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戦いの結末

 リタ少年が、依頼を引き受けてくれたと聞いたとき、アレイニは心底驚いた。

 そしてその「報酬」を聞いて、思い切り床にひっくり返った。


「サメジマクンのおっぱいを触らせてください」


 本拠地にて。オストワルド将軍から録音を聞かされて、騎士らは全員、同じように転がっていた。


 モニターに映るオストワルドも複雑な顔。苦笑いしつつも口は出さない。 

 ずっこけた騎士三人、半ば腰を抜かしてなんとか起き上がる。


「な、なんという、恐れ多いことを」

「これマジで言ってるのかい? 正直、物好きもいいとこだよ。団長の雌体化した姿を知らないのかな」


「それは伝えたよ」

 オストワルドが嘆息する。


「はっきり言って揉むほどもない、現在とたいして変わらない姿で、可愛げなど何もないと。それでもいいというのだ。これ以上、わたしが諭しても仕方ないだろう」


「そ、それより、団長は許可したんですか?」


 アレイニが言うと、オストワルドはあごをしゃくった。その先に、噂の「報酬」――雌体化周期に入りつつある、クーガ騎士団長が立っている。


 彼は、なにをしているわけでもなかった。

 ただ立っていた。

 壁にもたれるでもなく、両足をそろえて、きれいに直立している。相当しんどい姿勢のはずだが、もう三十分、そのままだった。いつも通りの無表情だが、なにかがおかしい。騎士たちの視線を受けて、彼は一度シャックリをした。それを引き金に、みるみる顔が赤くなる。


「だっ、て。だって……仕事、だし。リタが、いいっていうからっ」


 なにやら言い訳をしている途中で、ヒックとまたシャックリひとつ。紅潮した顔を手で隠すと、


「キリコのアジトに、いる、シェノクに、合流してくるっ」


 そう言い放ち、彼は大慌てでサロンを抜け出した。


 顔を見合わせる騎士たち。再び嘆息するオストワルドに、アレイニは恐る恐る質問する。


「あの……本当にいいんですか? 将軍」


「いいもなにも、リタ君本人のご所望だ。報奨金が浮くのは正直ありがたいしね」

「そうじゃなくて、弟君に……。クーガ団長は、誉あるラトキアの騎士団長であり、星帝の義弟、将軍の実弟です。その……リタさんの行為はさすがに、不敬がすぎるのではないかと、思うのですが」


「不敬? リタ君はラトキア国民でも鮫の部下でもないぞ。人間関係の軋轢はともかく、不敬罪なんて法律が物申すところじゃなかろう」


 あっさりと、オストワルド。どこかで聞いたような文言である。

 納得しかねる騎士たち。

 オストワルドは、そこでふと、眉を垂らした。


「たぶん、お前たちはアレを誤解しているよ。そもそもクーガは、自分をエライとは思ってないんだ」


「……へ?」

 バンドラゴラが顔を上げる。まるきりその発想がなかったのだろう、本当に素っ頓狂な声を出した。それはアレイニもヴァルクスも同様だった。

 いや、きっとラトキア星人のほとんどが同じ反応をする。


 たしかに、ラトキア騎士団は一般兵団と違い、階級や役目による上下関係というものがない。それでも団長だけは別格だった。

 それが当たり前だと思っていた。


「たしかに、その……ティオドールが失礼な口を聞いても、団長本人が怒ったことはなかったけど」


 オストワルドは再度、首を振った。


「ヴァルクスやバンドラゴラは、あれが騎士団に入った十二の歳から知っているな? そのころと今の団長とで、騎士たちへの態度はなにか変ったか?」


「……しかし、団長の命令は絶対である」


「作戦の指示をすることはあるだろう。だが、個人的に横柄な態度や、私用を言われたことがあったか」

 騎士らは顔を見合わせる。そういえば、たしかに。


「……まあ、何も言われなくても先回りで気を使ってたからなあ」


「だって、団長怖いですもん」


 アレイニの言葉に、騎士らは激しく頷いた。


 クーガがラトキア騎士団長となって五年、圧倒的な戦績を叩き出したその名と顔は、今や星帝よりも広く知られている。若く美しい容姿もあいまって、英雄譚として好まれたのだ。

 山ほど脚色もついた伝説が一人歩きし広まったのは、そこに信憑性を感じられるからである。

 ただそこにいるだけで、恐れ多い。


 アレイニは、クーガが怖い。

 それは格闘技を学びだしてなお強まった。自分を鍛えるほどに、彼の強さ、隙のなさがわかってくる。

クーガと対面すると、首もとに刃と突きつけられたような気分になるのだ。


「誰か、これまでクーガの隣に座ってみたものはあるか?」


 実姉は無茶を言う。騎士らは三度首を振って、


「食事はいつも、団長だけ別だし……作戦会議兼ねて車座になることは、何度かあるけど」


「そのときみんなはリラックスして談笑を?」


「いやいやいや、無理ですよ! 食事がのどを通りません!」


 ブンブン首を振るバンドラゴラに、オストワルドは目を細めた。そうかと頷き、瞼を閉じる。


「……わたしも、ずいぶん長く、そうしてやっていない。何年振りだろう。クゥが何かを食べて、『美味しい』って言ったのは……」


 彼女の言葉は、重く苦く、後悔が混じっていた。


 しばしの沈黙――それを破ったのは、バンドラゴラだった。

 騎士団随一のコマシ、独りで寂しくしている若者に誰よりも早く近づく男は、緑色の髪をクシャリと混ぜる。


「……十二歳。そんな子供だったんだなあ……」


 苦笑するだけの星帝皇后。十八歳年上の姉は、末の弟に何を思うのだろうか。

 騎士たちもみな黙り込み、唇を噛んでいた。。


 クーガ騎士団長は、人間。

 そんな当たり前のことを聞かされて、彼らはその衝撃に戸惑っていた。アレイニも同じだ。

 だが同時に、全く別のことも頭にあった。


 団長が、人間。幼い子供。大人たちに囲まれて、ずっと孤独であった。騎士団長となればなお、それは辛く寂しい日々だった。

 理解はする。だが、どこか腑に落ちない。


(だったら、どうしてあの日、キリコ博士と共に軍を去らなかったの)


 どうしても、それが引っかかって仕方が無かった。


(あなたは博士を愛していたのではないの)

(あのとき……どうして、博士と共に生きることを選ばなかったの)


 きっとそのほうが幸せになれたでしょうに――アレイニは胸中で呟き、俯いた。




 二日後――クリバヤシ家にて。


 アレイニはひとり、地球の生物・植物の図鑑とにらめっこしていた。

 キリコの毒を解析するためである。


 リタは通学で不在。前日に頼んでみたらあっさり承諾、合鍵までもらってしまった。つい先日まで疑っていたのが罪悪感にかられるほどだ。

 当初、途中までシェノクに読んでもらっていたものの、彼もまた忙しく出かけてしまった。そうなると日本語に不自由なアレイニは行き詰まる。


(テオがいてくれたらな……)


 そう、願ってもどうにもならない。


 リタが残りしてくれたタブレット――専門書を電子書籍化したものを、朗読機能を使ってなんとか読み取っていく。



 倒れた騎士から抽出した毒成分を分析する実験は、オーリオウル人の病院でさんざん試し、そしてことごとく失敗に終わっていた。

 自分ひとり、一般家庭のキッチンを借りてそれを続行したとて成果は得られないだろう。

 それよりも――アレイニは、ラトキア既存の毒物化合法を、記憶の中から引きだした。


 クーガ騎士団長に症状が出なかったのは、彼に毒耐性があるからだ。

 それは万能薬ひとつで作られたものではない。二十種もの毒物をひとつずつ、長年かけて慣らして身に着けた免疫だ。

 ならばつまり、その二十種のうちどれか――あるいはそれらをさらに化合させたものが、あの毒ガスの正体に違いない。


 そこまで確信すると、アレイニはまず、この日本の毒物を調べ上げた。


 ラトキア製の毒、あれらを再現するために。


 キリコは護送中に解放され、なにも持たずに地球へ落ちのびたのだ。ならばあの毒ガスの原料は、この地球上で手に入れたということになる。


 オストワルドの力がなくても、この日本で購入や採集が可能なもの――それらをかき集め、手に入れた物から順に化合を繰り返した。


 自分は、頭が悪い。下手に推理なんかするよりも、ひたすら虱潰しに、可能性を上げていく。

 やっていくうちに、成功がありえるものとありえないものとが見えてきた。そのパターンを、アレイニはすべて記憶した。

 記帳の時間と手間が惜しかった。


 自分に発想力はない。だがこの頭には、ラトキアで生きた二十七年分もの知識が詰まっている。かつてキリコのラボで見た化合方法も記憶している。この地球で得てさらに覚える。詰め込んできた。理解してきた。

 そこから何も、生み出すことはできないかもしれない。

 だが人を救うことはできるかもしれない――


 アレイニは、美しい髪を縛り、さらにヘアバンドでたくしあげ、おまけに分厚いめがねを鼻の上に乗せて。

 ひとり、その戦場で戦い続けていた。


 気分転換の休憩はしなかった。

 それでもいつか、どうしても集中力は切れかかる。アレイニはポケットから飴玉を取り出し、口に入れる。

 安っぽく甘ったるい、子供向けのキャンディだ。地球で適当に買ったものである。

 だがそれは、どこか懐かしい、とても優しい味がした。


「――よし。がんばるぞ」


 アレイニは再びフラスコへ向かった。

 夕刻。

 学校から帰宅してきたリタ少年に、アレイニはとりあえず、最新の成果を報告した。

 彼は視線だけで相槌をくれながら、黙って聞き入る。分析が完了したと伝えると、にっこり、破顔した。


「やるぅ。おつかれさま」


 そういって、ポケットからなにかを取り出し、アレイニの前髪に触った。ヘアクリップらしい。伸びた前髪を邪魔そうにしていたのを気づかれたのだろう。

 ほんとうに、気が利く子だ。アレイニは苦笑いした。


 その彼に、分析結果の詳細を話して聞かせた。フムフムと相槌をうつ顔はまるきり子供のようなのに、

「はあ、なるほど。んー、ヘビ毒に似てるなあ」

 と、すぐに理解する。やはりこの子の頭の良さは、知識の量や記憶力ではなく、理解力だと舌を巻く。


「そう、調合される前の四種はすべて動物毒、それも医療麻酔用に製品化されているものですよ。それを、キリコは皮膚に浸透させる改良と、同時に超微粒子の霧状化させた――ということでしょう。……この改良は、厄介ですよ。軍のガスマスクと軍服を通す無色無臭の毒ガスなんて存在しないとされてましたからね。……私は、その糸口もわからない。キリコは、天才です」


「いやいや、ご謙遜。アレイニさんはこの毒の分析はじめて二週間でしょ」


 お世辞を言われてしまった。


「厄介は厄介……だけど、リキッドから霧、ガス状になれば、その威力は格段に弱まるんじゃないかなあ。……」


 ガラス鍋を火にかけながら、少年。

 アレイニは黙ってそれを聞く。


「……注入、注射。……注射か……」


 アレイニのように、ただ毒そのものとだけ向き合っているのではないらしい。彼はキリコを倒す手段を考えているのである。

 沸き立つビーカーを見下ろす横顔。

 アレイニはしばらく、それをじっと見つめていた。


(……顔のつくりは子供にしか見えないけど……目はとても強い。私なんかより、ずっと……)


 この距離ならば、アレイニにもそれが見て取れた。

 ティオドールが、「普通じゃない」と称した瞳。それはやはり、あのキリコに似ているとアレイニは確信していた。

 マイペースで飄々としているようで、その実、他人の深部までしっかりと視ている。微笑みの下に隠した蔑みも、鉄面皮の奥にある、寂しげな少女の顔も。


(――この若さで、どうしてそんなに目をもっているんだろう。……かつて冤罪で追いかけまわされたことが関係あるのかしら)


(それとも、家出中の体験で? 中流家庭の少年がいきなりひとりでホームレスになったんだもの、つらい目にもあったでしょうね)


(……そういえば、その間どうやって生きてきたんだろう? その日から宿付きの日雇いにつけたわけはないだろうし……やっぱり、なにか悪いことを)


(……窃盗、強盗、不法侵入……それともなにか、少年が身一つで稼げるようなコトを……)


(……………………それなりに買い手はつきそうだ)


 と――不意に、振り向いたリタと視線が合ってしまった。


「す、すみません!」


 反射的に謝り、目をそらす。

 それが挙動不審だったらしい。リタに笑われてしまった。その可愛らしい笑顔に、不埒なことを考えていた自分がひどく下賤に思え、アレイニは身を縮めた。

 これではかえって怪しまれる。何を考えてたの? などと聞かれる前に、アレイニはなんとか、リタのほうへ向きなおった。


「あの……リ、リタさんって、すごい、ですね」

「うん? なにが?」

「その……い、いろいろ、と……」


 言葉を濁す。アレイニには「言ってはいけないこと」がたくさんあった。先ほどの思考はもちろんのこと、自分たちが彼を疑って、その素性を暴いたことも、彼自身には秘密にしてある。そんな失礼なことをしていたとバレたら、騎士団は彼の信用を失うだろう。

 アレイニは慌てて言葉を探した。


「だ、だって。団長にあんな……こ、怖くないのですか」

「サメジマくん? 怖くはないよ」


 リタはあっさり、そういった。そして、


「アレイニさんはサメジマくんのこと怖いんだ」

「え! や、あの、こわ、いって言うか」

「というか?」

「怖いっていうか……」

「というか?」


 追及がしつこい。アレイニはしばらく口をモゴモゴさせていたが、やがて観念して、そのまま本心を出した。


「…………お…………おそろしいです……」


 リタは腹を抱えて笑った。


 本当に、よく笑う少年だ。それからアレイニはいかにクーガ団長が恐ろしいか、騎士団での振る舞いを熱弁したが、コロコロと笑うばかりである。彼にとってはもう、何を言っても、クーガが可愛く見えているらしい。


 あばたもえくぼだと、アレイニは思った。だがすぐに気が付く。

 少年の、惚れた欲目などではない。自分たちこそが盲目だったのだ。


 ラトキア騎士団長のことをずっと色眼鏡で見てきたのである。


 アレイニ自身は、クーガのことを恐ろしい、人形のように冷酷な軍人だと思っていた。だが寮のなかで騎士たちの陰口は聞こえてきている。感情が無い、なんてことは悪口にも入らないような、汚い侮辱も多々あった。


 ――名誉欲の塊。コネを使ってのし上がった戦闘力馬鹿。前騎士団長やキリコ博士をかどわかした淫婦。

 自殺志願者。人殺し。殺人狂。暴力性愛者――


 地球行きのメンバーになり、クーガに近づいた今となっては何もかもただのうわさ話だと知っている。


 だが彼らを批判などできなかった。ほかならぬアレイニ自身がそうしてクーガを蔑視したこともあったのだ。ひとのことなどとても言えない。

 それは色眼鏡などではない。きっと本当は分かっていた。

 あれはただの嫉妬だ。


 若く美しく、圧倒的に強いあの人への、ただの醜い嫉妬だった。


 アレイニは目を伏せた。


 ――だった、なんて、まるで卒業したかのようにいう。自分は何も変わっていない。相変わらず、他人と比べてばかりいる。卑屈な人間であった。


「……私は……団長に謝らなくてはいけません」

 アレイニはつぶやいた。リタが小首を傾げてくる、そちらを見ることもできず、独白のように続けていく。


「私は……ラトキアで、当時少年だった団長に毒を飲ませた人間の一人です。

 ……本人がいいといったから。上司であるキリコが作ったものだったから。私はそれを悪いとは感じていませんでした。ただ彼が毒液を飲みやすいよう味を調えたりとか。嘔吐したものを片づけたりだとか。つまらない雑用だと思っていました。まだ十五ほどの少年が、何ミリリットル吐血をしたと記録しながら、もっと……責任のある仕事がしたいと、それだけ……。それだけしか……」


 それだけしか、考えていなかった。

 彼女がとてもつらいことに耐えているなんて、思いもしなかった。キリコが優しい目を向けるのを、うらやましいとばかり思っていた。


 アレイニにとって、科学はただの知識だ。その前後に物語はなにもない。化合の中身をしっていながら、その毒が世界に何の影響を及ぼすかを想像もしていなかった。


 あの時のクーガと同じ顔色をして、眠り続けるティオドール。

 それを見るまで、クーガはただ毒を飲むだけでキリコに愛されてずるいと、ただそれだけを、ずっと。


「……毒って――人が死ぬもの、なんですよね……」


 二十七年生きてきて、アレイニは初めて、それを理解した。リタは指先で頬を掻く。


「……テオ、元気になるといいね」

 

 グサリと、胸に突き刺さる。



 アレイニは、たくさんの人に謝らなくてはいけない。


 クーガに、リタに、ティオドールに。キリコに、オストワルドに。

 逃げ出した家、光の塔の一族に。その人身御供として差し出した実兄に。


(この仕事が……すべてが終わったら……)

(テオが目を覚ましたら、そのときは――)


 震える瞼を閉じ、唇をかむ。アレイニの横顔に、リタ少年は何を思い、何が視えていたのだろうか。

 やはり、何もかも見透かしているように、大人びた笑みを浮かべていた。



 そして、二日後。

 すべての戦いは、アレイニの視界の外で行われ、あっけないほどの短時間で終わった。


 そこでの攻防の詳細を、アレイニは尋ねなかった。それどころじゃなかった。

 失神したクーガ、彼を背負い、血まみれで帰還するなり意識を失くたリタを病院へ緊急搬送。アレイニはその治療に貼りつけられたのだ。病院についてすぐ目を覚ましたクーガはトンボ返りで敵地へ戻り、キリコと、元騎士の大男を捕縛。


 意識のないままのキリコらを騎士に任せ、自力で病院へ戻ってきた。


「大丈夫ですか、団長!」


 慌てて駆け寄り、迎えたアレイニに、彼は軽く手をふって、


「いや。どうやら少し頭がい骨が割れているようだ」


 いつもの無表情でそう言った。あっけにとられるアレイニを後目しりめに、頭の布を乱暴にはがす。包帯代わりだったらしい、血で赤く染まったタオルを、手のひらでじっと見下ろして。


「……リタに、お礼をしなくちゃ……」


 そう呟き――目を見開く。

 そして彼は、突然大きな声を上げた。



「――リタは? リタはどこだ。……リタ。リタ!!」


 初めて聞く、騎士団長の悲鳴。その声はロビーに満ち、反響してより大きくなっていく。アレイニは眉を寄せた。


「リ、リタさんは、上の部屋に。ケガのほうの手当は済んで、ベッドに、寝かされています……」


「無事か、生きているんだな?」


「生きて、は……はい、生きています」


 彼は大きく息をついた。顔を覆い、魂が抜けたように脱力する。

 やがてクックッと小さく笑いだす。


「よかった……」


 肩を震わせ、とても嬉しそうに笑っていた。



 それが――

 アレイニが見た、クーガの最期の笑顔だった。


 リタの病室を訪ねたときから、さらに数日間の滞在、ラトキアに帰還して、そして、アレイニが軍を離れるその日まで。


 たったの一度もクーガの笑みを見ることなく、アレイニは彼の前から姿を消した。



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