8.15_右手に太陽を、左手に悪魔を。
――自由とは何か?
それは、自分の思うように生きること。
思うままに生きて、死ぬ。
それが自由。
だが、本当にそうなのだろうか?
自由を追い求めても、追いかけても。
伸ばして掴んだ手の中には、何も無い。
まるで、虹のようだ。
虹の足元は、すぐそこに見えているのに――。
追い求めても、追いかけても、決して虹の足元には、たどり着けない。
分かったことがある。
自由とは、決して手に入れることはできない。
少なくとも、それに憧れている限りは。
‥‥だから。
蝶の羽は、もがくためにある。
◆
悪夢だ。
目の前の光景をそう言わずして、何と形容しよう。
ルフランは、イバラの厄災を呼び寄せた。
彼女は知っている。
この厄災が、この海原に伸びたイバラが、赤龍を呼ぶことを。
「くふふ――。
厄災を止めたくば、戦う他ありませんわ。
わたくしと踊りましょう。
この舞台の主役は、あなた方です。
‥‥夢戻りの、エージェント。」
ルフランは、セツナたちを舞台に誘い、戦艦から姿を消した。
魔力野が、彼女の気配を追っている。
浮島の上だ。
空にそびえる魔法界の遺跡に、彼女は居る。
CEを駆るジャッカルが、3人に通信を入れる。
「行け! あの女を止めろ!
雑魚は俺たちが引き受ける!」
エージェントのCEが、イバラの龍を囲む。
傭兵のCEは、鳥マスク集団の兵器を相手取る。
赤龍が来る前に、ルフランたちを止めなければ‥‥!
なのに。
それなのに、スマートデバイスが鳴動する。
レッドアラート。
裁縫針で肌を引っ掻かれるような感覚が、背後から。
背後の、断崖の孤島から。
‥‥アゲハが、目覚めてしまった。
セツナが、スマートデバイスのアラートを止める。
JJとダイナ、2人と目が合う。
自分たちがすべきことは、分かった。
やるべきことも、決めた。
ダイナが、灰色の杖を召喚する。
風の力を付与した杖を、セツナに渡す。
「使って。長くは持たないけど、役に立つはずだよ。」
「ありがとう。」
それを見たJJは、自分も何かを渡したいと思い、インベントリを開く。
「俺からは、コイツだ。セツナなら、上手く使えるだろ?」
「ありがとう。上手く使ってみる。」
JJから、量産型パイルバンカーを受け取り、インベントリにしまう。
灰色の杖を持ったセツナが、クルーザーから飛び降りる。
彼が断崖を駆け上がるのを見届けて、クルーザーは無人島から離れていく。
アゲハは、セツナに任せる。
JJとダイナが、ルフランとナイスデイの相手。
残りの人員は、雑魚の相手。
クルーザーは、浮島へと続くイバラの麓へと進む。
この戦いは、山場となる。
全員にとって。
‥‥‥‥。
‥‥。
高さ10メートルの石崖を登る。
島の中心を見れば、そこには小さな花畑。
その上に、アゲハが羽にくるまれ、蛹になっている。
蛹の周りには、魔力の渦ができている。
ラベンダー色をした、淡い紫の魔力が、蛹に集まっている。
――羽化が始まる。
背中の翼を、広げる。
戦いで傷つき、穴の空いていた羽は、今では艶やかで瑞々しい。
魔力の朝露が、羽から零れ落ち、足元の花畑に滴る。
野草の花畑は、蝶の朝露を浴びて、変質する。
黄色や青色をした、小さな名も無き花が、穢れた植物へと姿を変える。
刺々しく、魔界に挿す花のようだ。
花弁は、悪魔の歯型じみていて、おぞましい。
目覚めの、朦朧とした意識のなかで、アゲハはうわ言を呟く。
「セ‥‥ツ、ナ。‥‥たすけ、て。」
セツナは、右手を地面へ向ける。
魔導ガントレットを失った右手に、太陽の力を封じる。
ブレイブゲージも無ければ、Ultも無い。
挙句の果てに、武器さえも壊れてしまっている。
だけども、この程度で諦めるほど、ゲーマーはヤワでは無い。
「‥‥助けるよ。そのために来た。」
初めて会った時は、彼女に翻弄されっぱなしだった。
だが今回は――、蝶を捕まえてみせる。
アゲハの瞳から生気が消える。
虚ろな瞳が、爛々と赤く燃え上がる。
ゆったりと宙を舞い、強く羽を動かす。
足元の花を散らしながら、アゲハが突っ込んで来る。
羽による加速と、ディヴィジョナー由来の怪力を込めた、右の拳。
セツナは、ダイナから受け取った灰色の杖を構える。
鞘に納められた杖で、アゲハの拳を受ける。
アゲハの拳に、蝶の羽のような模様が浮き上がる。
女性の手が、甲虫の外骨格みたいに固くなる。
セツナは力負けし、地面を転がる。
固い岩の地肌が、ゴツゴツと背中を殴る。
受け身を取り、しゃがんだ姿勢で後退る。
アゲハが爪を鋭く伸ばし、喉を狙う。
セツナは、後ろに倒れ込む。
背中を地面につけ、脚を振り上げる。
爪をやり過ごし、火炎を纏う蹴りが、アゲハの腹に命中。
アゲハが、宙へと浮き上がる。
セツナの背中から、赤いエフェクトがズルズルと伸びていく。
蝶が、空で羽を大きく広げる。
大きく広げ、大きく羽ばたく。
紺碧と黒の模様を持つ羽から鱗粉が――。
青く小さな蝶の群れが、無人島へと襲い掛かる。
鱗粉を結晶化させた、青い蝶。
アゲハの羽ばたきによって風に乗り、花吹雪となって無人島に降りかかる。
セツナは、足に稲妻を宿す。
霹靂と地上を駆けて、断崖から飛び降りる。
彼の背後で、島に収まりきれなかった蝶が海上へを舞う。
直径100メートルほどの島を、アゲハの鱗粉が覆いつくしたのだ。
(弱っていたんじゃないのか‥‥!)
表情には出さないが、内心で冷や汗を流す。
昨日、あれだけの重傷を負っておいて、なおも衰えぬ力。
あるいはこれは――、昨日以上。
確かに、アゲハは傷を負っている。
まだ、全快には至っていない。
だが、昨日の戦闘によって進化をしている。
侵略種の因子が、より身体と魂に定着し、より大きな力を使えるようになっている。
手負いという考え方は捨てた方が良い。
セツナは、そう判断する。
アゲハが、自らが撒き散らした蝶の花吹雪を抜ける。
崖を走り、絶海へと下るセツナを追い抜き、海面へ。
羽を、羽ばたかせる。
蝶の花吹雪。
海面から、崖に向けて。
セツナの背後には、島を占領する蝶の花吹雪。
眼前には、海上から崖を上る花吹雪。
上と下、花吹雪でセツナの逃げ道を塞がれた。
セツナが、灰色の杖を引き抜く。
右手に風の力が宿り、抜刀が竜巻を巻き起こす。
ダイナの起こす竜巻よりも幾分か小さな風が、海上から崖を上る蝶の群れに、風穴を開ける。
そこへ身投げをするように滑り込む。
花吹雪をやり過ごし、海面に着地する瞬間、足に稲妻を纏う。
稲妻の力で、海面を走る。
魔法剣の切っ先をアゲハに向け、突きを放つ。
灰色の杖と呼ばれる魔法剣は、刃引きがされていない。
魔法による抜刀攻撃でのみ、魔法剣として機能する。
しかし、鈍器として使うのならば、話しは別だ。
速度の乗せた突き攻撃は、魔力が通っておらずとも、物理的な威力がある。
セツナの突進突きを、アゲハは横に回避した。
セツナは方向転換。
足に火炎を纏い、身体を旋回させる。
剣を持ち変える。
抜き身の剣の、切っ先を握り込む。
刃引きがされていない剣は、素手でも握り込むことができる。
剣を横に振るう。
方向転換の遠心力が、剣に伝わる。
剣の鍔の重みが、遠心力を増幅させる。
剣の鍔で、アゲハを攻撃。
アゲハは宙へ跳び、攻撃を躱し、セツナの背後に回り込もうとする。
剣の遠心力の使い、アゲハの方へ振り向く。
左腕から、マジックワイヤーを射出。
ワイヤーで、蝶を捕まえようとするも――。
この技はすでに、何度も見せている。
アゲハの姿が消える。
小さな蝶の群れを残して、テレポート。
テレポートの隙を付き、魔法剣を鞘に戻す。
魔力野でテレポートの移動先を探り、現れたところを――。
「――――!?」
意表を突かれた。
反応が遅れる。
カウンターのチャンスを逃す。
セツナの足元で、水しぶきが上がる。
水しぶきの中を、蝶の花吹雪が舞う。
‥‥海中だ。
アゲハは、海の中にテレポートしていた。
蝶を追いかけようと、空中ばかりに意識が向いていたセツナは、意表を突かれる。
花吹雪から逃れるように、バックステップを踏む。
海の中から、腕が伸びてくる。
セツナの足首を、蝶が捕まえた。
海の中に引きずり込まれる。
足に稲妻を纏い、振り払おうとする。
しかし、アゲハは有無を言わさず、彼に抱きつく。
侵略種の怪力で抱き寄せ、首筋に唇をつける。
生命力を、啜っていく。
背中の羽で獲物を包み込み、逃げられないように。
深い海の中で2人きりとなり、生命力の一滴まで啜って奪っていく。
セツナは苦し紛れに、魔法剣を抜刀する。
弱い竜巻が、海を割る。
海の谷が出来上がり、セツナは一時だけ海水の拘束から解放される。
だが、まだ蝶はまとわりついたままだ。
魔法剣の腹を握り込む。
スキル発動 ≪炎撃掌≫ 。
右手に封じていた太陽が、魔法剣へ流れていく。
握り込んだ刃が、熱を帯びて赤熱する。
ただ魔力を伝導させただけの、魔法剣。
これを、アゲハの背中に突き刺す。
熱帯びた刃が、アゲハの背中を貫いた。
切っ先は、焦げ臭い煙を上げる。
アゲハの腹を貫通し――、セツナの背中から突き出た。
自傷覚悟の一撃により、アゲハの顔がセツナから離れる。
パッシブ「双子の火星」発動。
離れた蝶の顔に、2つ目の太陽が迫る。
≪炎撃掌≫ がアゲハの顔面を捉える。
セツナの腹から剣が抜けて、アゲハは割れた海の谷に飲まれる。
割れた海が復元されていく。
谷に海水が流れ込み、セツナも海に飲まれる。
息を吸い込み、海に沈む。
足に雷を宿し、突進。
腹から剣先が飛び出しているアゲハに、膝蹴りを浴びせる。
膝が腹に命中し、剣が抜ける。
海に沈む魔法剣を、マジックワイヤーで回収。
ワイヤーで掴み、 ≪ライトニングアクセル≫ で浮上。
海中から脱出し、セツナは空へと飛び立つ。
水中から花吹雪。
それを空中ジャンプで躱す。
アゲハが、海中から飛び出す。
花吹雪の上昇気流に乗り、セツナへ襲い掛かる。
‥‥納刀している隙が無い。
右手に握った魔法剣を投げつける。
羽を持つアゲハは、投擲を事も無げに回避する。
スキル発動 ≪魔女の一撃≫。
スキルの出始めをキャンセル。
Zキャンセル後、 ≪ライトニングアクセル≫。
魔女の力が、雷に付与される。
スキル発動 ≪魔女のライトニングアクセル≫ 。
セツナの姿が消え、アゲハの上を取る。
黒い稲妻を宿した右手で、手刀を放つ。
黒い落雷を、蝶は足で受け止めた。
「ぐッ‥‥!?」
魔女の力を付与したスキルは、攻撃がパターン化している。
そのため読まれると、ほぼ確実にカウンターを合わせられる。
頭上から落雷を落とすセツナの腹を、アゲハは蹴り上げた。
彼女は空中で自由に体勢を変えて、足裏を腹に叩き込んだ。
セツナの表情が歪む。
‥‥それでも、作戦通り。
マジックワイヤーをアゲハに撃ち込む。
蝶のカウンターキックにより、セツナの身体は宙に浮く。
ワイヤーの力でも巻き取れない。
ワイヤーに上方向の慣性が蓄積されていく。
吹っ飛ぶ力が減衰する前に、ワイヤーを即座に切り離す。
ベクトル反転。
ワイヤーに蓄積されていた上方向の慣性が反転、下方向の慣性に変化する。
上に吹っ飛んでいたセツナが、下に吹っ飛ぶ。
スキル ≪ブレイズキック≫ 発動。
下方向の慣性がいっそう強まり、加速する。
勢いよく下に吹っ飛び、自分を蹴り上げたアゲハへ逆襲。
燃え盛る足が、アゲハの胸を穿つ。
蝶と共に、固い海面に落ちる。
水は、勢いよく着水すると、石のように固くなる。
先ほど投げつけた魔法剣すら追い抜いて、アゲハとセツナは海に飛び込んだ。
セツナが海をいち早く這いだし、魔法剣を掴む。
納刀しながら、孤島の断崖へと避難する。
壁に張り付いて、呼吸を整える。
消耗が激しい。
体力が、すでに半分を下回っている。
ブレイブゲージも無ければ、体力回復のアイテムも無い。
このペースで消耗しては、身が持たない。
海がざわめき、孤島が揺れる。
海から、蝶の嵐が巻き起こり、島を襲う。
断崖を駆けあがり、嵐から逃げる。
嵐は断崖を駆け上り、空を目指して飛び立っていく。
右手で、剣の柄を握り込む。
抜刀の構え。
花吹雪を割って、アゲハが空から強襲。
――抜刀。
魔法の竜巻が、空を飛ぶアゲハを迎え撃つ。
剣に、ヒビが入る。
持ち主以外が扱っているため、魔法の力が失われつつある。
竜巻は、アゲハを捉える。
捉えて、風で煽り、切り刻む。
幾重の風刃が身体を切り裂いて‥‥、彼女は蝶と消える。
竜巻の後には、羽の折れた小さな蝶が舞い、地上へと落ちていく。
違う。
これはアゲハでは――。
(――偽物!?)
咄嗟に振り返ったセツナの喉を、蝶の爪が切り裂いた。
「こひゅ――ッ!?」
空気の抜ける音が、喉から漏れる。
反射的に左手で喉を抑えるセツナを、本物のアゲハは蹴り飛ばした。
虚をつかれ、喉を掻き切られたセツナに、その攻撃を避ける術は無く。
セツナは、断崖から空へと飛び立つ蝶の花吹雪に巻き込まれた。
魔力の結晶である蝶が、セツナの身体を傷つける。
傷口から、砕けた結晶の破片が、蝶の鱗粉が、蝶の毒が侵入する。
身体から、力が抜けていく。
目の前が、暗くなっていく。
崖に手を伸ばすも、震える手はあまりにも非力すぎて。
隼は、力無く海に落ちて行った。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
孤島に1人、アゲハが立っている。
彼女の足元には、赤く濡れた剣の鞘。
主を失った鞘は、その場で消えてしまう。
蝶が、崖へと歩いていく。
赤い瞳で、海を見下ろす。
落ちた隼が死んだことを確認するために、海を睥睨 (※)する。
※威圧しながら睨みつけること。
セツナが上がってくる様子は無い。
断崖には、ただ白波が打ち付けている。
波の音は、背後に広がる厄災によって掻き消され、聞こえない。
アゲハがふらつく。
片手で頭を抑えて振り返り、よろよろと島の中心へと向かう。
左眼から、涙が溢れ、零れる。
――そう、これは悪い夢。
セツナが、私に負ける訳が無い。
助けるために来たと、彼はそう言ってくれた。
なのに‥‥。
なのに、いま――。
自分は、悲鳴を上げることもできない。
悪夢に震え、泣きじゃくることさえ、この身体は許してくれない。
‥‥‥‥。
流れた涙は、拭われることもなく、彼女の頬の上で乾いて消えた。
その時である。
海から、太陽が昇った。
太陽の光が、太陽の柱が、海から昇った。
太陽の柱は、孤島を掠め、空へと伸びて消えていく。
赤い双眸が海を見る。
太陽の昇った、海を。
「‥‥くそ、外したか。」
隼だ。
海の中から、立ち上がった。
セツナは、左手に握っていた注射器を捨てる。
対ディヴィジョナー用の特効薬、コーリング。
彼はこれを、自分に打ち込んだのだ。
先ほどの ≪不完全なパイルドライバー≫ は、注射の効果。
セツナは、特効薬の持つディヴィジョナー因子の鎮静効果を利用し、再び立ち上がったのだ。
Ultに目覚めたエージェントの身体には、2つの大きな力がせめぎ合っている。
ひとつ、覚醒したディヴィジョナー因子。
ひとつ、女神から奪った龍の力。
覚醒した侵略因子は破滅をもたらし、龍の力は人の身に余る。
だがしかし、これを同時に取り込むことにより、エージェントは正気を保っている。
毒を以て毒を制すの関係だ。
侵略因子を龍の力が殺し、龍の力を侵略因子によって耐える。
この関係性をセツナは利用した。
すなわち、特効薬によって、侵略因子の覚醒を一時的に鎮静化させる。
すると、身体の中では、龍の力が優位となる。
人間の身に余る力で、蝶の毒を解毒。
身体が自壊する前に、身体を食い破ろうとする龍の力を放出。
不完全なパイルドライバーは、暴走する龍の力を、そのまま外へ垂れ流しただけ。
ついでに不意打ちも出来れば良かったが、それは失敗に終わった。
大火傷している右手で、濡れた顔を拭う。
上手くいくかは賭けだった。
‥‥いや、賭けという行為にすら満たない、見苦しい悪あがきだった。
遠のく意識で、とにかく手あたり次第、使えそうな物を探した。
探して、光明を掴んだ。
もう一度だけ、立ち上がることを許された。
勇気は底を尽き、体力も底が見え――。
その上で悪あがきをして、やっと――、やっとスタートライン。
唯一、身体に満ちている闘志を、左手に込める。
左手で、コアレンズを握りつぶす。
パッシブ「悪魔の左手」発動。
AGを2本消費、エマージェンシーコアを使用。
エマージェンシーコア × ライトニングアクセル = 天魔の蹄
コアレンズを砕いた瞬間、セツナの左手がひび割れる。
エマージェンシーコアの代償。
ガントレットでの制御や中和を行わずにレンズを使用したため、左腕に力が入らなくなる。
手の甲に入ったひび割れを、焼け爛れた右手で抑える。
状況は最悪だが、問題ない。
セツナの脚に、銀色の足甲が装備される。
スキルも使わずに、海の上に立つ。
海の上を駆け、空を駆け、孤島の蝶の元へ。
天魔の蹄は、機動力を大幅に強化するEXスキル。
攻撃性能の向上には乏しいが、空を自由に駆けることができるようになる。
この蹄があれば、蝶と対等に戦える。
空中戦に、ついていくことができる。
――例え、海の上であっても。
死に体の隼が、空からキックを放つ。
上から強襲する攻撃は躱されて、アゲハは空に逃げる。
それを、セツナが追いかける。
彼女と同じ速度。
そこより更に加速して、自由な蝶を上回る速度で。
スキル ≪天魔のライトニングアクセル≫ 。
通常のライトニングアクセルを超える速度で踏み込む。
蝶が大きく羽ばたく前に懐へ潜り込み、右の拳を振るう。
拳は、アゲハの左腕にいなされる。
大火傷を負っている拳は威力が乗らず、アゲハの左腕に払い落された。
アゲハのカウンター。
右のジャブで、顔を狙う。
それをセツナは、ひび割れた左手で受ける。
完全にジャブを受け止められず、自分の左手が顔に直撃する。
手のひび割れが、広がっていく。
陶器が割れるみたいに、ひびが深く広くなっていく。
よろめくセツナに、ハイキックが迫る。
大きく後ろに捌きながら、右手をホルスターに収めたリボルバーへと伸ばす。
アゲハのコンビネーション。
顔を狙ったハイキックが空振ってすぐ、素早く中段蹴りを放つ。
中段蹴りが、腹部を捉える。
くの字に折れ曲がるセツナの背後に、蝶が飛ぶ。
フロントフリップをしながら、左手の袖からワイヤーを伸ばす。
細く、隠密性に長けた、蝶の鎖。
盗みを働こうと、ワイヤーがリボルバーに伸びていく。
‥‥ワイヤーが防がれた。
鉄の塊に。
赤い瞳に、動揺が走る。
「遠慮するな、受け取れ!」
セツナは、インベントリから取り出したパイルバンカーを、燃える足で蹴り飛ばした。
アゲハは欠陥兵器を押し付けられ、見事に直撃を受ける。
リボルバーを奪おうとしたら、とんでもない物を掴まされた。
自我を乗っ取られようと、彼女の手癖の悪さは健在。
それは、昨日の戦いで分かったことだ。
それを逆手に取った、誘いパイルバンカー。
まんまと罠に掛かって、アゲハは蹴り飛ばされた鉄塊の直撃を食らった。
セツナが、パイルバンカーにワイヤーを射出。
パイルバンカーは、脇に抱えるほどに大きな銃。
引き金を引かずとも、鈍器として使える。
ワイヤーで手繰り寄せた鉄塊を、再び蹴り飛ばす。
再び、アゲハに鉄塊が命中する。
飛ぶ欠陥兵器に対して、アゲハは反撃する。
風の魔力を使い、手元に刃を生み出す。
羽を軽く羽ばたかせ、風の刃をいくつも飛ばす。
セツナは、ワイヤーでパイルバンカーを手元へ。
銃を縦に構える。
鉄塊を、縦に構えて盾にする。
風の刃を、パイルバンカーが弾いていく。
スキル ≪天魔のライトニングアクセル≫ 。
風の刃を弾きながら、シールドバッシュ。
パイルバンカーによる、シールドバッシュ。
アゲハに突進を浴びせ、鉄塊を押し付ける。
怯んだアゲハに向けて、銃を構える。
右手で銃を握り、脇に構えて、銃口をアゲハに押し付けようと試みる。
蝶は、冷静さを取り戻す。
両手で銃口を握り、逸らす。
重症の右手では、怪力に抗えない。
あっさりと明後日の方向を向いて、狙いを逸らされる。
アゲハが、手の中で風を疾らせる。
丈夫なパイルバンカーと言えども、無理な使い方に何回も耐えられない。
もとより、これは量産品の使い捨てだ。
本物よりも、耐久力も威力も劣るのだ。
風の刃と圧力で、パイルバンカーは壊れてしまう。
銃身がバラバラに崩壊し、火薬が意図せず炸裂して、銃の残骸と共に弾ける。
宙に舞う残骸の中に、無傷の杭が残っている。
銃身に格納されていた杭だ。
セツナがそれに手を伸ばすも、先にアゲハが杭を奪取。
鉄の棒で、セツナを殴りつける。
左手で受ける。
腕のヒビが広がり、空から叩き落とされる。
何とか空中で体勢を整える。
空を駆けて、頭上から降りしきる小蝶の花吹雪を避ける。
避けた花吹雪が、眼下の孤島に広がり、覆いつくす。
セツナが、アゲハの元へ駆け上がる。
力の入らない左手を、握りしめる。
左手で、ボディブロー。
もう、まともに腕が使えないと分かっているアゲハは、これを無視。
ボディブローが到達するよりも速く、セツナの顔を殴りつける。
追撃、パイルバンカーの杭を、セツナの右腿に刺す。
隼から、自慢の空を走るスピードを奪う。
‥‥エンジンが掛かるのが遅かった。
蝶と同じ土俵に上がるまでに、ダメージを負い過ぎた。
やっと対等な空の戦いに持ち込めても、それまでに失った物が多すぎる。
ディスアドバンテージを、詰められない。
差が、縮まらない。
アゲハが、右手の爪を伸ばす。
完全にトドメを刺そうと、構える。
爪を構え、突き刺す。
その瞬間――!
セツナが、握っていた左手を開いた。
手の中から、小さく砕けたガラス片が飛び散る。
空のポーション瓶を割って作った、目潰しの暗器。
ガラス片は、赤い眼を狙い、アゲハに人間的な反射を誘発させる。
目潰しに対して、咄嗟に身を退き、目を腕で守る。
反撃のチャンス。
セツナは、腿の杭を引き抜く。
杭は空から海に捨てる。
これを振るえるほどの握力が無い。
脚に装備した天魔の蹄に物言わせて、連続蹴り。
筋肉の瞬発力を超越した連続蹴りを浴びせ、押し込んでいく。
ラッシュで畳み掛けるも――。
しかし、火力が足りない。
蹄の火力不足が露呈する。
このラッシュでは決めきれない。
連続蹴りが脅威でないと、アゲハが悟ると、彼女は即座に反撃へ転じる。
テレポートで背後を取り、腕が死んでいるセツナの側頭部を狙い、回し蹴り。
避けられない。
半ば蹄に振り回されるように放っていた攻撃のせいで、避けられない。
左手を回し蹴りに合わせる。
ひび割れた腕で、蝶の蹴りを受け、左腕が砕けた。
木の枝が燃え尽きるように、ひび割れから火が噴き上がる。
火花が起きて、腕が服の袖ごと無くなった。
腕に装備していたスマートデバイスが、空から落ちて、孤島に強く叩きつけられた。
回し蹴りを受けること叶わず、直撃――。
しないように、回避もしている。
左手が稼いだ、一瞬の猶予。
不可避の攻撃に、回避の余地を作った。
アゲハの靴が、セツナの左頬を抉り取る。
――右手を、強く握り込む。
姿勢を戻す力を使い、右腕を下から上に振り上げる。
と、見せかけて。
パッシブ「悪魔の左手」。
AGを1本消費。
「‥‥あああァ!!」
砕けた左腕が、根元から生え変わる。
泥のような油を滴らせる、異形の左腕。
失った腕が、異形となって生え変わるなど、完全に意識の埒外。
悪魔の手が、蝶を袈裟斬りに切って捨てた。
蝶の身体に模様が浮かび、皮膚を硬化させるも、悪魔の爪が易々と肉を削ぐ。
爪を濡らす泥が、傷口を腐らせ、蝶の体力を奪う。
セツナの右手が、太陽を掌握する。
スキル ≪炎撃掌≫ 。
守りが薄くなった身体に、太陽を捻じ込む。
アゲハの羽に、火が付く。
羽が燃えて消えていく。
悪魔の爪が、もう一度、襲い掛かる。
右上から左下へ、先ほどとは反対方向。
袈裟斬りが身体を裂き、硬質な守りを腐らせる。
蝶は、羽を維持できなくなり、明滅させる。
悪魔の左手が、消える。
右手に、太陽が昇る。
――トドメの一撃。
2度目の太陽が、アゲハの身体に捻じ込まれた。
太陽の熱が身体を突き抜け、背中の羽を完全に焼き切った。
アゲハの瞳から、赤い光が失せる。
「セツ‥‥ナ。」
インベントリから、特効薬を取り出す。
注射器を、彼女の首筋に打ち込んだ。
特効薬を注射されると、アゲハの身体は糸が切れたように力が抜ける。
瞳を閉じ、空から落ちていく。
火傷した右手で彼女を抱きかかえる。
それから、ゆっくりと、地上へ下りていく。
スマートデバイスで確認するまでも無い。
アゲハは正気に戻った。
侵略因子は鎮静化され、宿主を侵すことができなくなった。
孤島に着地し、アゲハをそっと寝かせる。
かろうじて残った小さな花畑に寝かせて、少しでも安静にさせる。
セツナは、左肩を右手で抑える。
服の袖ごと無くなった、左腕の調子を確認する。
ここはセントラルだ。
戦いが終われば、何事も無かったかのように生えてくるだろう。
アゲハを救出できて、ホッとひと息。
‥‥なんて付けないのが、この戦場である。
一難去ってまた一難。
空が暗くなったと思ったら、浮島の方で、大きな魔力の放出があった。
紫色の、巨大な光線。
天蓋の大瀑布が如き奔流が空に流れ、青空を紫色に染めた。
暗くなった空は明るさを取り戻し、だけども紫色した魔力が霧散することなく残っている。
「ダイナ‥‥。」
セツナの、友を呼ぶ声は届かない。
全ては、空に広がる紫が遮り、吸い込んでしまう。
‥‥‥‥。
‥‥。




