【第1審】~16~
オオカミは、赤ずきんが走り去った方をもう一度見た。
はじめは、一輪の白い花が咲いているのかと思った。
しかし、それはまぎれもなく赤ずきんが落としていった
ひとひらのハンカチだった。
僕は確信した。これは “運命”なのだと。
オオカミがハンカチを拾う姿をアケチは上から眺めていた。
「おかしい・・・一体、何が起ころうとしている……」
胸騒ぎを禁じえず、オオカミの後を追う。
オオカミはいそいそと川で念入りに血の付いた顔と手を洗い、
まっすぐに森の先にある家へと向かった。
ほどなくして、一軒の家が見えてくる。
オオカミはドアの前で、服や毛を整え深呼吸をする。
そして、控えめにトントンとノックをした。
「あ、あの…あの…オオカミです。落とし物を届けに来ました。」
胸の高鳴りを感じる。
もうすぐドアが開いて、このハンカチを渡したら
きっと赤ずきんはこぼれるような笑顔で、僕に微笑みかけてくれるだろう。
だけど、返事はなかった。
もう一度ノックをする。
やっぱり返事はない。
オオカミはこらえ切れずにドアを開けた。
「し、失礼します。」
「あっ……!」
アケチは思わずオオカミとともに声をあげた。
血まみれの刃物を持った赤ずきん。
息絶えたおばあさん。
床が真っ赤に染まって・・・・!!
「ど、どうしてこんなことを………」
無表情のまま、オオカミの方を見ようともせず少女は言った。
「ムカつくからよ。」
違う。僕は赤ずきんの笑顔が見たいんだ。
だからちゃんと本当のことを聞いてあげなくちゃ。
「わ、わかった!あ、あれだろ?
今までお婆さんに酷い目に遭わされて来たたんだよね?
だ、だから……」
「は?今どき人を殺すのに理由なんかないわよ。ダサ。」
「り、理由は・・・ない?」
赤ずきんは、オオカミの手からハンカチをもぎとり、
刃物についた血をぬぐった。
「そうよ、母親も殺すわ。」
違う!こんなのは嘘だ!この子の本心じゃない!
こんなキレイな子がそんなこと思うわけがないんだ!
だってこれは僕の運命なんだから!
「じ、自主しよう!
僕が正当防衛だったって嘘の証言をしてもいい。
君はおばあさんに襲われそうになって殺した。そうだ、そうなんだ!」
赤ずきんはぞっとするほど大人びた声で言う。
「そんなこと、みんな信じるかしら?」
「だ、大丈夫だ。僕が信じさせてみせるよ!」
強気だった赤ずきんの表情がふっと崩れ
急に不安気にオオカミをじっと見つめる。
みるみるうちに瞳がが潤んでいく。
「ほんとうに?」
自分のやってしまったことの重大さにやっと実感が湧いたのだろう。
この子には僕が必要なんだ。
「ああ、本当だ。君を保護してくれる大人だっているよ。
僕がきっと力になるから。」
「ありがとう、オオカミさん。私にはあなたが必要なの。」
赤ずきんがオオカミにそっと身を寄せた。
“ぬくもり”というものを生まれて初めて感じたようにオオカミは思う。
きっと赤ずきんも同じ気持ちに違いない。
カランと音を立てて刃物が床に落ちた。
抱きしめるために腕を回そうとしたとき、そっと赤ずきんが身を離し、
オオカミのベストの胸ポケットに赤黒い小さな鐘の形をした花を挿してくれた。
「僕だけは、絶対に君を裏切ったりしない。約束する。」




