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1.5_プランB

CCC支部、オペレーションルーム。

情報処理能力に長けたオペレーターが集まる、支部の頭脳。


そのため、オペレーションルームがどこにあるのか?

それは、誰も知らない。地下に長いCCC支部の地下、そこにあるのかすら定かではない。


また、オペレーターの過去の経歴や戸籍は、その一切が偽装と抹消を施されている。


青いディストピアで――、監視社会のセントラルにおいて、オペレーターたちは今もそこに居るのだが、記録上はそこには居なかった――、そういうことになっている。

さながら、旧時代の特殊部隊である。


オペレーター達は皆、自らの人権を犠牲に、中央の治安維持に努めるエリートたちなのだ。


さて、エリート集団であっても、上澄みを掬って集めてみても、それでもやはり実力に差は出てくる。

そして、実力の差は、オペレーターの座る席に出てくる。


もっとも実力のある人物は、巨大なモニターを中心として半円状に広がっている部屋の、中心に近い位置に座る。

オペレーターを統括する、ハイオペレーターが座る場所に近くで、ハイオペレーターを補佐する仕事を受け持つ。


そして、次に実力のある者は、円の最も外側に割り当てられる。


オペレーターを大量動員する、大規模作戦を行う場合、ハイオペレーターは外円に立って支持を飛ばす。

部屋の中心にある巨大なモニターで現場の様子を確認しつつ、モニターを取り囲むオペレーターの動きを把握しながら指揮にあたるためだ。


セツナのオペレーターを務めるアリサは、部屋の最後尾にあたる座席で、彼の仕事を見守っていた。

彼女の前の端末には、セツナが見ている視覚映像だけでなく、どこから撮影しているの分からない周辺の様子。

それから、上がっては下がってを繰り返すグラフや、赤くなったり青くなったりを繰り返すアイコンなどが並んでいる。


端末の、ホログラムで形成されたデスクトップには、セツナが送電線に登っている様子が映し出されている。


――と、そこに着信音。

画面の端に、電話のアイコンが表示される。

通信の相手は、ディフィニラ局長のようだ。


オペレーションルームの長からの通信に、アリサは応答する。

端末のキーボードなどには触れず、脳に人工的に構築した「電脳野」と呼ばれる領域を使って、端末を操作して通信に出る。


電脳野は、セツナの住む現実世界でも普及している技術で、VRゲームとは切っても切れない関係にある。


「アリサ君、少し時間はいいかな?」


アリサは、緊張した様子も無く、「はい」と答えた。


広いと言っても同じ部屋に居るのだから、ディフィニラも、アリサの余裕がありそうな頃合いで通信をしている。

その辺りは問題ない。


ディフィニラは続ける。


「エージェント・セツナの様子は?」

「今、羊狩りに出掛けているところです。レッドタウンにて、ターゲットの暗殺を試みています。」

「ふむ、ありがとう。では、その映像を中央のモニターに移してくれ。チャンネルは3番を。」


アリサがキーボードをを操作すると、中央の大きなモニターに映像が表示された。

監視カメラをモニタリングする監視室のように、切り分けられた映像がいくつも現れる。


モニターの稼働を認めたディフィニラは、自身の近くに居るオペレーターに指示を出す。

すると、映像やグラフなどの情報が、次々と巨大モニターに増えていく。


次々と映像が増えて、次々と表示が増えていく巨大モニター。

その中に、映像の解像度が著しく低いものや、砂嵐が発生して見えない映像が紛れている。


ディフィニラの側近を務めるオペレーターが言う。


「すいません。ジャミングが施されている箇所があるようです。」

「解除はできそうか?」

「ネットワークから独立した装置で動いているようです。解除は難しいかと。」


スタンドアローンで稼働する、ジャミング装置。

これまた、魔導兵器よろしく、一般の所持が認められていない代物である。


それも、オペレーターの目から逃れるとなる代物となると、とてもその辺のゴロツキが手に入れられる物ではない。


(こちらが羊狩りをすれば、あちらは狼狩りか。)


ディフィニラは、側近に指示を飛ばす。


「エンジニアとの連携を密にしろ。

 それと、セントラルの治安指標をイエローサインに。住民の避難命令を、いつでも発令できるようにしておけ。」


側近は力強く返事をする。


オペレーションルームには、端末を操作する、無機質で電子的な音。

モニターには、無音で表示が切り替わる映像が、チカチカと点滅していた。



薬莢から生み出された高圧のガスが、セツナの肩を打つ。


音速を超える致命の一撃は、空気を裂いて標的に向かう。

一発の弾丸によって震えた大気が、音速の威力にあてられて、空気の波が束となり圧縮されてソニックブームが発生する。


狙い済まされたスナイピングショットは、見事、此度の暗殺対象であるボルドマンを撃ち抜いた。


セツナは射撃後も、視線をスコープに収めたまま、倒れた標的を睨み続ける。

武道で言うところの、残身だ。


スナイパーライフルと化したリボルバーのシリンダーから、射撃の熱と火薬が煙となって、セツナの鼻腔をくすぐる。


スナイピング。一発だけ弾をチャンバーに送って、標的を仕留める。

その後に漂う硝煙の香りは、仕事終わりの一服。

この香りは、高級な葉巻にも勝る味がする。

余韻と残り香が、酒の最高の肴になる。


まだ、お酒との付き合いは短いけれど、それがハードボイルド。


「弾丸、標的に命中。射撃距離、667メートル。」


マルが、セツナに射撃の結果を報告する。

スポッターのつもりだろうか?


セツナは、ボルドマンから視線を外さない。

少し揺れが大きくなった覗き穴から、彼を観察する。


ボルドマンの周囲に、取り巻きが集まってくる。

彼は、裏組織の幹部らしいから、部下たちであろう。


一体、ここでどんな集会をしていたのか?

それは分からないが、セツナには関係が無い。


彼を始末することが、セツナの仕事なのだから。


ふぅ、と肺の空気を入れ替える。


「マル、プランBの首尾は?」

「上々デス、いつでもいけますよ。」

「あ~。じゃあそれ、準備しといて。」


トリガーを引いた瞬間に分かったことがある。

弾丸は、想定よりも下にズレた。

おそらくだが、頭では無くって、頭の下。

首と背中の境界くらいに当たっただろう。


それでも、一撃キルを伝えるエフェクトが発生したので、結局の結果は変わらない。


――もうひとつ、彼を観察して分かったことがある。

彼の纏う雰囲気は、高ランクNPCのそれである。

別に、特別なNPCを表すオーラがある訳でも、名前の表示の色が違う訳でも無い。


だが、肌と経験が言っている。

数多のVRゲームを冒険し、戦って来たから分かる。


あの手合いは、どいつもこいつも、一筋縄ではいかない。


勝利の余韻も酒も肴も、葉巻も一服も、まだ先だ。


‥‥‥‥

‥‥


――むくり。


ボルドマンが起き上がった。

心配する部下に手を上げて、大丈夫だと伝える。


一張羅に付着した土ぼこりを軽く払って、後ろに振り返る。


視線の先には送電線。そこに、小さな人影が見える。

セツナだ。


ボルドマンの動きに、セツナも反応する。


「――!! 目が合った。」


ボルドマンは、右手の親指と人差し指を立てて、手で銃の形を作る。

それを、ゆっくりとセツナの方に向けて、「バァン」と銃を撃つ仕草をした。


セツナの居る送電線の鉄骨が、甲高い悲鳴を上げる。

ボルドマンの取り巻き達が、セツナに向けて発砲を開始した。


フルオートのライフルが彼一人を殺すために、1秒の間に何十回ものマズルフラッシュを吐き出す。

さすがに、約700メートルも離れているから、そう簡単には当たらない。


が、下手な鉄砲も数撃てば当たる。

敵がワンマガジンを撃ちきるまでに、セツナはすでに何度か至近弾をもらっていた。


その最中、廃工場から、車が雄たけびを上げながら飛び出してくる。

セツナの襲撃を理解した取り巻きはグループに分かれて、いくつかのチームが車に乗り込んだのだ。


工場の倉庫のシャッターを破って、荒々しい運転で、鉄の獣が群れの様相を成す。

たかだか700メートルの距離など、すぐに詰めてしまわれるだろう。


「マル! プランB!」

「かしこまりッ! 強化ワイヤー、転送します。」


セツナは、リボルビングライフルに着けたスコープを外して、ズボンのポケットに突っ込む。


左ポケットに押し込んでから、フリーハンドとなったセツナの左手に、幾何学模様の魔法陣が現れる。

そこから、魔法陣の中に、クロスボウの輪郭が浮かび上がる。

やがて、輪郭は実体と質量を帯びて、セツナの手にずっしりと存在感を伝える。


クロスボウを腰と肘で固定して、腰だめの姿勢で構える。備え付けのレーザーポインターが緑色に光る。

構えると同時に、デジタルスコープが表示され、スマートデバイスの画面ほどある照準の向こうに、拡大された景色が表示される。


デジタルスコープの倍率を、「セツナの電脳野」を使って操作。

脳に構築された、コンピューターと対話をするための言語野が、セツナの意図をコンピューターが理解できるように翻訳する。


レーザーポインターで粗く狙いを定めた後、スコープの倍率をどんどんあげて、精度を高めていく。

セツナの目の前に浮かぶデジタルスコープは、彼の意思とシームレスに繋がって、彼の意図に忠実に従う。


今度のロングショットは、狙いが甘くても大丈夫。

正確さよりも、速さを優先。


倍率を調整する作業を3回ほど行って、狙いを定めてクロスボウのトリガーを引いた。

クロスボウの引き絞られた弦の緊張が解け、つがえられていた矢を高速で撃ち出す。


照準は、廃工場のスクラップの山。

廃車の山の、上の方に命中してくれば良しである。


トリガーを引いてから数秒、廃工場から鉄を貫く音がセツナの元に返ってくる。

クロスボウの着弾を確認後、適当な鉄骨に左手をかざす。


彼の視界の隅に、何かを読み込んでいるかのような丸いアイコンがグルグルと回っている。

緊急事態の、この読み込み時間は、なんとももどかしい。


グルグル回る表示を隅に見つつ、送電線の下を確認。

車の群れが、スキール音を立て、黒い軌跡と白い煙を立てながら、送電線を取り囲んでいる。


車からゴロツキどもが素早く降りて来て、セツナを下から撃って攻撃してくる。

鉄骨のあちらこちらで、火花が走る。


敵も攻撃の布陣が整ったようだが‥‥、こちらも、”二発目”の準備が整った。


セツナの手をかざした場所、そして、廃工場のスクラップに刺さったクロスボウの矢。

そこを結ぶように、一本のワイヤーが出現する。


紫色をして、紫色に発光するそれは、所々にビリビリと紫色の電気が走っている。


「よし! 強化ワイヤースタンバイOK! プランB――。」


強化ワイヤーは、エージェントが使用するガジェットのひとつ。

テレポートさせる際の情報容量が大きいため、転送に時間がかかるのがネックだが、高速移動手段として優秀。


転送中は、ESS(イズ)によるサポートを受けられなくなるものの、張られたワイヤーはジップラインとして使用できる。


そして、当然のごとく、ただのジップラインでは無くって、上下関係無く移動可能。

重力に逆らって、上方向への移動も可能である。

それを利用して、超長距離ジャンプをするテクニックも、オープンベータテストで発見された。


セツナが左手を開くと、そこに金属製のハンガーが転送されてくる。

ジップラインに引っかけて使う物だ。


フック状のそれを、ワイヤーに差し込む。

カチャリと爪が動いて、輪っかの中にワイヤーが入る。


「ベータテストで取った杵柄――、プランB。」


リボルビングライフルを片手に、狭い足場で助走をつけて――。






セツナの身体は宙空に飛び出した。


「突貫じゃァァァァァァァい!!」


強化ワイヤーが紫色に発光しているのは、加速機能を備えているから。

手に持ったハンガーとワイヤーが擦れて摩擦が発生すると、セツナの身体は一気に加速する。


宙に飛び出した彼を、ゴロツキが地上から狙うが、当たらない。

アイアンサイトの照準から見失ってしまうほどの速度で、セツナは空中を走る。


強化ワイヤー、最大射程1000メートル。それを、ものの30秒足らずで移動する。


ハンガーとワイヤーが擦れ、カラカラと鳴らしながら、セツナは空中を疾駆する。

ゴロツキは、ボルドマンの護衛グループと、車グループで分かれた。


そして、車グループは、今ワイヤーで引き離した。

戦力の分断。


このまま敵の本丸に突撃して、今回の”ホシ”を叩く。


みるみる廃工場が近づき、みるみる人の姿が大きくなって来る。

ボルドマンの取り巻きグループが、セツナの接近を知って射撃して来る。


しかし、上方向を高速で移動するムービングターゲットを捉えるには至らない。

射撃訓練は、水平方向で行うことが多いため、仰角(上方向)への射撃は、どうしても精度が落ちてしまう。


セツナは、襲い来る弾丸をやり過ごしつつ、頃合いを見て左手をハンガーから離す。

身体は、物理的な慣性と重力によって、斜め前方向に落ちていく。


身体ひとつ分ほど落下して、空中ジャンプ。

物理法則を無視して、落下していた身体がフワリと浮く。


独特な浮遊感を、腹の中の内臓で感じつつ、すかさず ≪ブレイズキック≫ を発動。

足が炎で包まれる。


さらに、 ≪ブレイズキック≫ を射撃体勢を取ることでキャンセル。

≪ブレイズキック≫ は、攻撃動作をキャンセルすることができる。

攻撃動作は、早めることも遅めることも可能で、発動即キャンセルという動きも許容されている。


空中ジャンプからの、 ≪ブレイズキック≫ キャンセル。

一連の動きをすると、セツナの身体が宙でスンと静止する。


まるで、ホバリングをしているかのように、何もない足場で止まってかに見える。


空中ジャンプの出始めを ≪ブレイズキック≫ でキャンセルして、さらにそれを即時キャンセルすると、

慣性の働きが極端に弱くなる。

プレイヤーの間では、小ジャンブレイズと呼ばれるテクニックだ。


逆に、 ≪ブレイズキック≫ をジャンプキャンセルすると、慣性が強くなる。


キャンセル行動による慣性の変化、通称「ベクトルコントール」は、このゲームシリーズ恒例のテクニックだ。


空中で静止したセツナは、足に ≪ブレイズキック≫ の残り火を宿しながら、リボルビングライフルを覗く。

スコープを取り外したライフルの、アイアンサイトで狙いを定める。


照準はボルドマン、充分な照準は出来ない。

精度を、試行回数で補う。


ボルドマンの位置を、利き目である右目で捉えて、そこにサイトを直線状に持ってくる。

アイアンサイトを構成するパーツは2つ。リアとフロントの部分に分かれる。


リア、フロント、ターゲット。それらを一直線上に――。

眼の遠近調節で、ぼやけたリアサイトとフロントサイトの先に、ボルドマンを捉えた。


トリガーを引く。

ダン、ダン、ダン。と、規則的なテンポで弾を叩き込む。


ボルドマンの部下が、セツナの射撃を読んで、2人の間に割って入った。


一発目は、ターゲットの左に逸れた。地面を抉って砂煙を上げる。

二発目は、部下の左肩に命中した。射撃の威力に負けて、身体が後ろに倒れる。

三発目は、ターゲットの右後方に着弾。ボルドマンの後方に砂塵を撒く。


射撃を妨害されたセツナは、小さく舌打ち。

身体に慣性が戻って来て、重力に従って落下していく。


ボルドマンは、セツナの三発目には目もくれず、身代わりになった部下に手を差し出す。


「立てるか?」

「ええ、大丈夫です。」

「よし、良くやった。下がって診てもらえ。」


ボルドマンの手を借りて立ち上がった部下は、彼に「ご武運を」と声を掛けて、別の取り巻きに連れられて下がっていった。

直に、セツナがボルドマンの前に着地してくる。


衝撃を殺すために前転をして、余った勢いで立ち上がる。

左手を前に掲げる。ホログラム式のエージェント手帳が表示される。


「CCCだ! 大人しく投‥‥降‥‥?」


「CCCだ!」までは、勢いが良かった。

しかし、言葉尻が近くなるにつれて、語気に勢いが無くなり、代わりに困惑が強く出てくる。


それも、そのはずである。


――セツナに向かって、四方八方から、銃口が向けられていた。

カチャカチャカチャと、洗練された動きが、四方から聞こえてくる。


フルオートライフルの薬室に弾丸を送り込む音、消耗したマガジンを交換する音。

それから、車のスクラップの山を蹴破って出てくる、人型戦闘アンドロイドの音。


セツナが強化ワイヤーで分断した戦力は、鉄砲玉ほどでしか無かった。


「あっ・・・・れ~~~?」


周囲を見渡し、引き攣った笑みを浮かべる。

彼の前に居るボルドマンは、小さく首を縦に何度か振って。


「よぉ、マヌケぇ。俺が、あんな安い挑発に釣られると思ったか?」


セツナは、両手を頭の高さに挙げる。

プランB、失敗である。

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