零.『巻き込まれし角田ひろし』
2014年2月14日AM11:00 ロージクルー号船内
天候は雨のち雷。風は強風。千海中央部を東に進む豪華客船ロージクルー号。乗船客数は1800人。
船内では〝ロージメン〟と呼ばれるパーティが行われ、参加者は各フロアで賑わいを見せている。
ダイニングルームには豚肉・牛肉・鶏肉が主に消費される肉類が並ぶスデーキコーナーや、うなぎ・カレイ・ニシン・鯛が主に消費される魚類が並ぶフィッシュコーナーが用意されている。
その他にもふっくらポテトのパンケーキやキャベツのザワークラウトといった野菜やスープ、バウムクーヘン等のデザートから多種揃えた焼きたてのパン、アルコールやドリンクが提供されるバー等も用意されている。
その中でも本日の大目玉は、スープコーナーで提供されているマウルフォアグラと呼ばれる料理。パスタ生地の中にフォアグラ・ほうれん草・パン粉・たまねぎを詰め、ナツメグやパセリでフレーバーを加えた豪華フォアグラ料理だ。
移動中の待機時に置いて、お客様がロージクルー号で過ごす時間をより良いものにしようとこだわって始まったロージメンパーティには、豪華な料理の他にも数々の歓待サービスを同時に行っている。
例えばダンスミュージック。ミュージカルホールに行けばお客様のどなたでもダンスが出来る音楽設備の充実に加え、楽器もピアノに始まりバイオリン・チェロ・フルート・クラリネット・トランペットや打楽器のタムタムまで多種用意されている。
その他にも各部屋の防音設備の充実やプライバシー管理の徹底等、パーティに参加しないお客様にもより充実した時間を過ごして貰いたいという心遣いが窺い知れる。
各お部屋の単体レベルは三段階。ロイヤル・リッチ・ゴージャスルームに分かれ、それぞれの管理が若干異なる。しかし、ベッドだけはどのお部屋も一級品の物だけを揃えるといった、一流と呼ばれる豪華客船ならではの余裕とこだわりが小出しに知れる。
今作の主人公は、お部屋レベルの最下級ロイヤルルームの防音設備を徹底したサイレント仕様〝115号室〟を利用している。ロージメンパーティは不参加。115号室利用人数1人。お笑い、ミュージカル・マジックが行われるロージメンナイトショーには参加予定だ。
1800人中1300人がパーティやナイトショーに参加する賑わった豪華客船の中。パーティ不参加者の中でもとあるお部屋では、パーティにこそ参加はしないが恋人と2人きりのパーティでも始めるのだろう。
夜が更ければ更ける程に盛り上がっていく2人の行いが想像出来る。
とあるお部屋は結婚50年、イギリス出身のベテラン老夫婦。ロージメンパーティは不参加。しかしながら、2人が長年過ごした時間や思い出を互い静かに語り合い、高みに向かって夢見た若い頃までタイムスリップする利用方法だって、パーティに負けない豪華客船の利用方法だと思う。
豪華客船ロージクルー号を利用される全てのお客様がご満足していただけるサービスを提供する。その目的には年齢性別出身地を問わない。
この船内に人々の笑顔が持続する時間経過が、何よりも素晴らしいと考えるサービス方針なのだから……
しかしどうした事か。今作の主人公は一人個室で自分の姿を見て泣いている。その涙の量は一滴や二滴なんてものじゃない。いわゆる号泣している状態だ。
女子高生の制服を着用して、完成された顔のメイクアップを鏡で見て号泣している。
彼の名前は角田ひろし。31歳独身バツイチ配偶者なし。職業はホテルの営業マン。そんな彼が営業の仕事を達成する為に今夜参加、いや出場を決意し決定しているロージメンナイトショーのコスプレ講座にこの姿で登場するのだ。
人々の笑顔が行き交う環境下で、角田ひろしは一人個部屋で号泣していた。
「何で俺がこんな目に遭うんだよぉ。話が違うじゃないか松坂係長ぅ」