20.かがみよ、かがみ
・前回のあらすじです。
『主人公が、魔女の本音をきこうとして、失敗する』
・今回の大筋です。
『主人公たちが、ヒロインと通信する話です』
「先生。私は妹に、似ているかしら」
魔女は言った。玻璃の谷の底で、声は響かずに、溶けた。
葵の視線は、下にそそがれていた。
史貴姉妹は、ふたりとも金髪で、碧眼で、端正な面差しをしていた。
異なるのは、タイプだった。
妹の茜は小柄で、小動物めいた愛らしさのある少女だった。対して、姉の葵は背丈もあり、女神か悪魔を偲ばせる、完成された美の所有者だった。
「似て……そうですね。似てた、と、思います」
和泉は答えた。
スッ、と葵のくちもとに、笑みめいたものが走る。
「そう。私は、自分はもっと、美しい人だと思っていたわ」
彼女は岩から腰をおろし、床にひざをついた。垂れた黒衣のすそは、つややかな表面の奥で、赤色に変じていた。
「意外と、かわいらしかったのね」
葵はひとりごちる。
「学長……ナルシストだったんですね」
和泉は半眼を向け、声を止めた。体育すわりを解き、這っていく。
葵の足もとに、赤い法衣の少女がいた。
「あ、茜!」
和泉は地面に吠えた。床の下に、彼の探し求めている少女はいた。
上下は反転している。まるで葵の影が、そのまま少女に、すり変わったかのようだった。
肩で断った金の髪。大きなグリーンの瞳。
賢者の外衣をだぶつかせた、ほそい腕を組んで、少女――史貴 茜は、ムスッとくちを引きむすんでいた。
「茜! ……これ、出してやれないんですか?」
和泉はとなりを振りあおいだ。葵は両膝をついたまま、首を横に振る。
「虚像だもの。本体は、べつのところにあるわ」
葵の言葉は、揺れていた。
「谷の水晶を媒介にして、映しているのね。ここまで魔法を飛ばしたのは……『共鳴』ってやつかしら。私、あれは、あんまり信じていないんだけれど」
葵は、ほそい眉をひそめた。
魔術師のあいだでは、オカルトとして信仰されている仮説が、いくつかある。
『共鳴』は、そのひとつだ。
兄弟や姉妹のあいだには、なんらかの精神的なつながりがあり、魔法や能力の共有、あるいは、一種のテレパシー的な交信が、可能になるという。
和泉たちの所属する【学院】では管轄外だったが、べつの学術機関では、一卵性双生児を募っての研究がおこなわれていた。しかし、目立った報告はあがっていない。
床のなかの茜は、上を指さして、なにかを言っていた。発音は、一切ない。
和泉はもどかしかった。
上司のいるのも忘れて、彼は声を荒げる。
「なに? えっと、四文字の言葉かな」
「『だ、い、す、き』かしら」
「それは学長が言ってほしいだけじゃ……あ!
」
茜の像が震えた。光の筋が、ノイズをつくる。少女はもう一度、肩を怒らせて叫んだ。
和泉は、彼女のくちの動きをマネる。
「『あ』……『あ、い、し、て』じゃない。『あ、い、て、る』。開いてる?」
茜は、大きくうなずいた。
それから映像が乱れ、少女は消えた。
「こっちの会話は、つつぬけだったのかしら」
地面には、金髪碧眼の、姉のほうの顔が映っていた。
「ぬすみ聞きなんて、行儀がわるいわ」
葵は立ちあがった。
「開いてるって……」
和泉も、身を起こす。彼は自分の服を叩いた。
(どっかに、穴でも開いてたのかな)
手はフリースのポケットに、硬いものを見つけた。それは茜が、使い魔に準備していた贈りものだった。
四角いつつみは、長時間の探索で、角がひしゃげていた。リボンは……、ほどけていない。
「開いてるって、なにがでしょう」
「ひとつしかないわね」
葵は天井を見あげた。上層の底が、ぴたりと空を塞いでいる。
魔女が意識していたのは、一層目にできたのであろうものだった。
「もどりましょう。和泉先生」
葵は和泉の腕をつかんだ。転移の光が、ふたりを囲む。
ぱきん。
と金属の砕ける音が散った。
水晶の谷から魔術師たちは消えた。
・・・・・・
草の地面と群青の空の広がる土地に、ふたりは出た。
うしろには、見慣れた屋敷が建っている。東の峰から、赤い太陽が顔をのぞかせている。
外である。
和泉たちは、学院に帰ってきた。
・今年の投稿は、以上で終わりです。
読んでいただき、ありがとうございました。
よいお年を。