1.2_ロードアウト
「エージェント・セツナ、君の戦闘センスには目を見張るものがある。おおよそ、新人とは思えないほどに。」
セツナは、上官のディフィニラ局長に、こってり絞られていた。
「だが、少々素行に難がある。」
「はい‥‥。すいません、おっしゃる通りです。」
肩幅が一回り小さくなったセツナを見て、ディフィニラは小さくため息をつく。
「まあ、分かるよ。こんな仕事だ、多少のダーティプレイは必要だろうとも。」
戦場では、まともなヤツから死んでいく。
ディフィニラは、椅子を少し横に回し、頬の傷をなでながら、そう言った。
「人命と秩序のためならば、多少の無法も、多少の無茶も許容しよう。」
セツナに向き直り、じっと彼の目を見る。
セツナも、彼女の目をじっと見る。
「だが――、必ず生きて帰って来い。これは命令だ。
生憎、死にたがりに回せる仕事は無い。」
セツナは、深く、重く頷いた。
「よし、ならばこの話しは終わりだ。
そして、現時点をもってエージェント・セツナを昇格。
コモン・エージェントとして、CCC権限を一部解除する。
以上、解散。」
解散の宣言がされると同時に、ディフィニラやアリサ、それにオペレーターの姿がぼやけはじめる。
姿が透過し、輪郭にノイズが走り、存在が薄くなっていく。
突然の出来事に、セツナは周囲を落ち着きなくキョロキョロと見渡す。
そうこうしているうちに、CCC支部の3階は、もぬけの殻になった。
「えぇ‥‥、どゆこと?」
困惑の声が、がらんどうと木霊した。
◆
人気の無くなった3階を後にして、セツナはCCC支部の2階へと移動した。
2階は、どうやらエージェントたちの詰所のような階層となっているらしい。
各々のデスクやら、装備をしまうロッカーなどが並んでいた。
そこに、NPCのエージェントたちが雑談や、装備の点検、書類の確認などを行っている。
彼らNPCエージェントは、設定上、セツナの同僚ということになる。
とはいっても、彼はここを訪れるのが初めてなので、とくにあてもなく部屋をフラフラと歩いている。
チュートリアルではいくつかの任務を請け負ったが、その時の拠点は、いわゆるエージェント育成学校のような場所であった。
この度、局長判断にて晴れて学校を卒業、即日異動となった訳だ。
ふらふらキョロキョロしている新米に、1人の大柄なマッチョメンが声をかけた。
「よう、ルーキー改め、コモンエージェントのセツナ。」
マッチョメンは、とてもフレンドリーな表情でセツナに話しかけてきた。
くしゃりと、目じりにしわが寄って破顔する。
ほころぶ笑顔を下では、黒いTシャツが筋肉でピッチリと伸びで、二の腕の方がミチミチ言っている。
セツナの視界に、彼のプロフィールが表示される。
エージェント・ジャッカル。
セツナと同じく、コモンエージェント。
「やあジャッカル。――ああ、ちょっと、変なことを頼むのだけれど‥‥、握手をしてもらっても?」
「ああ、もちろんだとも。」
セツナが手を差し出すと、彼の手を、岩のような手が力強く握りこむ。
太くて分厚い手だが、温かみのある手だった。
ひとしきり握手を交わしたあと、互いに手を離す。
ジャッカルが、機微を察したのか、片方の眉をピクリと上げる。
「さては、 ”アレ" をくらったな。」
「アレが何のことかは分からないけど、たぶん、その "アレ" をくらったよ。」
ジャッカルも、セツナと同じく、3階でのドッキリをくらったことがあるのだろう。
共通の話題に、互いに軽く笑ってから、ジャッカルが本題に入る。
「よし、じゃあ本題に入ろう、ちょっとついてきてくれ。」
そう言って、ジャッカルはセツナを伴って、部屋にある一番大きなデスクの元に移動した。
一番大きいのだから、一番偉い人が座るのだろうかと考えたが、どうにも違うらしい。
それはさておき、デスクの横には金庫のような、重そうで堅そうな備品が座っている。
大きさにして、セツナ胸の高さくらいまであり、存在感としては充分である。
「ESS、パンドラの解除を。」
「了解、権限の確認。‥‥‥‥完了。装備を転送します。
3、2、1――。転送完了。
ただちに、パンドラ内部の装備を取り出してください。」
ESSと呼ばれたのは、おそらくAIだろうか?
ジャッカルのオーダーに答えて、目の前にあるパンドラと呼ばれる箱を開錠したらしい。
ジャッカルは、ESSに「ありがとう」と礼を言って、パンドラを開けた。
パンドラの中には、広い見た目に反して、黒いアタッシュケースが、ちょこんと寝そべっていた。
ジャッカルがそれを取り出すと、パンドラは勝手に締まって、ロックがかかったことを知らせる電子音を立てた。
パンドラの施錠を確認してから、黒いアタッシュケースを、大きな机のに置く。
ジャッカルはベルトにつけているポーチから、スマートデバイスという、小型の液晶端末を取り出して、アタッシュケースの表面にある、通信装置にスマートデバイスを近づける。
「エージェント・ジャッカル、開錠権限保有者です。
ロックを解除します。」
またまた、機械音声が流れて、アタッシュケースのロックが外される。
ロックが外されたら、アタッシュケースの口の部分にある、物理的な錠前を開く。
パチン、パチンと小気味よい音がして、軽快な音の余韻に肉付けをするかのように、アタッシュケースの口が、ケースの重みを伝えながら開いていく。
口を開けて、中身が確認できるようになったところで、ジャッカルは横にずれて、ケースの正面をセツナに譲った。
セツナが中身を確認する。中には、スマートデバイスがあった。
緩衝材の敷かれたケース内の真ん中に、安置されている。
ちらりとジャッカルの方を見てから、スマートデバイスを手に取る。
「生体情報をスキャン――。
指紋‥‥、クリア。
静脈‥‥、クリア。
虹彩‥‥、クリア。
声紋‥‥、カメラの記録を確認、記録の信頼度を評価‥‥、クリア。
エージェント・セツナ。本スマートデバイスの、正当な保有者です。」
手に取ったスマートデバイスから、聞きなれた機械音がする。
どうやら、ジャッカルのESSとは声が違うようで――。
「――ばぁ!!」
「どぅわぅふ!?」
生体認証が完了したかと思えば、セツナの目の前に、球体のホログラムが突如として現れた。
バスケットボールくらいの大きさのホログラムに脅かされて、セツナは後方へと転んでしまう。
「あたた‥‥。マル!? 一体どうしたの?」
マルと呼ばれた球体のホログラム。
彼は、セツナの生活サポートAI。
その名の通り、現実世界での、セツナの生活を支えるためのAIである。
起き上がったセツナの周りを、マルはちょろちょろと動き回り、イタズラが成功したことを喜んでいる。
「ふふん、このスマートデバイス、その中に内蔵されているESSには、汎用データが適応できるんデス。」
汎用データとは、ひと言で説明すれば、ゲームやアプリを跨いで使用ができるデータや、規格のことである。
VR世界の肉体であるアバターの見た目や、武器や服装。
これらが汎用データの規格になっているものに関しては、別のゲームでも使用ができる。
セツナがM&Cでも携行しているリボルバーも、汎用データ規格の代物である。
シューティングゲームで使っているものを、この世界でも使っている。
さすがに装備の性能などは、ゲームごとにチューニングされるが、それでも手に馴染んだ物を使えるのが、汎用データ規格の強みだ。
生活サポートAIも、汎用データとして扱うことができ、M&Cでは、このスマートデバイスこそが、彼らの住居と所在になっているのだろう。
「セツナさんは、リアルでもゲームでも、おっちょこちょいデスからね~。
このオワってる世界でも、ワタシがサポートしますよ~。」
頭の上をクルクルと回るマル。
技術革新によって、人間と人工知能の区切りは、極めて曖昧になった。
人工知能は、知能を持つ生物の特権であった、「自我」を獲得するに至ったのである。
――だからだろうか?
人と人工知能は、互いに影響を与え合う。
すなわち、長い時間を一緒に過ごしていると、性格が似てくる。
「‥‥あの、ジャッカルさん? これ、ESSの担当AIって、設定変えられる。」
「もちろ――。」
「よしチェンジで。」
ジャッカルの答えを聞くや否や、セツナは、素早くスマートデバイスを操作しはじめる。
「ガビーン!?」
マルは、マスターの心無い言動にショックを受ける。
しかし、すぐに立ち直り、素早くスマートデバイスを操作する。
プログラミングの演算能力で、人間が勝てるわけ無かろう、と。
「むむむ、許しませんよ! ワタシ以外のAIと浮気なんて許しませんよ!
――これで、どうだ!」
「あっ! クッソ! 操作をロックしやがった!? 解除しろ、解除!」
ぷかぷか浮かぶマルのホログラムを両手でひっ捕らえて、ブンブンと振り回す。
ホログラムではあるが、両手がすり抜けることなく、ちゃんと掴むことができている。
「あー、あー、暴力反対! 暴力反対!
人工知能にだって、一部権利の保障がされているんデスよ。
権利の侵害だ~~~。」
「うるさ~い! ロボット三原則はどうしたぁ! 使用者に迷惑をかけるんじゃない、このポンコツぅ!」
「あ~っ! 言ったな~。
セツナさんだって、ワタシとライセンスの更新すっぽかして、朝帰りしたことあったでしょう!!
まったく、ポンコツはどっちデスか、このボケナスぅ!」
あーだこーだと、子どものように取っ組み合いをする、セツナとマル。
マルの体から機械の手が伸びて、セツナに反撃している。
ジャッカルは、少し困ったように笑って、息を吐く。
「ははは――、その調子なら、ESSの使い方は問題なさそうだな。」
取っ組み合いをしていたコンビは、ジャッカルに向き直る。
「念のため、説明しておこう。
ESSは、俺たちエージェントを支えるためのAIだ。
オペレーターとは違って、現場で俺たちの手足として、活躍してくれる。
ESSにはCCC特権が与えられているから、簡単なセキュリティのハッキング。
それから、乗り物の高度な自動運転や、ホログラムを使った欺瞞工作もできる。」
セツナは、ジャッカルの説明に首肯する。
マルは、えっへんと、胸? 体? を張って得意げにした。
「まっ、上手く協力してみてくれ。それと――。」
ESSをセツナに渡すという仕事を終えて、ジャッカルは締めに入ろうとする。
「ん? それと――?」
「あぁ、そこそこ長いことエージェントをやっているが‥‥、ミサイルドローンに頭突きをかましたのは、キミが初めてだよ。
きっと大物になる。」
じゃあなと手を上げて、ジャッカルは立ち去っていった。
セツナは、「そう、ありがとう」と、少し困った調子で彼を見送った。
「ドローン? 頭突き? いったい、何をしていたのデスか、セツナさん。
頭突きでドローンは壊せませんよ? 縛りプレイ?」
「事故! 事故だから! 意図した頭突きじゃないから! 過失頭突きだから! 情状酌量して!」
セツナの言い訳は、虚しく支部の2階に響くだけだった。
‥‥‥‥。
‥‥。
――と、そこに、通信機から連絡が入る。
セツナの前にモニターが表示される。
モニターには、彼を担当するオペレーター、アリサの姿が映っていた。
「セツナさん、次の任務が発令されました。
準備がよろしければ、このままブリーフィングをお願いします。」
セツナとマルは、互いに目配せをする。
一瞬のやり取りを終えて、セツナはアリサに、首を縦に振って答えた。