1.3_ブリーフィング
「それでは、ブリーフィングを始めます。」
新たなデバイス、ESSを入手し、現実世界でも共に過ごしている、サポートAIマルと合流したセツナ。
彼に、次の仕事が舞い込んできた。
「今回の任務は、反社会的武装グループ、BBBの幹部の暗殺。
BBBとは、我々CCCに反抗意識を持つ者が集まった、この都市の裏を束ねるグループです。
そのグループの重鎮であり武闘派である、ボルドマン・ボルディを暗殺してください。
手段は問いません。」
オペレーターのアリサが、任務の概要を説明する。
アリサの説明を聞いて、セツナは素直に思ったことを言ってみる。
「暗殺‥‥。なんか、前の任務よりも、物騒になったね。」
「はい、この任務にセツナさんを推薦したのは、ディフィニラ局長です。
こっちの方が、適任だと。」
「確かに。そっちの方が好みだね。やるべきことが、シンプルだ。」
こってり説教された、あの目つきの鋭い局長の顔を思い出す。
暗殺の手段を問わないと付け加えているあたり、人を見る目は確かなようだ。
アリサが続ける。
「今、我々が対処しなければいけない喫緊の問題は2つ。
ひとつが、セントラルで急激に増加している、違法魔導兵器による犯罪。
もうひとつが、セントラルに突如として現れたドラゴン、通称 "赤龍" の追跡です。」
「そっか。そういえば、いまCCCって、てんやわんやな状態だった。」
元々、ただでさえ高い犯罪率が、ここ最近は急増している。
その原因となっているのが、魔導兵器だ。
魔導兵器、あるいは魔法というのは、物理法則を無視できる特性を持ち、出力を物理エネルギーよりも容易に高めることができる。
故に、半端者が扱うと、加減を見誤り自滅を招く。
科学の粋を集めた強化義肢で、人間離れした腕力を手に入れても、それに脊椎が耐えられないのと同じだ。
ただ、魔法の自滅は、自己の破滅だけで済めば良い方で、だいたいの場合は周囲にも被害をばら撒く。
よくあるのが、周囲を巻き込む爆発。
ちょっと規模が大きくなると、異界との境界が曖昧になり、異界域と呼ばれる領域が現れる。
もっと被害が大きくなれば、気候や環境、生態系まで変化させる大惨事になる。
魔法による事故、及びその被害。
これらを総称して、「情報災害」と呼ぶ。
そして、情報災害の最上級――。
それこそが、ドラゴンという、厄災が具象化した存在なのだ。
この世界の人類が絶滅に瀕したのも、ドラゴンがばら撒いた厄災に依るところが大きい。
「‥‥こうやって聞くと、なんか今の中央って、けっこうヤバいんじゃ?」
セツナが疑問を口にする。
アリサは、首をこくこくと振って。
「はい、ヤバいです。」
セツナの言葉を借りて、アリサが現在の状況をまとめた。
だからこそ、今回の仕事に繋がるのだろう。
「ですので、魔導兵器犯罪に対して、上層部は羊狩りを行うことに決定しました。」
「羊狩り?」
「はい、犯罪の裏で糸を引く者の捜索優先度を下方修正。犯罪者の処分を最優先とします。」
「ああ、なるほど。捕縛しようとしたところで、前みたいに口封じとして始末される可能性もあるからか。」
前回の任務でセツナが追っていた中年太りの男。
名を、ウールー・バスタードと言うのだが、彼は突然出現したステルスドローンによって始末された。
「うん――、それで羊狩り、ということか。」
「局長の予想では、羊をたくさん狩れば、おのずと羊飼いが現れるだろう。とのことです。」
「なるほどね、ますますオレ好みだ。」
ブリーフィングで、あらかたの方針は分かった。
この都市がおかれている状況、それから、プレイヤーが取るべき行動。
「それでは、話しを最初に戻しますが、BBB幹部ボルドマンの暗殺任務、受けてもらえますか。」
セツナは、アリスに「もちろん」と答えた。
「了解。では、現時点より、ボルドマン暗殺ミッションを開始します。
装備の準備をして、出撃してください。
ボルドマンは、セントラルの治外区域、赤錆の町での集会に参加するようです。
それと、ESSのマルさんには、セツナさんの過去の戦闘データを渡しておきますね。」
「了解。エージェント・セツナ、ボルドマン暗殺のため、出撃する。」
そう言って、アリサとの通信を終えた。
終えた頃合いを同じくして、マルがピーポパパと電子音を奏で始める。
ホログラムの球体の体から、吹き出しを出して「…」と、何か情報を読み取っているようだ。
セツナは、リボルバーなどが収められているタクティカルベルトを一度外して、机の上に置く。
装備の確認をしていくのだ。
ベルトを外して、スマートデバイスを触って、他の気になる装備を見ていく。
端末を操作すると、武器のモデルが机の上に立体的に表示されて、使い方の動画も現れる。
色々と並ぶ装備の中で、気になった物があったので、端末のボタンをポチリ。
すると、透過されていた武器が着色されて、ホログラムのモデルから実物に変化した。
呼び出した武器は、これまたリボルバー。
外見として特徴的なのは、まず銃身が短い。
バレルの長さをギリギリまで切り詰めて、ボディが四角形のようになっている。
四角いボディに収まっている弾倉となるシリンダーも、ボディに影響されているのか六角形に角張っている。
それでいて、六角形の角にあたる部分をやわらかく削って、シリンダーとボディのギャップを少なくしている。
これにより、銃身全体の起伏差が減り、よりスムーズに銃をホルスターから抜けるようなデザインなのだ。
銃の名を、9-Ni。
読みは、日本語表記だとクナイとなっている。
そう、苦無である。
スリムで平坦なボディと、快適なドローイング。
隠し持ったり、メイン銃器のバックアップには最適である。
セツナは、周囲を確認。
9-Niリボルバーを手に取って銃口を床に向ける。そのまま、机に向かって身体を横に、シリンダー手前にあるボタンを押して、シリンダーを横に取り出す。
弾倉の確認。弾抜けヨシ。
弾は6発で小口径。弾の共有は無理そう。
‥‥まあ、この世界、特殊な火器以外は弾数が無限で、リロードさえすれば無限に使える。
テレポート技術様々である。
なので、弾の共有とかは考えなくても良いのだが‥‥、共有できた方が、ロマンがある。
つまりは、そういうことだ。
シリンダーを閉じて、また周囲の確認。
今居る場所の背中にある壁は、人が通ることは無いだろう。
もう一度、周囲の確認をしてから、銃を構えて、サイトを覗きこんでみる。
ドローイングの快適性を優先してか、アイアンサイトの「掘り」が浅く感じた。
照準には少しクセがありそうだ。
しかし、リアサイトとフロントサイトに、それぞれ光畜性の塗料が塗られていて、少しでも照準を絞りやすいようにという努力が見られた。
銃を下ろして、構える。銃を下ろして、構える。
――ダミーの弾丸を用意。
銃を構えて、下ろしてリロード。
シリンダーオープン、イジェクトロッドを操作、排莢。
スピードローダーというリロードツールで6発素早く装填。
構えて、照準を覗き、ダブルアクションの引き金を引く。
カチリと、ハンマーが起きて倒れる音。
それを、もう一度。
やはり、シングルアクションのそれよりも少々重い。
が、射撃を妨げるほどではない。
手応えとしては、充分だ。
これを持っていこう。
首を横に右、左。
シリンダーを開けて、弾抜け確認。
チェックが終わったら、机の上に戻す。
机の上のタクティカルベルトに手を伸ばし、ホルスターから使い込んだリボルバーを抜く。
こっちのリボルバーは、D3-リボルバー。
これを手に入れたゲームのフレーバーによれば、デビルサモナーとも呼ばれ、大口径大威力の銃だとか。
そのくせ、トリガーはバターを切るよりも軽い。
弾倉をチェック。
弾倉は6発、弾丸は5発。
暴発防止のために、平時は1発抜いてある。
ここはゲームなので、暴発は起こりえないが、気分の問題である。
リボルバーをホルスターにしまい、ベルトを腰に巻く。
巻き終えると、右にさげたホルスターからバンドが出現。
自動的に、バンドで右腿にホルスターが固定される。
大口径大威力、大迫力の外観なので、腿にホルスターを固定することで、脚の機動性を損なわないようにする。
ホルスターとは反対の位置、左腰のあたりには、小さなポーチが多数。
リボルバーの弾丸、回復アイテムに戦闘用アイテム。
などなどの小物類が入っている。
小物類は、使った後、自動で補給される。
ベルト背後に手を回す。
手に、マルチツールナイフ(十得ナイフ)の柄が触れる。
軽く引き抜いて、元に戻す。
マルチツールナイフは、その名の通り、様々な用途に使える。
サイバーパンクの世界らしく、電子機器に刺してハッキングしたり、プラズマ振動で刀身を高温にして建物のブリーチングをしたり、用途は様々。
そして、ニューウェポン。
小さな獣、9-Niリボルバー。
空の弾倉に、弾を込める。
こっちは6発分、全部込める。
銃本体を呼び出すと同時に出ていたホルスターを手に取って、左腿に持っていく。
右腿と同じ要領で、自動的に腿に固定される。
‥‥クイックドローが可能な銃を、利き手と逆の方にマウントするという矛盾。
これはゲームなのだから、雰囲気と気分が何より大切なのだ。
雰囲気と気分、それからノリは、タクティカルアドバンテージよりも優先される。
最後に、スマートデバイス。
これを、左腕の二の腕部分にくっつける。
デバイスを腕に固定するためのホルダーが現れて、装着された。
これで準備は整った。
「準備はいいデスか? セツナさん。」
視界の隅で、ピピポパ言っていたマルが声をかける。
戦闘データの受信が終わったようで、吹き出しのホログラムに、「Thank you」と表示されている。
「準備は万端! 行こうか!」
セツナの号令に、マルはガッテンと答えて、2人は駆け足で支部を飛び出す。
2人の様子を、エージェント仲間が、「頑張れよ!」とか「いってらっしゃい!」と激励していた。
2階から1階へ下りて、受付の前を通り過ぎる。
受付のアンドロイドが、お辞儀をして見送った。
入り口の自動扉を越えて、外に出る。
タイミングを同じくして、自動運転の車が、セツナとマルの前に止まった。
一般的な、4人乗りの乗用車である。
車内が見えなくなっている以外は、何の変哲もない、普通の乗用車。
‥‥傍から見る分には。
右側を向いている車の、前側のドアを開けた。
――ドアを開けた先の座席に、ハンドルは無かった。
「‥‥あの、セツナさん。左ハンドルです。」
ドアを小さな動きで素早く閉めて、速歩きで反対側のドアに向かう。
座席にハンドルがあることを確認して、乗り込む。
車内では、助手席に、すでにマルが座っていた。
シートベルトも着用済み。
マルに習って、セツナもシートベルトを締める。
ハンドルを握って、アクセルを踏んだ。
エンジンの回転数が上がり、エンジン内部のピストンサイクルが速くなる。
燃料の炸裂音が空気を振動させ、車に命が宿ったかのように吠える。
燃料の血脈と血潮に呼応するかのように、運転席のメーターがボルテージを上げる。
燃料の爆発を推進力に、タイヤは獲物を追いかける強靭な爪に。
今、鉄の猟犬は、ならず者を狩る猛獣となる!
――はずだった。
車は、吠えてメーターを揺らすも、前に進まない。
「‥‥あの、セツナさん。ミッション車です。」
間髪を置かず、リアクションもせず。
すました顔で、クラッチを踏んでギアを入れる。
初動、少しつんのめって車体を上下させながら‥‥。
猟犬は燃料の炸裂音を、ドップラー効果で鮮やかな音色として奏でながら、青い街に解き放たれた。