【13-1】暴走する悪意と、聖騎士の献身
「グルルルルァァァァッ!!」
魔獣と化したグラックの咆哮が、オークション会場の空気を震わせた。 理性を代償に手に入れた暴力の権化。その巨腕が振るわれるたびに、石畳が捲れ上がり、瓦礫が散弾のように飛び散る。
「散開して! 正面に立ってはダメです!」
セラフィーナが叫ぶ。彼女は白銀の全身鎧をガチャリと鳴らし、疾風のようにグラックの側面へと回り込んだ。手にしたロングソードに、聖なる光を纏わせる。
「《セイクリッド・エッジ》!」
光の軌跡を描く刃が、グラックの太腿を深々と切り裂いた。しかし――。
「ギィシャアアッ!」
グラックは痛みを感じていないかのように暴れ回り、傷口からは赤黒い煙と共に肉が盛り上がり、瞬く間に塞がっていく。驚異的な再生能力だ。
「なっ……! 斬った端から再生するのですか!?」
「チッ、面倒な!」
影から飛び出したカゲロウの斬撃もまた、その分厚い筋肉と再生力に阻まれていた。神速の居合で腱を断っても、数秒後には繋がってしまうのだ。
「オラァッ! こっちだ化け物!」
護が正面から突っ込む。グラックの丸太のような腕が振り下ろされるのを、護は戦斧『岩砕き』の柄で受け止めた。
ガギィィン!
凄まじい衝撃に、護の足元の石畳がクモの巣状にひび割れる。パワーだけなら互角。だが、相手は疲れを知らず、痛みも感じない怪物だ。このままではジリ貧だった。
「護! カゲロウ! 通常攻撃は無意味だ!」
瓦礫の陰から戦況を分析していたメルが、鋭い声を上げた。
「奴の再生能力の源は、首筋にある! あの不自然に脈動している『核』だ! あそこを、再生が追いつかないほどの火力で、一撃で粉砕するしかない!」
「首筋だと!? あんな高いところ、届かねえよ!」
護が叫ぶ。グラックは本能的に弱点を守るように首をすくめ、暴れまわっている。近づくことさえ困難な状況だった。
その時、セラフィーナの瞳に決意の光が宿った。彼女は盾を構え直し、護たちに向かって叫んだ。
「私が、奴の動きを止めます!」
「お嬢さん、何を……!」
「騎士団に伝わる、対魔獣用の拘束術式です! ですが、詠唱には時間がかかります。その間、私は無防備になる……。お願いします、私を守ってください!」
それは、命を預けるという言葉だった。出会ったばかりの、素性も知れぬ「野蛮な」冒険者たちに。 護はニカッと笑った。
「へっ、上等だ! 任せとけ! お嬢さんに指一本触れさせねえ!」
「……チッ。無茶を言う」
カゲロウも悪態をつきながら、セラフィーナの前へと位置取る。
「主よ、迷える魂に聖なる鎖を……」
セラフィーナが目を閉じ、祈りの言葉を紡ぎ始める。彼女の体から、黄金色の粒子が溢れ出した。その神聖な気配に反応し、グラックの敵意がセラフィーナに集中する。
「グオオオオッ!!」
魔獣が、護を無視してセラフィーナへと突進した。その速度は、巨大な砲弾そのもの。
「行かせっかよおおお!!」
護が横合いからタックルをかまし、グラックの進路を強引に捻じ曲げる。吹き飛ばされたグラックが体勢を立て直し、今度は剛腕を振り回す。それをカゲロウが、紙一重で見切り、刃を受け流して軌道を逸らす。
「まだか、騎士!」
「あと少し……!」
セラフィーナの額に脂汗が滲む。護の体にも、限界が近づいていた。受け止めるたびに骨が軋み、口の中に鉄の味が広がる。それでも、彼は一歩も退かなかった。背後にいる女騎士を、絶対に守り抜くという意志だけで立っていた。
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