11.31_10:03 コープスパーティー
――ヴォォォォォォォオオオ!!!!!
眠ってしまいそうな白い光の中、身の毛のよだつデスボイスが響いた。
洞窟中に隈なく、隅々、津々の浦々まで。
「God!! Deaaaaaaaath!! Yeaaaaaaah!!」
喉を潰し、肺からの空気を歪ませ。
マイクが拾った音の波を調音器が歪ませ。
死神の声は、それを聞く者の腹を黒い衝撃となって突き抜ける。
潰れている。
音色が潰れている。
真っ黒だ。
神を讃える聖歌だとか、クラシックだとかオペラだとか。
そういう、厳かな環境で、浄化され澄み切った空気に音色を乗せるような、音楽の神聖さなど、この歌声と呼ぶのも烏滸がましい、マフラーの壊れたバイクのような音には望めない。
破壊的。
ただ、破壊的。
人類が歴史の中で築いた音楽の歴史に、泥炭をぶちまけて放火するが如き音楽性。
聖歌で讃えた神に中指を突き立て、バッハやモーツァルトに中指を突き立て、ポップスやジャズに中指を立てるが所業。
全部全部、黒く潰してひしゃげてさせてしまう、暴力的な音楽。
「Fxxk! you!! Fxxk! I am! We are Fxxxxxxxxxxxk!!」
音楽性も最悪なら、歌詞も最低だ。
文法、韻、なにもかも滅茶苦茶。
しかし、そんなことはどうでも良いのだ。
今がロックじゃないか否か?
それこそが、ヘヴィメタルだ。
「ライブの主役はァ! 俺だァァ!!
ヴォォォォォォォオオオ!!!!!」
‥‥誰か、このシャウトを止めてくれ。
JJとダイナは両耳を塞ぐ。
まどろんでいた瞼が、強く閉じられる。
身体を、暴力的なサウンドが突き抜ける。
声だか爆音だか分からねぇ音で、身体がひっくり返りそうになる。
腹の中でシャウトが反響して、腸捻転を起こしてしまいそうだ。
「メンバーの紹介をするぜ!
ヴォーカル! 俺! ギター! 俺!
ベース! AIのラファエル!
ドラム! AIのミカエル!
‥‥そしてェ! 脇役のお前らァァ!!」
異界洞窟に乱入したヘヴィメタルの男は、ステージの下で眠りこけている連中を指差す。
心底楽しそうだ。
正気に戻されたセツナたちは、ライブステージに立つ男を見上げる。
一番目立つ場所で、一番目立つことをして、気持ち良くなっている、コープスメイクのミュージシャン。
(((あれってもしかして‥‥、ノクター‥‥?)))
箱が静まり返る。
音量がミュートとなった。
破壊音楽から解放される。
身体が痺れている。
長時間、正座をした時のようだ。
冗談ではない。
あのデスボイスのせいで、血が毛細血管に巡らなくなってしまっていたのだ。
ノクターと思わしき青年は、恍惚とした表情で、足元のエフェクターを踏む。
妙に小気味よい、スイッチ音。
――スイッチオン。
肩に掛けたギターに指を乗せる。
「――俺のサウンドに溺れな!」
箱が揺れた。
音で地震が起きた。
白い光が地面に叩き落とされた。
あれほど静かに、人々を優しく包み込んでいた光。
静かで優しいがゆえに脅威だった光。
それが、理論もへったくれも無い、音を歪ませただけのサウンドに、羽虫のように引っ叩かれた。
光が、音によって捻じ曲げられ、その輝きを歪められる。
届かない、広がらない。
広げられない。
隙間なく弾かれる、数と歪みの暴力。
彼の描く世界は、キャンパスに余白など許さず、そこに詰め込めるだけの暴力を書き殴る。
天井から砂塵がパラパラと落ちる。
落ちた砂塵は、ノクターの世界観によって聖戦の灰塵となる。
「――ヴォイ! ――ヴォイ! ――ヴォイ!」
ノクターの周囲には、魔法で作り出されたライブ空間。
魔法のアンプに魔法のスピーカー。
そこから、ここには存在しないはずの、ベースやドラムの音を掻き鳴らし、洞窟を破壊していく。
洞窟は揺れ、振動で身体が地面から浮き上がる。
‥‥‥‥何も。
何も、事情の説明や解説の余地を与えないのである。
ノクターは、破滅的なヘッドバッドを繰り返しながら、破壊的なエレキを奏でる。
恐ろしいことに、フロントさん以上に、コミュニケーションが成立しないのである。
素はまともなフロントさんに対し、ノクターは脳をサウンドにやられているのだ。
彼の頭の中では常に、歪んだサウンドとシャウトが響き渡っている。
常人なら1時間で発狂する。
突如として開演した、ノクターのゲリラライブ。
これを面白く思わないのは、この男、ジェインソン男。
「ヂェ、ヂェ、ヂェ、ヂェェェェン!!
このファイトリングで、俺より目立ってんじゃねぇ!」
ジェインソン男が飛び掛かる。
ライブステージに乱入。
「同じハロウィン仲間だからって、容赦しないぜッ!」
魔法の足場に急造されたライブステージ。
そこでヘッドバッドをしながらトリップしているノクターに、ホッケースティックの一撃。
「Shit!! Shuuut up!!」
唐突なデスボイス。
ジェインソン男はたたらを踏む。
音に浮かされる。
「乱闘拍子にはまだ早ぇ! 座ってろ!」
ノクターがジェインソン男の腹に蹴りを見舞う。
ギターを弾きながら身体を逸らし、それに合わせてジェインソン男の腹に1発。
ステージの上から叩き落とした。
‥‥この男、セキュリティ要らず。
「ぐわぁぁぁああ!?!?」
ステージから蹴り落とされたジェインソン男は、背中から地面へ落ちる。
入れ替わりで、白い光の珠が浮き上がる。
ノクターのサウンドに対抗しようと、光を強める。
「――インスピレーションが湧いて来たぜ!」
ノクターは止められない。
彼が何をしに来たのか、誰にも分らない。
「選ばれし10人の戦士。
異世界の神との聖戦。
そして、そこに舞い降りし、11人目!」
ノクター。
セツナたちからすれば、彼は12人目だ。
マルが11人目で、ノクターが12人目。
「魔導者の危機に、颯爽と顕れる俺!
神の使いを相手に、翻弄する、俺!!
――カッコイイィィィィ!!!!」
濁った酒のようなサウンドが、更に強烈になった。
強烈になったのは、ジェインソン男が呼び出した光の珠に対抗するためではない。
自分の世界観とカッコ良さに、トリップしてるだけ。
エッジの効いた千鳥足みたいな爆音が、リスナーに直撃する。
セツナは吹き飛び、背中で転がって一回転をする。
滅茶苦茶だ。
ダイナなんかは、彼を殴ってでも止めるべきか真剣に悩んでいる。
白い光は、黒い音に塗りつぶされていく。
この場を支配しているのは、圧倒的にノクターなのだ。
そしてそれを、こうみえて聡いノクターは看破している。
あのよく分からん白い光。
あれがヤバい物だと、脳内のバズドラムが警鐘を鳴らしている。
だが、自分はそれを封殺している。
自分の音楽が、神の力を押している。
――カッコイイ!
「昂るぜェェ!」
ドラムの音が強くなった。
強く、スネアとシンバルを鳴らす。
やかましいエレキを黙らせるように、仲間の音楽を引き裂くかのように、シンバルが鳴り響く。
メタルとは、仲間との殴り合い。殺し合い。
空気を裂くシンバルの音により、会場から音が消える。
身体に痺れだけを残し、サウンドが消え去る。
砂塵で埃っぽくなった洞窟。
白い光が、会場を満たしていく。
箱を、洞窟へ、母の膝へ。
そして、母の膝に中指を立てるメタラー。
「――お前たちを、地獄に招待してやるぜ!」
ドラムのスティックを鳴らす音。
BPMを合わせる。
BPM120。
疾走と高揚感のサウンド。
「ヴォイ!」
ヴォーカルが短くシャウト。
それを号令に、サウンドの雪崩が起こる。
彼のたった一声。
それだけで、雪山に堆積した雪が動き出したのだ。
サウンドは鳴り渡る。
雪崩の如く疾走し、世界を巻き込む。
世界を取り込み――、飲み込む。
気のせいではない。
雪崩から一瞬、音が抜けた。
気付いたのはダイナ。
その一瞬の「虚」こそが、世界に致命的な歪みを与える。
それを、経験で知っているのだ。
「これは――!?」
変化が起こるより早く、彼は周囲を見渡す。
それが起きるよりも早く、驚愕の声を上げる。
世界が、書き換えられていく。
世界が、黒く塗り潰されていく。
比喩ではない、物理的に塗り潰されていく。
神々しい光さえ、黒く染めて、世界は音楽によって歪められる。
音が、身体に、地面に、天井に、付着する。
真っ黒い色をしたペンキ。
それを、思いっきり走って、思いっきりぶちまけられた感覚。
JJは、反射的に顔を手で拭き取る。
何もそこに付いてやしない。
けれど、確かに感じるのだ。
音が、形になって、世界になっていく感覚が。
ペンキが広がる。
スプレーアートのように、洞窟を上書きしていく。
スプレー缶が空になれば次。
シャカシャカ振り、中身を全部ぶちまける。
一滴残らず。
1回もノズルから手を離さねぇ。
塗れ! ぶちまけろ! 使い切れ!
最後の1本も、最後の一滴も。
出し切れ! 余白を残すな!
そんで――。
無くなったら――。
踏み潰す!
空の缶が裂けて、炎が噴き出す!
つまんねぇ世界を、ロックなメタルでぶち壊すッ!
空が暗くなった。
スポットライトが目立つように。
洞窟に風が吹いた。
四方八方から吹き、ハウリングを起こして殴り合う。
足元で枯れ草が舞った。
この世界は狂っているから、枯れた草さえもシンドバッドを刻まずにはいられない。
メタルに歪められた世界で自分たちは、草原に立っている。
枯れた箇所が目立つ、芝生の草原。
周囲は、鉄条網を張り巡らせた鉄筋柵。
お代は結構、チケットも不要。
入ったら出られない一方通行。
閉塞的な洞窟から一変。
そこは開放的で逃げられない、黒い草原。
空は暗く、草原は広く。
ポツリ、棄てられた大きな倉庫が建っている。
その倉庫の前、自分たちは、空のドラム缶に火を起こして、ノクターのライブを見ている。
セツナ、JJ、ダイナ、それとジェインソン男。
周りには、知らない髑髏化粧。
コープスメイクをした人間が、メシアのライブに熱狂をしている。
3人も、ジェインソン男も離れ離れ。
同じライブに来ているのに、熱狂した人々に揉まれて、群衆の一部と化す。
世界は、ノクターのサウンドに染まった。
七行魔法の奥義、三味「水声暗色」。
楽園のマザーが使った奥義を、地獄の熾天使であるメタラーが、シャウトとトリップで再現せしめたのだ。
この魔法は、世界の在り方を塗り替える。
この世界は、ノクターを主役に地球が回る。
「湧くッ! 降りるッ! はぁ~~‥‥。
気分いいぜ~~、ヒィィィハァァァァ!!」
蕩けそうな溜め息を漏らし、金切り声のシャウト。
目をガンと見開き、舌を口から垂らし、エレキを鳴らす指だけが忙しく動いている。
魔法とは、心の強さに影響される。
影響されてしまうから、このメタラーは魔導者として優れている。
サウンドドラッグに溺れて、全能トリップしているメタラーの魔法は、彼のシャウトのように強烈であろう。
‥‥だから、docAIはセツナたちに黙っていたのだ。
この破滅的な魔導者の存在を。
「ジェインソンマジック――!」
ノクターが左手を黒き空へ掲げる。
掲げた手には、白き光。
ジェインソンマジックを乗っ取り、自分が発動するつもりのようだ。
この魔法。この世界のルール。
それは、ノクターが主役であること。
これはマストだ。
これが自分の魔法だと決めたなら、それは主人公の魔法に決定される。
光が空高く昇っていく。
エレキが絶叫する。
黒いインクが、空に逆流して光に注がれる。
干渉している。神の力に。
表面ではなく、深く、本質的な部分まで。
それが持つ、権能の部分まで。
この狂ったアーティストは愚かにも、神にセッションを挑んでいるのだ。
怖いもの知らず。
神にさえ「ファックユー」と、6本のラインとピックで挑発をする。
白い光が、黒い空へ浮かぶ。
空に浮かぶ月明かりとなる。
光が強く輝くも、地上は暗く照らせない。
ドラム缶の炎が、月明かりを掻き消す。
月が空で巨大化をする。
空に、白い穴が開いていく。
‥‥インクが足りない。
巨大化した光が、イカした歪みを調律してきやがる。
「お前らァァ! 最終決戦の時間だァァァァァ!!」
切り札を使う。
アーティストの武器は、楽器。
「決戦の前に、モッシュ行くぞォ!!
ヴォイ! ヴォイ!」
ライブ会場に人が増える。
一方通行の草原を、髑髏化粧をした人々が埋め尽くしていく。
ボルテージが高まっていく。
――ヴォイ! ヴォイ!
――ヴォイ! ヴォイ!
草原に、人の波ができる。
人の衝突により、ドラム缶が倒れる。
倒れたことなどに気付かずに。
人々は、焼けている焚き木を踏みつけ、飛んでは跳ねる。
ドラム缶を倒してしまうほどに、人が密集している。
ドラム缶に気付かぬほどに、人が熱狂している。
鉄条網に囲まれた廃倉庫の敷地を、コープスパーティーが埋め尽くす。
――ヴォイ! ヴォイ!
――ヴォイ! ヴォイ!
一般人と化したセツナは、熱狂する骸骨たちに埋もれる。
JJたちと合流などできない。
押されては揉まれて、呼吸もままならない。
じつは、ジェインソン男が5時の方向、1メートルのところに居るのに、気づけない。
ジェインソン男も、セツナに気付けない。
中背のセツナは、人込みに溺れている。
――ヴォイ! ヴォイ!
――ヴォイ! ヴォイ!
(何をするつもりだよ‥‥。)
セツナよりも体格の良いJJは、この混沌の中でも、自分の居場所を確保していた。
どこからともなく集まって来る群衆の中で頭ひとつ分背が高く、高い視点から、ステージでイっているノクターを見ている。
サウンドに乗れていないJJの両肩を、後ろから群衆の1人が強く叩く。
ヴォイ、ヴォイと、JJにサウンドに乗るように促す。
――ヴォイ! ヴォイ!
――ヴォイ! ヴォイ!
ダイナはダイナで、群衆と喧嘩を始めていた。
ノクターを1発ぶん殴ってやろと息巻き、邪魔する連中を片っ端から殴り飛ばしている。
彼のペースに付き合っていたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。
こちらは、命がけで魔法災害で戦っているのだ。
ふざけるのは、ゲームの中だけにしておけと、彼にしては珍しく、冷静さを欠いている。
――ヴォイ! ヴォイ!
――ヴォイ! ヴォイ!
‥‥‥‥ヴォォォォォォ‥‥!
コープスウェーブの潮目が変わった。
ノクターの合図に従って、群衆が2つに割れる。
人の海が割れた。
2つに。
ノクターが、割れた草原の上を、手を掲げて走る。
くるりと回ったり、群衆の肩を叩いたり、パフォーマンスを交えて、割れた道を歩く。
セツナたちは、群衆に圧し潰されている。
暴れていたダイナも、結局おしくらまんじゅう。
ノクターは、空を指差す。
空で膨らむ白い月。
そこへ宣戦布告をするかのように。
すでに指は、エレキを弾いていない。
ヴォーカルなのに、歌ってもいない。
けれど、彼の魔力は増幅し、高まっている。
ノクターに指名された月は、コール&レスポンス。
‥‥月の中に、雲が見える。
雲が、月の中心へと吸い込まれていく。
あの月は、どこかへ通じているようだ。
風が出てきた。
下から上へ向かう風だ。
月が、草原を飲み込み始めた。
――ヴォイ! ヴォイ!
月が起こした嵐にも、群衆の熱狂は止められない。
群衆の中に、月に吸い込まれる者が出ても、ライブは止まらない。
むしろ、月の力が強くなればなるほど、ライブの熱量も上がっていく。
どいつもこいつも「ファックユー」。
ノクターに毒されて、月を挑発するのだ。
もはや、ここまで来ると――。
もう、この空気の衝撃が心地よくなってくる。
最終決戦。
神だろうが何だろうが、やってやろうと言う気になる。
理屈ではない。
魂が、ロックに奮い立つ。
ノクターがメロイックサインを空へ伸ばす。
2つに割れた群衆も、空にメロイックサインを送る。
セツナにJJ、ダイナ。
それから、ジェインソン男もサインを送る。
会場の心は、ひとつになった。
「ウォール・オブ・デス!
スリー! ツー! ワン――!」
クラッシュ!!!
シャウトと熱狂の果て――。
人の波が、月の下でぶつかり合った。
それは、モッシュと呼ばれる、ライブのパフォーマンス。
群衆が真っ向からぶつかるこのパフォーマンスは、とても危険なモッシュ。
けれど。
危険だからこそ、気分が高揚するのだ。
会場がひとつになるのだ。
‥‥最高のサウンドだ。
人生最高と言っていい。
ウォール・オブ・デス。
2つの波がぶつかり、砕けた。
会場は静かになった。
マイクが草原に転がり、人々に踏まれて消えた焚き木が、煙を上げて燻っている。
‥‥‥‥
‥‥
「うっ‥‥、くぅ~~。」
頭が痛い、ジンジンする。
額に手を当てながら、倒れていた上体を起こすダイナ。
「ヴォイ? 立てるか?」
上から掛けられた声。
伸ばされた手。
それに、ため息を返す。
ダイナの受難は続く。
手を伸ばす。
差し出された手を借り、立ち上がる。
差し出された手は、指の皮膚が固かった。
ギターを使い込んだ者の指だ。
「ありがとう。」
一応、礼を述べる。
ダイナに手を貸したのは、言わずともがなノクター。
彼は、ダイナの礼に対し、両手でメロイックして、舌を出す。
‥‥どういう感情なのだろう?
逃避するように空を見上げれば、青い空。
ウロコ雲が青い空を覆っている。
青い空の足元は、青々とした草原。
クローバー、だろうか?
辺り一面、クローバーの草原。
――地平の彼方まで。
草原の所々には、背の低い岩。
白い岩が、巨獣の牙のように突き出している。
そして、このただっぴろい草原に立っているのは、3人。
ダイナ、ノクター‥‥。
紫衣を着て、白い狐の布面を被った女性。
魔力。
微かにだが、月の香りがする。
ダイナに七行魔法を託した満月の女神。
うっすら、彼女に似た気配を感じる。
ミントのように清涼でもあり、花橘のように、むせ返るほど鼻腔に纏わりつく。
涼しく、しつこい、二面性のある香り。
薄い布の面を被った女性は、片足立ちで、両腕をぷらぷらと遊ばせている。
黒く長い髪をかんざしで止めて、ゆったりと手が隠れるほどに長い袖を、規則正しく波打たせている。
魔法のことなど、まだまだ分からないだらけだが‥‥。
直感する。
この女性は、神。
その、小さな小さな破片なのだと。
「これが、最終決戦?」
ノクターに問う。
ノクターは、伸ばした舌をぶらぶらと左右に動かす。
肩に掛けていたギターをシャラリ、鳴らす。
ソ、シ、レの音。
おそらくGコード。
明るい色だから、たぶん「Yes」という意味。
「コイツは、大ボスの取り巻き、四天王だな。」
‥‥普通に話せるなら、普通にそうして欲しい。
「セッションを続けるぜ! ヒィィィハァァァァ!」
‥‥分からない。
災害よりも、ノクターのことが。
ダイナは居合刀を握る。
腰だめに構える。
彼の横では、ノクターが頭を振っている。
奇妙な共闘。
「ヴォイ? お前、ドラムはできるか?」
「ドラムね~‥‥。」
ダイナは居合刀の鯉口を切る。
火散と音立てて覗くのは、ぬらり濡れた銀鉛。
柄と鞘の狭間で閃いて、ノクターの視界に刺さる。
「ピアノなら、弾けるんだけどね。」
奏でられるGコード。
「ほう? ピアノか?
つまり打楽器だな?
クラシックなら何が好きだ?」
「‥‥モーツァルトのピアノソナタ。
11番の第3楽章。」
Gコード。
「良い趣味だ。良いドラマーになれるぜ、お前。」
――コートの衣擦れ。
カーキ色のコートが揺れる。
ナイフの柄に触れる。
「どうして、バンドマンは人をドラマーにさせたがるかな~?」
軽口を叩きながら、膝を抜く。
腰が落ちて、構える。
ノクターは、ギターを抱えて、頭を振っている。
‥‥‥‥。
袖触れ合うのも多少の縁。
一期一会。
人生には、様々な出会いがある。
奇妙な縁もある。
セツナとフロントさん。
JJと八車。
自分だったらブーマーだ。
‥‥と、思っていたら。
自分の横に今いるのは、コレ!
「へっ! 最高の即興曲 (アンプロンプチュ)にしようぜ!」
ダイナとノクター。
即興コンビが挑むは、腫瘍の輩。
散神の双眼。
最終決戦の火蓋は、音も無く抜き放たれた刀によって切られた。
‥‥‥‥
‥‥




