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第八十一話 上の悩み、下の苦しみ その3


 少々下品な話をすることを、お許しいただきたい。

 

 「疲れマ○」という言葉がある。


 命懸けの「しごと」をしたり、あるいはスポーツなどで体力を振り絞った後に起こる、男性の生理的反応のことである。 


 たとえば、メル家の鍛錬場における武術の訓練などが、「疲れ○ラ」を引き起こす典型的な要因となる。


 戦争を想定した、真剣な訓練。

 何本も連続して試合を行うという、体力の限界への挑戦。

 そうして、仲間内に、上官に、自己を必死にアピールする。

 

 女性の戦士もいないわけではないが、ここは男の居場所。

 闘争本能を剥き出しにする「場」なのだ。

 

 当然、あちこちに怪我をする。

 「小さな怪我でも、しっかりケアしておくように。打ち身等は、回復術をかけてもらえば、復帰が早まるぞ。」

 責任者の真壁先生は、常々そう口にしている。



 男達が、ボロボロの身体を引きずりながら、しかしアドレナリンが出っぱなしなものだから、妙にハイテンションになって、医務室に向かう。


 そこで思い起こされるのが、冒頭に挙げた、「疲れマ○」なのである。

 


 メル家・ネイト館の医務室には、3人の女性医師が詰めている。

 ちょうど昨年のこの時期であったか。千早が、「妙にツボを心得た人選」と評していたが、まさにその通り。


 その3人たるや。

 天然ボケの巨乳、和服の未亡人、眼鏡をかけたモデル体型。

 みな、文句無く美人である。


 ボロボロの身体と疲れ○ラをぶら下げた男達の前に、この3人である。それも白衣を着た。なんだかいい匂いがしているし。

 前かがみにならざるを得ない。

 気まずい。非常に、気まずい。

 

 下情に通じていらっしゃるのは結構なのだが、ソフィア様も少々悪戯が過ぎる。

 最終面接を行ったアレックス様も、お人が悪い。


   

 今も俺は、狭い馬車の中で、やや前かがみになっている。イーサンと共に。ノブレスなど、涎をたらしそうな顔をしている。

 こういう事には、女子の方が敏感なものだ。

 フィリアと千早は、やや不機嫌な顔を見せ……トモエに至っては、半ば夜叉である。



 アサヒ家の職場見学をした、その次の週末。

 6人で、聖神教女子修道会付属の研究施設に行こうとしたところ……。

 メル家の3人の女性医師が、同行を願い出たと。そういう次第だったのだ。

  

 なんだかいい匂いに包まれた馬車は、ラグアの東端、高級住宅街と官庁街との境目あたりで止まった。

 聖神教女子修道会の新都司教区座聖堂(カテドラル)に到着したのだ。



 相も変わらず、マナーを知らぬノブレスが即座に飛び出して、先に向かう。 

 次に俺とイーサンが降り、女性達をエスコート(馬車からの降車の手伝い)しようとしたところ。


 トモエ・アサヒが真っ先に降りてきて、イーサンの腕を捕らえ。

 そしてそのまま、引きずっていく。


 結果、俺ひとりで5人の女性をエスコートすることとなった。

 千早とフィリアの冷たい視線を浴びながら。

 変な何かが目覚めそう……なんてことは、ない。そんな余裕が、ない。


 「眼鏡」が、情け無い男だと、俺を見下ろす。

 「天然」が、空気に気づかず、ニコニコと礼を述べる。

 「和服」が、くすくすと笑っている。


 予想通りの反応を、どうもありがとうございます!

 全く、勘弁してくれよ。



 「わあ、懐かしいなあ。最近、来てなかったよね!」

 馬車から降りてきた「天然」が、背伸びをしながら、そんなことを言う。

 名前を挙げるのが面倒なので、以下そのノリで称させてもらう。


 「皆さんは、こちらの?」


 「OG、と言えば良いのかしら。」

 「和服」が、教えてくれた。


 「なるほど、こちらで医師の資格を得たのですね?」


 「何を言っている?医師に資格など、あるわけないじゃない。」

 この子、大丈夫なの?

 「眼鏡」の奥に光る目が、そう語っている。



 「ヒロ殿は、記憶を失ってござるゆえ。社会常識がたまに欠けておるのでござる。」


 「あら。そうでしたの。……資格など、いりませんわ。ヒロさん、あなたも医者と名乗れば、今日からでも医者になれますよ?」

 「和服」が、含み笑いをもらす。


 「それじゃあ、医療への信用とか、いや、医療ミスとか、どうするんですか!」


 「大丈夫ですよ~。皆さん、ちゃんとした医者と、そうでない医者とを、区別できますから。」 

 「天然」が説明してくれた。


 医師に資格があるわけではない。

 だが、医療機関や高名な医師というものは存在しているわけで。そういったところで、勉強したり修行したりするのだそうだ。

 そうして、医療機関の認定証や、医師からの免状を受ける。

 その旨を看板に掲げ、また、病院内の目立つところに証明書を飾っておく。

 患者はそれを確認した上で、医者にかかるというわけだ。


 「外科だけは、事情が異なるわ。」

 と、これは、「眼鏡」。


 外科だけは、どこそこで修行したとかよりも、従軍経験が物を言うらしい。

 「切った張った」、いや、「切った縫った」と言うべきか。従軍したことのある医者は、その経験が段違いに豊富だから。

 一瞬の判断をせざるを得ないのが、外科。

 そのへんの機微を、患者の皆さんもよくご存知なのだ。


 

 「なるほど、理解できました。では、こちらの研究機関の認定証は。」


 「我から口にするのは、憚られますが。極東地域では、最高権威のひとつですね。」

 

 飾り気のない評価。

 「和服」が口にすると、妙に説得力が増す。


 

 「ようこそおいでくださいました。ヴィスコンティ枢機卿猊下がお待ちです。」


 細身の、賢そうな女性が門のところに迎えに出ていた。


 「ああ、そうそう。男性には、女性が必ず随伴するようにしてください。」 

 


 「女子修道院だから仕方無いかもしれませんが、疑われているような気持ちになりますね。」

 イーサンが、苦笑を見せる。



 俺は、知っている。そういう理由ではないことを。昨年末に教えてもらったから。

 女子修道院に住まう女性は、3種類。信仰に生きる者、「全寮制お嬢様女子校」的に在籍する者、そして……家庭の事情で押し込められている者、である。


 三番目は、例えば、「貴族がお手伝いさんとの間に作った5番目の子で、妻が一族扱いすることを頑なに拒んでいる」などのケース。

 そういう子は、修道院から出られない。しかし、出たくて仕方ない。


 そんな彼女達にとって一番手っ取り早い手段は、「男を捕まえること」。

 そう、男を捕まえる(物理)である。


 だから、ここを訪れる男性は、「物陰に引きずり込まれて、『既成事実』」に注意しなければいけないのだ。

 


 案内の女性が、注意事項の伝達ついでに、立ち話を始めた。

 「3人は、優秀だったものねえ。極東メル家に勤務できるなんて、うらやましいわ。」

 

 「こっちにいる時は男日照りにイライラしてたけど、あれだけ男だらけだと、今度はありがたみが薄れるわよ?」


 「私は、男性が苦手だったけど、慣れました~。」


 そんなことを言う「眼鏡」と「天然」の脇で、「和服」は静かに佇むのみ。

 この3人、すごく分かりやすい。


 

 「では、行きましょうか。」


 「女性が随伴するように」という指示をうけたトモエが、がっちりとイーサンの肘をホールドしている。どうやら、彼女も「警告」の意味を知っているらしい。


 「ノブレスさんには、私たちがつきますね。」

 「和服」が、「天然」を目で誘い、ノブレスを挟み込む。

 ノブレスの顔のだらしなさと来たら。


 俺には、何を言うでも言われるでもなく、阿吽の呼吸でフィリアと千早がフォーメーションを組んでしまった。


 そうした様子を後方からゆったりと眺めていた「眼鏡」、「じゃあ私は、空いているところへ。面白いわね。」などと言い出す。


 イーサンの、もう片方の空いた肘を捕らえ、身を寄せる。

 トモエの鬼の形相には、知らん振り。


 確かに、見ている分には、面白い。


 

 俺たち9人を迎えたヴィスコンティ枢機卿猊下が、招いた理由を教えてくれた。


 「先日、メル家でお会いした時には、どうもこちらの機関を誤解なさっているように感じましたので、是非おいでいただきたいと思いました。決して『マッドサイエンティスト』の集まりではありません。真面目な研究機関なのです。」


 あちこちに、俺たちを連れ回す。


 薬草園、授業が行われている階段教室、化学実験室のような部屋……。

 どこもかしこも、女性ばかり。


 「あ、そうか。ここは女子修道院だった。」

 

 俺の間抜けなひと言の意味するところを、フィリアが拾ってくれた。


 「いえ、ヒロさん。そもそも医者や薬師には、女性が多いのです。男性は、軍人のように体を張る仕事や政治経済の場に進出することが多いですので。その分というわけでもありませんが、医療や研究の分野には、女性が多いのですよ?」


 そういえば、日本でも、薬学部には女性がやけに多かったような気がする。

 そんな感じで理解しておいても、良さそうだ。


 「フィリア殿の姉上、インテグラ様も、研究者にござったな。」


 「ええ、十代という若さでありながら、王国を代表する学者の一人ですね。この施設にも、彼女に憧れる者がたくさんおりますよ。」

 ヴィスコンティ枢機卿が応ずる。


 はいはい、メル家メル家。



 「こちらが、インテグラ様の卵たちの部屋です。」 


 個室が並ぶ廊下へと案内された。研究者達の、そう、「教授室」か。

 ひと部屋にお邪魔する。

 本が一杯に積みあがっていて、その向こうに見えるのは、部屋の主たる女性。

 窓際の机にかじりついて、一心不乱に何かを書き留めていた。


 まるっきり、大学や研究機関である。

 

 「申し訳ありませんでした。おどろおどろしい秘密実験場のようなものを想像しておりまして……。」


 「分かっていただければ、幸いですわ。霊能の研究も、こうした雰囲気の中で行われているのです。」

 ヴィスコンティ枢機卿が、笑顔を見せる。

 

 「そうですね、ではもうひと部屋。最近こちらに在籍するようになった、若い研究者をご紹介しますわ。皆さんとは年齢も近いですし、彼女にとっても良い刺激になると思います。」



 そう言って枢機卿が開けた扉には、白衣にくしゃくしゃ頭の女性と。 

 なんと、男性がいた。


 慌てる風もなく、ゆったりと男性がこちらを振り向く。


 その額、いや眉間には。 

 痛々しい、傷痕があった。


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