1.12_マジック&サイバーパンク
状況を整理しよう。
こちらの体力は15%。
アサルトゲージは、1ゲージ分とちょっと。
ブレイブゲージは、あと1つ。
ブレイブゲージが残っているので、あと1回は無茶ができる。
‥‥別に無くても、無茶はするけど。
相手は、1人と2頭。
膂力と体術に秀でたウェアウルフに、それに仕える灰色の狼。
数的な不利を背負っている。
これについては、ものは考えよう。頭数が多いのならば、アサルトゲージが稼ぎやすい。
それから、ウェアウルフも、おそらくブレイブゲージを有している。
過去作の通例に習うなら、ブレイブゲージは1つ。
もちろん、予想の範疇を出ないが、1つは持っていると考えて行動した方が良いだろう。
キメの必殺技を、ブレイブバーストで凌がれては堪らない。
稀ではあるが、プレイヤーと同等の3ゲージを持っている場合もある。
‥‥もし、3ゲージあったら、その時は潔く負けを認めよう。
ここまでを振り返ろう。
リボルビングライフルによるスナイピングから始まった、今回のミッション。
廃工場での一幕では、開幕でヘマをした。
‥‥今度、練習しておこう。
カーチェイスは、楽しかった。
シールドバッシュは、すべてを解決する。
‥‥車の運転は、人には得手不得手があるので、引き続き丸投げをする方針で。
セントラルの摩天楼を駆け抜けたパルクールは、我ながら会心のランだった。
元々、得意なアクションではあったのだけれど、その中でも自分が納得できる走りだった。
‥‥空を駆けるのは、やはり楽しい。
そして、今が正念場。
ここを、この窮地から逆転できれば、きっと楽しい。
だから、勝つ。
スポーツのアマチュア試合だって、遊びだからとヘラヘラしないはずだ。
全力で楽しむ。だから、勝ちたいと思うようになる。
今日の戦いを、悔しいエンディングになんかさせたりしない。
これまでの立ち合いから得られたピースを繋ぎ、リーサルプランを考える。
ひとつ、勝ち筋が見えている。
とても、ヒーローらしい勝ち方では無いが‥‥、それもまた巡り合わせ。
勝利の女神は、泥を被れと言っている。
どん底に光差す、勝利の一万星を頼りに、戦闘を組み立てる。
◆
肺の奥から息を吐き出す。新鮮な空気を取り込む。
脚の力を抜き、重心を前に倒して、走り出す。
セツナの動きに反応したのは、番の狼であった。
一頭がセツナの前に立ちふさがり、もう一頭が背後に回り込む。
典型的な、肉食獣が狩りをする連携を取る。
マジックワイヤーを、前方の石畳みに撃ちこむ。
狼に用は無い、本命の”ホシ”を落とす。
ジャンプと空中ジャンプを使用して、上方向の弧を描き、ワイヤーに振り子ジャンプのための慣性を貯める。
ワイヤーを切り離し、身体が慣性を得て横方向のベクトルが強くなる。
振り子ジャンプは、基本的に自分より低い位置にワイヤーの着弾点があると横に飛ぶ。
高い位置の場合は、その逆。上方向に強いベクトルが得られる。
慣性を得た身体が、立ちふさがった狼を飛び越えて進んでいく。
物理法則を無視した不自然な加速、それと地上の動物は上方向への反応が鈍い習性が合わさって、狼に妨害されることなく飛び越える。
勢いそのままに、 ≪ブレイズキック≫ を発動。
下方向に慣性が働いて、炎を纏った足が、飛び蹴りとなってボルドマンを狙う。
半身を翻して回避される。
お返しとばかりに、身を翻すと同時にバックナックルが放たれる。
両腕でガードして捌く。
受けると同時にローキック。
お互い同じことを考えていたようで、互いの蹴りが膝を狙う。
軸足にしている左膝がローキックの姿勢維持で外旋しているのとは、反対方向への力でローキックが突き刺さる。
変に抵抗はしない、踏ん張らずに、態勢を崩すことで威力を逃がす。
ボルドマンの方は、人狼の姿となり、腱が強化されているのか平気そうだ。
頭と上半身が前に出たセツナに、追撃をしようとする。
フロントフリップ。
前受け身をして姿勢を低く、ボルドマンの視界から消えるように回避をする。
フロントフリップの流れで、地面に仰向けとなる。
胸椎をバネとして使って、キック。
キックによって伸展した筋肉が収縮する力を使って、仰向けからうつ伏せに。
地面に手を着き、遠心力で蹴りを放つ。
スキルの ≪飛燕刃≫ を発動。
物理的な遠心力と、スキルの慣性によって、脚を振り回す力が増す。
力につられて腰が浮き、腕にかかる負荷が減る。
ブレイクダンスを踊るように、低い位置から高い打点へ連続で攻撃する。
≪飛燕刃≫ のスキル後に発生する硬直は、身体が得ている慣性によって、かき消される。
回転している脚自体が、攻撃手段となり、防御手段となっている。
狼達が、ボルドマンにキックの応酬を浴びせるセツナに噛みつこうとする。
低い領域は、彼らの縄張りだ。
気配に感づいて、腕の位置を調節して狼の方へと向きを変えて、ブレイクダンスの「スワイプ」というステップを活用しながら、両足で回し蹴りを打っていく。
その隙間を縫って、狼は体躯を使って彼に突進し、押し倒そうとするのだが、上手くいかない。
見透かされているように、スルリと腕の位置を調整してステップで避けられてしまう。
四足動物は骨格上、進行方向に首を向けながら動いてしまう。
また、人間のように柔軟な股関節を持たないので、意外と動きのバリエーションが少ないのだ。
速く素早いが、今セツナがやっているような、奇想天外な動きは出来ない。
セツナが一緒に踊る標的を変え、一頭の狼を狙う。
ボルドマンに背を向けて、脚をつけて身体を方向転換、狙いの狼へと向く。
猛獣と目が合う。
キックを――、繰り出そうとして、ただのステップを踏む。
「キックアウト」と呼ばれる、腕を地面につけて前に踏み込んでリズムを取る動作。
攻撃力を持たない、ただのステップ。
しかし、先ほどまでの派手な足捌きを見ていた狼は、思わず飛び退いてしまう。
日本古武術の「消す」動きでは無く、ダンスのステップに、キックを「混ぜる」動きに釣られてしまう。
一頭の狼がセツナから離れた。
腕の力を使って跳躍。
胸のバネの力を腕に伝えて、ボルドマンの胸の位置まで身体を回転させながら飛び上がる。
狼の方へと向いていたセツナを咎めようとしていたボルドマンに、突然回し蹴りが飛んでくる。
回し蹴りのインパクトの瞬間、力を抜く。
身体を水のように‥‥、というか、身体の大半は水なので、身体を固体にしているのは、人間が緊張させているのが原因である。
それを取り除くことが、武術の基本にして奥義、‥‥らしい。
古武術の、「歩けば技になる」とは、そういうことだ。
友人が言っていた。
脚だけでなく、身体中の力を抜く。
遠心力によって、腕と脚の重さがいつもよりも軽い。
頭の重さだけが、皮膚の受容神経を通じて、セツナの意識に知覚された。
力の抜けた回し蹴りが、ボルドマンのガードを抉る。
これまでの戦闘で感じたことの無い、鈍い重みがボルドマンの腕を襲った。
じわりと衝撃が浸透し、骨を軋ませる。
緊張させている筋肉に浸透するかのように身体の内側に響いて、ガードをしたまま解けない。
獣の膂力を得てしてもなお、柔らかい水が生み出す激流に、筋骨隆々とした身体が押し負けてしまう。
下手に衝撃を内蔵に伝えないように、脚を移動させてセツナから距離を取る。
さながら台風の目となったセツナは、空中でリボルバーのホルスターに手を掛ける。
接地、2本の足で地上に立った。
銃を引き抜く。引き抜きざまにハンマーを起こす。
腰に銃を当てて、トリガーを引く。
――ダンッ!
未だ、セツナの台風に当てられていない、近くに残ったもう一頭の狼に、弾丸が突き刺さった。
聞こえた銃声は1回、だけど、発砲したのは2発。
射撃すると同時にハンマーを上げて連続射撃。
この動作が速くなると、銃声は1回しか聞こえない。
発砲は狼に命中。
速射2発分の反動で、銃身が暴れるが、腕と腰の2点で固定して反動をねじ伏せる。
続けて標的を変えて、ステップのフェイントで追い返した狼に発砲。
カウボーイがやるような、腰に銃を当てたまま射撃する「ファニングショット」の姿勢で、またもや狼に2発の弾丸を叩き込む。
射撃は命中。
絶命には至らないが、少しだけ時間が稼げる。
この少しだけの時間、この1対1の状況が欲しかった。
背後から殺気。
アサルトシールドを展開する。
シールドが衝撃波で揺れて、セツナを守る。
狼への攻撃に反応して、ボルドマンが ≪飛燕衝≫ を放ったのだ。
それも、アサルトゲージを消費して強化された ≪飛燕衝≫ 。
≪アサルト飛燕衝≫ である。
通常スキルは、アサルトゲージを1本使って強化ができる。
今回の場合は、リーチと攻撃の発生が変化している。
まあ、遠距離攻撃判定なので、アサルトシールドで防げるのだが。
銃をホルスターに締まって走り出す。
さっきまでは派手な動きをしていたが、こっからは泥臭い動きのターン。
ボルドマンに組み付くように、彼の腰に目掛けてタックルを放つ。
レスリングのタックルをイメージして、脚から刈り取るような動き。
しかし、見え見えのタックルに対して、ボルドマンは膝蹴りで冷静に対処する。
顔面を蹴り上げられて、上体が浮き上がる。
ボルドマンはガラ空きになった腹目掛けて、貫手を構え、穿つ。
人狼となったことで、鋭い爪が備わったそれを、命を貫くべく放った。
――今こそ、最後の勇気を振り絞る時!
ブレイブゲージを使用、ブレイブアーマーを発動させる。
セツナは少しの間だけ、ハイパーアーマー状態となり、被弾よるノックバックを無効にする。
ボルドマンの貫手が、身体に深々と刺さり、腹部を貫く。
ブレイブアーマーは、あくまでもノックバックを無効にするのであって、ダメージまでは軽減されない。
身体に異物感と、それに伴う吐き気に似た感覚が押し寄せるが、全て無視してボルドマンの腰に組み付く。
異常な、執着とまで呼べる行動を察して、ボルドマンは腹に刺した手を抜く。
赤いダメージエフェクトが大量に滴る頭上で、両手を使って拳鎚を打つ。
セツナの背中に、何度も拳鎚を叩きつけて、セツナを引き剥がそうとする。
それでも離れず、彼はボルドマンを持ち上げようとしているのか、必死に押すように力を入れている。
組み付きにきて、無防備に晒された頭に片腕を回す。
首を締めあげて、締め落とすつもりだ。
あるいは、この態勢のまま、地面に叩きつけて、首をへし折っても良い。
太く獰猛な腕に力が込められ、獲物を蛇のように仕留めていく。
セツナの視界が、みるみる赤くなっていく。
――だが、この瞬間を待っていた。
首を絞めるために、上腕二頭筋へ力を入れると、人間の骨格は上体が上がる。
つまり、腰が浮く。腰が浮けば、体格で劣るセツナでも‥‥。
「ぐッ‥‥。――ッ!! ブレイズ!」
絞りだした闘志に呼応して、脚に熱い力が流れる。
石畳が熱に煽られ焦げ付く。
≪アサルトブレイズキック≫ 、アサルトゲージを消費して、強化されたスキルを発動する。
≪ブレイズキック≫ の持つ推進力が強化され、馬力が上昇する。
それは、火炎の推進力では無く、爆炎による爆発力。
体格と膂力で勝る相手を、火薬の如き爆発力で押し出した。
爆発を伴うダッシュによって、ボルドマンの足が地面から離れる。
燻るの匂いを残しながら加速、スピードを維持したまま組み付いたまま、セツナはボルドマンの背後に回る。
背後から腰に腕を回し、 推進力を活かして跳躍。
ボルドマンを伴って、バク宙の要領で、空の天蓋をなぞるように軌跡を描いていく。
着地した反動を使って、もう一度バク宙。
今度は、より高く、より鋭く。
そして、バク宙で頭が地上に向いたまま、ボルドマンと共に落下していく。
落下して、地球の地表が近くなる。
≪ブレイズキック≫ を発動。空中での発動で、下方向への慣性が更に加速する。
「スカーレット・ムーンドロップ!」
ボルドマンを、ムーンサルトバックドロップで、地表に叩きつけた。
◆
ボルドマンを首から石畳に叩きつけた。
2人は地面に横になっている。
先に立ち上がったのはセツナ。
立ち上がったものの、一度、腹を押さえて膝をついてしまう。
ふらふらと立ち上がって、ボルドマンに寄る。
大技の後は、スリーカウントを決めて決着。
決着がつくまでは、油断しない。
後ろポケットに左手を突っ込んだあと、ボルドマンの胸倉を右手で掴んで、左手で握りしめた拳を振るう。
ボルドマンは抵抗せずに、彼の拳を受け止めている。
そんな状態を、二頭の狼が許さない。
セツナに飛び掛かる。
それを分かっていたかのように、飛び掛かった一頭を裏拳で弾き飛ばす。
もう一頭が、彼の喉笛を食い千切ろうと、中腰の彼に飛び掛かる。
それも読まれて、セツナはボルドマンから手を離す。
左手から、ポケットに入れていたネクタイを取り出して、両手で伸ばす。
首筋の前に取り出されたネクタイを、狼の習性で反射的に咥え込んでしまう。
狼と目が合った。
殺意よりも、焦燥の色が濃く見てとれる。
とても、表情が豊かだ。
だから、心苦しい。
セツナは、ネクタイで狼の下顎を引っ張るように、下方向へ引っ張る。
ネクタイで拘束した顎に、膝を振り上げる。
狼の顎を打ち抜いた。狼の体から力が抜ける。
それを力任せに宙空へ放り投げる。
狼の体は、軽々と3メートルは浮き上がった。
無抵抗に落下する狼に、右手を向ける。
右手に火球が発生して、狼を焼き払うべく落下軌道に向けて照準される。
――その瞬間、セツナは突如として発生した衝撃波に吹き飛ばされる。
ごろごろと、結構な距離を飛ばされた。
ボルドマンが、自身のブレイブゲージを消費して、ブレイブバーストを発動したのだ。
転がって、距離が離れたセツナに、狼が勢いよく飛び掛かろうとする。
しかし、低い唸り声が、番の狼を静止させる。
狼はボルドマンの方を向いて、抗議の声を上げる。
それを一蹴するかのように、ボルドマンは再度、低い唸り声を上げた。
狼たちが、戦闘地帯から離れていく。
二頭とも途中で一度振り返ってから、戦線を離脱して離れていった。
2人だけとなり、睨み合う。
言葉は要らない、決着をつける。
「ストライク・コア――。」
右手に装備されている魔導ガントレットの甲部分が開く。
そこに、コアレンズを差し込む。
コアスキルは、通常スキルと掛け合わせることで、スキルの性能を強化する。
EXスキル ≪ストライク・コア≫ を発動、セツナはボルドマン目掛けて突進する。
防御のことなど考えない。
対するボルドマンは迎え撃つ。
EXスキル ≪剛・飛燕衝≫ の構えを取る。
強烈な拳が、剛よく柔を絶つ一撃。
闘気を全身が纏い、大気が震える。
セツナが突進し、ボルドマンが迎え撃つ。
彼我の距離は、みるみる縮まる。
セツナが跳躍。
得意な空中からの一撃に、勝負を賭ける。
――ストライク・コア × ブレイズキック = ‥‥‥‥。
「スーパーブレイズ!!」
空中にあった身体が、加速してボルドマンを穿つ。
足を起点に炎が起きて、それを全身に纏って、熱の軌跡を残しながら飛び蹴りを放つ。
「うおおおおおおッ!!」
迎え撃つボルドマンは、雄たけびを上げて、拳を振り抜いた。
足と拳。
接触する前から、互いの力が干渉し合って電撃が走り、相殺の斥力を生み出している。
そんな斥力など、容易に二雄の闘志は突き破って、互いの攻撃と意地が激突する。
互いの身体に、攻撃の余波と意地が流れ込む。
足から脳天へ、拳から足へ。
衝撃が突き抜る。余波が肉体を通り越し、周囲にまで及ぶ。
石畳が割れ、空気が震え、建物の窓が割れた。
それでもなお、炎と闘気の鍔迫り合いは終わらない。
体力は風前の灯、活力たる闘志も枯れ、勇気も使い果たした。
ならば残るのは、泥臭く青臭い、気合と根性。
――人事を尽くし、気合で天命を掴み取る。
燃える隼が、孤高たる狼の牙を砕いた。




