甘く、切ないヴァレンタイン
「カナン。珈琲入ったぞ」
程なくして彼が部屋に戻ってきた。
「わあ。これ、もしかして「ダニエル」の苺のブラマンジェ?」
彼は、珈琲と一緒にケーキも運んできたのだ。
「ああ。可南好きだろ。ダイエットの邪魔しちゃ悪いかとも思ったんだけど、今日くらい、いいだろ?」
「勿論!」
満面の笑みで応える。
「この珈琲も……カフェ・ベロナ?」
「ビンゴ! 可南の好みは承知してるからさ。昨日、スタバで豆も買ってきておいたんだ」
そんな彼の気遣いに感激しつつ、私は淹れ立ての珈琲と大好きなブラマンジェを頂きながら、ベージュ色のもふもふファー・トートバッグの中から、
「稜クン。……これ」
と、今日ここを訪れた目的の物を差し出した。
彼の瞳が急に生き生きと輝きを増す。
「開けても、いい?」
「どうぞ」
彼はエンジ色のリボンをといて、箱の中身を覗くと、
「美味そうだなあ……!」
と、心底嬉しそうに呟いた。
それは、ヴァレンタインのチョコレート。
今日は2月14日。「聖ヴァレンタイン・デー」。
丁度、今年は土曜日と重なった。
彼がそれを意図していたかどうかはわからないが、彼は今日、初めて私を自宅へと招いてくれた。
だから、彼の家でチョコを渡そうと、あらかじめ密かに用意してきていたのだ。
「HEFTI? どこのメーカー? あっさりしてて、めちゃめちゃ美味いんだけど」
彼は箱のパッケージを見ながら、早速一つ頬張ると、そう尋ねてきた。
「スイスのチューリッヒよ。パパの勤めている会社が取り扱ってるチョコなの。今は日本では販売がないんだけど、パパに無理言って、空輸してもらっちゃった」
「そりゃ悪かったな。手間かけて」
「どういたしまして。稜クンに是非、味わって欲しかったの。私が一番好きなチョコレートよ」
ふふ、と私は微笑んだ。
彼も喜色満面の面持ちだ。
そして、
「そういや、カナン。帰国子女だったよな?」
と、その話題を振ってきた。
「うん。初等部卒業までは海櫻。中等と高等部二年の夏まで、ドイツのデュッセルドルフ」
「だから、中等部から海櫻の俺とは初対面だったわけだ」
何故か彼はしみじみと、感慨深げにそう呟いた。
「そうそう。今度、オフクロにドイツ語、指南してやってよ」
「とんでもない! デュッセルドルフは日本人街だし、私、その上、日本人学校に通ってたから日常会話がやっとよ」
「充分、すごいって。……それにしてもこのチョコ、美味い!」
二段BOX仕様の中に24個入りのチョコレートのうち、彼は早くも4つ平らげてしまった。
「可南は食べないのか?」
その時、一粒も手をつけない私に気づいたのか、彼が言った。
「私はダニエルのケーキだけで充分。それに、一個でも多く稜クンに愉しんでもらいたいから」
「カナンの気持ちは嬉しいけど」
そういうと稜クンは一粒口にして、そして私をその胸に抱き寄せた。
「りょ、稜クン……!?」
「美味い、だろ?」
彼は口移しでチョコを私の口の中へと入れたのだ。
甘く、ややほろ苦いHEFTI独特のチョコの味が、口いっぱいに広がってゆく。
HEFTIのチョコレートは食べ慣れている筈なのに、何故だかいつもと違う味のように感じられる。
「カナン……」
そう呟くと、次の瞬間、
「や……! 稜、クン……!」
彼はフローリングの床の上に私を押し倒したのだ!




