第七話 大剣聖うっかりときめいてしまう
ガリヤードはカイザルド王国に送り返された。怪我はルミネースに念入りに治療されたけども、魔力を限界まで消耗して身動きも出来なくなってたからね。
我が王国が用意した高級な馬車に乗せ、お世話係の人員も用意し、更に国王陛下からカイザルド王国の国王陛下へガリヤードをぶちのめした事の事情説明とお詫びの書簡を付けた。外交問題になったら大変だからね。
何やら喚くガリヤードを馬車に押し込んで笑顔で手をヒラヒラ振ってお見送りして、私はセイセイとしたわね。長年の悩みの種を一つ片付けられたので。これであのストーカー王子に付き纏われなくて済む。
「そんなに諦めのいい男とも思えぬがな」
嫌な事を言わないでくださいませロイルリーデ様。約束を破ってこれ以上付き纏うようなら、次の決闘では本当にお腹に風穴開けてやりますわよ。
国王陛下は書簡に「西天士アリフィーレは皇太子妃になる予定なので、国際平和の為に王子の挑戦は控えて頂きたい」と書いて下さったので、カイザルド王国の国王陛下がガリヤードを止めて下さると思うんだけどね。
こうして私は普段通りの生活に戻ったのだけど。……一つ気になる事があったのだ。
それは他ならぬ婚約者殿の事だった。ロイルリーデ様の事が気になって気になって仕方なくなくなってしまったのだ。
なんというか、生活していても政務をしていても、ロイルリーデ様の事を思うとなんかソワソワするのよね。朝食の時や午後のお休みの時にお会いするとウズウズするのだ。
そう、なんかこう……。
「ロイルリーデ様の強さを確かめさせて欲しいんです!」
と私はある日の午後に遂に言ってしまった。ロイルリーデ様は首を傾げる。
「なんだそれは? どういう意味なのだ」
私はティテーブルに身を乗り出して言う。
「ガリヤードをぶっ飛ばしたあの魔力! あれがどれほどのモノか、試したいのです!」
そう。私はあの時、かなり消耗していたとはいえ、上級冒険者にしてドラゴンスレイヤーのガリヤードを一撃で撃ちのめしたロイルリーデ様の魔力が、寝ても覚めても忘れられなくなってしまったのだ!
だってあまりにも強大で凶悪な魔力だったんだもの。長い間冒険者をやっていた私でも、何度も見たことがないような大魔力だった。単純に魔力の大きさで言ったら、前の西天士であるレオリードより大きいだろう。強さは魔力だけでは測れないけども。
しかも、多分あれが全身全霊の一撃ではないのだ。だってあの後、ロイルリーデ様はお疲れになった様子がなかったもの。恐らく王子を殺してしまったらまずいから、手加減なさったのだろう。
アレが軽くなら、本気の一撃はどんなに物凄い一撃になるのだろうか。それを考えると、私はワクワクして夜も眠れないほどだったのだ。
「……えー、それは私が本気の一撃を放ったところを見たい、という意味なのか?」
ロイルリーデ様が何故か引き気味に仰った。私は頭を横に振る。
「いいえ! 是非とも本気の一撃を喰らってみたいのです!」
ロイルリーデ様の額になぜか汗が浮かぶ。
「しょ、正気か? アリフィーレ」
「もちろん正気です! アレほどの一撃、そうそう受けられるものではありませんから! 大丈夫です! 私になら耐えられます!」
あの時のガリヤードは私との戦いで消耗していたし、防御も不完全だった。万全の私ならあのくらいの一撃なら耐えられる筈だ。
「強くなるには! 自分より強いものと戦わなければなりません! 防御力を鍛えるにはこれまで受けた事がない一撃を防がねばなりません!」
ここ最近、私は強くなり過ぎてしまって、本気で防御しなければいけない一撃など、受けたことがないのだ。ルミネースの全力攻撃を試しに受けた事があったけど、アレでも私の全力は必要なかった。
これ以上私が強くなるには、私より強い敵を探して全世界を旅する他ないと思っていたところなのだ。私以外の三天士であれば、少なくとも私と互角であることが期待出来るだろうからね。
でも、私はこうして皇太子妃(予定)として王宮から出られない身だ。旅する事はもう難しい、王族縛りがあると他の天士と対決出来る機会があっても戦う事を禁じられてしまうかもしれない。
そんな私にとってロイルリーデ様の大魔力は極めて魅力的だった。あの魔力は私より上だ。あの魔力を全力で叩き付けられたらこの私でもどうなるか分からないだろう。
ワクワクしてきた! この、未知の力との対決。勝つか負けるかギリギリのところで戦い、勝利を掴む事こそ冒険者の醍醐味よね! そもそもこの人のおかげで私は王宮に閉じ込められているのだから、このくらいは協力してもらわないと。
ロイルリーデ様は明らかに気乗りがしない様子だった。上目遣いで乗り出す私を見ている。
「私の魔力は……。王国のために使うべきものなのだ。王国の大地を潤し、魔物を遠ざける、時には撃ち倒すために大女神様より与えられたものなのだ」
それは分かる。そもそも魔力は大女神様が、この地を統べる王に魔物を排除する為にお与え下さったものなのだ。そのため、王族の魔力はむやみやたらに私用に使ってはならないという考え方がある。
しかし、それならば問題ない。私は胸を張って言った。
「王太子妃になる私が強くなれば、それは即ち王国が強くなるのと同じこと! そのために使うのなら大女神様も文句は言いませんわ!」
ロイルリーデ様は呆れたように口を開いてしまったけど、私のあまりの熱意に押されて、結局は私の提案にオーケーを下さったのだった。
◇◇◇
お城の訓練場。そこに私はルミネース以下宮廷魔法使いを呼んで、防御結界を何重にも張ってもらった。ルミネースは目を丸くしていた。
「大悪魔でも召喚するつもりなの?」
もちろん違う。でも、この私に傷を付ける可能性がある攻撃なのだから大悪魔どころか大魔王に対応するくらいの結界でもいいんじゃないかと思うのよね。
私は愛用の革鎧姿。片手剣も持っているけど、攻撃する気はない。あくまで防御用だ。魔力と魔力のぶつかり合いではとても敵わないので、魔力を受け流したり刻んだりして防ぐつもりなのである。
私はそういう魔力の制御技術を磨きに磨いて、大剣聖にまで上り詰めたのだ。
私はエッホエッホと準備運動をすると、片手剣を翳してロイルリーデ様に向けて叫んだ。
「さぁ! いいですよ! いつでもどうぞ!」
グレーの瞳がキラキラと輝いていたと思うわよ。久しぶりに私は本当にウキウキしてたからね。私は強い敵と戦うのが好きなのだ。
このところ私よりも強い相手なんて魔物でも剣士でもいなくなってしまって、正直退屈していたのよね。それがまさか王宮の、こんな身近に強敵が潜んでいたなんて。
ロイルリーデ様はゲンナリした顔を隠そうともしていなかったわね。彼は何度も「愛する君を攻撃するなんて気が進まない」とか「君に傷でも付けたら私は一生後悔するだろう」などと言って、私に翻意を促していた。
しかし、私があまりにも熱心にやいのやいのと対決を求めるものだから、ついに根負けして「一度だけだぞ」と言って対決に応じてくれたのだった。
やる気は全然なさそうだけど、手加減などすれば私が怒ることも察しているのだろう。どうしようかと迷っているようだった。
実際、人をこんなワクワクさせておいてへなちょこな攻撃でも喰らわそうものなら、私は怒り狂って婚約破棄まで言い出したかもしれない。私のそういう性格はしばらく一緒に生活しているのだもの、ロイルリーデ様もご存じだろう。
結局、ロイルリーデ様は決心して下さった。本気を出した方が私が喜ぶだろう。婚約者の望む物を贈るのも務めであろうと。
ロイルリーデ様は両手剣を構え「はぁ!」っと気合を入れて魔力を高め始めた。
途端、途方もない魔力が噴き上がりロイルリーデ様の姿が歪むように見えた。魔力で時空が歪んでいるのだ。魔力の圧力で空気が震え地は踊り、私たちを囲んでいる結界がバリバリと音を立てて光り始めた。
うふふふ、こうでなくては! 凄い魔力だわ! この魔力の一撃に耐えられれば私はもっと強くなれる。さぁ、来なさい! どうやって受け止めて、いなしてやろうか……。
私はそんな事を考え、作戦を練っていたのだ。……が。
その時、ロイルリーデ様の魔力がもう一段階、高まった。
……は? そもそも火山の噴火みたいな魔力量だったのに、それが倍くらい、いや、見る間にその三倍くらいになったのだ。
それはなんというか、圧倒的な魔力で、いや、魔力というか世界が裂けて魔界が溢れてきたんじゃないかという有様だったわね。魔力の奔流が、攻撃をしてもいないのに私の魔法防御を傷付け、押し潰し、周辺の結界を弾き飛ばしつつある。
ちょ、ちょっと。これは聞いてない。いくらなんでもこれは聞いてない。
私は冷や汗が浮かぶのを止める事が出来なかった。どんな敵と対峙しても、私は恐れを抱いた事などなかった。迷宮の大魔導師と対峙しても、火焔山の魔竜のブレスを叩きつけられても、氷刃の魔王と戦っても、恐れた事などなかったのだ。
その私が、ロイルリーデ様の底知れぬ魔力に恐れ慄いている。震えている。あり得ない事だった。
しかし同時に。
「す、凄い! 凄い!」
私は歓喜していた。笑っていた。これほどの魔力。これほどの力。こんなものがこの世界にあろうとは。知らなかった。世界は広い。生きてて良かったわ!
ロイルリーデ様は目を閉じて集中なさっている。その姿はこの上なく凛々しく美しい。私は正直、ロイルリーデ様のご容姿に惹かれた事など一度もなかったのだけど。この時私は魔力の中心で剣を構えるロイルリーデ様に激しくときめいていた。
あれが、私の婚約者様。この凄まじい魔力を持つ、私の未来の旦那様なんだわ! なんて素敵なんでしょう!
私はそんな風に浮かれながら、次の瞬間、ドーンと撃ち出されたロイルリーデ様の魔力にプチッと押し潰された。
◇◇◇
……いやぁ、死ぬかと思ったわよね。
まぁ、ルミネースがいなかったら普通に死んでたでしょうね。何しろ私はロイルリーデ様の撃ち出した魔力弾をまともに喰らって、存在が消滅しかけたのだ。
そこをルミネースが間一髪、転移魔法で私を救出してくれた。おかげで私は黒焦げになりながらもなんとか生き延びる事が出来たのだった。もちろん、すぐにルミネースが怪我は癒してくれたわよ。
でも、まぁ、愛用の剣も革鎧も見事に消し飛ばされたわよ。魔力の籠った安くない代物だったんだけどね、あれ。なんの抵抗にもならなかった。
治癒術は癒やされる者の魔力も消費するので、死にかけた私は魔力を大消耗して動けなくなってしまった。即座にお部屋に担ぎ込まれて絶対安静を申し渡されたわよ。
ちなみに、私がこんなになるくらいだから、城の訓練場もタダでは済まず、地面は溶けてマグマ状になり、訓練場を囲む城壁は崩壊し、王宮も大揺れでシャンデリアがいくつも落ちたらしい。
ロイルリーデ様は国王陛下に大目玉をくらい、二度とやるなと言われたそうだ。訓練場の再建もそうだけど、王宮の装飾品の修理や建物の補修などで途方もない予算が必要になったらしいからね。それは国王陛下も怒り狂うだろう。
ロイルリーデ様は私を庇って、私が対決をやりたがったとは国王陛下に言わなかったらしい。おかげで私はお咎めなしだった。ロイルリーデ様に申し訳ない。
そのロイルリーデ様は私を見舞って何度も謝って下さったのだけど、私としては悪いのはまったく自分であると思っていたので、謝罪されて困ってしまったわよ。
「私が手加減無用と言ったのですから」
私がロイルリーデ様の魔力量を見誤ったのがいけないのだ。
「いや、そもそも君に向かって攻撃することを承知するのではなかった」
「でも、それは私が頼んだのですし」
「頼まれても断るべきだったのだ」
とにかくロイルリーデ様は私を殺しかけたことを大後悔しており、宮廷魔術師や医者に「くれぐれも、傷一つないように治すように!」と珍しく強う口調で命じていた。
ルミネース曰く、毎日詳しい報告を求められて困ったそう。それは魔術で癒したら、あとは私の魔力が自然回復するのを待つしかないのに「早く治せ」と命じられても困るわよね。
幸い、私の魔力を膨大に使っただけに治癒魔術は完璧で、私には傷一つ残らなかったわよ。それでも心配したロイルリーデ様は侍女に、私の身体をくまなく確認せよと命じていたそうだ。侍女に脇の下にほくろがあると指摘されて驚いたわね。
動けるようになるまで五日掛かったけど、ロイルリーデ様は毎日毎日お見舞いに来て下さった。本当は四六時中側にいたいと仰っていたのだけど、さすがにそれは許されなかったそう。今回の件の後始末もしなきゃいけなかっただろうからね。
……ちょっと前の私なら、こんなに毎日ロイルリーデ様に側にいられたら「窮屈だなぁ」なんて思ったと思うのよね。私は婚約したとはいえ、いまいちロイルリーデ様の愛情の示し方に慣れなかったし、そもそも私の方が彼にあんまり興味がなかったしね。
でも今は、ロイルリーデ様が来てくださるのが嬉しくて仕方がない。朝起きて、そのまま朝食を摂り、安静にして魔力を回復させながらも、私はロイルリーデ様がいらっしゃるのを今か今かと待っていた。
すると朝食を終えたロイルリーデ様がお見舞いに来てくださる。ドアが開くと彼が両手を広げて私に呼びかける。
「フィーレ。調子はどうだい?」
「リーデ。もうかなり良くなったわ」
そして私はロイルリーデ様と抱擁を交わす。彼は私の頬に軽いキスをする。私もキスを返す。
そして間近で微笑みあう。うふふふ。私はベッドで起き上がった姿勢のまま、ロイルリーデ様はその横の椅子に腰掛け、僅かな時間お話する。ロイルリーデ様はお仕事があるからね。
そして彼は「また午後に来るよ」と仰って、私の頬にキスをして、去って行く。はぁ、また午後まで待つのか。私はがっかりして、ふて寝すべく羽毛布団の中に潜り込むのだった。
……。え?誰の話だって?
もちろん私。アリフィーレとロイルリーデ様の話ですよ。嘘じゃないよ。本当の話ですよ。
……理由はいくつかある。まず、私は久しぶりに死にかけた。そして治癒術のために自分の魔力を限界寸前まで使ってしまった。
魔力を失うというのは怖いものなのだ。なにしろ、常に自分を守っている防御結界はなくなってしまうし、力も、平民の少女と同じ程度になってしまっている。魔力のない私ではブルーウルフさえ倒せないだろう。
そのため大変心細くなり、情緒も不安定になった。意味なく夜中に泣いてしまうことさえあったのだ。
そこへロイルリーデ様が頻繁にやってきて、私を慰め、励まし、勇気付けてくれた。
その結果私はコロッと彼になびき、懐き、甘えるようになってしまったのだ。
そもそも基本的な話として、ロイルリーデ様は魅力的な男性なのよ。
銀髪と水色の瞳の物凄い美男子で、気性は穏やかでそれでいて威厳はあり、興味のあるものについては非常に細やかに気を遣う事が出来る。
頭も良く政治家として有能で、武芸にも優れ魔法にも通じ、しかもあんな大魔力を持っている。
魔物好きの変人で女性に全然興味を持たなかったから、女性にモテなかっただけで、本来は男性としては超有料物件なのである。
私は単純に、この期に及んでロイルリーデ様の魅力に気が付いたのである。そして魔力消費のせいで気弱になっていたところに彼の魅力が突き刺さった。
その結果、私はロイルリーデ様に甘々になってしまったのである。
ロイルリーデ様が来れば愛称で呼んで抱き合い、キスを交わし合い(唇へのキスは結婚しないと出来ないけども)、イチャイチャと楽しくお話するようになったのである。
……魔力が回復して気力が回復するにつれて「人(侍女たち)前でなんて恥ずかしい真似を……」と悶えてしまったわけだけど、愛し合う婚約者であればこれくらいの接触は当たり前ではある。
魔力が回復してからはなるべくイチャイチャは抑えるようにしているけども、それでもロイルリーデ様がキラキラ輝いて見えるようになったのは変わらなかったわね。恋って怖いわね。まさか自分が男性にこんな強烈な恋心を抱いてしまうなんて、思ってもみなかった。
そもそもロイルリーデ様は前から私を溺愛して下さっていたし、私に怪我をさせてしまった事を物凄く気に病んで、より一層私を大事にしてくれるようになった。
こうして私とロイルリーデ様は名実ともに愛し合う婚約者同士になったのである。来年には結婚だし、二人は末長く幸せに暮らしていくことでしょう。
めでたしめでたし。
……と、昔話ならそう言って終わるところだったんだけどね。
◇◇◇
魔力も完全に回復した私は、国王陛下と王妃様に謝罪をして、それから政務に戻った。
ロイルリーデ様と愛し合うようになったんだもの。私は俄然、王太子妃のお仕事に気合いを入れて取り組むようになったわよ。これまではなんとか逃れられないか、冒険者に戻れないかと考えていたのだけど、もうそんな事は考えない。私はロイルリーデ様のお妃になる! そう決意したのだった。
ルミネースなんかは私の豹変ぶりに呆れてたけどね。それでも「あの大魔力は研究してみたいわね」なんてロイルリーデ様の魔力に興味を示して、王宮を出て行く気はなさそうだった。ダメよルミ。あれは私のよ!
そんな風にして私は張り切っていたのだけど……。
……ある日、私はまた国王陛下に呼び出された。陛下の執務室へ向かうと、そこにはロイルリーデ様もいらっしゃった。私は首を傾げる。
私もロイルリーデ様も国王陛下も、全員政務で忙しい身だ。その三人が集まってお話しするとなると、これはかなり重要なお話しである事が予想出来た。
しかも陛下は席を立って会議室に私たちを導いた。ロイルリーデ様の表情も固くなる。執務室で話すのではなく、わざわざ会議室に移って他の大臣などを排してお話するとなると、これはよほど重大な、特に皇族に関わる何かの問題があったと考えなければならない。
しかも会議室には王妃様がすでにいらっしゃった。これはもう、皇族の重大事態が起こった事で確定だ。なんだろう。私には想像も付かないけども。
緊張して席に着いた私とロイルリーデ様に、国王陛下はしばらく逡巡した後、重々しく仰った。
「……お前たちを結婚させるわけにはいかなくなった」
……。…………。……………。
「は?」「え?」
私とロイルリーデ様が同時に思わずといった感じで声を漏らした。なんというか、意味の分からない言葉が聞こえたような。
呆然としている私たちに、国王陛下は鎮痛なお顔で、三通の書簡をテーブルの上に示した。金で縁取りされた、いかにも威厳ある只事ではない書簡だ。
「隣国の、三カ国の王からそれぞれ、お前たちの結婚を認められない。結婚を強行するなら国交を断絶して戦争だ、という書簡が届いている」
「な、なんですかそれは! 他国の王が、何の権利があって私たちの結婚を認めぬなど!」
ロイルリーデ様が銀髪を逆立てて激怒した。それはそうよね。私たちの結婚という私的な行為に、どうして隣国の王が干渉出来るのか。
すると国王陛下も同感ではあったのだろう。憤懣やる方ないといった表情で仰った。
「王たちの主張では『大剣聖を王妃にしたら、その地位がシャスバール王国に独占されてしまうではないか』ということだ」
四方大剣聖の地位は、国家に所属しないのが建前である。
それは大剣聖の力が、国家のパワーバランスを崩しかねない程強力なものであるからだ。魔力のない兵士なら何万人を相手にしても吹っ飛ばせる実力のみならず、その名声で大勢の冒険者を動かせるのが冒険者の頂点たる大剣聖なのである。
その大剣聖である私が、シャスバール王国の王太子妃、ゆくゆくは王妃になればどうなるか。
大剣聖の地位は私が生きている限りシャスバール王国に留まることになるだろうね。大剣聖は決闘で地位が移動するものだけど、まさか王太子妃、王妃が命懸けの決闘をするわけにはいかないのだから。
もしも決闘が成立してして相手が私を破っても、その剣士は王太子妃殺し、王妃殺しで即座に処刑されてしまうだろう。誰がそんな決闘に臨むというのか。
ただ、こういう問題は王族と結婚したこれまでの大剣聖にも起こった事で、確かにそういう大剣聖は生涯その地位を他に譲る事はなかった。でも、それが問題になった事はなかった筈だ。
じゃあ、他国の王は改めて何を問題視しているのかというと……。
「どうもガリヤード王子からロイルリーデの魔力の事を聞いたらしい」
強大な魔力を持つロイルリーデ様と、大剣聖の私が結婚すると、とんでもない魔力を持つ子が生まれ、その子供を私が指導して技術を身に付けさせる事で、強力な剣士が誕生する。そして大剣聖の地位が世襲される事を恐れているらしい。
「そんなばかな! 大剣聖が地位を保ったまま死んだ場合の扱いは決まっています。世襲なんて出来る筈がありません!」
確か、大剣聖を決める大会がギルドによって開かれることになってた筈だ。
「その程度は何とでもなる。シャスバール王国は大剣聖を独占して野心を抱いているという主張だな」
確かに私が王妃になれば巨大な権力を手にする事になる。冒険者ギルドは王立で、王家の下にある組織だ。私の意向にギルドが逆らう事は難しくなるだろう。私が我が子可愛さで決まりをねじ曲げるなんてことが……、ないとは言えない。まだ子供がいないから分からないけども。
「カイザルド王国だけならまだしも、他の二王国まで揃っての抗議では、我が王国としても無視はしかねる。よって、お前たちの結婚は当面、保留とせざるを得ない」
婚約解消も視野に入れた予定の凍結という事だった。
「そ、そんな!」
あまりの事に私は目眩を起こして額を抑えたのだった。





