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当たって砕けろ
「遅かったじゃない。随分引き留められたのね」
「あぁ、ちょっとな」
雑用の帰りだというのに、亮の目に生き生きとした光が宿っているのを見て夏帆は怪訝な表情を向ける。
「悪いけどもうここは閉めるわよ。唯ちゃん?」
夏帆に揺り起こされて唯がハッと上げた顔には、微かに涎の跡が光っていた。緩慢な動きで唯が後片付けを始め、夏帆は戸締まりが出来ているか確認している。
このままお開きになって声を掛け損ねたら、きっとお終いだ。
「黒田さん!」
「へ?」
「これ、俺のアドレス。文化祭の準備で困ったこととかあったらなんでもいいから、ここに送ってよ」
「……うん」
唯がメモ紙を大切そうに握り込んだのを見て、亮はほっと胸を撫で下ろしたい気持ちだった。
噛まずに台詞を紡げただけでも上出来というものなのだ、受け取ってもらえたのは僥倖というべきだろう。
ともすれば緩んでしまいそうになる口を引き締めるのに必死な亮であった。




