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1.10_ソーサリー&コンバット_A

脚に宿した翼で、摩天楼を駆け回り、地上を疾駆する獣を捉えた。


脚に翼を、腕に鳥爪を。

狩りをする隼のように空から急降下して、獲物の体に深々とナイフを突き立てた。


ボルドマンは、突如として発生した、車の天井を震源とする衝撃と音に顔を向ける。

車のルーフ部分を、一振りのナイフが貫通していた。


車の後部座席に仕えているロボットが、武器のサブマシンガンを手にして、素早く体を外に出す。

そこには、ボルドマンを追う、エージェントの姿があった。


「ごきげんよう。イイ車だね。」


セツナは、銃を片手に構えたロボットに、手を振って話しかけた。


その後方では、ボルドマンを追跡していた車がハザードランプを灯し、路肩の方へ逸れていく。

追跡車は、自らの弾痕や砂煙でボロボロとなった車体の、男の勲章で飾られたボディが、道に停止して()()()()を見送る。


セツナが手にしているナイフからは、周辺にホログラムのモニターがナイフを囲むように展開して、英数字で書かれたコードが走っている。


侵入者を排除しようと、ロボットが銃を構える。

トリガーを引こうとした瞬間、セツナの横蹴りが入り、銃口を逸らされる。


車のルーフに寝そべって張り付くような姿勢から、器用に蹴りを放って、銃での攻撃を妨害してくる。

廃工場での立ち回りでもそうだったが、この男はジャンプポジションや、ダウンポジションでの立ち合いに慣れているようだ。


普通なら不利な姿勢であっても、身体の胸や背中をバネとして使い、四肢の遠心力を使ってアクロバティックに攻撃してくる。


形勢は不利と、ロボットは車に引っ込む。


ボルドマンは、追跡車の速度が落ちたことをバックミラーで確認し、ロボットが車内に戻ったタイミングを見計らって、ハンドルを左右に素早く切る。


タイヤが唸りを上げながら、車上に陣取る不届き者を振り落とそうとする。


セツナは、ナイフを両手に握って、振り落とされないように抵抗する。

彼の脚が、タイヤが唸る度に、左右へと振り回される。


ボルドマンは、ハンドルに意識を集中。

天井に張り付く鳥野郎の様子を、ハンドルを伝わってくる車の微妙な重心のブレで感じ取る。


人体において、皮膚に存在する触覚受容器が最も集中する手のひらが、高感度のセンサーとして働き、見えていないはずのルーフ上の侵入者を、ハンドルの感覚だけで知覚する。


ハンドルがきられる度、セツナの身体は目に見えて大きく左右に振られ始める。


ドライビングテクニックだけでなく、戦いのやり取りにも慣れている。

対面する敵の意識を盗むように、意識の死角から揺さぶってくる。


「――うッ!?」


セツナの左手が、ナイフから外れてしまった。


車内では、ボルドマンが指をパチンと弾く。


ロボットは、彼に答えるように、サブマシンガンの銃口を上に向け、躊躇いなく銃を乱射した。

アサルトライフルよりも一回り小さいサブマシンガンは、車内でも充分に取り回すことができ、すんなりと天井への照準を済ませる。


天井に風穴が随所に空いて、車上に前衛的(ロック)なサンルーフが出来上がる。


銃弾はルーフを貫通して、セツナの身体に何発か命中する。

その何発かが、不幸にも連続して彼の右手に命中してしまった。


ダメージによるヒットバックが波状的に発生し、右手が自分の言う事を聞かなくなる。

電気ショックを受けたみたいに腕の筋肉が硬直し、だというのに力が抜けて、右手は意思に反してスルリとナイフから解けてしまう。


セツナの身体が、空中に放り出された。


素早くリカバリーの、マジックワイヤー。

車の後ろにワイヤーが刺さって、蜘蛛の糸一本のところで、追跡劇が繋がる。


今、あと少し、車に距離を取られる訳には行かない。

地面を引きずられながら、ボルドマンの車に食らいつく。


車が再び左右に揺れる。

ワイヤーの一本だけで繋がったセツナを振り払うつもりである。


遠心力を使い、路上に止まっている車に、彼をぶつけようとする。


咄嗟に仰向けになり、脚を胸の前に畳んで姿勢を小さく、ギリギリのところで衝突を回避する。

仰向けになれたので、現実のパルクールで用いられるテクニック、サイドロールで姿勢を起こそうとする。


立ち上がろうと、両足が地面に着いた瞬間、アクセルを吹かされてまた姿勢を崩して地面を引きずられる。

振り回され続けているので、ワイヤーの巻き取りも上手くいかず、彼我の距離が縮まらない。


ボルドマンは、そのまま車を操って、歩行者専用の通路に入り込む。

ショッピング通りとなっているそこは、歩行者専用と言えども道幅がかなりある。


歩行者用通路ではなく、歩行者道路と言った方が適切なくらいの広さだ。

物品の搬入なども考えて、巨大ロボであるセンチュリオンが余裕で4台並べるくらいのスペースがある。


整地されており、人で賑わうショッピング通りなので、障害物も少ない。

現在は避難指示が出て人通りも少ないため、車がアクセルを踏むには絶好のコースと化している。


ボルドマンは、アクセルを踏む。

彼の闘志に応えて、車はグングンと加速する。


エージェントが乗る車みたく、滑らかな加速はしない。

荒々しく排気ガスを吹いて獰猛な牙を覗かせて、己が主人の力を誇示する。


セツナは、排気ガスに撒かれ、独特な甘い香りの中を突き抜けて、地面を引きずられる。

――車の車体が傾いた。セツナを石造りの店に激突させるつもりである。


両足を壁側に出す。 ≪ブレイズキック≫ を発動。寝そべった姿勢から、不自然な加速をする。

足を前に出し、スキルを使って、激突のインパクトが最大になる手前――、幾分か衝撃が少ないタイミングで石の壁に接地する。


ズシンと、地球の重力がはね上がったかのような衝撃が、足から脳天を突き抜けた。

それでも、足は動く。


≪ブレイズキック≫ をキャンセル。

今までの経験と感覚を頼りに、激突のエネルギーを逃がすように壁を走る。

足の裏の感覚を頼りに、効率的にエネルギーを逃がせるルートで走る。


足の動きに上半身が追い付いて、姿勢が少し回復する。


ここで、焦って壁からジャンプで降りる真似はしない。

ジャンプを狩られないように、温存。


ボルドマンが次にハンドルを切るタイミングを見極めてか――。

ボルドマンは、急ブレーキを選択した。


セツナを牽引するワイヤーの張力が抜けて、ワイヤーがたわみ、溜め込まれていた慣性が暴発する。

身体を、強制的に宙に浮かされ、受け身も取れずに、地面に叩きつけられた。


車はタイヤを固め、黒い爪痕を残し、黒い煙を上げてまた加速をする。


その後ろを、叩きつけられた衝撃でぐったりとするセツナが、抵抗できずについて行っている。


横隔膜が縮み上がり、強制的に肺の空気を吐き出す。

意思に反した生理的な反応に、不快感と焦燥感を覚える。

発作的な、呼吸困難に陥っていた。


「セツナさん! セツナさんッ!! ハッキングが終了しました。プログラムの実行を!」


エンジン音に紛れて、スマートデバイスからマルの声がする。

ハッキングの実行には、プレイヤーの了承が必要となる。

プレイヤーが行動不能な状態では、ESS(イズ)によるハッキングは要を成さない。


横隔膜が緊張し、肺の空気が抜けて、声が出せない。

セツナは、ワイヤーで引き延ばされた左腕に装着しているスマートデバイスの画面を、右手で殴るように触れた。


ハッキングプログラムが、車のルーフに刺したマルチツールナイフを介して流れ、車の制御を掌握。


この世界の情報科学は、電気通信と魔法通信の二馬力学問。

物理的にネットワークから独立していても、魔法によってバックドアを構築してハッキングすることができる。


それこそが、マルチツールナイフによるハッキングの強みだ。


マルは、車の制御を奪い、強制的にハンドルを左にきる。

ボルドマンの意思に反して、車体は遠心力で大きく左に逸れていった。


意趣返しと呼べるのだろうか、ボルドマンを建物に車ごと激突させるつもりである。


車の後部座席に座るロボットの目が、不自然に光る。

頭部にひとつだけついたカメラが青色の光を瞬かせて、ロボットは窓を腕力で破壊して、外に出る。


外に出て、車に背中を押し付けて、両足で踏ん張る。

彼がやろうとしていることは一目瞭然、車の速度を軽減しようとしているのだ。


足から火花が起き、石畳を削りながら、車の勢いを殺そうとする。

だが、無情にも車の速度は一向に落ちない。


「何をしているッ! ()()を離せッ!!」


ボルドマンが、ここに来て、初めて声を荒げる。


激突の間近、車内のボルドマンと、目が合った気がした――。

最期に記録する表情が、そんな顔であるのが‥‥、少しだけ心残りだ。

自分は、従者(スレイブ)失格だ。





ならば、今日は自分が廃棄されるには、とても良い日だろう。


ボルドマンの車両は、建物の壁に叩きつけられ、壁に亀裂を生み出し、大きな爆発をした。



「ぐッ――、はッ!?」


ボルドマンの車両は止まった。あれは、只では済まない。

しかし、ワイヤーで繋がっていたセツナもまた、只では済んでいなかった。


セツナの身体は、通りのアパレルショップに放り出されて、店前の大きなウィンドウを破って、流行の服を着たマネキンたちや、丁寧に並べられた商品を巻き込みながら、ごろごろと転がった。


一連の攻防で、体力が危険水域まで低下して、ゲージが赤く点滅している。


立ち上がり、EXスキル ≪慰めの回復≫ を発動。

セツナの体力が、15%分だけ回復。


3つしか装備できない貴重なEXスキルの枠を使って、アサルトゲージを50ポイント、つまり2ゲージ分使って、これである。


回復には、とてもシビア。

回復したいなら、リゲインを使うために殴れ。

回復したいなら、アサルトゲージを貯めるために殴れ。


近強遠弱の基本思想。


セツナはさらに、ベルトポーチから、クールタイムの終わったポーションを取り出す。

アンプル瓶の中にある青い液体を、封を割って飲み込んだ。


ポーションを飲むと、体力が回復――、せずにアサルトゲージが回復する。


パッシブスキル、「青い活力」によって、回復アイテムの使用でアサルトゲージが回復するようになっているのだ。


彼が口にした青いポーションは、アサルトゲージが50ポイント以下の時に、50ポイントまで回復する代物。

古いプレイヤーには、フレーバーテキストが所以(ゆえん)となって、「お粥」という愛称で呼ばれている。


アサルトゲージが回復したので、もう一度EXスキルの ≪慰めの回復≫ 、体力が15%回復する。


これで、体力が半分くらいまで回復した。

ポーションはクールタイムに入った。


お粥の御替わりは、しばしお預け。

赤子泣いても蓋取るな、である。


‥‥こんなことなら、普通のポーションを持ってくれば良かった。

セツナは、そう思った。


序盤だし、被弾も少ないからイケるやろ!

って、思った矢先のこれである。


構築(ビルド)を変更したとたん、外したスキルが必要になる。

ゲーマーあるある。


セツナは、アパレルショップを軽く見渡す。

手頃な位置に、紳士用の商品売り場があった。


スーツ用のベルトを一本、黄色のネクタイを一本拝借。


ネクタイは、簡単に丸めて後ろポケットに入れた。

丁寧に陳列された新品のネクタイは、小さくなってすんなりとポケット入る。


ベルトは「インベントリ」に収納。

虚空に消えて、手のひらから無くなった。


インベントリには、武器や消費アイテムを収納でき、いつでも取り出し可能。

その代わり、取り出しに少しのラグがあるので、ピストルなどの即応性を求められる武器は、携帯を推奨。


お店を出ると、スマートデバイスから「チャリン」と音がして、彼の所持金(クレジット)が減る。

自動会計で、有事でも無人でも安心。


外では、普段の活気が失せた大通りで、景気よく車が燃え盛っていた。


車が音を立てて、運転席側のドアが開く。

運転席側から突っ込んだのに、運転席側は無事だったらしい。


詳しくは、セツナからは死角になっていて、分からない。


ドアが開いて、ほんの少しだけ静寂が流れた。


――静寂の後に、革靴が石畳を鳴らす音。

規則的なリズムで、革底特有の、打鍵打楽器かと紛う(まがう)心地よい音色を奏でる。


セツナの前に、額から血を流すボルドマンの姿が現れて、彼に近づいて来た。


雌雄、両者が向かい合い、睨み合う。

セツナが口を開く。


「‥‥不死身だな、ボルドマン。」


ボルドマンは、黙って聞いている。


「――だけど、死神でもある。」


言葉を噛みしめて、飲み込む。

首をゆっくりと、縦に数回振る。


「‥‥ああ、そうさ。俺に関わるヤツは、どんなヤツでも死んでいく。」


ボルドマンが呟くように、言葉を絞りだす。

絞りだした言葉は、後ろで燃え盛る赤い炎に舞い上げられて、青い空に吸い込まれていく。


‥‥‥‥。

‥‥。


青い空から乱入者。

ショッピング通り、そのビルの屋上から、狼の遠吠えが聞こえる。


セツナは顔を上げる。


どこからともなく現れた狼は、通りを挟むように、二頭で空に向かって吠えていた。

遠吠えを終えると、いとも容易く壁を走り、道まで降りてくる。


そして、ボルドマンの前に陣取るように、セツナに向けて牙を向ける。

ボルドマンが、言葉を続ける。


「――だからこそ。一人でも多く、地獄へ道連れにしてやるのさ。」


言葉は、重く地上を支配した。


彼はスーツの内ポケットから、片刃のナイフを取り出す。

ボルドマンが左手の甲をこちらに見せる。


手の甲には、何やらルーンが浮き上がって、光りを纏っている。

そのルーン目掛けて――、片刃のナイフを突き刺した。


彼の身体に変化が起きる。


筋肉質だった身体は、さらに隆起して、肉体を覆う紳士然としたスーツを中から押し上げる。

手の爪が伸びていき、体毛が濃くなっていく。


口が裂け、顎が発達し、顔がみるみる人狼のそれへと変貌していく。


ウェアウルフとなったボルドマンは咆哮。

建物の窓が揺れて震え上がる。


セツナは、右手に装備したガントレットを、左手で触る。

そして、静かに右手を下段に構えて、戦闘姿勢を取った。


――追跡劇は、いよいよ終幕の火蓋が切られる。

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