量のレアな植物を採取できるので、目指す価値は十分にある。特に薬師を志すものにとっては、その地に生える数々の薬草はだが、ただ標高が高いだけで指定されるほど、A級指定区域のハードルは低くない。その場所をA級たらしめているのは、そこに生息する強大な怪物―――――ドラゴンの存在だ。

 龍鱗大地には全長十メートルを超える巨大なドラゴンが数十匹単位で生息している。そもそもこの地が『龍鱗台地』などと名付けられた所以は、十二月、ドラゴンの鱗が生え替わる季節に、台地の一面が散らばった鱗で真っ白に染め上げられることからきているくらい、この地とドラゴンの関わりは深い。

 個体数が少ないため、普通にしていれば一度の探索で遭遇するのは精々一体程度だが、一体とはいえ相手はドラゴン。その動きは巨体に似合わず敏捷で、空を自在に舞うため攻撃すること自体難しく、仮に攻撃を当たられたとしても、軽い一打では固い鱗に阻まれてダメージにもならない。しかも時間をおけば再生する。毒の類もよほど強いのを使わなければすぐに意味をなさなくなってしまう。牙も爪も、一撃で人を殺せるほどに鋭利で獰猛だし、極めつけに、息をするように撒き散らす絶対零度の雪の息吹は、並みの冒険者にとっては回避不能の死の象徴だ。

 だが、俺にかかれば――――


 ◆◆◆◆◆


「オラアアアアアッッッッ!!!」


「ギャアアアアアア!!」


 投擲一閃。俺のメインウェポンである大槍を、力任せにドラゴンに投げつける。それは鱗を貫通してドラゴンの喉元に突き刺さり、痛みに悶えるドラゴンは地面に落下する。そして俺は地に堕ちたドラゴンに馬乗りになって、翼をへし折り、愛用の片手剣で目を潰し、後頭部に回ってから脳天をほじくり返して絶命に至らせた。


 動きが速い? 俺の方が速い。

 空を飛んでいる? だったら投げ槍で撃ち落とせば良い。

 軽い一打では効かない? だったら重い一撃。簡単なアンサーだ。

 再生する? その前にぶっ殺せ。

 牙や爪? 届かないところに回れば良い。

 雪の息吹? 使わせる暇なんて与えるものか。


 ……とまあ、こんな具合だ。


「よし、終わったぞ。『殺戮ミント』を採取しよう」


 物陰に隠れていたフランは引きつった表情を浮かべていたが、流石にもう気を失うことはなかった。


 『龍鱗台地』で俺たちが求めたのは、『殺戮ミント』なる物騒な名前の香草だった。普通にしていればその辺の雑草と変わらない見た目のそのミントは、しかし特定の温度で煮詰めれば、尋常でない清涼な香りを放つ狂気のエキスを生み出すらしい。


「煮詰めたエキスをそのまま口に入れたら、一生口からミントの匂いを出して生きていく羽目になると言われているほどの劇薬よ。でも貴方にはきっと、これくらいでちょうどいいと思うわ」


 口からミントの匂いがするならそれは別にいいことなのではないだろうか、と思ったが、一生ものとなると流石に辛いか。だが、悪臭を垂れ流すよりはましだろう。

 広い高原から彼女が見つけてきた殺戮ミントは、見た目の上では本当にそこらへんの草と区別がつかない。仄かに漏れ出る香りに微妙な違いがあるらしいが、俺には一生分かる気がしなかった。 ついでに倒したドラゴンから鱗やら爪やら牙やらを適当に採取して、俺たちは龍鱗台地を後にした。

 あ、肉はその場でステーキにして食べた。別に美味しいものではないけれど、タンパク質として非常に優秀なので、一度フランに食べさせておきたかったのだ。


「うっ……変な匂いがする……」


 バーベキューソースでひたひたにしても、なおドラゴンのステーキは異臭を放っている。生のままならば臭くもないのだが、火を通すと一気に泥っぽい獣臭さを放つのだ。鋭敏な鼻を持つ彼女にはさぞ辛かろう。かといって生のままだと、場合によっては中毒を起こすから……免疫が強いとは思えないフランに与える以上、加熱は欠かせない。


「匂いは確かに悪い。香料術士フレグランサーのお前からしたら、尚更こういう肉を積極的に取るようにすると体が強くなるぞ」


 ドラゴンの肉に含まれる特殊なタンパク質は、筋肉の成長を促して活性化させ、トレーニングの効率を何倍にも高める効果がある。あまりにも美味しくないことと、そもそも入手が極めて困難であることから流通はしていないが、上位冒険者の中では修行とドラゴンは表裏一体だ。


「……どうしても食べなきゃ駄目?」


「フランがこれからも冒険者を続けていくつもりならな」


「……!」


香料術士フレグランサーってだけじゃ、きっとフランを迎え入れてくれるパーティは少ないだろう。だったら、せめて人並みに動けるようにならないとな。別にフランも運動できないわけじゃないと思うけど、冒険者を名乗るならもうちょっとパワーが欲しい。まあ、別にムキムキマッチョになれっていうわけじゃなく……」


 俺は、自分の手元のステーキを一息に飲み込んだ。


「これが少しくらい助けになれば、と思ったんだ」


「……分かった、食べるわ!」


 俺がそう言うと、彼女はポケットから取り出した香料を焼き肉にぶちまけて、一気に貪った。


「……! 豪快だな」


 俺が呟くと、彼女はステーキを浸していたバーベキューソースを口の周りに付けたまま、じっとりと俺を見つめた。


「本分を忘れるところだったわ。私は香料術士フレグランサー。匂いが強いからって、それに負けてたら何のためにいるんだか分からないじゃない! これを食べて丈夫になれるなら、いくらでも食べるわ! おかわりちょうだい!」


 いい食べっぷりだった。その後彼女は十切れほど、分厚いドラゴンのステーキを鬼の形相で食べきった。ごわごわして、ぱさぱさして、ちっとも美味しくなかったと思うけど、それでも彼女は十切れしっかり食べきったのだ。

 彼女の直向きな向上心が、いずれ実を結んでくれることを願ってやまない。


 ◆◆◆◆◆


 そしてさらにしばらくしてから、俺は『紫苑密林』にもやってきた。ここはとにかく毒性生物が多く住んでいる地域で、一説によるとこの地域で十年過ごせば生身の人間も有毒になるという曰く付きの悪地である。獣から植物、虫に至るまで全てが毒素を含んでおり、その中には常人ならば即死級の猛毒を持つ生物も存在する。しかもそれを、小指の爪ほどの羽虫が持っているというのだから、生きて帰るのは決して容易いことではない。A級危険区域にも色々あるが、ここはその中でも指折りの難所である。A級の中でも最難関なのではないだろうか。

 ここまで来ると、流石の俺もフランを庇いながら戦うのは困難だ。幸い今回のターゲットは、俺でも扱いが分かる素材だったので、彼女には町に残ってもらうことにした。ちょうど脱臭剤の最終調整に取りかかるところだっただろうし、今日に限っては別行動というわけだ。


「シャアアアアッッ!!」


 そしてたった今、俺はターゲットである『毒葡萄山猫』と対峙していた。全長五メートルはある巨大な山猫は、密林の地形を活かして俊敏に立ち回り、持ち前の毒爪で俺の体をずたずたに引き裂こうと狙っている。木々が茂ったこの森では、灼熱洞窟と同じように長柄の武器は障害物に阻まれて使い物にならない。ただし相対する敵が大柄で、間合が自分よりも広いということ。そして猛毒を持っているため、一撃でも食らえば致命傷、少なくとも身動きは取れなくなるということが違っている。ソロである以上、もし山猫の毒を喰らえばその時点でゲームオーバー、死が確定する。加えて、環境の差も大きい。前回はマグマの影響による高温が厄介だったが、今回は意識の外から襲来する毒虫が厄介だ。空中、足下、木伝い……どこからだって一撃必殺の毒が俺の肌を穿ちうる。対策として、虫除けの薬草の汁を頭から被った上でここに来てはいるが、いつまでも効き目があるものじゃない。もってあと三十分……それまでに山猫から胆嚢を剥ぎ取るところまで済ませないといけない。


「……さて」


 この密林のさらなる厄介なところは、下手に火を使うと毒性物質と反応を起こして莫大な規模の毒ガス災害を引き起こすということだ。危なくって、爆竹だって不用意に使えない。だから俺は、代わりと言ってはなんだが……毒葡萄山猫の大の好物とされる、ワインで煮詰めた牛肉を鎧の表面に貼り付けておいた。


「シャアアアアアアッ!!」


 辛抱たまらず、山猫が飛びかかってくる。俺は左手の片手剣で山猫の爪を受け止める。巨大の重みが全身にのしかかって、バランスが崩れそうになる。山猫はもう片方の手で俺を引っ掻こうとする。俺は右手に取り付けた籠手でなんとかそれを防ぎ、手四つの体勢になる。山猫が勝ち誇った表情を浮かべた。このまま体重をかけ、その鋭い歯で俺の首から上を囓り食おうという魂胆だろう。山猫が馬鹿力に任せて、俺の首に顔を近づけようとする。

 今だ。俺はあらかじめ足下に忍ばせておいた鉄球を勢いよく蹴り上げた。意識外からの一撃だったのだろう。それは山猫の下あごにクリーンヒットし、奴はバランスを失って俺から手を離した。この至近距離で、俺に対して隙を見せれば、その野生動物が生きていられるはずもない。必然、山猫の首はものの数秒後には胴体から切り離され、何百キロもありそうな巨体が地面に墜落し、足下が僅かに震えた。


「……危ない危ない」


 しかし間一髪だった。もし山猫が肉に釣られてまっすぐ飛んでこないで、クレバーに森の木々を利用して襲いかかってきたとしたら、もっと手こずっただろう。あいつが馬鹿で助かった。

 ゆっくりしている時間もないので、俺はそそくさと山猫の胆嚢だけを剥ぎ取って、紫苑密林を後にした。

 胆嚢からは、葡萄系の強い匂いが突き抜けるように立ち上がっていた。これを材料にすれば、確かに強烈な香水を作ることができるだろう。


 ◆◆◆◆◆


 帰った頃にはもう夜遅くで、町の灯りは殆ど消えていた。彼女に胆嚢を届けるのも含めて、後は明日に回そうかな。そう思って俺はいつもの酒場にも集会所にも寄らずに、直で宿屋へと向かったのだが……。


 「おかしい」


 俺の部屋には、何故か灯りがついていた。俺は即座に、泥棒が入ったことを確信した。冒険者の宿泊先には、盗人が入ることも多い。一度探索に出かけてしまえば、普通は数日帰ってこないもので、俺のように遠くに行きながら日帰りで戻ってくるようなぶっ飛んだ奴は極めて稀だからだ。だからこそ、荷物を交代で管理できるという点でも、パーティを組むことにはそれなりの意義があるのだ。


 だが残念だったな盗人よ。俺は余力を残しながら日帰りで帰ってこれるタフマンだ。冒険者の能力についての事前リサーチを怠った自分を恨むがいい。そんなことをぶつくさと呟きながら、俺は抜き足差し足で宿の自分の部屋に近づく。そして、勢いよくドアを蹴破り、まずは声で威嚇して萎縮させる!


 「キエエエエエエエッッ!」


 「きゃあああああああっっ!!」


 「……ってあれ? フラン……?」


 しかし、そこにいたのは泥棒ではなくエプロン姿のフランだった。


 「あっ、あれっ……?」


 「いきなり……大声を……」


 唖然とし、フリーズする俺の顔面に――――


 「出すな―――――っっ!!!」


 「へぶっっ!?」


 フランが投げた軟らかいクッションが、間抜けな音を立てながらクリーンヒットした。

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