表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/90

1.2_ロードアウト

「エージェント・セツナ、君の戦闘センスには目を見張るものがある。おおよそ、新人とは思えないほどに。」


セツナは、上官のディフィニラ局長に、こってり絞られていた。


「だが、少々素行に難がある。」

「はい‥‥。すいません、おっしゃる通りです。」


肩幅が一回り小さくなったセツナを見て、ディフィニラは小さくため息をつく。


「まあ、分かるよ。こんな仕事だ、多少のダーティプレイは必要だろうとも。」


戦場では、まともなヤツから死んでいく。

ディフィニラは、椅子を少し横に回し、頬の傷をなでながら、そう言った。


「人命と秩序のためならば、多少の無法も、多少の無茶も許容しよう。」


セツナに向き直り、じっと彼の目を見る。

セツナも、彼女の目をじっと見る。


「だが――、必ず生きて帰って来い。これは命令だ。

 生憎、死にたがりに回せる仕事は無い。」


セツナは、深く、重く頷いた。


「よし、ならばこの話しは終わりだ。

 そして、現時点をもってエージェント・セツナを昇格。

 コモン・エージェントとして、CCC権限を一部解除する。

 以上、解散。」


解散の宣言がされると同時に、ディフィニラやアリサ、それにオペレーターの姿がぼやけはじめる。

姿が透過し、輪郭にノイズが走り、存在が薄くなっていく。


突然の出来事に、セツナは周囲を落ち着きなくキョロキョロと見渡す。

そうこうしているうちに、CCC支部の3階は、もぬけの殻になった。


「えぇ‥‥、どゆこと?」


困惑の声が、がらんどうと木霊した。



人気の無くなった3階を後にして、セツナはCCC支部の2階へと移動した。

2階は、どうやらエージェントたちの詰所のような階層となっているらしい。


各々のデスクやら、装備をしまうロッカーなどが並んでいた。

そこに、NPCのエージェントたちが雑談や、装備の点検、書類の確認などを行っている。


彼らNPCエージェントは、設定上、セツナの同僚ということになる。

とはいっても、彼はここを訪れるのが初めてなので、とくにあてもなく部屋をフラフラと歩いている。


チュートリアルではいくつかの任務を請け負ったが、その時の拠点は、いわゆるエージェント育成学校のような場所であった。

この度、局長判断にて晴れて学校を卒業、即日異動となった訳だ。


ふらふらキョロキョロしている新米に、1人の大柄なマッチョメンが声をかけた。


「よう、ルーキー改め、コモンエージェントのセツナ。」


マッチョメンは、とてもフレンドリーな表情でセツナに話しかけてきた。

くしゃりと、目じりにしわが寄って破顔する。

ほころぶ笑顔を下では、黒いTシャツが筋肉でピッチリと伸びで、二の腕の方がミチミチ言っている。


セツナの視界に、彼のプロフィールが表示される。

エージェント・ジャッカル。

セツナと同じく、コモンエージェント。


「やあジャッカル。――ああ、ちょっと、変なことを頼むのだけれど‥‥、握手をしてもらっても?」

「ああ、もちろんだとも。」


セツナが手を差し出すと、彼の手を、岩のような手が力強く握りこむ。

太くて分厚い手だが、温かみのある手だった。


ひとしきり握手を交わしたあと、互いに手を離す。

ジャッカルが、機微を察したのか、片方の眉をピクリと上げる。


「さては、 ”アレ" をくらったな。」

「アレが何のことかは分からないけど、たぶん、その "アレ" をくらったよ。」


ジャッカルも、セツナと同じく、3階でのドッキリをくらったことがあるのだろう。

共通の話題に、互いに軽く笑ってから、ジャッカルが本題に入る。


「よし、じゃあ本題に入ろう、ちょっとついてきてくれ。」


そう言って、ジャッカルはセツナを伴って、部屋にある一番大きなデスクの元に移動した。

一番大きいのだから、一番偉い人が座るのだろうかと考えたが、どうにも違うらしい。


それはさておき、デスクの横には金庫のような、重そうで堅そうな備品が座っている。

大きさにして、セツナ胸の高さくらいまであり、存在感としては充分である。


ESS(イズ)、パンドラの解除を。」

「了解、権限の確認。‥‥‥‥完了。装備を転送します。

 3、2、1――。転送完了。

 ただちに、パンドラ内部の装備を取り出してください。」


ESSと呼ばれたのは、おそらくAIだろうか?

ジャッカルのオーダーに答えて、目の前にあるパンドラと呼ばれる箱を開錠したらしい。


ジャッカルは、ESSに「ありがとう」と礼を言って、パンドラを開けた。

パンドラの中には、広い見た目に反して、黒いアタッシュケースが、ちょこんと寝そべっていた。


ジャッカルがそれを取り出すと、パンドラは勝手に締まって、ロックがかかったことを知らせる電子音を立てた。


パンドラの施錠を確認してから、黒いアタッシュケースを、大きな机のに置く。

ジャッカルはベルトにつけているポーチから、スマートデバイスという、小型の液晶端末を取り出して、アタッシュケースの表面にある、通信装置にスマートデバイスを近づける。


「エージェント・ジャッカル、開錠権限保有者です。

 ロックを解除します。」


またまた、機械音声が流れて、アタッシュケースのロックが外される。

ロックが外されたら、アタッシュケースの口の部分にある、物理的な錠前を開く。


パチン、パチンと小気味よい音がして、軽快な音の余韻に肉付けをするかのように、アタッシュケースの口が、ケースの重みを伝えながら開いていく。


口を開けて、中身が確認できるようになったところで、ジャッカルは横にずれて、ケースの正面をセツナに譲った。

セツナが中身を確認する。中には、スマートデバイスがあった。

緩衝材の敷かれたケース内の真ん中に、安置されている。


ちらりとジャッカルの方を見てから、スマートデバイスを手に取る。


「生体情報をスキャン――。


 指紋‥‥、クリア。

 静脈‥‥、クリア。

 虹彩‥‥、クリア。

 声紋‥‥、カメラの記録を確認、記録の信頼度を評価‥‥、クリア。

 

 エージェント・セツナ。本スマートデバイスの、正当な保有者です。」


手に取ったスマートデバイスから、聞きなれた機械音がする。

どうやら、ジャッカルのESSとは声が違うようで――。


「――ばぁ!!」

「どぅわぅふ!?」


生体認証が完了したかと思えば、セツナの目の前に、球体のホログラムが突如として現れた。

バスケットボールくらいの大きさのホログラムに脅かされて、セツナは後方へと転んでしまう。


「あたた‥‥。マル!? 一体どうしたの?」


マルと呼ばれた球体のホログラム。

彼は、セツナの生活サポートAI。

その名の通り、現実世界での、セツナの生活を支えるためのAIである。


起き上がったセツナの周りを、マルはちょろちょろと動き回り、イタズラが成功したことを喜んでいる。


「ふふん、このスマートデバイス、その中に内蔵されているESSには、汎用データが適応できるんデス。」


汎用データとは、ひと言で説明すれば、ゲームやアプリを跨いで使用ができるデータや、規格のことである。

VR世界の肉体であるアバターの見た目や、武器や服装。

これらが汎用データの規格になっているものに関しては、別のゲームでも使用ができる。


セツナがM&Cでも携行しているリボルバーも、汎用データ規格の代物である。

シューティングゲームで使っているものを、この世界でも使っている。


さすがに装備の性能などは、ゲームごとにチューニングされるが、それでも手に馴染んだ物を使えるのが、汎用データ規格の強みだ。


生活サポートAIも、汎用データとして扱うことができ、M&Cでは、このスマートデバイスこそが、彼らの住居と所在になっているのだろう。


「セツナさんは、リアルでもゲームでも、おっちょこちょいデスからね~。

 このオワってる世界でも、ワタシがサポートしますよ~。」


頭の上をクルクルと回るマル。

技術革新によって、人間と人工知能の区切りは、極めて曖昧になった。

人工知能は、知能を持つ生物の特権であった、「自我」を獲得するに至ったのである。


――だからだろうか?

人と人工知能は、互いに影響を与え合う。

すなわち、長い時間を一緒に過ごしていると、性格が似てくる。


「‥‥あの、ジャッカルさん? これ、ESSの担当AIって、設定変えられる。」

「もちろ――。」

「よしチェンジで。」


ジャッカルの答えを聞くや否や、セツナは、素早くスマートデバイスを操作しはじめる。


「ガビーン!?」


マルは、マスターの心無い言動にショックを受ける。

しかし、すぐに立ち直り、素早くスマートデバイスを操作する。

プログラミングの演算能力で、人間が勝てるわけ無かろう、と。


「むむむ、許しませんよ! ワタシ以外のAIと浮気なんて許しませんよ!

 ――これで、どうだ!」

「あっ! クッソ! 操作をロックしやがった!? 解除しろ、解除!」


ぷかぷか浮かぶマルのホログラムを両手でひっ捕らえて、ブンブンと振り回す。

ホログラムではあるが、両手がすり抜けることなく、ちゃんと掴むことができている。


「あー、あー、暴力反対! 暴力反対!

 人工知能にだって、一部権利の保障がされているんデスよ。

 権利の侵害だ~~~。」

「うるさ~い! ロボット三原則はどうしたぁ! 使用者に迷惑をかけるんじゃない、このポンコツぅ!」

「あ~っ! 言ったな~。

 セツナさんだって、ワタシとライセンスの更新すっぽかして、朝帰りしたことあったでしょう!!

 まったく、ポンコツはどっちデスか、このボケナスぅ!」


あーだこーだと、子どものように取っ組み合いをする、セツナとマル。

マルの体から機械の手が伸びて、セツナに反撃している。


ジャッカルは、少し困ったように笑って、息を吐く。


「ははは――、その調子なら、ESSの使い方は問題なさそうだな。」


取っ組み合いをしていたコンビは、ジャッカルに向き直る。


「念のため、説明しておこう。

 ESSは、俺たちエージェントを支えるためのAIだ。

 オペレーターとは違って、現場で俺たちの手足として、活躍してくれる。


 ESSにはCCC特権が与えられているから、簡単なセキュリティのハッキング。

 それから、乗り物の高度な自動運転や、ホログラムを使った欺瞞(ぎまん)工作もできる。」


セツナは、ジャッカルの説明に首肯する。

マルは、えっへんと、胸? 体? を張って得意げにした。


「まっ、上手く協力してみてくれ。それと――。」


ESSをセツナに渡すという仕事を終えて、ジャッカルは締めに入ろうとする。


「ん? それと――?」

「あぁ、そこそこ長いことエージェントをやっているが‥‥、ミサイルドローンに頭突きをかましたのは、キミが初めてだよ。

 きっと大物になる。」


じゃあなと手を上げて、ジャッカルは立ち去っていった。

セツナは、「そう、ありがとう」と、少し困った調子で彼を見送った。


「ドローン? 頭突き? いったい、何をしていたのデスか、セツナさん。

 頭突きでドローンは壊せませんよ? 縛りプレイ?」


「事故! 事故だから! 意図した頭突きじゃないから! 過失頭突きだから! 情状酌量して!」


セツナの言い訳は、虚しく支部の2階に響くだけだった。


‥‥‥‥。

‥‥。


――と、そこに、通信機から連絡が入る。

セツナの前にモニターが表示される。


モニターには、彼を担当するオペレーター、アリサの姿が映っていた。


「セツナさん、次の任務が発令されました。

 準備がよろしければ、このままブリーフィングをお願いします。」


セツナとマルは、互いに目配せをする。

一瞬のやり取りを終えて、セツナはアリサに、首を縦に振って答えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ