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別れと出会い

「しばらく誰も入れないように」

 そう告げて、ラドビアスは先触れも無しに静かに部屋に入る。

「陛下、起きていらっしゃいますか」

 呼びかけるような確かめるような声。 寝台の横の机を見てあっ、と小さく声をもらす。 机の上にある長剣がゆらゆらと陽炎のような光に包まれている。

 一瞬それは形を変えて『鍵』に戻ると眩しい光を四方に放って元の剣の姿になる。 ラドビアスは胸を押さえながら寝台の布を掻き分けて王の様子を伺う。

 落ち着いたわずかに上下する胸。 しかし彼は愕然がくぜんと立ち竦んだ。

「早すぎる、急いで主にお知らせしなければ……」

 ラドビアスの動揺を誘ったのはヴァイロンの変化。 掛け布の上で組まれている両の手は血管が浮き、斑がいくつもある。 顔にも容赦なく本来の年齢による老いが襲いかかっていた。 彼はすぐに竜門を開けてルーファスを解す。

「主をお連れするのだ、王のご逝去が近い」

 闇に消えるルーファスを確認してラドビアスは魔道師庁のガリオールの元へ急いだ。 その途中でこちらにやって来る宰相でもある魔道師長の姿を認める。



「王のお体に何かありましたか」

「そうだ、祭祀を早急に執り行う必要がある」

「それはまた急な……」

「主には連絡してある、じきにおいでになるだろう。おまえもリチャード様、后妃様に至急お伝えしてくれ」

「承知しました」

 ガリオールは浅くラドビアスに礼をするとローブを翻して走り去った。


 うつらうつらと浅い夢の中にいた、ヴァイロンは自分の頬に触れられた感触に目を開ける。 なぜか瞼が重い。 しかし、それが垂れ下がった瞼のせいだとは気付かない。

「起きたか、ヴァイロン」

「イーヴァルアイ、何でここに?」

 自分のしわがれた声にびくりとしてヴァイロンは喉に手をやり、そのざらついた皮膚に驚いて手をかざして見る。

「――これは」

 その手を包むようにイーヴァルアイが両手で降ろす。

「ヴァイロン、時が……来たようだ」

「ああ、そうか。寿命が尽きようとしているのか。『鍵』の呪が切れたのだな――本来の姿に戻ったのか……お別れだな、イーヴァルアイ」

「わたしを」

「何だ?」

 思いつめた顔のイーヴァルアイの双眸から流れる涙。

「わたしも一緒に連れていってくれ、ヴァイロン」

「そうだな、そうすればおまえはもう泣かないで済むだろうが。でもわたしにはおまえは斬れない。国のため、だけじゃない。おまえを――愛しているから」

「いやだっ、置いていくな、ヴァイロン。お願いだから、連れて行け」

 節くれだった手を伸ばしてヴァイロンは、イーヴァルアイを引き寄せるとその唇に口付けた。

「いずれにしてももう遅い。『鍵』はわたしの意を離れているのだから。イーヴァルアイ、先に行くよ。そこでいつまでも待っている。おまえが来るのをずっと、ずっと」

「ヴァイロン、わたしは……」

「行け、おまえのやるべきことをしろ。結界を守り、国を守ってくれ、約束だ」

 言ってヴァイロンはイーヴァルアイの体を離して目を閉じて呟く。

「これで良かったのか。もっとやるべきことが自分にあったろうか。いいや、これで良かったのだ。契約を続けるのも是正するのも次代の王にまかせよう」

「――わかった、約束は守る。だから必ず、待っていろよ、ヴァイロン」

 自分の傍らから立ち上がるイーヴァルアイの気配が消えて、ことりとヴァイロンは意識を混濁こんだくの淵へ落とした。



「サイトスへ行く」

 イーヴァルアイの言葉に書面に目を通していたラドビアスが顔を上げた。

「もう、コーラル陛下のお子様をお迎えする時期でしたか」

 イーヴァルアイはああ、と言ったきり黙り込んだ。 心得顔でラドビアスは竜門を開ける。 主は王の子どもを引き取りに行く時はいつも不機嫌になる。もう何回となく繰り返し行っていることだが、ラドビアス一人に任すことはしない。 それが自分に課せられた罰なのだというように王の子どもを選び、連れ帰る。

 最初の王、ヴァイロンから子どもを奪った時のことを毎回思い出しているのだろうか。 何百年経っても主の頭の中を支配しているのはヴァイロンなのだ。

 すでに側にいないことにほっとしている自分に、ラドビアスは自嘲気味に笑みを浮かべる。 わたしは心の狭い男だと。

「コーラル、久しぶりだな。子どもを貰い受けに来た」

 王の執務室にじかに開けられた竜門から出てきたイーヴァルアイに、宰相でもある魔道師長のガリオールが立ち上がって早速子ども部屋に向かう。

「こちらでございます」

 ガリオールが自ら扉を開けて、子供に付いていた乳母や女官を追い出した。 次いでイーヴァルアイと王、ラドビアスを部屋に招き入れてぴったりと扉を閉じる。

 これから魔道の側に迎える大事な子どもを選ぶのだ。 邪魔が入るわけにはいかない。


 近寄って見た子どもの姿にイーヴァルアイは息を飲んだ――ヴァイロン?

 月の光を溶かしたようなシルバーブロンドの髪、アーモンド形の深い海を思わせる藍色の瞳。

 わたしはこの子に会うために生き永らえてきたのだろうか。 差し出したイーヴァルアイの手を恥ずかしがる様子も無く、ぎゅっと握った左側の子どもを壊れ物のようにそっと抱き上げる。



「会いたかったよ、クロード……ヴァイロン・クロード・ヴァン・レイモンドール」


 止まっていた時が――動き出した。       了


 これまで見てくださってありがとうございます。

本編の続きは「レイモンドール綺譚(転成の章)」です。

良かったら引き続きご覧ください。

 クロードのその後を外伝として書きたいな・・・とか思っております。

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