1.7_ラン&スペル
マジック&サイバーパンク(M&C)。
マジック&ウォーリアー、マジック&エンパイヤに続く、マジックシリーズの3作目。
開発・販売は、中小企業のシグレソフト。
前述の通り、M&Cはマジックシリーズの系譜で、システムもシリーズを踏襲したシステムとなっている。
根幹のシステムは、クラスごとに異なるスキルを駆使して戦う、オーソドックスなアクションシステムである。
体力ゲージがあって、リソースゲージがあって、スキルとパッシブスキルを組み合わせて構築を組む。
レトロ時代から連綿と続く、トラディショナルなスタイル。
ゲージ類は3つ。
1つ目は体力ゲージ。これは全クラス共通の数値で、1000となっている。防御力は存在しない。
同じく、マジックシリーズはレベルアップの概念が無いので、体力を盛るには対応したパッシブを装備する必要がある。
また、このシリーズの恒例として、回復に対してシビアなので、「死ななきゃ安い」は通用しない。
体力が、3割も回復すれば、回復性能としては最上級という程度にシビア。
体力が危険水域になることで発動するパッシブなども無いため、ピンチは順当にピンチである。
かすり傷は、致命傷。
2つ目はアサルトゲージ。様々なアクションをするために必要となるリソースで、最大値は100。
基本的に25刻みで消費され、パッシブで最大値を盛ることが可能。
ゲージの貯まる速度としては、湯水のごとくは使えないけど、出し惜しみをするほど渋くも無い。
敵に攻撃を当てるだけでなく、攻撃を回避したりカウンターを合わせたり、いわゆる、カッコイイプレイをすると効率良く貯まる。
回復のシビアさと、アサルトゲージの性質から、「苦しい時は前に出ろ」というゲーム性。
活路は前にある。
3つ目はブレイブゲージ。上記のゲージとは異なり、特殊な場合を除き増えることは無い。
ミッション開始時に3ゲージ持っていて、特殊なアクションを行うために使用する。
自身の周囲に衝撃波を発生させて自身を囲む敵を吹き飛ばしたり、スキルを好きなタイミングでキャンセルしてコンボを繋げたり。
ブレイブゲージを消費するアクションは、どれもが強力な物が揃っている。
勇気が切り札。
スキルは、通常スキル・エクストラスキル(EX)・アルティメットスキル(Ult)の3種類。
通常スキルは、7種類プラス1種類の、合計8種類の装備が可能。1つは、回復アイテムの枠。
EXスキルは、3つ装備が可能。基本的に、発動にはアサルトゲージを50消費する。
Ultスキルは、現段階では未解禁。1種類だけ装備が可能で、ミッション中に1回の使用制限がある。
パッシブスキルは、装備するとステータスが上昇したり、スキルの性能が変化したりする。
7種類プラス1種類の、合計8種類の装備が可能。1つは、回復アイテム用のスロット。
その他、マジックワイヤーやテレポートは、パルクールスキルという独自枠に装備されている。
戦闘では即応性に欠けるが、使いこなせれば戦術に幅が生まれる。
戦闘中に使う使わないは、プレイヤーの個性によりけり。
他にも、銃やESSも使えるため、ステータスがクラス共通、プレイヤー共通と言えども、戦い方には相当な個性が出る。
配られる手札は全員同じ。それらは、シナリオが中盤に入るくらいには全て解除される。
クラスの変更だって、いつでもどうぞ。
しかし、それらを使いこなせるかは、プレイヤー次第。
プレイヤースキル次第では、自分だけの象徴的戦術を手に入れることができる。
固有能力よりも、象徴的戦術。
マジックシリーズの人気を支える、基本理念である。
そんな調整であるからか、マジックシリーズには、「我こそは生粋のゲーマー」と自負するプレイヤーが集まってくる。
集まって、プレイヤースキルを磨き、情報を共有し、練習と閃きと集合知でもって、己が原石を殴り倒して研磨する。
全ては、カッコイイ自分で、気持ち良くなるために。
今日のヒーローを夢見るゲーマー達が、マジックシリーズの世界に集っている。
そして、今日も世界のどこかで、誰かの冒険譚に、輝かしいページがまたひとつ――。
◆
セツナの右手に、金属製のガントレットが現れる。
セツナのクラス、「魔導拳士」の核となる魔導ガントレットである。
魔導拳士というクラス自体は、前作が初登場。しかし、今作では仕様が大きく変更されている。
EXスキルに割り当てられた、「コア・スキル」によって、多様な状況に対応できるクラスになっている。
近接クラス特有の接近戦における択の豊富さ、魔法による広範囲の殲滅力。
戦士と魔法使いの良いとこどりをしたようなクラスである。
反面、防御性能は貧弱の一言で、魔法使いですら当然のように持っている無敵技が少ない。
攻撃を当てた際に発生する体力の回復、M&Cの重要な回復手段である「リゲイン」が少ない。
ガントレットを装備しているけど、ほぼ素手と同じなので、剣などを籠手で受けると削りダメージが発生する。
集合知が評するに、防御最弱クラス。
前作には強力な防御技があったのだが、今作ではしっかりとお仕置きされていた。
ベータテストで確認済み。
クラスのパワー自体は、まあ順当に強いくらい。
上には上がいるが、存在がネタというレベルほど、どうしようもない訳では無い。(一部例外あり)
でも、使い手が楽しそうだからヨシ。
そんなクラス。
総じて、典型的な「使いこなせれば強い」というクラスとなっている。(一部例外あり)
「さあ、第2ラウンドを始めよう。」
セツナは、スクラップの影から飛び出す。
ここまでで体力が3割ほど減って、残り7割。
思ったよりも残っている。
このゲームのアクション性として、近強遠弱というバランス調整がされている。
近距離攻撃が強く、遠距離攻撃が弱い。
アクションゲームなのだから、物陰にチマチマ隠れていないで、正面から殴り合え。
この世界の神は、それを世界の理とした。
なので、一般的には遠距離職として有名な魔法使いなども、ガンガン近距離で殴り合う。
そこに、遠距離職にありがちな、ひ弱さは無い。
むしろ、シリーズ1作目での耐久力最強クラスは、メイジだった。
頭シグレソフトである。
射線を遮るカバーから飛び出したセツナに対しては、当然のごとく弾丸の雨が降り注ぐ。
それに対して、右手のガントレットを構えながら弾丸の雨に向かって走る。
セツナの周りをシールドが覆って、弾丸を弾いていく。
「アサルトシールド」、アサルトゲージを徐々に消費することで展開し、飛び道具を弾くアクション。
ゲージを消費するので多様は厳禁だが、とにかく飛び道具を掻い潜って、敵の数を減らしたい時に有効。
ゴロツキ達は、ライフルでの攻撃が有効で無いと判断すると、ライフルを捨て、ナイフやピストルを取り出す。
アサルトシールドでは、近接属性の攻撃は防げない。
また、紛らわしいのだが、一部の拳銃には限定的であるが、近接攻撃の属性が付与されている。
セツナに、ゴロツキの一人がナイフで切りかかる。
近接戦闘において、リーチの差は絶対。
それが例え、刃渡り10センチメートルのナイフであっても、そこには埋められない絶対的なアドバンテージがある。―――現実世界であれば。
セツナはナイフを後ろに下がりながら、いなす。
胸を狙ってくるナイフを腕で払ったり、背中を丸めることで回避する。
ゴロツキは、上体を左右にリズム良く揺らし、さらにナイフを構える位置を頻繁に変えることで、間合いを計られないようにしている。
ギラリと光るナイフの刃が、まるで蛇の鎌首のように踊っている。
セツナの足元にある土が、煙を上げる。
一歩大きく踏み込んで、上段回し蹴りを放つ。
スキル ≪飛燕刃≫ が発動し、スキルの慣性によって、10センチメートルのアドバンテージを埋める。
本来、蹴り技とは、リスキーな技。
格闘技ならばいざ知らず、何でもありな戦場では、機動力を犠牲にする足技は好まれない。
ゴロツキが、放たれた回し蹴りに合わせて、ナイフの刃を滑らせていく。
不用意に伸ばされた脚を斬るつもりである。
セツナは、その刃を脚を更に高く振り上げることでやり過ごす。
≪飛燕刃≫ は、2回まで連続で蹴りを放てるスキル。
そして、2回目の攻撃をキャンセルできる、フェイントキャンセル属性。
≪飛燕刃≫ の初撃を空ぶってから、2回目をキャンセル。
回し蹴りのフォロースルーを使って、体勢を低く、 ≪ブレイズキック≫ を発動。
前方向に慣性が働いて、彼我の距離が少しだけ縮まる。
徒手空拳の間合いに入った。
片腕を支えにして、低い姿勢のまま相手の膝を刈り取るように、炎を纏う蹴りを振り抜いた。
攻撃が命中し、ゴロツキが仰向けに転倒する。
セツナは、体重を支えている腕に力を入れて身体を少し浮かせる。
転倒したゴロツキの上にテレポート。
テレポートは、遠くに移動しようとするほど、タメが長くなる。
また、壁などをすり抜けて移動することもできない。
連続使用すると、タメに必要な時間が長くなるなどの制約がある。
ほんの少し移動するだけであれば、前もって発動の準備をしておけば、立ち回りでも充分に使える。
足を横に開いて、大股の姿勢でゴロツキの上にテレポートし、彼の顔面にパンチでラッシュをかける。
何度かラッシュを浴びせ、最後に力を込めた一撃を放って、男を戦闘不能にする。
直後、セツナに向かってピストルの射撃 。
同士討ちの確率が低いと判断したのであろう、セツナの下で伸びている男の仲間が攻撃してくる。
ピストルは種類にもよるが、数メートル以内であれば近接攻撃属性を持ち、アサルトシールドでは防げない。
セツナは、さっきタコ殴りにした男を持ち上げる。
軽々と持ち上げて、彼を盾にして突進をする。
射撃がピタリと止まった。
戸惑うゴロツキ達と距離を詰めて、男を盾にしたままスキルを発動。
「 ≪飛燕衝≫ 。」
≪飛燕衝≫ は、掌から衝撃波を発生させるスキル。
射程は短いが、敵を貫通する特性があり、複数のターゲットを巻き込んで攻撃できる。
掌から発生した衝撃は、盾にした男を貫通して、その向こうに立っていたゴロツキにも命中した。
怯んだゴロツキに、盾にしていた昏倒している男が覆いかぶさって行動を妨害する。
≪ブレイズキック≫ を発動。
≪飛燕衝≫ は、スキルの後隙を、別のスキルでキャンセルできる、チェインキャンセル(Cキャンセル)という属性を持つ。
攻撃後の隙を晒さずに、足を炎の推進力が覆い、駆け出す。
目についた適当な敵に近づいて、 ≪ブレイズキック≫ をFキャンセル。
攻撃動作がキャンセルされ、慣性だけが残り、懐に入り込みアッパーカットをお見舞いする。
攻撃を受けた相手は、宙高くに飛んでいく。
左腕から、マジックワイヤーを射出。
前腕部分に、緑色のレーザー線で形作られたプロテクターの様な光が発生。
そのプロテクターからワイヤーが射出されて、空中の敵に刺さり、セツナの元に手繰り寄せる。
ワイヤーの巻き取る力を使って、敵を別のゴロツキに放り投げた。
ワイヤーと、光のプロテクターは、役割を終えると即消失。
攻撃は命中し、2人はきりもみされながら、地面を転がっていく。
攻撃の命中を確認しつつ、ガントレットを装備した右手を地面に向けて広げる。
その右手の手首を、左手で掴む。
「溜め込んで~‥‥。」
セツナの右手に力が集まる。
彼の周辺に、炎の渦が発生する。
力の収束した右手を、その手首を掴んだ左手を使って横に向ける。
近づいて来ている、大型のブレードを両手に持った人型戦闘アンドロイドに、右手の掌を向ける。
「 ≪ファイヤーボール≫ 。」
バレーボールほどの火球が、アンドロイドを襲う。
二足ロボットの風体であるアンドロイドは、火球に恐れもなさず、2本のブレードで受け止めたまま突進してくる。
「からの――。」
セツナの姿が消え、アンドロイドの目の前に現れる。
テレポート。
「 ≪ファイヤーボール≫ 。」
間髪を入れず、2発目の火球が叩き込まれた。
至近距離での、質量を持つ火球に耐えきれず、ガードが崩れて姿勢を乱す。
パッシブスキル、「双子の火星」によって、 ≪ファイヤーボール≫ をチャージできるように。
チャージした後、 ≪ファイヤーボール≫ を2回連続で使用できるようになる。
最大の特徴は、1発目を撃った後に、隙無しでテレポートができること。
とにかく、近づいて殴るという、この世界らしいパッシブである。
ガードが解けたアンドロイドに、体重を乗せたパンチを、タックルするかのように浴びせた。
アンドロイドは倒れ、地面を擦りながら後退し、スクラップの山に激突。
埋もれて、出てこなくなった。
再び、セツナの周りに敵が居なくなった。
同士討ちの危険性が無くなると、敵のピストルが自己主張をし始める。
アサルトゲージを消費。
25ポイント、1ゲージ分消費して、アサルトアクションの「アサルトダッシュ」を発動。
動物のチーターを彷彿とさせる加速力で、弾幕の隙間を抜けつつ――、何発か当たったけど気にせずに、射撃している敵まで近づく。
至近距離まで詰めて、なおも銃を構えているゴロツキ達。
セツナの速度についてくれていないようだ。
意識の隙間と、間合いを盗むことに成功したセツナは、1人のゴロツキの手から拳銃を奪う。
そのままトリガーを引く。
腹部に目掛けて連続射撃――、3発目が出なかった。
ピストルを投げつける。
自身の左腿に装備している、9-Niリボルバーを左手で引き抜く。
それを、セツナの背後に回るゴロツキの身体に、押し付けるようにして射撃。
利き手での射撃でないので、命中精度に難がある。
だけども、こうすれば、慣れない左手射撃でも安心。精度保証付きである。
腹部に2発。
このリボルバーは、名無しの人型NPCであれば胴体2発でダウンが取れる。
倒れる男を盾に、先ほど奪ったピストルで仕留め損ねた敵に1発。
運良く命中。
引き続き、男には盾になってもらいながら、3発発射。
今度は距離があって当たらなかった。
6発撃ちきった、リロード。
‥‥リロード。‥‥リロード?
セツナの左手にある9-Niリボルバーは、右利き用である。
銃には、ギターと同じで、利き手の概念がある。
なので、右利き用に拵えられたそれを、左手で使うと、色々と不都合が起きる。
その例が、リロードである。
セツナは、手の甲の方に向いて開いたシリンダーに、弾を詰め直そうと四苦八苦。
右手ならば、片手でもできるはずのイジェクトロッドの操作に喪多喪多。
あっという間に、貴重な時間が溶けてしまって、敵に囲まれそうになる。
やむを得ず、盾にしていた男を捨てて、スクラップの影に隠れようとする。
リロードにじれったくなって、銃を持つ左手を小刻みに震わせながら影に隠れた。
影に忍ぶこと数秒。
リボルバーを右手に持ち直して、すんなりとリロードを完了させた。
ちらりと、物陰から前方の様子を窺う。
弾丸が飛んできたので、隠れる。
銃弾をやり過ごしたのも束の間で、銃弾の次は手りゅう弾が飛んできた。
一定の周期ごとに電子音を鳴らす手りゅう弾。
周期が短くなり、電子音が警告音を思わせる声色に変わる。
「マル!」
「かしこまッ!」
左の二の腕に装着している、スマートデバイスからマルの返事が返ってくる。
戦闘中は、そこに居るらしい。
手りゅう弾が爆発する。
その爆風は、人間1人の命くらい容易く奪えるような威力と爆風をまき散らす。
煙が、スクラップの山に並ぶ高さまで昇った。
爆風に煽られて、セツナの身体が物陰から押し出される。
ゴロツキたちの射撃が容赦なく襲って――、彼の身体をすり抜けた。
瞬間、液晶画面が突然消えるかのように、セツナの姿が消えた。
今見えた彼の姿は、ホログラム。実態を持たない映像である。
ESSに備えられている、ホログラム機能。
それを使って、あたかもセツナが手りゅう弾に被弾したように見せかけたのである。
セツナは、手りゅう弾の攻撃を、テレポートの移動中の無敵判定で躱していた。
テレポートは、壁などのオブジェクトはすり抜けられないが、攻撃判定はすり抜けられる。
攻撃判定を回避することで、アサルトゲージが微増する。
(捉えたぞ。)
セツナの視界に、スクラップ越しに、人影がオレンジ色で表示される。
先ほどのホログラムを攻撃した敵の位置が、スキャンされたのだ。
銃撃戦において、居場所の被特定は致命的。
シューティングとは、脚と眼でするのもである。
エイムが下手くそでも、敵の背後から仕掛ければ、撃ち合いは勝てる。
銃口が向いてなければ、当たらないのだから。
セツナは隠れていた廃車の山に向かってジャンプをする。
サビ臭い匂いが強まって、山に足を掛けて三角飛び。
飛ぶと同時に、マジックワイヤーをその場に撃ち込む。
三角飛びの上昇力が無くなってきたタイミングで、ワイヤーの巻き取りが始まる。
このタイミングで、空中ジャンプ。
空中ジャンプは、基本的に1回だけ使用可能。
空中ジャンプの上昇力と、ワイヤーの巻き取る力のベクトルが合成されて、セツナの身体は半時計周りに上昇していく。
ワイヤーを撃ち込んだ場所を起点に、上に弧を描く振り子運動をしている。
ほどなく、空中ジャンプの慣性が弱まり、ワイヤーの巻き取る力に負ける。
セツナの身体が、ガクッと下に引かれるような感覚が襲う。
その瞬間、ワイヤーを切り離す。
すると、下に向かうはずだった身体が、強烈な斜め上方向への慣性を得る。
「振り子ジャンプ」や、「ダイヤモンドラン」と呼ばれるテクニックで、マジックワイヤーの真骨頂。
強烈な慣性で、スクラップの山をひとつ勢いで飛び越し、さらにもうひとつ飛び越えて、そこをカバーにしていた連中の背後に回り込む。
「 ブレイズキ~ック。 」
空中で ≪ブレイズキック≫ を発動。
空中での ≪ブレイズキック≫ は、斜め下方向に慣性が発生する。
落下による加速と、スキルの慣性が乗ったキックで、ゴロツキを1人ダウンさせる。
流れで、近くのゴロツキにドロップキックを浴びせて、ノックダウンさせた。
ドロップキックから立ち上がったセツナに新手。
ゴロツキの1人がアサルトダッシュを発動。
プレイヤーが使えるアクションは、一部の敵も使ってくる。
ダッシュ慣性の乗ったラリアットが、セツナの首を捉えた。
「ぶフぅッ!?」
脚が地面を離れ、吹き飛ばされて、廃車に激突。
廃車が衝撃を逃がしきれずに、反作用の力で身体が前に押し戻される。
よろよろとフラつくセツナに、追撃のパイルドライバー。
胴体を持ち上げられ、両脚が空を向くように担がれる。
セツナを担いだゴロツキは、そのまま後ろに跳躍。
バク宙の要領で、セツナを伴って空中に天蓋をなぞる軌跡を描いて着地。
着地の反動を利用して、もう一度バク宙。
さっきよりも上に高い軌道を描き、落下していく。
落下直前に、ゴロツキは ≪ブレイズキック≫ を発動。
下方向への慣性が強くなる。
落下と慣性のエネルギーを溜め込んで――、セツナは頭から地面に叩きつけられた。
ムーンサルトジャンプからの、慣性ブレイズパイルドライバー。
ダメージはさらに加速した。
残火を残すその一撃は、さながら紅い三日月。
「ガッ‥‥は!?」
スカーレット・ムーンドライバーのダメージによって、力無く大の字に身体を投げ出してしまう。
そこに、浴びせ技のギロチンドロップ。
空中で一回転してから、胸に踵落としが振り下ろされる。
寸でのところで、これを横に転がって回避。
立ち上がる。
ダメージを引きずった調子で、ゴロツキに憎まれ口。
「な~んで、オレより目立つことやっちゃうかな~?」
人差し指でこんこんと指して、抗議する。
ゴロツキは、それに無言で両眉を上げて煽り返す。
よく見ると、目の前の怨敵は、自分のリボルバーを取り上げた男である。
灰色のパーカー、間違いない。
セツナは、パーカー男に向かって走り出す。
同時に、受けたダメージを回復するために、回復アイテムを取り出す。
ベルトのポーチから、アンプル瓶というガラス製の密閉された容器を取り出す。
中には青い液体が入っており、その正体はポーション。
アンプル瓶の封を割って、ポーションを口に流し込む。
パーカー男は、受けの美学と言わんばかりに、不動の構え。
彼我の距離が、拳の間合いとなった。
先に仕掛けたのは、セツナ。
「プシュゥゥ!!」
口から、先ほど口に含んだポーションを、パーカー男の両目に吹きつける。
毒霧攻撃。男は怯んだ。
視界を奪って、お次はヘッドバット。
胸倉を掴んで、3発お見舞いする。
男は、大きく怯んだ。
その隙に、彼の上着のポケットに手を突っ込む。
愛しのリボルバーを救うべく、救いの手でガサ入れする。
――ポケットの中には、何も無かった。
気まずい空気が流れる。
目つぶしから回復したパーカー男と、目が合った。
足を思いっきり踏んづける。
そのまま、水平チョップ。
足を踏みつけられて、受け身がままならない体勢の敵に、チョップを3発浴びせる。
また、男は大きく怯んだ。
囚われの姫の救出。
ジーパンのポケットを上から触ってみる。
ポケットに無かったので、ジーパンの丈を上から下へ、下るようにチェックしていく。
――靴下の方まで下がったけど、無かった。
もと来た道を引き返して、ジーパンのポケットをパンパンと叩いた。
やっぱり無かった。
怯み状態から回復したパーカーと目が合った。
気まずい時間が流れる。
気まずさに耐えきれず、男の頬に、真顔でビンタした。
ビンタをされたパーカー男は、ラリアットで反撃してくる。
屈んで回避。
横を通り過ぎる男の背中から、そこに刺されていたリボルバーを引き抜く。
愛しのリボルバー、奪還成功。
「お帰り。会いたかったぜ、ベイビー。」
銃のバレル部分を握りしめる。
パーカー男が、攻撃を続けようと振り返る。
そこに、リボルバーの一撃。
バレル部分を握り、リボルバーを鈍器のように振り回し、拳銃と呼ぶのは憚られるサイズのグリップが、パーカー男の顔面を直撃した。
顔を押さえ、男の身体が、くの字に曲がる。
そこに追撃のボディスラム。
レスリングのタックルのように姿勢を低くして懐に潜り、股に腕を回して持ち上げる。
持ち上げて、全身の力を込めて、自分の身体ごとパーカー男を背中から地面に叩きつける。
衝撃の余波が、セツナの胸にも届いて響く。
横隔膜が緊張して、肺の空気がキュゥと抜けていく。
手応え、あり。
叩きつけたら、男に覆いかぶさって、ホールド。
自分で、勝手にカウントを取る。
「ワン‥‥、ツー‥‥、スリー!!」
どこかで、試合終了のゴングが聞こえた‥‥、気がした。
パーカー男は、スリーカウントを取られると、ピクリともしなくなった。
セツナは、リボルバーを掲げてガッツポーズ。
彼らの試合を見ていたギャラリー達は――、勝者に鉛弾を使って祝福した。
「うおッ、ちょ!?」
毒霧、足踏み、それから凶器。
反則技のオンパレードに、ギャラリーは業を煮やし、大ブーイングである。
「くっそ!? 何もかんも、あのパーカーが目立つからいけないッ!」
◆
セツナは、リボルバーに弾を装填をし直して、祝福の弾丸から逃れるべく廃工場を走り回る。
すると、彼の横合い、シャッターの閉まった倉庫から、一台の車が飛び出して来た。
車に乗っている、ボルドマンと目が合った――、のも束の間、セツナはボルドマンの車に跳ね飛ばされる。
「い゛ぃ゛ッ!?」
正面から衝突される寸前にその場でジャンプして、車のボンネットに背中から落ちる。
衝突によるダメージは大幅に軽減されたのだが、物理的な慣性の力で、セツナは車の天井を転がってから、地面に落下した。
車は、直角に進行方向を変える。
速度を殺さず、タイヤが砂塵を巻き上げて疾走。
地面に転がるセツナにたっぷりと砂をかけて、磨き上げられたボディを自慢げに輝かせてながら、埃のひとつもつけずに廃工場から道路に抜けて行った。
「逃がすか!」
ボルドマンを追いかけるために走り出し、自分も出口へと向かう。
もう、下っ端を相手にしている時間も必要も無い。
この間にも、どんどんボルドマンは、廃工場から遠ざかって行く。
ボルドマン逃走から10秒ほど、セツナもやっと出口に到着する。
10秒――、カーレースなら致命的な時間差である。
しかも、セツナに関しては、車すら無い状態。
レースにすらなっていない。
それでも、ボルドマン追跡を止めない。
工場の入り口にある、工場を囲む塀よりも大きな看板に、マジックワイヤーを撃ち込む。
振り子ジャンプを使って、今度は横方向に強烈な慣性を得て、敷地の塀を飛び越えて道路に出る。
ジャンプの慣性で、セツナの身体は道路に沿って空を飛んでいる。
遥か前方に、ボルドマンの車が見えた。
道路の細かい土を巻き上げて、エンジンの音がどんどん小さくなっていく。
遠ざかる車を、空中で見ていることしかできない。
――今はまだ、そうすることしかできない。
後方から、車のエンジン音。
ボルドマンの速力にも負けていない勢いの車が、セツナを追い抜いて前に躍り出る。
車は、彼がここに来るために乗っていた車だ。
マルが、自動運転機能を使って、ここまで運転してきたのだ。
車の、運転席側のドアが開く。
「セツナさん、乗って!」
ワイヤーを車の天井に撃ち込む。
互いの相対速度のギャップによって、セツナの身体はガクンと前に引っ張られる。
車は、車体を少々左側に揺らすも、すぐにコントロールを取り戻して直進走行に戻る。
ワイヤーの巻き取りが始まる。
みるみるセツナは車に近づき、運転席に飛び乗った。
ドアを閉める。
助手席には、マルがホログラム姿で座っていた。
「セツナさん、第3ラウンド、デス!」
ハンドルを握り、クラッチを踏み、トップギアを入れる。
自動運転から切り替わり、ハンドルが利くようになり軽くなる。
アクセルを踏む。出番の到来に歓喜するかのごとく、鉄の猟犬が雄たけびを上げる。
赤い町を、二頭の猛獣が、道路を切り裂いて行く。