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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
8章_堕落の弾丸

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8.15_右手に太陽を、左手に悪魔を。

――自由とは何か?



それは、自分の思うように生きること。


思うままに生きて、死ぬ。

それが自由。


だが、本当にそうなのだろうか?


自由を追い求めても、追いかけても。

伸ばして掴んだ手の中には、何も無い。


まるで、虹のようだ。


虹の足元は、すぐそこに見えているのに――。

追い求めても、追いかけても、決して虹の足元には、たどり着けない。



分かったことがある。

自由とは、決して手に入れることはできない。


少なくとも、それに憧れている限りは。


‥‥だから。

蝶の羽は、もがくためにある。





悪夢だ。

目の前の光景をそう言わずして、何と形容しよう。


ルフランは、イバラの厄災を呼び寄せた。


彼女は知っている。

この厄災が、この海原に伸びたイバラが、赤龍を呼ぶことを。



「くふふ――。

 厄災を止めたくば、戦う他ありませんわ。


 わたくしと踊りましょう。

 この舞台の主役は、あなた方です。

 ‥‥夢戻りの、エージェント。」



ルフランは、セツナたちを舞台に誘い、戦艦から姿を消した。


魔力野が、彼女の気配を追っている。


浮島の上だ。

空にそびえる魔法界の遺跡に、彼女は居る。


CEを駆るジャッカルが、3人に通信を入れる。



「行け! あの女を止めろ!

 雑魚は俺たちが引き受ける!」



エージェントのCEが、イバラの龍を囲む。

傭兵のCEは、鳥マスク集団の兵器を相手取る。


赤龍が来る前に、ルフランたちを止めなければ‥‥!


なのに。

それなのに、スマートデバイスが鳴動する。


レッドアラート。

裁縫針で肌を引っ掻かれるような感覚が、背後から。


背後の、断崖の孤島から。

‥‥アゲハが、目覚めてしまった。


セツナが、スマートデバイスのアラートを止める。

JJとダイナ、2人と目が合う。


自分たちがすべきことは、分かった。

やるべきことも、決めた。


ダイナが、灰色の杖を召喚する。

風の力を付与した杖を、セツナに渡す。



「使って。長くは持たないけど、役に立つはずだよ。」

「ありがとう。」



それを見たJJは、自分も何かを渡したいと思い、インベントリを開く。



「俺からは、コイツだ。セツナなら、上手く使えるだろ?」

「ありがとう。上手く使ってみる。」



JJから、量産型パイルバンカーを受け取り、インベントリにしまう。

灰色の杖を持ったセツナが、クルーザーから飛び降りる。


彼が断崖を駆け上がるのを見届けて、クルーザーは無人島から離れていく。


アゲハは、セツナに任せる。

JJとダイナが、ルフランとナイスデイの相手。


残りの人員は、雑魚の相手。


クルーザーは、浮島へと続くイバラの麓へと進む。


この戦いは、山場となる。

全員にとって。



‥‥‥‥。

‥‥。



高さ10メートルの石崖を登る。

島の中心を見れば、そこには小さな花畑。


その上に、アゲハが羽にくるまれ、(さなぎ)になっている。


蛹の周りには、魔力の渦ができている。

ラベンダー色をした、淡い紫の魔力が、蛹に集まっている。


――羽化が始まる。


背中の翼を、広げる。

戦いで傷つき、穴の空いていた羽は、今では艶やかで瑞々しい。


魔力の朝露が、羽から零れ落ち、足元の花畑に滴る。


野草の花畑は、蝶の朝露を浴びて、変質する。

黄色や青色をした、小さな名も無き花が、穢れた植物へと姿を変える。


刺々しく、魔界に挿す花のようだ。

花弁は、悪魔の歯型じみていて、おぞましい。


目覚めの、朦朧とした意識のなかで、アゲハはうわ言を呟く。



「セ‥‥ツ、ナ。‥‥たすけ、て。」



セツナは、右手を地面へ向ける。

魔導ガントレットを失った右手に、太陽の力を封じる。


ブレイブゲージも無ければ、Ultも無い。

挙句の果てに、武器さえも壊れてしまっている。


だけども、この程度で諦めるほど、ゲーマーはヤワでは無い。



「‥‥助けるよ。そのために来た。」



初めて会った時は、彼女に翻弄されっぱなしだった。

だが今回は――、蝶を捕まえてみせる。


アゲハの瞳から生気が消える。

虚ろな瞳が、爛々と赤く燃え上がる。


ゆったりと宙を舞い、強く羽を動かす。


足元の花を散らしながら、アゲハが突っ込んで来る。

羽による加速と、ディヴィジョナー由来の怪力を込めた、右の拳。


セツナは、ダイナから受け取った灰色の杖を構える。

鞘に納められた杖で、アゲハの拳を受ける。


アゲハの拳に、蝶の羽のような模様が浮き上がる。

女性の手が、甲虫の外骨格みたいに固くなる。


セツナは力負けし、地面を転がる。

固い岩の地肌が、ゴツゴツと背中を殴る。


受け身を取り、しゃがんだ姿勢で後退る。

アゲハが爪を鋭く伸ばし、喉を狙う。


セツナは、後ろに倒れ込む。

背中を地面につけ、脚を振り上げる。


爪をやり過ごし、火炎を纏う蹴りが、アゲハの腹に命中。


アゲハが、宙へと浮き上がる。

セツナの背中から、赤いエフェクトがズルズルと伸びていく。


蝶が、空で羽を大きく広げる。

大きく広げ、大きく羽ばたく。


紺碧と黒の模様を持つ羽から鱗粉が――。

青く小さな蝶の群れが、無人島へと襲い掛かる。


鱗粉を結晶化させた、青い蝶。

アゲハの羽ばたきによって風に乗り、花吹雪となって無人島に降りかかる。


セツナは、足に稲妻を宿す。

霹靂と地上を駆けて、断崖から飛び降りる。


彼の背後で、島に収まりきれなかった蝶が海上へを舞う。


直径100メートルほどの島を、アゲハの鱗粉が覆いつくしたのだ。



(弱っていたんじゃないのか‥‥!)



表情には出さないが、内心で冷や汗を流す。

昨日、あれだけの重傷を負っておいて、なおも衰えぬ力。


あるいはこれは――、昨日以上。


確かに、アゲハは傷を負っている。

まだ、全快には至っていない。


だが、昨日の戦闘によって進化をしている。


侵略種の因子が、より身体と魂に定着し、より大きな力を使えるようになっている。


手負いという考え方は捨てた方が良い。

セツナは、そう判断する。


アゲハが、自らが撒き散らした蝶の花吹雪を抜ける。

崖を走り、絶海へと下るセツナを追い抜き、海面へ。


羽を、羽ばたかせる。


蝶の花吹雪。

海面から、崖に向けて。


セツナの背後には、島を占領する蝶の花吹雪。

眼前には、海上から崖を上る花吹雪。


上と下、花吹雪でセツナの逃げ道を塞がれた。



セツナが、灰色の杖を引き抜く。

右手に風の力が宿り、抜刀が竜巻を巻き起こす。


ダイナの起こす竜巻よりも幾分か小さな風が、海上から崖を上る蝶の群れに、風穴を開ける。


そこへ身投げをするように滑り込む。

花吹雪をやり過ごし、海面に着地する瞬間、足に稲妻を纏う。


稲妻の力で、海面を走る。

魔法剣の切っ先をアゲハに向け、突きを放つ。


灰色の杖と呼ばれる魔法剣は、刃引きがされていない。

魔法による抜刀攻撃でのみ、魔法剣として機能する。


しかし、鈍器として使うのならば、話しは別だ。


速度の乗せた突き攻撃は、魔力が通っておらずとも、物理的な威力がある。


セツナの突進突きを、アゲハは横に回避した。


セツナは方向転換。

足に火炎を纏い、身体を旋回させる。


剣を持ち変える。

抜き身の剣の、切っ先を握り込む。


刃引きがされていない剣は、素手でも握り込むことができる。


剣を横に振るう。

方向転換の遠心力が、剣に伝わる。


剣の(ガード)の重みが、遠心力を増幅させる。


剣の鍔で、アゲハを攻撃。

アゲハは宙へ跳び、攻撃を躱し、セツナの背後に回り込もうとする。


剣の遠心力の使い、アゲハの方へ振り向く。

左腕から、マジックワイヤーを射出。


ワイヤーで、蝶を捕まえようとするも――。

この技はすでに、何度も見せている。


アゲハの姿が消える。

小さな蝶の群れを残して、テレポート。


テレポートの隙を付き、魔法剣を鞘に戻す。

魔力野でテレポートの移動先を探り、現れたところを――。



「――――!?」



意表を突かれた。


反応が遅れる。

カウンターのチャンスを逃す。


セツナの足元で、水しぶきが上がる。

水しぶきの中を、蝶の花吹雪が舞う。


‥‥海中だ。

アゲハは、海の中にテレポートしていた。


蝶を追いかけようと、空中ばかりに意識が向いていたセツナは、意表を突かれる。


花吹雪から逃れるように、バックステップを踏む。


海の中から、腕が伸びてくる。

セツナの足首を、蝶が捕まえた。


海の中に引きずり込まれる。


足に稲妻を纏い、振り払おうとする。

しかし、アゲハは有無を言わさず、彼に抱きつく。


侵略種の怪力で抱き寄せ、首筋に唇をつける。

生命力を、啜っていく。


背中の羽で獲物を包み込み、逃げられないように。

深い海の中で2人きりとなり、生命力の一滴まで啜って奪っていく。


セツナは苦し紛れに、魔法剣を抜刀する。

弱い竜巻が、海を割る。


海の谷が出来上がり、セツナは一時(いっとき)だけ海水の拘束から解放される。

だが、まだ蝶はまとわりついたままだ。


魔法剣の腹を握り込む。

スキル発動 ≪炎撃掌≫ 。


右手に封じていた太陽が、魔法剣へ流れていく。

握り込んだ刃が、熱を帯びて赤熱する。


ただ魔力を伝導させただけの、魔法剣。

これを、アゲハの背中に突き刺す。


熱帯びた刃が、アゲハの背中を貫いた。


切っ先は、焦げ臭い煙を上げる。

アゲハの腹を貫通し――、セツナの背中から突き出た。


自傷覚悟の一撃により、アゲハの顔がセツナから離れる。


パッシブ「双子の火星」発動。

離れた蝶の顔に、2つ目の太陽が迫る。


≪炎撃掌≫ がアゲハの顔面を捉える。

セツナの腹から剣が抜けて、アゲハは割れた海の谷に飲まれる。


割れた海が復元されていく。

谷に海水が流れ込み、セツナも海に飲まれる。


息を吸い込み、海に沈む。

足に雷を宿し、突進。


腹から剣先が飛び出しているアゲハに、膝蹴りを浴びせる。

膝が腹に命中し、剣が抜ける。


海に沈む魔法剣を、マジックワイヤーで回収。


ワイヤーで掴み、 ≪ライトニングアクセル≫ で浮上。

海中から脱出し、セツナは空へと飛び立つ。


水中から花吹雪。

それを空中ジャンプで躱す。


アゲハが、海中から飛び出す。

花吹雪の上昇気流に乗り、セツナへ襲い掛かる。


‥‥納刀している隙が無い。


右手に握った魔法剣を投げつける。

羽を持つアゲハは、投擲を事も無げに回避する。


スキル発動 ≪魔女の一撃≫。

スキルの出始めをキャンセル。


Zキャンセル後、 ≪ライトニングアクセル≫。

魔女の力が、雷に付与される。


スキル発動 ≪魔女のライトニングアクセル≫ 。


セツナの姿が消え、アゲハの上を取る。

黒い稲妻を宿した右手で、手刀を放つ。


黒い落雷を、蝶は足で受け止めた。



「ぐッ‥‥!?」



魔女の力を付与したスキルは、攻撃がパターン化している。

そのため読まれると、ほぼ確実にカウンターを合わせられる。


頭上から落雷を落とすセツナの腹を、アゲハは蹴り上げた。


彼女は空中で自由に体勢を変えて、足裏を腹に叩き込んだ。

セツナの表情が歪む。


‥‥それでも、作戦通り。

マジックワイヤーをアゲハに撃ち込む。


蝶のカウンターキックにより、セツナの身体は宙に浮く。

ワイヤーの力でも巻き取れない。


ワイヤーに上方向の慣性が蓄積されていく。

吹っ飛ぶ力が減衰する前に、ワイヤーを即座に切り離す。


ベクトル反転。

ワイヤーに蓄積されていた上方向の慣性が反転、下方向の慣性に変化する。


上に吹っ飛んでいたセツナが、下に吹っ飛ぶ。

スキル ≪ブレイズキック≫ 発動。


下方向の慣性がいっそう強まり、加速する。


勢いよく下に吹っ飛び、自分を蹴り上げたアゲハへ逆襲。

燃え盛る足が、アゲハの胸を穿つ。


蝶と共に、固い海面に落ちる。

水は、勢いよく着水すると、石のように固くなる。


先ほど投げつけた魔法剣すら追い抜いて、アゲハとセツナは海に飛び込んだ。


セツナが海をいち早く這いだし、魔法剣を掴む。

納刀しながら、孤島の断崖へと避難する。


壁に張り付いて、呼吸を整える。


消耗が激しい。

体力が、すでに半分を下回っている。


ブレイブゲージも無ければ、体力回復のアイテムも無い。

このペースで消耗しては、身が持たない。


海がざわめき、孤島が揺れる。

海から、蝶の嵐が巻き起こり、島を襲う。


断崖を駆けあがり、嵐から逃げる。


嵐は断崖を駆け上り、空を目指して飛び立っていく。


右手で、剣の柄を握り込む。

抜刀の構え。


花吹雪を割って、アゲハが空から強襲。


――抜刀。


魔法の竜巻が、空を飛ぶアゲハを迎え撃つ。


剣に、ヒビが入る。

持ち主以外が扱っているため、魔法の力が失われつつある。


竜巻は、アゲハを捉える。

捉えて、風で煽り、切り刻む。


幾重の風刃が身体を切り裂いて‥‥、彼女は蝶と消える。

竜巻の後には、羽の折れた小さな蝶が舞い、地上へと落ちていく。


違う。

これはアゲハでは――。



(――偽物!?)



咄嗟に振り返ったセツナの喉を、蝶の爪が切り裂いた。



「こひゅ――ッ!?」



空気の抜ける音が、喉から漏れる。

反射的に左手で喉を抑えるセツナを、本物のアゲハは蹴り飛ばした。


虚をつかれ、喉を掻き切られたセツナに、その攻撃を避ける術は無く。


セツナは、断崖から空へと飛び立つ蝶の花吹雪に巻き込まれた。

魔力の結晶である蝶が、セツナの身体を傷つける。


傷口から、砕けた結晶の破片が、蝶の鱗粉が、蝶の毒が侵入する。


身体から、力が抜けていく。

目の前が、暗くなっていく。


崖に手を伸ばすも、震える手はあまりにも非力すぎて。

隼は、力無く海に落ちて行った。



‥‥‥‥。

‥‥。





孤島に1人、アゲハが立っている。

彼女の足元には、赤く濡れた剣の鞘。


主を失った鞘は、その場で消えてしまう。


蝶が、崖へと歩いていく。

赤い瞳で、海を見下ろす。


落ちた隼が死んだことを確認するために、海を睥睨(へいげい) (※)する。

※威圧しながら睨みつけること。


セツナが上がってくる様子は無い。

断崖には、ただ白波が打ち付けている。


波の音は、背後に広がる厄災によって掻き消され、聞こえない。


アゲハがふらつく。

片手で頭を抑えて振り返り、よろよろと島の中心へと向かう。


左眼から、涙が溢れ、零れる。



――そう、これは悪い夢。

セツナが、私に負ける訳が無い。


助けるために来たと、彼はそう言ってくれた。


なのに‥‥。


なのに、いま――。

自分は、悲鳴を上げることもできない。


悪夢に震え、泣きじゃくることさえ、この身体は許してくれない。

‥‥‥‥。


流れた涙は、拭われることもなく、彼女の頬の上で乾いて消えた。



その時である。

海から、太陽が昇った。


太陽の光が、太陽の柱が、海から昇った。

太陽の柱は、孤島を掠め、空へと伸びて消えていく。


赤い双眸(そうぼう)が海を見る。

太陽の昇った、海を。



「‥‥くそ、外したか。」



隼だ。

海の中から、立ち上がった。


セツナは、左手に握っていた注射器を捨てる。


対ディヴィジョナー用の特効薬、コーリング。

彼はこれを、自分に打ち込んだのだ。


先ほどの ≪不完全なパイルドライバー≫ は、注射の効果。

セツナは、特効薬の持つディヴィジョナー因子の鎮静効果を利用し、再び立ち上がったのだ。


Ultに目覚めたエージェントの身体には、2つの大きな力がせめぎ合っている。


ひとつ、覚醒したディヴィジョナー因子。

ひとつ、女神から奪った龍の力。


覚醒した侵略因子は破滅をもたらし、龍の力は人の身に余る。


だがしかし、これを同時に取り込むことにより、エージェントは正気を保っている。

毒を以て毒を制すの関係だ。


侵略因子を龍の力が殺し、龍の力を侵略因子によって耐える。


この関係性をセツナは利用した。

すなわち、特効薬によって、侵略因子の覚醒を一時的に鎮静化させる。


すると、身体の中では、龍の力が優位となる。

人間の身に余る力で、蝶の毒を解毒。


身体が自壊する前に、身体を食い破ろうとする龍の力を放出。


不完全なパイルドライバーは、暴走する龍の力を、そのまま外へ垂れ流しただけ。

ついでに不意打ちも出来れば良かったが、それは失敗に終わった。


大火傷している右手で、濡れた顔を拭う。


上手くいくかは賭けだった。

‥‥いや、賭けという行為にすら満たない、見苦しい悪あがきだった。


遠のく意識で、とにかく手あたり次第、使えそうな物を探した。


探して、光明を掴んだ。

もう一度だけ、立ち上がることを許された。


勇気は底を尽き、体力も底が見え――。

その上で悪あがきをして、やっと――、やっとスタートライン。


唯一、身体に満ちている闘志を、左手に込める。

左手で、コアレンズを握りつぶす。


パッシブ「悪魔の左手」発動。

AGを2本消費、エマージェンシーコアを使用。



エマージェンシーコア × ライトニングアクセル = 天魔の蹄



コアレンズを砕いた瞬間、セツナの左手がひび割れる。


エマージェンシーコアの代償。

ガントレットでの制御や中和を行わずにレンズを使用したため、左腕に力が入らなくなる。


手の甲に入ったひび割れを、焼け爛れた右手で抑える。

状況は最悪だが、問題ない。


セツナの脚に、銀色の足甲(グリーヴ)が装備される。


スキルも使わずに、海の上に立つ。

海の上を駆け、空を駆け、孤島の蝶の元へ。


天魔の蹄は、機動力を大幅に強化するEXスキル。

攻撃性能の向上には乏しいが、空を自由に駆けることができるようになる。


この蹄があれば、蝶と対等に戦える。

空中戦に、ついていくことができる。


――例え、海の上であっても。


死に体の隼が、空からキックを放つ。

上から強襲する攻撃は躱されて、アゲハは空に逃げる。


それを、セツナが追いかける。


彼女と同じ速度。

そこより更に加速して、自由な蝶を上回る速度で。


スキル ≪天魔のライトニングアクセル≫ 。


通常のライトニングアクセルを超える速度で踏み込む。

蝶が大きく羽ばたく前に懐へ潜り込み、右の拳を振るう。


拳は、アゲハの左腕にいなされる。

大火傷を負っている拳は威力が乗らず、アゲハの左腕に払い落された。


アゲハのカウンター。

右のジャブで、顔を狙う。


それをセツナは、ひび割れた左手で受ける。

完全にジャブを受け止められず、自分の左手が顔に直撃する。


手のひび割れが、広がっていく。

陶器が割れるみたいに、ひびが深く広くなっていく。


よろめくセツナに、ハイキックが迫る。


大きく後ろに捌きながら、右手をホルスターに収めたリボルバーへと伸ばす。


アゲハのコンビネーション。

顔を狙ったハイキックが空振ってすぐ、素早く中段蹴りを放つ。


中段蹴りが、腹部を捉える。


くの字に折れ曲がるセツナの背後に、蝶が飛ぶ。


フロントフリップをしながら、左手の袖からワイヤーを伸ばす。

細く、隠密性に長けた、蝶の鎖。


盗みを働こうと、ワイヤーがリボルバーに伸びていく。


‥‥ワイヤーが防がれた。

鉄の塊に。


赤い瞳に、動揺が走る。



「遠慮するな、受け取れ!」



セツナは、インベントリから取り出したパイルバンカーを、燃える足で蹴り飛ばした。

アゲハは欠陥兵器を押し付けられ、見事に直撃を受ける。


リボルバーを奪おうとしたら、とんでもない物を掴まされた。


自我を乗っ取られようと、彼女の手癖の悪さは健在。

それは、昨日の戦いで分かったことだ。


それを逆手に取った、誘いパイルバンカー。

まんまと罠に掛かって、アゲハは蹴り飛ばされた鉄塊の直撃を食らった。


セツナが、パイルバンカーにワイヤーを射出。


パイルバンカーは、脇に抱えるほどに大きな銃。

引き金を引かずとも、鈍器として使える。


ワイヤーで手繰り寄せた鉄塊を、再び蹴り飛ばす。

再び、アゲハに鉄塊が命中する。


飛ぶ欠陥兵器に対して、アゲハは反撃する。

風の魔力を使い、手元に刃を生み出す。


羽を軽く羽ばたかせ、風の刃をいくつも飛ばす。


セツナは、ワイヤーでパイルバンカーを手元へ。

銃を縦に構える。


鉄塊を、縦に構えて盾にする。

風の刃を、パイルバンカーが弾いていく。


スキル ≪天魔のライトニングアクセル≫ 。

風の刃を弾きながら、シールドバッシュ。


パイルバンカーによる、シールドバッシュ。


アゲハに突進を浴びせ、鉄塊を押し付ける。

怯んだアゲハに向けて、銃を構える。


右手で銃を握り、脇に構えて、銃口をアゲハに押し付けようと試みる。


蝶は、冷静さを取り戻す。

両手で銃口を握り、逸らす。


重症の右手では、怪力に抗えない。

あっさりと明後日の方向を向いて、狙いを逸らされる。


アゲハが、手の中で風を疾らせる(はしらせる)

丈夫なパイルバンカーと言えども、無理な使い方に何回も耐えられない。


もとより、これは量産品の使い捨てだ。

本物よりも、耐久力も威力も劣るのだ。


風の刃と圧力で、パイルバンカーは壊れてしまう。

銃身がバラバラに崩壊し、火薬が意図せず炸裂して、銃の残骸と共に弾ける。


宙に舞う残骸の中に、無傷の杭が残っている。

銃身に格納されていた杭だ。


セツナがそれに手を伸ばすも、先にアゲハが杭を奪取。

鉄の棒で、セツナを殴りつける。


左手で受ける。

腕のヒビが広がり、空から叩き落とされる。


何とか空中で体勢を整える。

空を駆けて、頭上から降りしきる小蝶の花吹雪を避ける。


避けた花吹雪が、眼下の孤島に広がり、覆いつくす。


セツナが、アゲハの元へ駆け上がる。

力の入らない左手を、握りしめる。


左手で、ボディブロー。


もう、まともに腕が使えないと分かっているアゲハは、これを無視。

ボディブローが到達するよりも速く、セツナの顔を殴りつける。


追撃、パイルバンカーの杭を、セツナの右腿に刺す。

隼から、自慢の空を走るスピードを奪う。


‥‥エンジンが掛かるのが遅かった。

蝶と同じ土俵に上がるまでに、ダメージを負い過ぎた。


やっと対等な空の戦いに持ち込めても、それまでに失った物が多すぎる。


ディスアドバンテージを、詰められない。

差が、縮まらない。


アゲハが、右手の爪を伸ばす。

完全にトドメを刺そうと、構える。


爪を構え、突き刺す。

その瞬間――!


セツナが、握っていた左手を開いた。

手の中から、小さく砕けたガラス片が飛び散る。


空のポーション瓶を割って作った、目潰しの暗器。

ガラス片は、赤い眼を狙い、アゲハに人間的な反射を誘発させる。


目潰しに対して、咄嗟に身を退き、目を腕で守る。


反撃のチャンス。

セツナは、腿の杭を引き抜く。


杭は空から海に捨てる。

これを振るえるほどの握力が無い。


脚に装備した天魔の蹄に物言わせて、連続蹴り。

筋肉の瞬発力を超越した連続蹴りを浴びせ、押し込んでいく。


ラッシュで畳み掛けるも――。

しかし、火力が足りない。


蹄の火力不足が露呈する。

このラッシュでは決めきれない。


連続蹴りが脅威でないと、アゲハが悟ると、彼女は即座に反撃へ転じる。


テレポートで背後を取り、腕が死んでいるセツナの側頭部を狙い、回し蹴り。


避けられない。

半ば蹄に振り回されるように放っていた攻撃のせいで、避けられない。


左手を回し蹴りに合わせる。

ひび割れた腕で、蝶の蹴りを受け、左腕が砕けた。


木の枝が燃え尽きるように、ひび割れから火が噴き上がる。

火花が起きて、腕が服の袖ごと無くなった。


腕に装備していたスマートデバイスが、空から落ちて、孤島に強く叩きつけられた。



回し蹴りを受けること叶わず、直撃――。

しないように、回避もしている。


左手が稼いだ、一瞬の猶予。

不可避の攻撃に、回避の余地を作った。


アゲハの靴が、セツナの左頬を抉り取る。


――右手を、強く握り込む。

姿勢を戻す力を使い、右腕を下から上に振り上げる。



と、見せかけて。


パッシブ「悪魔の左手」。

AGを1本消費。



「‥‥あああァ!!」



砕けた左腕が、根元から生え変わる。

泥のような油を滴らせる、異形の左腕。


失った腕が、異形となって生え変わるなど、完全に意識の埒外。


悪魔の手が、蝶を袈裟斬りに切って捨てた。


蝶の身体に模様が浮かび、皮膚を硬化させるも、悪魔の爪が易々と肉を削ぐ。

爪を濡らす泥が、傷口を腐らせ、蝶の体力を奪う。


セツナの右手が、太陽を掌握する。

スキル ≪炎撃掌≫ 。


守りが薄くなった身体に、太陽を捻じ込む。


アゲハの羽に、火が付く。

羽が燃えて消えていく。


悪魔の爪が、もう一度、襲い掛かる。


右上から左下へ、先ほどとは反対方向。

袈裟斬りが身体を裂き、硬質な守りを腐らせる。


蝶は、羽を維持できなくなり、明滅させる。


悪魔の左手が、消える。

右手に、太陽が昇る。



――トドメの一撃。

2度目の太陽が、アゲハの身体に捻じ込まれた。


太陽の熱が身体を突き抜け、背中の羽を完全に焼き切った。


アゲハの瞳から、赤い光が失せる。



「セツ‥‥ナ。」



インベントリから、特効薬を取り出す。

注射器を、彼女の首筋に打ち込んだ。


特効薬を注射されると、アゲハの身体は糸が切れたように力が抜ける。

瞳を閉じ、空から落ちていく。


火傷した右手で彼女を抱きかかえる。

それから、ゆっくりと、地上へ下りていく。


スマートデバイスで確認するまでも無い。


アゲハは正気に戻った。

侵略因子は鎮静化され、宿主を侵すことができなくなった。


孤島に着地し、アゲハをそっと寝かせる。

かろうじて残った小さな花畑に寝かせて、少しでも安静にさせる。


セツナは、左肩を右手で抑える。

服の袖ごと無くなった、左腕の調子を確認する。


ここはセントラルだ。

戦いが終われば、何事も無かったかのように生えてくるだろう。



アゲハを救出できて、ホッとひと息。

‥‥なんて付けないのが、この戦場である。


一難去ってまた一難。


空が暗くなったと思ったら、浮島の方で、大きな魔力の放出があった。

紫色の、巨大な光線。


天蓋の大瀑布が如き奔流が空に流れ、青空を紫色に染めた。


暗くなった空は明るさを取り戻し、だけども紫色した魔力が霧散することなく残っている。



「ダイナ‥‥。」



セツナの、友を呼ぶ声は届かない。

全ては、空に広がる紫が遮り、吸い込んでしまう。



‥‥‥‥。

‥‥。



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