は??
すごい髪の長い女がいた。いやすんごい長い。立ったまま地面を掃けるくらい。箒かっての。
白黒の古めかしい、巫女装束?のようなものを纏っているようだったが、正直髪の毛に隠れてよく見えない。
生ぬるい残暑の風と共に、熟れ過ぎた桃のような香りが漂う。嫌な匂いだが、なぜかどうしようもなく引き付けられる。もう少しで空気を舐めそうになるところだった。
見た目は成人してるのは間違いなさそうなのに、声はえらく幼い。ぶっちゃけ幼女だ。ロリババア?VRでもないのに?
そして否応なしに意識せざるを得ない、物騒なブツ。袖をはだけた左腕には、蔦模様の刺青が彫られているが、そこから先端へ向かうにつれて立体感が出てくる。
チョークのように白く細い指。その先へと伸びるのは刃物だ。博物館で再現レプリカを見たことがある。
鉄剣。古墳とかをばかすか建造していたころの、最新鋭の武器だ。
明らかにマジヤバい。そこらのファッションキチガイとは一線を画する真正の気配がある。どうやって屋上まで来たんだ。10m歩く前に交番にお邪魔しそうだが。
「ふふ、布都魔の徒のノロマぶりに呆れておったが、面白い輩というのは市井にもいるのだな」
いや誰?
そう言いたいところだが、答えてくれる気はあんまりなさそう。仕方ない。適当に合わせてお引き取り願うしかない。
「おいおい、こんな小物にあんたがお出ましになるとは、闇の連中も人手不足には勝てないのか?世知辛いねえ」
ほら、俺は見ての通り三下だから。相手するまでもない雑魚だから。あっち行って。
「なに、人ではないが手は十分に足りておる。しかし折角お膳立てしたやった舞台も、肝心の敵役がこうも鈍くてはな。その点お主、なかなか勘が良いではないか。少し付き合え。我が無聊を慰めよ」
駄目だったよ。いきなり過ぎだろ。蟻におしっこかける小学生男子かよ。こういう残酷さに現代社会の闇がふんだらら。
だが直感的に気づいたことがある。こいつは首を狙ってくる。一撃ですっ飛ばす気だ。
こういうオサレな奴は大体一発で決めるかみじん切りにしたがるものだ。こいつは多分一撃派。ならタイミングを合わせれば。
微笑みを作っていた口の端が、にわかにつり上がった。来る。
腰を鯖折りされたように後ろへ倒す。胸が地面と水平になる勢いだ。いわゆるマトリックス避け。
さっき俺の頭があったあたりに、屈折率の違う境界層みたいなものが広がっていくのが見える。危なかった。
だが一発避けただけで安心はできない。敵は俺の格好いい回避行動を見て感動してくれるわけじゃない。
とりあえず転がって逃げようと身体を捻り。
屋上から落ちた。そりゃあんな馬鹿な動きやって、バランスを取れるわけがない。
内臓の位置が手に取るように分かる感覚。肝臓浮いてるな。これが肝が縮みあがるってやつかはははやかましい。
ビルとビルの間から吹き上がる、つむじを巻いた風が心地良い。死んだな。
いや死んでたまるか。俺は夏休みデビューするんだ。そして彼女を作る。
「は!」
真横になっていた身体を縦に九十度回転。頭を真下に。
あった。こういうビルには必ずついている謎の配管。思い切り掴む。
ばきん、と音をたてて外れたが、落下速度は落ちた。完全に千切れる前に身体を引き上げる。
このままではまた落ちる。もはや一か八か。手を離し、壁を蹴った。
「ぬおおおおおおお!」
飛びかかるのは、隣のビルの窓。腕をありったけ伸ばして桟を取る。膝が壁に当たり鈍痛が込み上げるが、断じて離さない。
落下は止まった。生き残った。
いや、さっさと中に侵入して逃げねば。そのまま帰ってくれれば最高だが、そういうわけにもいかないだろう。
ご、とそれほど大きくない、しかしえらく腹に響く音。
振り向くと、ビルが切れていた。豆腐のように斜めに。
「はあ!?」
いやおかしいだろ。ここまで非現実的存在なの?リアリティライン崩れるから自重してくんねえかな。
だがそれどころじゃない。切り取られた角がずりずりとこちらへ滑ってくる。懸垂の要領で窓によじ登った。
窓の20cm下のあたりに切れはしがめり込む。そのまま観光名所の落ちない岩みたいに引っ掛かって止まった。
見晴らしが良くなったおかげで、幼女声の巫女もこちらをばっちり観賞している。上下動のない、捧げ物を運ぶような足取りで歩いてくる。
「ほほう。これを避けるか。愉快なり。度胸もあれば運もある。面白い奴よ。殺すのはよした」
マジで。ありがとう大明神様!
「どれ、一つ我が眷族にしてやろうか。嬉しかろう?」
「やっぱりね!畜生!」
傾いたコンクリートの残骸の上を、危なげなく進む。その途中で消えた。
いや現れた。俺の目の前に。
腹に剣が埋まっている。これは間違いなく女の腕から生えてるな。まともなものじゃない。
不思議なことに痛みは無い。むしろ力が湧いてくるほどだ。ただ筋肉とか精神的な力とは違う。確かに実体はあるが、俺の体のものじゃない力。
ナニかが、オれを、ヌリツぶし、テ
月が陰った。この人口の光にまみれた空で、それが見えたのは、視力まで強化されたためだろう。
女の子、だった。セーラー服を着ているんだから、変態じゃない限りそうだろう。
刀を持っていた。二尺八寸、月が手の内に収まったかのような、冴えざえとした鉄の刃。
本物の月を真っ二つにするかのように回り、刀を鉄剣の巫女に叩きつけた。