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第28話 脱出

「母上、エルフたちの人数はわかりますか?」


「そうね……、総勢で30人いないくらいかしら。お屋敷の戦いで歩けない位の怪我をしていたエルフもいたから、動けるのは概ね20人くらいかしらね。でも私は馬車に閉じ込められてたから、途中で合流したり、元々この建物で待機していた人数は不明よ」


 見えた範囲で動けそうなのが20人前後か。いくらなんでも他国に100人は連れてこないだろうから、最大人数を100と仮定して、怪我人が10人、戦闘要員がどれくらい残っているかにもよるが、3分の2として60人は見ておく必要がある。とすれば、見張りが1人ということはあるまい。


 石造りの廊下を進むと、短い階段があった。段数の少なさから言って、ここは半地下なのだろう。

 半地下の牢を持つ施設など、衛兵の兵舎か貴族の屋敷くらいだ。貴族の私兵が守っていることも考えられる。人数が完全に読めないな。もうそこを気にするより、出たとこ勝負でやるしかないか。


 松明を母上に預けて階段を登り、扉に耳をつけて人の気配を探ると、何かを話している音が聞こえる。内容までは聞き取れないが、複数人が見張りに付いているということだ。


 さて、どうするかと考えたところで、にわかに扉の向こうが慌てる気配がした。


 鉢合わせはゴメンなので、母上のところまで下がり、松明を壁にセットして2人で死角に潜む。

 ややあって、ギィと扉が開く音と、若い女性の声が聞こえた。


「捕らえたニンゲンたちはここにいるのね?」


「はい。先程、あの貴族が入っていきました。今頃酷いことになっているでしょうから、お嬢様は入らないで下さい」


「そうはいかないですわ。人質を無駄に殺されては計画が失敗しますのよ。むしろ、あの気持ち悪いニンゲンから助け出して恩を売って、彼らの口からミスリルを渡すように説得させましょう」


「はあ、そううまく事が運ぶとは思えませんが……」


「これも我が家の危機を救うためです。悲惨な事になっていても目を背ける訳にはいきません。せめて、生命だけは助けて差し上げましょう」


 とんでもないことを言ってるな。力ずくで誘拐しておいて、『助けて差し上げる』だ? 犯罪者が善人ぶってんじゃねえよ。

 でも、これなら遠慮はいらんな。”目には目を”でやらせてもらう。


 死角に潜んでお嬢様と呼ばれたエルフを待つ。


 先導するエルフが俺たちの横を通り過ぎたところで飛び出した。男のエルフを突き飛ばし、お嬢様エルフを捕らえた。


「動くなっ!」


 慌てて剣に手をかけたエルフを制止して、母上のところまで下がる。母上から吹き矢の矢を受け取って首筋に突き刺した。


「痛っ! ニンゲンが! (わらわ)に何をした!?」


「暴れられると面倒なんで眠ってろ。なに、生命だけは助けて差し上げるぜ」


 しばらくは暴れていたが、直に大人しくなった。しかし凄いなこの痺れ薬。とんでもない効き目だぞ。


「お前らは下がれ。もっとだ、もっと下がれ。下手な真似はすんなよ。お嬢様の生命が惜しいならな」


「クソッ、こんなことをしてタダで済むと思ってるのかニンゲン!」


 兵士風のエルフは俺を殺気を込めた眼でにらみながらジリジリと下がって、吐き捨てるようにそう言った。


「もうひとり、俺たちの仲間を拐ってきただろう。ここに連れてこい。急げよ、疲れて俺の手元が狂う前にな」


 アブラーモから奪った短剣をお嬢様エルフの首筋に当て、要求を伝える。


「まて、その御方を放せば連れてきてやる」


「100数えるうちに連れてこい。連れてこなかったら、ご立派な長い耳を切り落とす。怪しい動きをしても切り落とす。──じゃあ、カウントダウンだ。いーち、にーい ……」


 兵士エルフは悪態をついて逡巡していたが、カウントが20を超えたあたりで、モニカさんを連れてくるように指示を出した。


 モニカさんを待っていると、現れたのは彼女ではなく、俺と戦った男エルフだった。


「はっはー。到着してすぐに脱走なんてガッツあるじゃねえか。でもよう、お嬢様を人質に取るのはオススメできねえな。こっちも手加減できなくなるんでな」


 なにが手加減だ、と思うが反論はしない。男エルフを睨みながらカウントダウンを続ける。


「おいおい、今連れてきているからそんなに焦るなよ。そっちが有利なんだ、落ち着けって」


 時間稼ぎには応じない。その意志を込めて、お嬢様エルフの耳の付け根に短剣を当て、刃を喰い込ませる。


「やめろっ()ってんだろうがっ!」


「動くな。会話を楽しむ余裕はこちらにはない。お嬢様が大事なら口を開くな」


 形勢は逆転したかに思えるが、僅かでも隙を見せれば、即座に殺されるのは明らかだ。可能な限り集中しておかなければならない。


 後は、こちらからの要求をどこまで呑ませることができるかだな。

 俺たちの安全が確保されるまで、絶対に身柄は渡さないが、モニカさんは返してもらう。不公平な取引だが、今の反応から察するに、このお嬢様エルフの重要度はかなり高い。成算はある。お嬢様エルフを人質にとったのは正解だったな。


 逃げるには、鞍付きの馬だな。それが一番逃げ足が速そうだ。モニカさんがしっかりと動けるようなら馬を3頭用意させよう。モニカさんが動けそうにないなら、エルフを見習って馬車を用意させるか。問題はお嬢様エルフをどこまで連れて行くべきか……。早々に解放したらこちらが危険だし、どこまでも追ってこられても困る。すぐにテルミナ軍と合流できれば諸々解決だが、そう好都合に進むとは思わないほうがいい。


「連れてきたぞ!」


 俺の考えがまとまらないうちに、兵士エルフがモニカさんを連れてきた。太ももには、かなり広い範囲に包帯が巻かれている。もしかして治療していたのか? まあ無事ならいいか。


「モニカさん、大丈夫か? 非道いことはされてない?」


「なんとかね……。走るのは無理そうだけど、剣は振れるよ」


「無理はしないで。──おい、エルフども、モニカさんを解放してこちらに渡せ。ついでに武器もモニカさんに持たせろ」


「お嬢様と交換だ!」


 男エルフが悲壮な顔で怒鳴る。


「交換したら、また人質にするだろうが、ふざけんな。お嬢様の生命が惜しければモニカさんを解放しろ。俺たちはまた人質になるくらいなら死ぬ覚悟があるぞ」


「お嬢様と交換ならこちらは手を出さないと約束する。世界樹に誓ってもいい」


「信用できるか阿呆。さっさとやれ」


 こちらの覚悟を示すためにお嬢様エルフの耳に喰い込ませた短剣を動かして1センチほど切ってやる。途端に血が横顔から首筋に流れた。お嬢様エルフは顔をしかめたが、起きる様子はない。


「貴様っ! 万死に値するぞ!! このニンゲンがどうなってもいいのか!」


「何度も言わせるな。お嬢様を耳無しエルフにしたいのか?」


 エルフ共が激昂するが、それだけこのお嬢様エルフが大事ってことだからな、むしろいい傾向だ。


 エルフ共は、ごちゃごちゃと話し合っていたが、こちらが折れる気がないことを悟ると、モニカさんを解放してこちらに押しやった。

 たたらを踏んでモニカさんがこちらに来るのを母上が抱きとめた。


「ありがとうレオナルド君、アデリーナ様」


「どういたしまして」


 エルフ共から視線を外さずにモニカさんと話すが、俺みたいに薬でやられていた訳ではなさそうだ。


「次は馬車を用意しろ。ここから十分に離れたところで安全が確認できたら、お嬢様は解放してやる。おっと、うだうだと喋るな。口ではなく手を動かせよ」


「本当にお嬢様を解放するのだろうな?」


「十分に離れた場所で、安全が確認できたらな。神に誓ってもいいぜ」


 安全が確保できたか判断するのは俺だがな。


「ちっ、やむを得ん。おい、馬車を用意しろ」


 男エルフはそんなにお嬢様エルフが大事なのか、口調も変わったし、思ったよりも楽に交渉が成立した。気は抜けないがここまでは順調だ。


 エルフ共を屋外まで下がらせ、弓で狙撃されないように壁際に沿って移動する。外は、森の中のようだった。

 石造りの壁や床がかなり風化しているので、古い砦跡っぽいな。


「用意したぞ!」


 幌付きの荷馬車が用意された。と言うか、うちの馬車だ。モニカさんにお嬢様エルフを預かってもらい、なにか小細工がないか入念にチェックする。まあ、予め用意してなきゃ馬車に変なものを仕込む時間はなかっただろうがな。


「良し、母上たちは荷台に乗ってくれ。俺が御者をする」


「おいニンゲン、名前はなんという」


 男エルフが話しかけてきた。憎い敵であっても、今は交渉相手だ、答えてやるか。


「レオナルドだ。そっちは」


「ジャンポールだ。お嬢様を解放するとはっきりと誓え」


「そちらが俺たちに手出しをしないで、安全な場所まで離れた時点で解放することを神に誓う。そっちも手出ししないことを誓えよ」


「……レオナルドらに手出ししないことを世界樹に誓う。では行け。弓の届かん距離で追走するがこれは譲れんぞ」


「いいだろう、ジャンポール。街道はどっちだ」


「あの門を出て道なりに下っていけば行き着く。迷いようもない」


 母上たちが荷台に乗り込んだのを見届けて、俺も御者台に登り、柔らかく馬の尻を叩いた。広場のようになっている石畳の中をゆっくりと進む。エルフたちは一様に俺を睨んでいるが、素直に進路を開けた。


 街道にさえ出れば、救出部隊とも合流できる確率が高くなる。いよいよ生還の目が出てきたな、と考えていたところ。


「おおっと、ここまでだよ!」


 砦の門前に陣取ったエルフ共が俺たちの行く手を遮った。数は20人くらいか、全員武装している。

 その真ん中にいるあいつは、俺が投げ飛ばした女エルフだ。だいぶ時間も経っているから、回復してピンピンしている。


「道を開けろ! お前たちのお嬢様とやらがどうなってもいいのか!」


 完全に悪役のセリフだがこう振る舞うしかない。


「だからってハイそうですかと見送る馬鹿はいないよ!」


 ジャンポールが女エルフに駆け寄る。


「何をやっている、ヴィヴィアン! お嬢様が人質に取られているのだ、刺激するな!」


「ざまぁ無いわね、ジャンポール。おめおめと見逃すなんてありえなんだけど」


「お嬢様が最優先だ! あのレオナルドという男は離れたところで解放すると神に誓った! ここは大人しく行かせろ!」


 ヴィヴィアンと呼ばれた女エルフは肩をすくめて小首をかしげた。


「そうだねぇ……、でもお嬢が囚われたんなら助け出すのがアタイらの役目じゃないのかい?」


 おいおい、ここで仲間割れするなよ。


「そろそろ眠いんでね、一先ず通してくれないか?」


「はっ! 勝った気になってんじゃないよニンゲンが! 昼間の借り、返させてもらうよ!」


「な!? 馬鹿、やめろ!」


 ジャンポールが、剣の柄に手を伸ばしたヴィヴィアンを押さえようとするが、横合いから繰り出された槍に脇腹を深々と突き刺された。


「ぐはっ、何を……?」


「お嬢もろとも殺せ! 絶対に逃がすんじゃないよ! ──ジャンポ~ル~、悪いねぇ、あんたもここで死んどきなぁ」


 目の端にぽっと明かりが灯ったので顔を向けると、エルフが弓に火矢を番えているのが見えた。


 本気でやる気だ!

 急転直下の戦闘開始に、俺は半ば無意識でムチを振り下ろした。


「どけぇ!」


 棹立ちになった馬が、嘶きと共に全力疾走を開始する。

 俺は頭を低くして、何度も馬の尻を叩く。

 狂乱状態になった馬がエルフを2,3人弾き飛ばして進み、門をくぐった。


「何やってるんだい! 火矢だよ! 燃やせ燃やせ燃やせ! 追え追え追え!」


 俺の位置からは後ろが見えないが、ボスボスと幌に何かがあたる音が聞こえてきた。


「母上、大丈夫ですか!?」


「幌に火がついたわ! どうする!?」


「幌は外せますか!? 距離が取れたら幌を捨てて下さい! その後は盾とエルフを壁にして身を守って! 右に曲がりますよ! 何かに掴まって!」


 浅いカーブだが、危険な進入速度だ。手綱の片方を引っ張って、無理やり馬の頭を曲がる方向に向ける。

 サスペンションのない馬車なので、地面からの突き上げが酷いし、バキバキと馬車のどこかが傷む音がするがかまってはいられない。幸いにもこの馬車は車軸周りを補強してある。ちょっとやそっとじゃ壊れないはずだ。

 最速で、街道まで走る!


「追手は来ていますか!?」


「暗くて見えないけど、森の中からも矢が飛んできてるみたい!」


 ハナっからこうするつもりだったのかよ! 糞エルフが!

 胸の内でエルフを罵倒するが、状況は悪くなっていく。後頭部に熱を感じはじめたということは、かなり火が回ってきたか。


「モニカさん! 動けるか!?」


「ええ、緊急事態よ! 何でも命令して!」


「モニカさんの判断で幌を捨てて! 矢より炎の方が危険だ!」


「承知! そっちも矢に気をつけて!」


「おう!」


 気をつけるも何も、やれることは身体を縮こませて、ムチを振るしか出来ないけどな!


 バキャッと材木が折れる音がして、背後が涼しくなった。骨組みごと幌を捨てたのだろう。

 目印になる光がなくなったことで、弓矢の命中率も下がるはずだ。


「延焼してないか!?」


「大丈夫よ! アデリーナ様は必ず守るから前に集中して!」


 確かに、火がなくなって頼りは月明かりだけだ。進行方向はギリギリ見えるが、道の状態などは把握できない。これは集中していないと、馬車ごと転倒してしまうかもな。


 それから、しばらくは矢も射掛けられなくなった。待ち伏せゾーンは抜けたかと、馬の速度を若干落とす。


「モニカさん、ここはテルミナ領か?」


「いえ、こんな場所は知らないわ。多分セブン領よ。東に向かえばテルミナ領に行き着くけど、距離は分からない」


 東ってどっちだ?! いや、迷うのは後回しだ。今は前に進むことだけを考えねば。


 更に馬車を走らせて行くと、道の先に何かがあるのが見えた。まだ距離があるので、それが何かは知れないが、きっと俺たちにとって悪いものだ。


 母上たちに警告してから、手綱を強めに引く。既に息が上がっていた馬は素直に速度を落とした。


 近づくにつれて、そのなにかの輪郭が見えるようになる。


 丸太だ。巨木ではないが、馬車が乗り越えるのは不可能な太さのものが道を塞いで横たわっている。


 俺は、最悪の気分で馬車を止めた。

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