18.生兵法は大怪我のもと
・前回のあらすじです。
『主人公が呪文なしの魔法について、魔女に問うが、はぐらかされる』
・今回の大枠です。
『主人公と魔女が、羽休めをする話です』
・『生兵法』は、『なまびょうほう』と読みます。
和泉は、玻璃の床を歩いていた。
水晶の谷だ。【迷宮】の十七層目に、ふたりはいる。
「和泉先生」
空に蓋をした渓谷は広い。
魔法の光が、魔物を砕く。
大わしの怪物、【ロック鳥】である。
羽を撒いて、大きな鳥は、地に落ちる。
横穴からは、とかげの魔物が飛び出した。額に紅玉を持つ子竜、【カーバンクル】である。
魔女は、法衣をかえして、カーバンクルの爪を防いだ。とかげの顔に、手を当てる。
放出した熱波が、児童サイズの爬虫類を、爆破した。
和泉は参戦していなかった。
探索をはじめてから、長い時間が経過していた。
「……休憩をとりましょうか」
葵は振り向いた。てのひらを、後輩の魔術師のほうに向ける。高熱の光がほとばしる。
和泉の背後で、斧を持ちあげた巨人が、首を弾かせた。
【トロル】だ。
山のような巨躯が、うしろに倒れる。地面が、真っ青な血を受ける。
和泉は膝をついた。床は、鏡のようだった。
「あの、学長……」
彼は胃のあたりをかかえた。
「は、腹が、減りました……」
「でしょうね」
飢えと、眠気が、少年の両目をさまよわせる。四つんばいになって、倒れそうになる身体を支えて、和泉はだらだらと、汗を流した。
「学長は、だいじょうぶなんですか?」
和泉は顔をあげた。葵は、近くの岩に腰かけた。
「なにが?」
葵は丸い、黄色い宝石を持っていた。宝石は、強く輝く。
それから魔女の全身を、光がつつんだ。
「あの、なんですか、それ」
和泉は光の欠片を睨んだ。
「【魔鉱石】よ」
女の肌には、ぬくもりの色が差していた。
「黄色は、飢えや睡魔をごまかして、体力を回復してくれるの」
葵はポーチに手をいれて、緑の石をつまみ出した。
「こっちは衛生面のサポート」
和泉は涙目になった。
(ずっ、)
彼は空腹も、眠気も、トイレも、長いあいだガマンをしていた。
「ずるいです」
「……なくても平気なのかなって思って」
葵はポーチから、黄色の石を取り出した。緑の宝石と合わせて、ふたつを和泉に与える。
【魔鉱石】は、念を送るだけで、ちからを解き放つ石だった。ものによっては、状況に応じて、自発的に効果を発揮する。
魔術師が頻繁に目にする資源だが、冒険の経験のあるものと、ないものとでは、あつかいに大きな差があった。
研究室や、開発現場で活動する術者は、【魔鉱石】を、魔法の道具の材料か、触媒としてのみとらえる。
フィールドワークや、採取に重点を置く術者は、補助道具としての消費も、選択肢に入れていた。
【迷宮】のなかにおける魔法の石の価値は、主に後者に、軍配があがる。
和泉は、つかんだ宝石に、念を送った。
黄色の輝きは、彼の脳に満腹を刻む。睡眠を、遠ざける。
ふたりはここで、少し休むことにした。