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第27話 囚われの身

 朧げながら意識はあった。


 倒れ伏した俺をあざ笑った男エルフは、最初のエルフが持っていた手斧を手に取ると、モニカさんをぞんざいに投げ捨て、扉を壊して部屋に侵入した。


 そこからは、途切れ途切れにしか覚えていないが、エルフは母上を人質にとって、ドラマの銀行強盗よろしくテルミナ家の馬車を奪って逃走した。

 どういう思惑か、俺とモニカさんも一緒に連れ出された。

 跳ね回る馬車の荷台で、俺はフランが捕まらなかったことに喜び、意識を手放した。



◇◆◇◆◇



 俺が意識を取り戻したのは、薄暗い石の床の空間だった。


 身体に怠さは残っているが、一応は動ける。が、すぐに手と足に枷がはめられていることに気づく。ご丁寧に、手枷は鎖で壁に繋がれている。


「レオ、気がついたの?」


 もぞもぞしていると母上の声が薄暗がりの中から聞こえた。目を凝らすと母上も枷をはめられて反対側の壁に繋がれている。


「はい……。ここは?」


「分からないわ。馬車に押し込まれてかなり走ったから、テルミナ領から出たのかもしれないわ」


 良かった。母上は大丈夫そうだ。冷静さを失っていない声が嬉しい。


「もう真夜中ってことですよね……。暗いのはそのせいか」


 高い場所から微かな光が室内に落ちている。月明かりだろう。


「母上は大丈夫ですか?」


「ええ、怪我はしていないわ。不自由ではあるけどね」


 母上はそう言って、ジャラリと鎖を鳴らした。


「フランは無事ですか?」


「ええ、クローゼットの中に押し込んでおいたから気付かれなかったわ。不幸中の幸いね」


 それは何よりの朗報だ。しかし、モニカさんの姿が見えない。


「モニカさんは?」


「別のところに連れて行かれたわ……」


 クソっ! 何をする気だ!?


「俺たちが連れ込まれてどれくらい経ちますか?」


「四半刻も経っていないわ。レオは動ける? このままじゃ、まんまとアイツらがの思い通りになってしまうわ」


 俺と母上は、なるべく小さな声で情報交換をする。そこで聞いた話は、予想に違わずのものだった。


 にわかに前庭が騒がしくなったことに気づいた母上たちは、取るものとりあえず談話室から2階に避難した。先生が3人のエルフの侵入を許したと大声で警告したのを聞いたので、離れに居た人員は全員で固まって部屋に閉じ籠もったそうだ。モニカさんが扉の前で敵を食い止めている間に家具を動かして即席のバリケードを作って震えていたところに俺たちが来たらしい。


「レオはよくやったわ。エルフは1人減っていたし、女性のエルフは気を失っていたしね。かなり時間を稼げたから、領軍も集まって、私たちを追跡できているはずよ」


「そうすると、ここで大人しく救出されるのを待つか、脱出するかですが……」


「また人質にされるのは避けたいわね。ここが生命の賭け時よ。レオがしっかり走れるまで回復したら──やるわよ」


 さすが、『勝負所でチップをドンと積めるようにね』と言い放った母上だ、迷いの欠片も見せない。確かに、救出部隊が来ても、また人質にされてはたまらない。


 改めて、身体の調子を確かめてみる。手枷と足枷は重いが、持ち上げられないほどじゃない。しかし、動きがワンテンポ遅れる感じがする。頭を振ってみると少しクラクラした。


「俺の回復はもう少し掛かりそうです。回復したらその時に、回復が足りなくても、夜明け前には決行しましょう」


「了解。じゃあお互い休みましょう。体力と気力の勝負になるからね」


 それきり静かになった母上を邪魔をしないように、俺も口を噤み、これからの動きについて考えを巡らす。


 まず、エルフたちの目的がミスリルなら、順当に人質とミスリルの交換を持ちかけるだろう。

 だが、俺の予想では、伯父上は交渉には乗らないと思う。伯父上はあれで、情け深い人だ。俺たちの無事を心から案じていることだろうが、身代金が家宝ということであれば、ことは個人ではなく家の誇りの問題である。


 母上の予想が正しければ、今現在も俺たちの救出のための人員と作戦を用意している最中のはずだ。


 脱出を試みるとして、伯父上の行動を阻害するものであってはならない。ならば、まずテルミナ家にとっての急所になりうるモニカさんを一緒に連れ出さなければならない。どうにかして彼女の居場所を割り出さなければ……


 仮に脱出できたとして、次は伯父上にそのことを知らせなければならない。目的を達してしまえば、救出部隊は無駄な戦いをしなくて済む。


 さてさて、どうするべきか。まずはここがどこなのかを知るところからか。


「おーう! 元気かねぇ、雑魚のレオナルド~」


 薄闇の中に松明の明かりが侵入してきたと思ったら、現れたのはアブラーモだった。

 エルフと協力関係にあるため、一緒に行動しているだろう。つい半日ほど見たときと、姿形は同じだが、機嫌は正反対だ。炎に照らされて、脂ぎった顔がギラギラとテカっている。


「よう、土下座の得意なアブラーモ。ここでもあの土下座を披露してくれるのか? 母上、面白い見世物が始まりますよ」


「ぐっ! 貴様ぁ! ──いや……、くっくく! そうだったな貴様は口だけは達者だったな。だが、今の状況を見よ! 貴様は枷に繋がれ、生かすも殺すも儂次第だ。これが、あるべき姿なのだ。儂に歯向かった報いよ。どうだ? 正しく力の差、能力の差を理解しているか?」


「虫並みの阿呆のことなんて理解しようとしても無駄だろ。で、何しに来たアブラーモ」


 アブラーモがニチャリと笑って俺と母上を見た。その表情は俺には狂人のそれとしか思えなかった。


「くっくく! 貴様にこれから最高のショーを見せてやろうと思ってなあ! 初めに言っておくぞ。どれほど泣き叫んで許しを請うても儂が満足するまでは終わらんぞ。絶望にのたうち回れレオナルド!

 儂は! これから! アデリーナを犯す! 犯し殺す!

 くくくっ! くははははは!! 最初からこうしておけばよかった!」


「テメェ……!」


 こいつ! 完全にイカれやがったか! 後先なんて考えてねえ。(けだもの)そのものだ!


 今すぐこいつを殺そうと立ち上がりかけた俺を止めたのは母上の声だった。


「レオ、短慮は止めなさい。──ねえ、アブラーモ、私を犯して殺してその後レオはどうするの? 殺す気なら、私は相打ち覚悟であなたに反抗するけれど」


 母上の声が震えている。そりゃあ枷をはめられて犯して殺されると宣言されりゃあ誰だってそうなる。が、口調は静かだ。まだ冷静さは失っていない。


「気丈なことだなぁアデリーナ。そうだなぁ、儂を満足させてくれたらお前だけは助けてやってもいいかもなぁ。儂に心から服従すれば考えてやらんこともないぞぅ。くはははは!」


 気持ち悪い。ただただ気持ち悪い。吐き気がする。

 1秒たりともこいつと同じ場所にいたくない。


 俺は母上を見る。母上の口が「まだよ」と動くのが見えた。沸騰しそうな頭をぎりぎりで押さえつけ、俺は機を窺う。


 静かに【金属操作】を発動して、足枷の金具と壁に繋がれた鎖を酸化して朽ちさせる。わずかに繋がりを残したところで一旦スキルを止めて、2人に目を凝らした。


「うーん、アブラーモに抱かれるなんて死んでも嫌ね。世界中の女性も同意見だと思うわよ。脂っこくて、臭くて、品性下劣な獣の相手なんて御免こうむるわ」


「その澄まし顔がいつまで保つかなぁ?」


 アブラーモが下卑た顔のまま母上に近寄る。母上は体を丸めて顔を背けるが目線は俺に向けたままである。


 アブラーモが背を向けて、意識を母上に集中した時が勝負だ。音を立てないように慎重にスキルを発動して足枷の金具を完全に朽ちさせる。鎖はどうやっても音が出そうなので、最後の瞬間に一気にやるつもりだ。


「い、いやッ! 近づかないで!」


「けひひ! 泣きわめけ! 所詮は儂のための生贄にすぎんのだぁ!」


 演技か本気か、母上が少しでも遠ざかろうとするが、鎖に繋がれたままなので、ガチャガチャと耳障りな音が鳴るだけだった。


「さあ、観念しろぅ」


「今よ!」


 母上がわざと立てた鎖の音に紛れて、おれは自由になった身体で背後に忍び寄り、足枷だった分厚い木の板で力任せにアブラーモの後頭部を殴りつけた。

 アブラーモは母上に手を伸ばした格好のまま、顔面から床に倒れ落ちた。


「母上! 大丈夫ですか!?」


「ふーふー、ええ……、大丈、夫……よ」


 すぐに母上の拘束を外し、抱きしめた。


「良かった。本当に良かった」


 スキルでいつでも拘束は外せたものの、気が気じゃなかった。実際、もし俺が気を失ったままだったらと思うとゾッとする。


「あ、ありがとうね、レオ。流石に怖かったわ」


 俺たちは落ち着くまで抱き合ったままだった。


「起きる前に、アブラーモにトドメをさしましょうか」


 俺は当然ここでアブラーモを殺すつもりだった。決して許せないし、生かしておけばこれからも俺たちに絡み続けるだろう。よりあくどい手口を講じるかもしれない。ここは、殺すの一択だ。


「駄目よ。既に死んでるなら仕方ないけど、今から殺すのは許さないわ」


「何故です。ここで殺すのが世のため人のため、俺たちのためです」


「絶対に駄目。たとえ相手がアブラーモでもレオが人を殺すために殺すなんて母として認められない。こんな獣のために、手を汚してほしくないの」


 頑として譲らない気配の母上に俺は従うことにした。不満はあるがやむを得ない。


「……じゃあ、厳重に拘束しますね。つうか、さっきの一撃で死ねばよかったのに……」


 アブラーモは完全に伸びているが、死んではいないようだ。できれば、脳内出血とかで時間差で死んでくれないだろうかと心底願った。


 アブラーモを壁際に引きずって、俺が繋がれていたのと同じように手枷と足枷をはめて鎖につなぐ。壊した鎖も金具も、もちろんスキルで修復した。

 併せて、アブラーモの服を剥ぎ取り、それを猿轡にして何重にも巻いた。

 せめてボコボコにしてやりたいと思うが、眼を覚まして騒がれると厄介なので我慢せざるをえない。


「レオ、すぐに逃げたいけど、なるべくスキルの痕跡を消しなさい」


 幸い、アブラーモが侵入していたときのままなので、鍵は開いている。速やかに逃げるとして、最低限の準備は必要だ。

 母上を戒めていた鎖の根本をスキルで柔らかくして、引きちぎる。これで、見た目だけは力ずくで脱出したように見える……かもしれない。手元に残った鎖で、またもや鉄の棒を作成して装備する。


「母上は武器いります?」


「武器は、無用の長物ねぇ……。盾を作ってもらえるかしら」


 そういうリクエストであれば簡単だ。鎖では材料が足りなかったので、俺たちが入れられている部屋の分厚い扉、木の扉だが、これを格子状に補強してある鉄をスキルで剥がして小さめの盾を作る。


 ここまでやると、スキルのことは隠しようがないな。誰かにバレる覚悟がいるかも知れない。


「じゃあ、行きますか。モニカさんの救出は……逃げる途中で見つければ助けますが、探し回るなんて出来ません。最悪は……彼女を残したまま脱出します」


「どこにいるのかしら……」


 盾を母上に渡して感触を確かめてもらう。重いが、持てないほどではないだろう。


 アブラーモの落とした松明を拾って、そっと扉の向こうを覗き込む。窓一つない石造りの廊下が見える。この牢は行き止まりにあるようだ。逃げる方向は迷いようもないが、見張りはきっといるだろう。


 静かに速やかに、排除できればいいが……。


 ふと思いついた俺は、牢内に戻ってアブラーモの持ち物を剥ぎ取ることにした。


「何をしているの?」


「小心者のアブラーモのことだから、毒とかを持っているかと思いまして。──あ、ビンゴです、短剣と小瓶。割れてなくてよかった」


 小瓶の蓋を開けて匂いをかぐと、つい半日前の記憶が呼び覚まされた。これは……俺が気を失った時に嗅いだ匂い。ということは、麻痺させる薬品か。

 試しに短剣の刃に1滴だけ垂らしてみる。ドロリとした液体のようだ。


 その短剣でアブラーモの首筋に薄っすらと傷をつけて、しばらく様子を見る。アブラーモは切り傷を付けたときには身じろぎをしたが、すぐに大人しくなった。効果はよく分からなかった。


 俺は鉄の棒をパイプ状に加工し直し、吹き矢を作ることにした。過去にも作ったことがあるので、迷いなく手が動く。2つ作って、1つは母上用だ。余った鉄はすべて先端を針状にした矢にしてしまう。


「母上、おそらくは痺れ薬です。それを付着させた矢の扱いには注意して下さい」


「吹き矢ね。これなら使えそう。いつぞやの投網があれば良かったのにね」


 はは、アレは成功率が低すぎて完全にお蔵入りになってる。無事に脱出できたら護身用の道具も開発しないとな。


「じゃあ、行きましょうか」


「ええ、レオの指示に従うわ。任せたわね」


「任されました」


 俺たちの脱出行が始まった。

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