4.31_英国力士と白夜の騎士
このCEは、ただ重く、堅くあれば良い。
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機体:テストウド(ドレッドノート型 サンクトゥスシリーズ)
パイロット:JJ
0 - 100 :1.00s (基準値:1.5秒)
実戦最高速:151km/h (基準値:150km/h)
理論最高速:211km/h (基準値:260km/h)
CE耐久値:15,000 (基準値:1万)
積載武装:なし
特記事項:コックピット内に湯沸かし器搭載
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ずんぐりとした緑色のCEを、AIの操るICE分隊が囲む。
ずんぐりとした機体はJJが操るCE。テストウド(亀)の名の通り、分厚い装甲が特徴の機体。
一切の武装を装備していないくせに、コックピットには湯沸かし器を搭載している。
テストウドの頭には、日本の笠である三度笠の形状をした保護パーツが取り付けられている。
三度笠の右部分には切れ込みが入っており、そこから機体の右目が覗いており、一見するとモノアイの機体であると錯覚させる。
背中には魔力を編んで織られた短めの合羽を羽織っており、ずんぐりした背中に甲羅を背負っているようなシルエットを作っている。
緑色を基調としたカラーリングに、三度笠と合羽によって、その風貌は日本妖怪の河童を思わせる。
そして――、河童と言えば。
「発気よい――。」
テストウドが片腕を地面につけた。
ICEは微動だにしないテストウドに対して、分隊の基本連携を展開。
飛行型フーライが絨毯爆撃をし、地上のフーライが散開してテストウドを囲む。
ミサイルの爆風が、テストウドを包んだ。
「残った!!」
その爆風を切り裂いて、重量級のCEが飛び出す。
正面から攻撃をしようとした地上型フーライと距離を詰める。
突っ込まれたフーライは両肩のショットガンを射撃。
‥‥しかし、効果は無かった。
「どすこいッ!」
軽量級の速度で、重量級が突進。
フーライに向けて右手の張り手が炸裂した。
日本の国技である、相撲を駆使するCE。
それがテストウド。
テストウドは、パラディン型CEの系譜を継ぐCE。
その中において、いや、全てのCEの中でも異端な性能をしたCE。
ある技術者は考えていた。
CEは他の兵器に比べてジェネレータの効率が悪い。
その原因は、CEの運用思想にある。
武装の換装による兵器の多目的化、これがジェネレータの容量を圧迫している。
だから技術者は考えた。
ならば、CEに武装など不要だと。
そして技術者は出会った。
装甲と重量を存分に活かせる体技に――。
テストウドの張り手を、フーライはブロードソードで受け止める。
圧倒的な装甲と重量を持つ張り手によって、ブロードソードを握る関節が軋みを上げる。
張り手を連続で叩き込む。
フーライを守るブロードソードを、重量と装甲に物を言わせ両手で押し込んでいく。
立ち合いは、十手と続かない。
武器より先に、関節が耐えられなかった。
フーライの右肩関節から火花が散り、肩に力を送るための回路に障害が起こる。
「ぬんッ!」
ガードの緩んだフーライの顔面に、張り手を叩きつけた。
決まり手は、突き倒し。
土俵を制したテストウドの左右から、フーライがショットガンランチャーを射撃。
しかし、やはり効果は無い。
ショットガンは子弾という小さな弾を放射状に飛ばす性質上、貫通力に乏しい。
分厚い装甲の前には、その効果が大きく落ちてしまう。
ならばと、地上型フーライは剣を構える。
左右から囲み、剣戟を見舞った。
それを両腕を出して、腕の装甲で受ける。
腕を浅く刃が舐めて傷をつけた。
敵のカチドキが、テストウドに接近。
火炎放射器と、両肩のガトリングキャノンで応戦する。
さすがに重量級CEの攻撃には、きちんと対応する必要がある。
シンクロ。闘志をCEに送り込む。
テストウドの装甲がより堅く、より攻撃性を高める。
両腕を体の前で交差させ、空を仰ぎ、背中を少し逸らした。
背中や脚のブースターが静かに唸る。
そして――。
「どすこーーーい!」
テストウドは、砲弾になった。
地上に水平となり、頭をカチドキに向けて突進する。
頭突き。頭に装備した三度笠で頭部を守りながらの頭突き。
テストウドは重量級でありながら、瞬発力だけなら下手な軽量級に勝る。
瞬発力と重量を活かした頭突きは、テストウドの主力武器。
カチドキは、右手のグレネードバズーカから擲弾。
突っ込んで来るヨモギ色の亀に強力な一撃を放つ。
擲弾は命中、大きな爆発が発生する。
‥‥にも関わらず、テストウド速度を失わずにカチドキに頭突きをかました。
ダメージは受けている、相応に。
だが、出力が低下するほどでは無い。
カチドキは、腕と一体化した剣で頭突きを受ける。
テストウドと同様の重量級であるにも関わらず、バランスを崩して後ろにたたらを踏んでしまう。
飛行型フーライがカチドキのフォローに回る。
空からミサイルとガトリングの掃射を行う。
止まらない、止められない。
テストウドは、降り注ぐ小雨を無視して、後退するカチドキに突っ込む。
両手を交差させて、背を反らす。また頭突きの構え。
対するカチドキは、それを剣でガードしようと構えている。
テストウドが動く。
――その頭突きはフェイント。
テストウドは地面に足を付ける。
そのまま姿勢を低く。ラグビーのタックルのように相手の足を刈る。
片脚を捕まえて、カチドキを押し倒す。
重量級よりも更に重い体が、カチドキの出力さえ幕下扱いする。
逃げられないように、仰向けに倒れたカチドキの胸を踏みつけた。
テストウドが両腕を振り上げる。
武装を積まないという逆転の発想で効率化されたジェネレータ。
そこで生み出される魔力が、拳に収束していく。
カチドキが足元で抵抗をする。
ガトリングを乱射し、両腕の剣を振り回す。
軽量級にとっては、その一撃一撃が致命的となる攻撃。
自身と同じ重量級の攻撃を前にしても、テストウドは全く怯む様子を見せない。
――心外である、自分を重量級という括りで囲われるのは。
テストウドの両腕の魔力が膨れ上がる。
この機体に武装は積まれていない。
が、優れた魔力効率と耐久力によって生まれた、いわばバグのような武装が存在する。
通称、「鉄砲」と呼ばれるバグ技が。
テストウドが両手を振り下ろした。
両手の魔力が地面に接触し、爆発を引き起こす。
この爆発は、意図的に魔力回路をショートさせることによる、魔力爆発。
鉄砲とは、それを利用した遠距離攻撃。
もともとはOSの不具合から生まれた技。
規定値以上の魔力を、回路に流し込めてしまう不具合が生み出した技。
地面に暴力的な魔力が流れ込み、膨れ上がり、大地を持ち上げ――、魔力の噴火を起こした。
土や泥を含んだ青い光が濁流となって、テストウドの周辺から噴火する。
何度も噴火がしきり起きて、それからひと際巨大な爆発が起こった。
噴火の中では、モノアイが不気味に揺らめいている。
物言わぬ鉄塊の上に、不動然と立っている。
◆
CEの基本形は、パラディン型のCEである。
汎用性と拡張性に優れた機体であるパラディン型。
汎用性と拡張性の実現にとって重要なのは、CEに搭載されるOSである。
柔軟なOSこそが、様々な武装の制御を可能にしているのだ。
OSの役割は多岐に渡る。
火器の照準をサポートするのはもちろん、火器を運用するためにジェネレータから生成されるエネルギーの配分もしなければならない。
配分は、少なすぎても多すぎてもいけない。
少なすぎると動かないし、多すぎると故障の原因となる。
OSは、人間の三半規管のように、機体を常にバランスが整った状態にする役割があるのだ。
なので、人間の脳のようにエネルギー消費が激しい。
CEはジェネレータ効率が悪いと言われる所以。
そのため、普通のCEには武装の制限が存在する。
それは積載限界など物理的な問題もあるが、OSやジェネレーターが効率化のために対応していない場合がほとんど。
そんな中、抜群の柔軟性を誇るパラディン型のOSは、まさに多目的兵器としての運用思想を実現するに大いに貢献した。
いわば、CE界の傑作パーツであり、優等生である。
パラディンOSの優等生っぷりは、CEが実用化して久しい時代にあっても健在。
例えば――。
―――――
機体:ホワイトナイト(パラディン型Φシリーズ)
パイロット:ダイナ
0 - 100 :1.18s (基準値:1.5s)
実戦最高速:162km/h (基準値:150km/h)
理論最高速:262km/h (基準値:220km/h)
CE耐久値:12000 (基準値:1万)
積載武装:エネルギーソード、エネルギーシールド、外付け魔導電池
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白銀の甲冑を纏うCEの背中からチューブが伸びる。
人体でいう、肩甲骨の間からチューブが伸びて、それが右肩の魔導電池に接続される。
チューブから魔力が送り込まれる。
電池に魔力を瞬間供給。
この電池は大食らい。
ジェネレーターが生成する魔力を一気に食い尽くし、CEの機能が低下する。
コックピットの電装系も動力の供給が不安定となり、モニターにノイズが走ったり、機内の光源が明滅したりする。
‥‥充填完了。
ダイナは操縦桿の引き金を引いた。
肩に装備した電池からエネルギーが放射される。
ショットガンのバックショット弾のように、魔力の弾が束になって標的を襲う。
標的となった地上型フーライは、剣を構えて――。
剣のガードごと、上半身を持っていかれた。
電池へのエネルギー供給が終わる。
チューブが切り離されて、肩の電池が背中側に向いて畳まれる。
ダイナの操るCE、ホワイトナイトの動力が正常化する。
左前腕に装備しているエネルギーシールドを展開。
敵の追撃を盾で凌ぐ。
ホワイトナイトの肩に装備されている武装。
それは、エネルギーショットガン。
見た目は何の変哲もないエネルギーショットガンなのだが、中身はまるで別物。
魔改造に魔改造が施され、先ほどの射撃で分かるように、射撃時にはCEの運動能力が著しく制限される。
この魔改造によって、一般的なCEのOSでは、これを武器と認識できない。
魔改造品用にOSをチューニングすることも可能だが、それが原因でバグを引き起こすこともある。
OSもジェネレーターも人体同様に、デリケートな部品なのだ。
OSは脳であり、ジェネレーターは心臓である。
これらの開発やアップデートは、おいそれと行えない。
手に持つ武器や肩に載せる武器、それから腕や脚のパーツをとっかえひっかえするのとは訳が違うのだ。
その中において、唯一、パラディン型のOSだけがコレを武器と認識できる。
‥‥いや、厳密にはパラディン型のOSを持ってしてもコレを武器と認識はできていない。
コレをOSは充電用の電池だと認識しているのだが、それでも無理やり動かすことができる。
ダイナの機体は、優等生な傑作機に全幅の信頼をおいたカスタムがなされている。
背中に担ぐのは、優等生の皮を被ったモンスターウェポン。
ホワイトナイトの前にカチドキが立ち塞がる。
ガトリングキャノンを乱射して、白銀騎士の装甲を狙う。
エネルギーシールドを構えて、突進。
シールドの出力を高める。
薄い緑色に発光していたシールドが、ジェネレーターからの魔力供給により、白銀色に輝く。
電池と誤認されるショットガンを積んで運用が可能なこのCEは、ジェネレーターの出力に優れる。
得意の拡張性によって、サブジェネレーターを搭載しているのだ。
2つある心臓が、ホワイトナイトの運動性能と武器性能を向上させている。
単純にして、強力なカスタム。
ホワイトナイトは、ガトリングキャノンを物ともせずに突っ込む。
重量武器の嵐を突き進む、死の行軍を前にしても、勢いは衰えない。
カチドキからグレネードが擲弾される。
それを横に機体を滑らせることで回避。
背中でグレネードが爆発した。
カチドキが剣を振るう。
シールドで受ける。
振るわれる剣に向かってシールドバッシュ。
速度の乗った白銀の盾が、カチドキの剣を弾いた。
もう一度、ブースターを吹かせて盾を押し付ける。
カチドキが怯んだ。
白銀の盾が輝きを失う。
背中からチューブが伸びて、肩のショットガンにエネルギーの供給が行われる。
コックピット内の光源が消えて、薄暗くなる。
カチドキはブースターを吹かせ後退する。
この一撃は、例え重量級の耐久力でもひとたまりもない。
ショットガンは近接向けの武器。
間合いさえとれば重量級の装甲で凌げる。
逃げるカチドキを、停止したホワイトナイトの銃口が狙っている。
瞬間、コックピットが明るくなる。
「――なんてねッ!!」
ホワイトナイトが動く、左腰に佩いている鞘から、剣を引き抜く。
鞘から抜かれた剣に、エネルギーの刀身が形成される。
エネルギーの供給を受けていたのは、ショットガンではない。
この剣に注いでいた。
刀身が緑色から白銀色に変わる。
居合ブレード!
騎士が大きく踏み込み、カチドキに追いついて、横一文字に両断した。
刀身の輝きが緑色に戻る。
剣と盾を構え、残敵に向かって騎士が毅然と構える。
◆
褪せたカラスが、カチドキと斬り合っている。
両腕の刃を振り回す剣戟を躱し、プロトエイトが片刃のブロードソードで切り込む。
何度が繰り返したが、いまいち通りが良くない。
カチドキが右腕を横薙ぎに振るう。
フロントフリップ。
巨人が宙返りをして、背中に回り込む。
背中に一太刀。
加速力を活かして両脚でドロップキック。
キックを背中に浴びせられたカチドキは、少しだけ怯むも振り返り火炎放射器を振り回す。
距離を取って逃げる。
プロトエイトが「工芸品」と呼ばれる原因、その決定力の低さが露呈している。
状況の打開が必要だ。
「ESS、運転を代わってもらえる?」
「‥‥。はい、かしこまりました。」
セツナがスマートデバイスに話し掛ける。
サポットの代理として彼をサポートしているESSが、セツナの指示に答えた。
プロトエイトが高度を上げる。
背中を狙うガトリングキャノンから逃げるように、太陽に向かって羽ばたく。
その間、ESSがプロトエイトのOSに、セツナの意図を電子信号でやり取りを行う。
OSも作戦に了承する。
『ご武運を、パイロット。』
プロトエイトが空で切り返す。
太陽を仰ぐように、地面に背を向けた態勢で機体の進行方向を変えた。
縦ロールの軌道をして、カチドキに空襲を行う。
重力の力を借り、速度を上げ、ブロードソードを盾にカチドキに突っ込む。
カチドキは要塞と化し、その場から動かない。
脅威となる火力は無しと判断したのだろう。
その場で動かないことで、射撃の精度を向上させている。
カチドキが火炎放射器を振るう。
それを躱して着地、ブロードソードで斬りかかる。
剣戟は、カチドキの左腕の刃に阻まれる。
鍔競り合いとなったところで、双肩のガトリングが火を吹いた。
剣という防御手段を鍔迫り合いに取られているプロトエイトは、射撃をまともに浴びてしまう。
後ろに退く。
追って来た火炎放射器に機体を焦がされる。
カチドキがグレネードバズーカを構えた。
その直後、彼の機内にアラートが響いた。
強力なエネルギー反応を察知し、警戒を促す。
センサーを確認。エネルギー源は自分の背後、その上空。
「ストライクコア――。」
空から、太陽が落ちてくる。
セツナは、プロトエイトが空中でローリングをするタイミングで、機体の外に飛び出していた。
魔導ガントレットにコアレンズを装填し、燃え盛る足がカチドキに向けられる。
カチドキが肩から射撃を行う。
――しかし、非力なはずの生身の人間に攻撃が届かない。
彼の纏う熱が、射撃の弾を溶かしている。
ならばとグレネードバズーカを構える。
バズーカを装備した左腕をブロードソードが叩き、射撃の軌道が逸れた。
ブロードソードの追撃。
左腕を叩いた反動を使って胴体を斬りつける。
剣が与えるダメージは大したことは無い。
だが、カチドキをこの場に釘づけることに意味がある。
カチドキの膝裏を蹴り飛ばす。
巨体のバランスが崩れた。
プロトエイトが離脱する。
カチドキが空を見上げる。
ストライクコア×ブレイズキック = ――――。
落ちる太陽が、目前に迫っていた。
「スーパーブレイズ!!」
燃える隼の爪が巨人を捕らえた。
セツナのEXスキルが、ICEの胸部に突き刺さる。
ICEの装甲が、太陽の熱によって融解していく。
コックピットのモニターがダウンし、鉄板が赤熱していく。
太陽が装甲を蹴破り、魂を穿ち、心臓を焼き切って、背中を貫く。
鉄塊を突っ切り、地面を滑り、焦がしながらスピードを殺す。
片膝をついて地面に着地して停止した。
離脱していたプロトエイトが彼の横に追いつく。
セツナが立ち上がり、ガントレットに装填したコアレンズがイジェクトされる。
レンズが地面に落ちると同時、カチドキは爆発四散。
ICE分隊は1機の生存も無く全滅した。
自分の横に控えるプロトエイトに向けて、サムズアップを送る。
プロトエイトもまた、3本の指でサムズアップを返した。
彼らの前に、テストウドとホワイトナイトが集まる。
テストウドもホワイトナイトもまた、サムズアップをする。
決着はついた。
対ICE18機との戦闘に勝利したのだ。
◆
「‥‥さすが、啖呵を切るだけはあるわね。」
勝利の余韻も冷めやらぬなか、空から平坦な声が響く。
言わずもがな、声の主はレイ。
月の女神が、空から巨人を見下ろしている。
「ならば、私から試練を与えましょう。」
抑揚の乏しい声を掻き消すように、雄叫びが灰色の大地を揺らす。
‥‥何かが、ここに近づいて来ている。
空気が焼ける、大地が怯えすくむ。
「龍を追って、この大地に来たのでしょう?」
――赤龍。
空を巨大な影が羽ばたいている。
太陽の影を遮り、暗い陽だまりが大地を覆う。
CEよりも一回り大きな生物が、空を我が物顔で飛んでいる。
異界の存在でありながら、自分は地球の生態における頂点であると、自身の存在と強さを信じて疑わない赤龍。
「‥‥さあ、ご対面よ。」
セツナはプロトエイトに乗り込む。
3機のCEが戦闘状態になる。
「彼の身は悪魔。一番目の悪魔、七番目の龍。」
月の女神の上空に、赤龍が飛来する。
レイの姿が、空に溶けて消える。
破虎怒涛、龍が咆哮を上げる。
山の如き牙の奥に灼熱を滾らせ、空に向けて吠える。
隠す気も無い殺気を、地上のCEに向ける。
異国の旅路、その終着。
今回の任務の最後となる戦い、赤龍との戦いが始まる。




