疑惑の解答
もともとは、諜報役であるシェノクを除き、五人全員で一斉に突入するはずだった。
それを引き留めたのはテオだった。
「待ってくれ。俺は、やっぱり反対だ。ここに突入するべきじゃない!」
当日、まさに突入直前である。全員がぎょっとする。たしなめようとするシェノクを、クーガは押しのけた。
「どうして?」
尋ねる声音は決して威圧的ではなかったが、テオは思わず後ずさった。それでも負けずに進言する。
「あの、リタという地球人への疑惑が解けていない。このアジトが罠だって疑いがある以上、俺は反対だ」
「おまえ、まだそんなことっ――」
「では、どうする? 周辺を見たところ、バリケードがあり正面入り口のほかに入り口はない。宇宙船の停泊にもリミットがある。それこそ罠がありいったん退避することを考えると、これ以上様子見をしていられない」
クーガは部下を糾弾するわけではなく、言葉の通り、ではどうするかと意見を求めている。テオは胸を張る。
「人員を分け、段階を取るべきだと思います。まずは調査として斥候役が突入、そこで罠の内容を把握しだい戻り、対策をして、人数を増やす。なにが待ってるかわからないところに、いきなり全員で行くのはリスクが高い」
「……確実に罠と敵がいる。ならば、カバーのしあえる人数、最大戦力で向かうほうが突破の確率は高い。段階を踏むと、あちらにも対策を練られてしまう」
「ならばなおさら、斥候役に強力な戦士を送ればいいでしょう。――俺が行きます」
「テオ!?」
アレイニは悲鳴じみた声を上げたが、クーガは眉を上げただけだった。反論させるより早く、テオが畳み掛ける。
「できるだけ進行して、罠を発見しだい無線で報告します。アレイニやシェノク、頭のいい連中がそれを分析してくれ。対策を練って、それから団長、バンドラゴラ、ヴァルクスがトドメに行くんだ――いい作戦じゃないですか?」
「……確かに、悪くない。……お前が死ぬという以外は」
今度のクーガは、しっかりと脅しにかかっていた。だが少年はひるまない。むしろ口元を歪ませて笑い飛ばす。
「常套。それが俺の仕事っす。……みんな知っての通り、俺ァ命をかけるしか能がない。そうして騎士になりあがった腕力馬鹿だ。……適材適所、出来ることを出来るやつがやり、そうでないやつをカバーする――それが、軍ってやつでしょう?」
「何言ってるんですか、やめてよ!」
アレイニは大声を上げた。誰が眉をひそめようと知ったことではない。出来るだけ騒いで、目の前の建物まで響き、敵が気付いて逃げ出してくれればいい。そうすれば、こんなバカげた作戦は無しになる。
だが、二人の男の眼光がそれを黙らせた。テオとクーガ、両者がアレイニの喉を潰す。
クーガはテオに向き直る。
「……騎士の仕事は、死ぬことじゃないぞ。俺は全員を生きて還らせるつもりでいる。それが騎士団長の仕事だ」
「死ににいく気はない。ヤバいと思ったらすぐ戻ります。――いや、ヤバくなる前にかならず」
「…………了解。ただし配置は変える。単独行動はいけない。もう一人連れていけ」
「では、自分が」
すぐに、ヴァルクスが前に出た。一瞬出遅れたバンドラゴラは、踏み出しかけた足を戻す。
前の二人がつぶれた場合、続けて突入するのにクーガの相棒が必要だった。
苦い顔をするバンドラゴラに、ヴァルクスがニヤリと笑った。
「自分もテオと同じ、腕力馬鹿の前線担当だ。死ぬまでそうである。いつかは終わると覚悟のうえ」
「……とりあえず今日は還ってこいよ」
「もとよりそのつもりだ」
そう言って、頭蓋を守るフルフェイスメットを装備した。
――そのあと、敵アジト内部で起こったことは、帰還したヴァルクスによって語られた。
自分の責任である――そう、騎士は言い続けた。
無色透明、無味無臭の毒ガスに気が付かず進行したのは誰のせいでもあるまい。
だが瞼に痺れを覚えた瞬間に、偵察役の二人は出入り口へと戻るべきであった。
――それは、ヴァルクス自身は理解していた。ゆえに、彼の失策は、ティオドールを捕まえ損ねたことだった。
「――毒ガスか!?」
そう叫ぶより先に、少年を捕まえるべきだった。
「……まだ平気だ。即効性じゃない。噴出孔を探そう」
そう言ったティオドールを、殴り倒し担ぎ上げるべきだった。
「一度戻るぞ。我らが無理を通すところではない。もしも化学兵器ならば、アレイニが専門だ」
そのセリフが、最悪の選択であった。
「だったら旦那は戻れよ! ――アレイニは戦わせない。団長があいつを引っ張りだす前に、俺が全部ぶっつぶしてやる!」
この言葉で、ヴァルクスはすべてを悟った。
ティオドールは機敏だ。
毒ガスの充満する建物、奥に向かって駆け出す少年。暗く、雑然とした建物内で見失ってしまった。名を叫びながら追いかけて、ようやっと赤い髪を発見する。
この時、すでにテオは意識を失っていた。
――自分の責任である。申し訳がない――
そう言って首を垂れるヴァルクスを、クーガは慰めもしなかった。二人の治療のために撤退、作戦を立て直す、という指示は早かった。
交代でその場に待機、キリコらの出入りを見張ること四日。
こちらに何の動きもないまま、病院から、二人の検査結果と治療の経過が報告された。
彼らの症状や血中成分、装備や皮膚から検証した結果だ。
――神経性の毒ガスである。成分などは不明。治療方法も不明。
報告はそれだけだった。
見張りを続けながらも、シェノクはオーリオウルのバイヤーに掛け合って、気密性の高いガスマスクを手配していた。
「今回は『調査』である。絶対に無理をしないこと」
そう、騎士団長より厳しく言われて、団長とバンドラゴラ、そしてアレイニも、マスクを着けて潜入。
違和感を覚えてすぐに撤退。
呼気吸入は一切していないはず――となると、超微粒子による、経皮毒ではないか――
アレイニはそう提唱した。
「では、俺がひとりで行こう。俺にこの毒は効かないようだから」
そう言った騎士団長も、全身を冷や汗に濡らして帰還した。
罠は毒だけでなく、脳の言語変換装置に作用する電磁波まであったらしい。
どうしようもない。手も足も出ないとはこのことだった。
シェノクは頭を抱え、再び、バイヤーのもとへと走っていった。
そして――
アレイニがテオの顔を見れたのは、そんな忙しさを越えてから。
彼が倒れてから丸二週間が経ってからだった。
全身に通されたチューブと機材。閉じたままの瞼。ほんの二週間前に、アレイニのスープを啜っていた唇。うまい、と呟いたのも今は白く、真横に結ばれたまま。
「テオ……」
身を乗り出して、触れてみる。
冷たい唇。
「どうして、あんな無茶を。どうして……」
呟きに、ティオドールは答えない。
代わりにシェノクが発言をした。アレイニの問いへの答えではないが。
「……対毒ガス用ボディスーツが、一着だけ手に入った」
「……そうですか」
力のない相槌。毒の種類も治療法もわかっていないが、遮断できるならそれでいい。
「……でもそれ、何の役に立つんですか。もともと団長に毒は効かないし、それって電磁波を遮断するものじゃないですよね」
「リタに頼むことになった」
「えっ!?」
アレイニは驚き、振り向いた。
一瞬、誰かが悪趣味なジョークをかましたのかと思った。だがこの病室で、話が出来るのはアレイニとシェノクだけである。
壁にもたれかかり、彼は目を細めていた。
目を剥いたアレイニに、シェノクは軽く、肩をすくめて見せた。
「……仕方ないだろう。サイズが無くてな。子供みたいな体型でなきゃ着れない。そうでなくても、ラトキアの騎士が撤退したところへ行ってくれる傭兵は、そうそう掴まらないだろうが」
「正気ですか!? あの子は、キリコの仲間かもしれないのに!」
怒鳴りつけるアレイニ。膝の上でこぶしを握る。
「彼の言うことにしたがって、その結果がこれでしょ!? なのにどうしてまた彼を訪ねるんですか! あの子はテオを――ミルドやヴァルクスも、あんなにした仇かもしれないのに! どうして!?」
叫びながら、己の言葉に己で酔う。
そうだ。すべてリタのせいだ。
あの子供がテオをこんなにした。いますぐ家に押しかけて引きずり出し、拷問でもなんでもやって、解毒法を聞き出したい。
「……やっぱり、そんな風になってたか」
だが、シェノクは、首を振った。
「その疑いを解く前に、ひとつ。アレイニ、お前が騎士としてこれからもやっていくつもりなら……仲間の仇など、討とうとするな」
「……なんですか、それ?」
意味が分からず眉をひそめる。シェノクは年下だが、親切で優しい先輩だった。『赤い髪』らしからぬ賢さもある。だがこれは反発せずにはいられなかった。
シェノクはゆっくりと、言い聞かせる。
「敵だって人間、生き物だ。己の身を守るために反撃して当然。それを狩りに行くんだから、軍人はみな、それなりの覚悟をするべきなんだよ。戦うものも送り出すものもだ」
「……相手を恨むのはお門違いだとでも?」
「まあ、そういうことだ。仇と恨むのは家族や友人にでも任せておいて、同僚の騎士は淡々と、任務を遂行すればいい」
「仕事はちゃんとやります。でもそこに情を乗せてはいけませんか。仲間のために戦うんだって、そのほうが熱が入る、勇気が出る!」
「それがよくない、冷静になれと言ってるんだ!」
シェノクは怒鳴った。
「何度も言うぞ! 騎士の仕事はまず生きて還ること、次に任務の完遂だ! 仲間のためなんてのは三の次、いや、ひとかけらも入れちゃいけないんだよ!」
「どうして!? そんなんじゃテオが――」
「その結果がコイツだ、目の前で寝ころがってるのを見てみろ!!」
シェノクの指がテオを指す。アレイニはカッと、頭に血が上るのを感じた。
反射的に、拳を振る。シェノクは簡単にかわし、その腕を掴んでねじ上げた。
「痛っ――!」
「ティオドールは自業自得だ。団長の命令に背き、独断で無茶をした。らしくない行動だ。あいつはアホだが、今になって将軍や騎士団長の判断を疑うようなことはないはずだった。それもこれも、アレイニ、お前を守るための暴走だ!」
「わ――私のせいだとでも!?」
振り払うアレイニ。シェノクは首を振った。
「いいや、ティオドールの自業自得と言っただろ。奴自身無意識に、平静さを失ってたんだ。リタを疑ってたのも疑心暗鬼、盲目的になってたんだよ」
そう言って――彼は、胸元から写真を数枚、取り出した。無言のままアレイニに手渡してくる。
「……これは? ……リタさんと……ご両親ですか」
中年の男女と少年が並んでいる。真ん中の子供は、たしかにリタだ。今よりはほんの少し幼く見える、可愛らしい子供であった。
赤茶色の髪をした、彫りの深い顔の父、若くて美人の母。その間ではにかむ息子。あの栗林家の門前である。なごやかで何の変哲もない家族写真だ。
「これが、なにか?」
「それは、私立霞ヶ丘高校に提出されていた、髪の色が天然であることを証明する家族写真だ」
シェノクは言った。どうやら学校にかけあって頂いたらしい。
校則違反で染髪をしているのではない、父親が同じ髪色の外国人だという、証拠写真なのだろう。
アレイニにはよくわからないが、たしかにその男は彫りが深く、妻とは人種が違うように思えた。
「でも、リタさんともあまり似てませんね――ん?」
ふと覚えた違和感に声がでる。写真に顔を寄せるのを、シェノクが苦笑いした。
「さすが科学者、観察眼は高いな。……そう、合成だ」
「合成……なんのために?」
「実在しない家族像を作るためだろう。解析ソフトによると、この背景とリタの画像は二年ほど前に撮られたもの。しかし『両親』はそれぞれバラバラ。それに顔面の造形に修正跡があった。おそらく雑誌か何か、いずれにせよ赤の他人の写真をいじってつないだものだ。この三人は会ったこともないだろうな」
アレイニは息を飲んだ。
たとえ家族が離散していても、ふつう、古い写真くらいはあるだろう。それも無かったというなら仕方がないが、合成してまで偽造するというのは、普通の発想ではない。
「……じゃあ、やっぱりリタさんはキリコの仲間――私たちを罠にかけて!?」
「いや。違う」
すぐにシェノクは否定する。
「この合成は稚拙だ。学校への提出や、友達に見せるくらいならともかく、警察や騎士を騙せるような代物じゃない。手は込んでるが、へたくそなんだよ。バイヤーや犯罪組織の仕事じゃない――ちょうど、十五の子供が初めてさわる画像編集ソフトと格闘して、どうにか作り上げたくらいの程度――」
「……リタさんが、ひとりで作ったってことですか……」
アレイニの呻きに、うなずくシェノク。
一枚の写真から嘘が暴かれて、リタ少年への疑惑は強くなった。しかし、テロリストとは関係ないという。
ではなんのための細工?
あの少年はいったい、何者なのだと。
「……その疑問も、全部もう調べた」
シェノクは言った。私物用カバンからファイルを取り出した。アレイニは日本語が読めない。シェノクも多少、苦労しながら、そこにある文字を読み上げてくれる。
「……クリバヤシリタ……本名はキタミシンゴ。父親は、実際にオランダの血縁で――北海道拘置所――警察管理の薬物依存治療中。母は、薬物使用と売買、少女売春管理の容疑で……逮捕、抑留中に死亡。当人は――当人も売人容疑……」
「容疑者――」
アレイニは、意味もなく資料をのぞき込んだ。読めないが、書いてあることに戦慄する。
「……じゃあ、テオのカンは、当たっていたんだ……!」
シェノクは目を細めた。
「まあ、半分はな。容疑、はただ疑われたという事実だけだ。現在は容疑それも解かれている。警察での取り調べはあっただろうが、結果はとにかく、無罪の一般人だ」
だが、と、彼は続けた。
「世間一般はそうは思っていないらしい。地球の電子情報板ってのを覗いてみた。キタミシンゴは過去、日本中に名前と顔を晒されて、容疑者どころか本星として追いかけまわされている。すべての黒幕、悪魔の子、両親と学園を闇に落とした張本人だと。容疑が解けたあとも、まるで指名手配犯だ……当時の住処ではリアルタイムで目撃情報が上がってる。『汚物を投げつけてやった』って武勇伝もな。……あのガキがどれだけ図太くても、そのまま生きていくのは無理だろう……」
渋面のシェノク。アレイニは、写真を再び手に取った。偽物の家族写真。偽物の両親。偽物の笑顔――だが、少年だけは、本物のままのはずだった。
幼く、華奢な体にぎこちない笑み。
それでも眼だけは強く――『生き抜いてやる』という、凄みがあった。
「……真実は……彼は罪を犯したのでしょうか」
「……お前はどう思う、アレイニ?」
「……私は……」
わからなかった。
自分には、テオのような感性も、人を見る目もない。冷静な判断力も。
口ごもるアレイニに、シェノクは目を細めて、
「なら、もう疑うな。団長や将軍の判断に従うんだな」
「……シェノクは? ……ここまで調べて、私たちよりもずっと長く彼当人と交流をして。それで、リタさんは無実だと思いますか?」
逆に問われて、シェノクはシャックリを飲みこんだような顔をした。
頬をかき、仏頂面で。
「さあな。だがとりあえず、騎士団への悪意は感じない。――わりと、イイヤツなんじゃないか。嫌いだけど」
「……そうですか……」
アレイニは目を伏せた。
シェノクの言葉を胸に落とす。それは、とても説得力があるように思えた。
「……しかし問題は、あのガキがこんな危険な依頼を引き受けるかどうかだ。これから頼みに行くんだが気が重いぜ」
「普通に考えて、しり込みしますよね……」
「いっそほんとに指名手配の罪人だったら、交換条件を出せたんだけどな。今のリタが欲しいのはなにより平穏だろう。オストワルド将軍は、家一軒分の謝礼金を積むって言ってるけど、どうだかね」
「私だったらイヤです」
「俺もだ」
そう言って、頭脳担当の騎士ふたりは、大きくため息をついた。




