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カナンが欲しい

 やめて……


 そう叫びたいのに、言葉が出ない。


 彼からは、HEFTIのチョコレートの甘い香りが漂ってくる。その甘い口唇くちびるで口づけられる。

 彼の右手が私の白いカシミヤのセーターの裾を手繰り上げ、ローズピンクの花柄のシフォンのミニスカートの中へと入り込んでくる。

 イヴの夜、全身を走ったあの電気のような感覚が蘇る。意識が朦朧としてきて、私は言葉も、なす術もない。


 彼の愛撫はあの夜以来、初めてだった。


 キスは数え切れないくらい、毎日のように繰り返してきたけれど、稜クンは決してそれ以上、私を求めなかった。

 私は今、この瞬間まで、彼のその優しさを当然のように思っていた。

 それが私の傲慢であったことを今更ながら、つくづく、身をもって私は思い知らされていた。


「稜クン……稜クン……」


 薄れゆく意識の中で、譫言のように彼の名を呟きながら、無駄と知りつつ、私は彼から逃れようと必死でもがく。

 しかし、利き腕でもないのに彼は左手で器用に私の自由を封じながら、右手で私を探ってくる。


 そして彼はとうとう、その逞しく引き締まった両腕で私を抱え、ベッドへ横たえた。

 私はすぐ起き上がり、横座りのまま後ずさったが、背後はすぐ壁へと行き当たり、逃げ場はない。

 着ていたシャツを思い切りよく脱ぎ捨てると彼は、ベッドの上にいる私の方へと近づいた。


「りょ…稜、稜ク…ン……」


 言葉も躰も震える私を抱き締めると、彼は、


「カナン……。愛してるんだ」


 一言、そう呟いた。


可南カナンは。純真で、純粋で、無垢で。こと、男女の機微にかけては幼くて……。俺が今まで接してきた女達の誰とも違う。だから……花が開くように、可南が自然に目覚めてくれるまで。大事に。そっと大切にしようって思ってたんだ」


 囁きながら、狂おしげな息を吐く。


「でも……。だから、さっき。初めて可南の方から、キス、してくれて。死ぬほど嬉しかった」

 愛おしそうに、私をなお強く抱き締めながら、

「やっぱり、もう限界だ」


 彼の声はまるで今にも泣き出すかのようだった。


「一生涯かけて、愛する。守る。他のには決して手を出さない。今まで女との交友関係つきあいは正直いい加減だった俺だけど、これからはカナンだけを愛し続ける。約束する。心から誓うから。だから」


 彼は私の瞳を見据えて言った。


「カナン。……可南が欲しい」


 私の心は千々に乱れていた。

 怖い……。

 それは例えようもない恐怖と言ってよい。

 自分の躰がどうなってしまうのか。

 どんな変化が起こるのか。


 でも。


 他ならない稜クンからのこの上ない愛の告白。


 私は瞳を閉じると涙が頬を伝ったが、彼の胸へと震えるその身を自ら、預けた。


可南カナン


 安堵したように私の名を小さく呟くと、彼は再び私を優しく強く抱き締めた。


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