第六話 大剣聖、挑戦を受ける
ある日、私が執務室で地方にある冒険者ギルドに向けた手紙を書いていた時の事だった。
王宮の侍従の一人が入室してきて私に頭を下げた。
「アリフィーレ姫。国王陛下のお召しでございます」
私はキョトンとなる。王太子殿下の婚約者である私が国王陛下にお目に掛かる機会は、実はそれほどない。
夜会にでも出席すればそれはご挨拶くらいはする。その時に二、三言くらいお話もする。その程度なのだ。このように改まってお召しを受けるというのは非常に珍しい事だった。
「分かりました。急ぐのですか?」
「すぐにとの仰せでした」
ふむ、それでは御前に相応しい服装に着替えるわけにはいかなそうね。私の今のドレスはお仕事用で、動き易く疲れに難いように袖の広がりは小さくコルセットも必要ないものだ。本来であれば国王陛下の御前に出られる格好ではない。
しかしながら「急ぎ」という事なら着替える必要はないだろう。急ぎというからにはお茶を一緒にとか、何かお話がしたいというのではなく、業務に関わる打ち合わせなのではないだろうか。
私は侍女に髪と化粧だけを直してもらって執務室を出て、侍従の先導で国王陛下の執務室に向かった。
国王陛下の執務室は外宮に近接した位置にあり、扉からは官僚貴族がひっきりなしに出入りしていた。私の執務室は内宮に程近いところにある。
国王陛下のお仕事は多岐に渡り、非常にお忙しい。そのため、官僚やその他の王族貴族が出入りし易いように外宮近くに設えられているのだろう。
官僚の出入りの合間を見て陛下の執務室に入る。広さはかなりのものがあり、縦横二十歩程。天井も高く、装飾も豪華だ。
しかし中にはデスクが七つもあって、その上には書類が山積みになっていた。そこには大臣と思しき中年の貴族が座って、横に立つ官僚と共に一心不乱に書類を処理していた。
そして一番奥の大きなデスクに国王陛下が座っていた。陛下のデスクの惨状も大臣たちのデスクと大差ない。陛下も書類を読んでは判を押し、横に立つ秘書と相談して、また書類を読むなどしていた。無茶苦茶忙しそうだ。
私を案内してきた侍従が、タイミングを見て私の来訪を陛下に告げる。国王陛下は私をチラッと見て、それから目の前の書類を処理したのち、私をお側に招いた。
「すまぬな。アリフィーレ」
「いえ、お忙しそうですね」
「まぁ、いつもこんなものだ」
国王陛下は目の間を揉みながらなんという事もないように仰った。国王陛下の業務は相当な激務らしい。ロイルリーデ様にやっていけるのかしらね。
「呼んだのは……。えー、これだな」
国王陛下はデスクに積んだ書類の上から封書を取り上げて私に渡した。手触りからしてかなり上等な紙を使った封書だった。封は切られている。
表には王国の名前と、国王陛下の名前、そして私の名前が優雅な文字で書いてあった。私は首を傾げる。
「私の名前がなぜ?」
「カイザルド王国からの親書なのだ」
陛下が仰った瞬間、私はピンときた。心当たりがあった。私は渋面になってしまう。
「誰からの親書か分かったようだな」
「まぁ、多分。読んでも?」
陛下が頷くので私はイヤイヤ封書から中の手紙を取り出す。手紙を開いて内容を読み、溜息。そして末尾に記された署名を確認して私はまた大きなため息を吐いた。
「……またこいつか……」
そんな私の様子を見て、国王陛下は興味津々といった様子でお尋ねになった。
「カイザルド王国のガリヤード王子と知り合いなのか?」
この手紙は、カイザルド王国の第三王子であるガリヤード殿下からの手紙だった。私は頷く。
「ええ。ガリヤードは冒険者なんですよ」
それを聞いて国王陛下が目を丸くする。
「王子なのにか?」
「ええ。家出してきた訳ではなく、ちゃんと父王の許可を得て冒険者になったようですよ」
第三王子で王位継承の可能性が低いからからかしらね。私は冒険者時代に彼と出会ったのだ。二年ほど前に。そして……。
私はもう一度手紙を見直す。そこには意外に流麗な文字でこう書いてあったのだ。
「婚約したとはどういう事なのだ! プロポーズしたのは俺が先ではないか! それはともかく、勝負を申し込む! 二週間後に行くから首を洗って待っているがいい!」
……そういえばあいつの事忘れてたわ。うーん。これは面倒な事になりそうねぇ……。
◇◇◇
……二週間後、ガリヤードはやってきた。
ガリヤードは上級冒険者だ。シャスバール王国所属ではなく本来はカイザルド王国の冒険者だけども、シャスバール王国でも仕事をした事があるからこちらにも登録がある。
上級冒険者は国内を自由に移動出来るし、冒険者ギルドが特別な便宜を図ってくれて馬や馬車や宿が優先して借りられる。
なのでガリヤードは外国であるシャスバール王国内を悠々旅行して、王都にまでやってきた。そして王宮に来てからは今度は王子として、私への面会を要求してきたのである。
隣国であるカイザルド王国の王子の要求である。これは無視出来ない。私は要求に応じざるを得なかった。当然、ロイルリーデ様と一緒にだが。
王宮の応接室の一つに私とロイルリーデ様が腕を組んで入場すると、既にソファーに座っていた小柄な男性がピョコンと立ち上がった。
「フィーレ! ……なんだ! その男は!」
ボサボサの赤い髪。大きく鋭い金色の瞳。使い込まれた革鎧の下には緑のジャケット。……王宮に上がるというのにあまりにもいつも通りのガリヤードだった。思わず私も地が出てしまう。
「相変わらずね、ガリヤード。怪我は治ったの?」
「当たり前だ! 治して修行して! もっと強くなったぞ! 今度こそ負けねぇ! って、違うだろ! 誰なんだよその優さ男は!」
私は隣のロイルリーデ様を盗み見る。銀髪に水色の麗しい瞳。ガリヤードより頭一つくらい背が高い(ガリヤードは私より背が低い)。いつも通りのキラキラした笑顔を浮かべているが、最近彼の事を見慣れている私には分かる。
(……むっちゃ怒ってるわね……)
笑顔なんだけど、細められている目が笑ってない。
というのも、彼はガリヤードが送ってきた手紙を見て激怒していたからだ。彼はその時も今と同じような笑顔で、私の手をガシッと掴んで私に顔をズモモモっと近付けながら尋ねたものだ。
「ど・う・い・う事なのだ?」
あまりの圧に私は思わず冷や汗をかきながら弁明したものだった。
そんな事を思い出していた私に向かってガリヤードが叫んだ。
「フィーレは俺と結婚する筈だっただろうが! どうして他の男と婚約などしているのだ! そんな婚約は無効だ!」
……ロイルリーデ様の気配が逆立ったのを感じる。私はガリヤードというよりロイルリーデ様に言い聞かせるように言った。
「貴方と結婚する約束などした覚えはありません。勘違いです。変なことを言わないで下さい」
「俺が決闘に勝ったら結婚してくれると言っただろう!」
「言ってません! 言ってませんからね!」
私は必死で否定した。
二年前、確かにガリヤードは私にプロポーズした。……その前に私たちは酔っ払って喧嘩して、私がガリヤードをボコボコに伸したんだけどね。
そうしたらガリヤードが「その強さに惚れた! 結婚してくれ!」と叫んだのだ。私ははぁ? ってなったわよね。その時は自分が結婚するなんて考えた事もなかったから。
だから私は言ったのだ。
「私より弱い相手の嫁になるなんて願い下げよ! 一昨日来なさい!」
って。そうしたらガリヤードがこう叫んだのだった。
「なら! 俺は強くなる! お前より強くなったら結婚してくれるか!」
私は鼻で笑ったわよね。何しろこの時のガリヤードはまだ中級冒険者で全然弱かったからね。なので私はうっかりこう言ってしまったのだ。
「いいわよ。私に勝てたらね!」
……この迂闊な発言を私は何度も後悔する事になる。
何しろガリヤードはこの後本当に、何度も何度も私に挑んでくるようになってしまったからだ。
何かというとイーファスの町にやってきて、ガリヤードはこう叫ぶのだ。
「強くなったぞ! 勝負だ! フィーレ! 俺の嫁になれ!」
……ルミネース他、冒険者仲間に散々揶揄われたわよもう。
最初の内はガリヤードは弱くてね。私の一撃で伸びてしまうから決闘にもならなかったんだけど、彼は宣言通り修練を積んでドンドン強くなっていった。王子だけに魔力も多かったからね。
中級から上級冒険者にランクアップし、この私でも油断出来ない強さを身に付けて行った。
特に私が大剣聖になると、私に挑むには最低限ドラゴンスレイヤーの称号が必要になった。ガリヤードは私に挑むためだけにドラゴンの巣穴に潜って単独でブルードラゴンを狩ってきたものだ。
あんまりガリヤードが強くなってしまったものだから、手加減が出来なくなり、彼と最後に対決した半年前の決闘では私は本気の一撃をぶつけざるを得なかった。
その結果、ガリヤードは身体中の骨を折って生死の境を彷徨い、療養のために故郷へ帰ったのだった。その際も「必ずまた来るからな! お前を嫁にするために!」と叫びながら馬車に乗せられてたわね。
で、それからガリヤードには会ってない。そのうち私は実家に連れ戻されて、王宮に送り込まれ、ロイルリーデ様の婚約者になったのだった。
「ずるいではないか! 約束が違う!」
「約束もへったくれも、私は初めからあんたと結婚する気なんてなかったわよ! 本気でぶちのめされた時点で気付きなさいよね!」
当時の私はガリヤード、というより男自体に興味がなかったから、結婚なんてする気が全然なかった。ちなみに、プロポーズ自体は他の男からも何度もされた。ほとんどが冗談だったと思うけどね。
なので私はガリヤードと結婚する約束なんてしていないし、する気もない。ええ。今の所私が結婚するつもりが一応あるのは、ロイルリーデ様だけです。はい。だからそんな怖い顔をしないで下さいませ!
ロイルリーデ様はそれはそれはこわーい笑顔でガリヤードの事を見下ろしながら、かなりの圧を感じさせる口調で仰った。
「アリフィーレの婚約者はこの私だ。諦めてもらおうか。ガリヤード王子」
ガリヤードはロイルリーデ様の圧力にちょっと怯みながらも歯を剥いて言い返した。
「そんな婚約は無効だ! フィーレは俺が勝てれば結婚してくれると言ったのだからな! 俺の方に先約があるのだ!」
ロイルリーデ様の笑顔が引き攣る。
「人の婚約者を愛称で呼ぶな! 非礼だぞ、ガリヤード王子!」
ロイルリーデ様に叱責されてガリヤードは仰け反った。しかし、それで黙るような男でもない。
「こ、婚約者がなんだ! 付き合いは俺の方が長いんだからな!」
付き合ってません。
「助け合って命を賭けて戦った事だってあるのだ!」
冒険者の仕事としてね。一緒に協力して魔物を討伐した事はあるわよ。
「お前なんかよりも俺の方が全然親密な関係なんだ! 後から割り込んでくるな!」
王太子殿下をお前呼ばわりなんかしたら、平民の冒険者なら打首になりかねないけど、ガリヤードは王子だからね。
ちなみに、王族出身、高位貴族出身の冒険者は珍しくない。私からして侯爵家出身だしね。王侯貴族は魔力が多いから、魔物との戦いで有利なのだ。
ガリヤードは父である王様に「武者修行に出てこい」と命じられて冒険者になったと言ってたわね。王族も色々あるんでしょう。
ガリヤードとロイルリーデ様は睨み合っていたけど、私としてはいたたまれないし、なんか面倒くさくなってきた。私は言った。
「分かったわ。ガリヤード。最後にもう一回だけ相手をしてあげる。それでお終いにしましょう。負けたら二度と私に付き纏わないこと!」
ガリヤードとロイルリーデ様がグルッと振り向いて同時に私を見た。流石に王子二人の圧は凄い。
「本当か! 俺が勝ったら俺の嫁になるのだな!」
「アリフィーレ!」
私はロイルリーデ様を一瞥して黙らせながらガリヤードを睨む。
「ええ、いいわよ。その代わり、負けたら二度と私の前に顔出さないでよね」
ガリヤードはそれはちょっと……、という顔をしたが、私が断固そこは譲らないという顔でいるのを見て、不承不承頷いたのだった。
ロイルリーデ様は少し動揺を表に見せながら仰った。
「だ、大丈夫なのかアリフィーレ? そんな約束をして。もしもの事があったら……」
私はロイルリーデ様をギロっと睨む。ちょっと聞き捨てならない。もしもの事とはなんですか。
この四方大剣聖が一人。西天士アリフィーレに向かってもしもとは?
いくらロイルリーデ様でも失礼ですよ。私は彼を見据えながら冷たくこう言い放った。
「私を誰だと思っているのですか? ロイルリーデ様」
◇◇◇
王宮の訓練場に出た私とガリヤードは剣を手に向かい合った。私もさすがに普段着というわけにはいかず、革鎧を着けている。もちろん、この愛用の鎧は魔法が掛かっているので見かけ以上の防御力を持っている。
事前に行った取り決めでは、この決闘は私の西天士の位と、私との結婚権を賭ける事とし、ガリヤードは負けたら私の前には姿を現さないと誓う事とした。
西天士の位を賭けるのだから立会人が必要で、ルミネースと他二人の上級冒険者が呼び出された。ルミネースはガリヤードを見るなりニンマリと微笑んだ。
「なに? ガリじゃないの。私に会いに来たのかしら?」
ガリヤードは顔面を汗まみれにして叫んだものだ。
「よ、寄るな魔女め! これ以上魔力を吸い取られてたまるか!」
……魔力なんだか精力なんだか。ガリヤードは怪我で動けなくなっている時に、ルミネースに色々吸い取られた、らしい。
それはともかく、私もガリヤードも愛剣を抜いて構える。小柄なガリヤードだがかなりの大剣を構えている。もちろん、彼は大魔力の持ち主なので筋力は見た目以上のパワーを持っている。
私も片手剣を構える。ガリヤードは上級冒険者でドラゴンスレイヤーだ。いつも訓練で相手にしている騎士たちのようにあしらえる相手ではない。
「行くぞ! フィーレ!」
「どーぞ」
ガリヤードは叫ぶと剣を腰に引き、次の瞬間一気に突っ込んできた。
すると、ガリヤードと構える剣が何十倍も大きくなったように見えた。まるで山が崩れて迫ってくるようだ。
私は舌打ちをする。確かにまた強くなってるわね。なにしろガリヤードは王子なので魔力が多い。まだまだ使いこなせていないものの、以前より魔力を攻撃に乗せる事が出来ている。
私は剣を横に構え、少し膝を沈める。そして一歩踏み込むと、その足を軸に一回転した。
その回転の勢いに魔力を上乗せして、剣をガリヤードに叩き付ける。
途端に魔力同士が反応する光と火花と熱が炸裂する。空間に火花が飛び散り、暴風が巻き起こって周囲のものを吹き飛ばす。
まぁ、ルミエールたち王宮魔術師たちが防御結界を張ってくれているから、観戦しているロイルリーデ様達は大丈夫だろうけどね。
ガリヤードは突進を止められて悔しそうな顔をしていたわね。かなり自信のある攻撃だったのだろう。確かに大したものではあったわよ。
ガリヤードは均衡から飛び退いて離れると、振り払うように剣を左右に振って叫んだ。
「やるな! さすがは俺の嫁!」
「バカなこと言ってないで来なさい」
私の声に応えるように、ガリヤードは剣を今度は上段に振り上げる。
「うおおおおぉぉ!」
叫んで魔力を高め始める。地面が鳴動し、空間が帯電する。小型の魔物ならこの気合いで消滅してしまうだろうね。ガリヤードは右足に力を込めると、次の瞬間一気に跳んだ。
「くらぇええ!」
ガリヤードは一瞬で私の正面に接近する。さっきよりも遥かに早い。魔力を高めたのはこの瞬間移動をするためだったのだろう。
「ロッククラッシュブレード!」
剣士は自分の創り出した技に名前を付ける事がある。この技はガリヤードのオリジナル剣技なのだろう。
ふむ。一気に接近して斬撃を喰らわせるというだけの技ではなく、その一撃の範囲が広いという特徴があるようだ。躱そうとしても少し避けただけだと攻撃範囲内から出られないのである。
魔力の使い方がかなり上達している。本当に怪我から回復してからかなり修練を積んだのだろう。冒険者が強くなるのはいいことなんだけど、自分のストーカーが強くなるのは困りものなのよね。
やっぱりここでキッパリと縁を切っておくべきよね。
私は魔力を集中する。私の魔力は総量こそ王族であるガリヤードに劣るだろうけど、使い方に関しては追従を許さない程に極められている。
そしてその集中した魔力を発揮するのは、……スピード!
私はガリヤードの動きの数倍の速さで、彼の背後に回り込んだ。音の速さを超えたんじゃないかしらね。人の目では捉えようがない動きである。
ガリヤードが私の姿を見失ったのは無理もない。戸惑って、振り下ろそうとした剣が一瞬止まる。
その瞬間、私は全力の突きをガリヤードの背中に放った。剣が虹色に輝き、空間を切り裂き、そしてガリヤードに叩きつけられる。
「う、うし……!」
ガリヤードの驚愕の叫びは最後まで放たれることはなかった。彼の魔力防御を貫通した私の剣はガリヤードの背中に突き立った。
鎧の魔法防御と剣の魔力がバリバリとせめぎ合うが、私はそこで魔力を緩めた。このまま行くとガリヤードの背中からお腹まで風穴が出来てしまうからね。
しかし衝撃でガリヤードは人形のように吹っ飛んだ。
既に関節があり得ない方向に曲がっていたわね。
ルミネース達が張った魔法障壁に激突して、それを突き破る。三重の岩の壁より強力な結界だったけど、それを全部突き抜けた挙句、ガリヤードは訓練場のレンガ壁(これにも勿論防御魔法が掛かっている)に突き刺さった。轟音と土煙が巻き起こり、ガラガラとレンガが崩れてガリヤードを埋めた。
……まぁ、手応えはあったけどね。
「やった?」
ルミネースが尋ねてくるけど私は首を傾げた。
「どうかな?」
私の言葉に反応するかのように、瓦礫が動いた。ガラガラと瓦礫を動かして、中から人が這い出てくる。
ガリヤード左手だけで身体を起こした。赤毛の頭から身体から埃まみれになっているが、目はまだギラギラと輝いている。
「く、くそう、まだだ! まだ負けてねぇぞ!」
いっそあっぱれな根性だけども、もう碌に動けないようだ。アレなら後はゲシゲシと蹴っ飛ばして降参するまで追い込んでやれば終わるでしょう。
と私は思ったんだけど、そこで大きな声が響いた。
「そこまで!」
見るとロイルリーデ様がこちらに歩いて来るところだった。ロイルリーデ様はちょっと困ったような顔をして仰った。
「それ以上はならぬ。我が国の王族がカイザルド王国の王子と生死を賭けた決闘などしたら国際問題になる」
……今更そんな事を言われても、という感じだが、確かにそれはその通りではある。私は冒険者ではあるが準王族。ガリヤードはカイザルド王国の王子だ。王国の王族同士がガチバトルしたら、それは即ち戦争だ。大問題になる。
なのでロイルリーデ様は「これは剣術の試合である」という体裁にしたのだ。私が一撃を入れたから勝ち。今のガリヤードの怪我くらいなら治癒魔法ですぐ治るからセーフ。という感じだ。
私は納得したんだけど、ガリヤードは納得しなかった。
「俺はまだ負けてねぇぞ! 勝手に終わらせるな! これは決闘なんだぞ!」
大剣聖の位を賭けての決闘は神聖なものだ。王太子殿下でも横槍は許されない。ガリヤードが強硬に決闘の続行を主張すれば、このまま決闘を続けざるを得ないだろう。でも、続ければ国際問題だ。どうしたものか……。
すると、ロイルリーデ様がニヤッと笑って仰った。
「しかたない。ガリヤード王子。続きは私が引き受けよう。決闘ではなく、試合として」
は? ロイルリーデ様がおかしな事を言い始めた。ガリヤードも戸惑う。
「な、なんだそれは?」
「だから。アリフィーレとの試合はアリフィーレの一本勝ちだ。その上で私と試合をし、私が勝ったら、王子は私をアリフィーレの婚約者と認めよ。それでいいだろう」
……全然良くはありませんが。だってロイルリーデ様が勝っても私とガリヤードとの決闘には何の関係も……。
しかしなぜかガリヤードは乗ってきた。
「よし! いいだろう! なら俺が勝ったらお前はフィーレの婚約者から降りるんだな?」
ガリヤードの叫びに、なんとロイルリーデ様は優雅に頷いた。
「ああ、それで良い。約束しよう」
私は慌てる。
「ちょっと、ロイルリーデ様!」
しかし、ロイルリーデ様は私に歩み寄り、私の腕を取って顔を近付けると、麗しく微笑みつつ囁いた。
「案ずるなフィーレ。私に策がある」
……ロイルリーデ様に初めて愛称で呼ばれて、私は戸惑ってしまい、彼を止め損ねたのだった。
ロイルリーデ様はルミネースを呼んで、ガリヤードに治癒魔法を掛けさせた。ガリヤードは嫌がってたわね。
「魔女! こら! 違う奴に頼む! 来るな」
「うふふふふ、素直じゃないんだから♡」
ルミネースはお構いなしにワキワキしながら碌に動けないガリヤードに近付くと、ガバッと覆い被さってむちゅっと唇に吸い付いた。私は目を逸らす。
しばらくしてガリヤードはフラフラと立ち上がると進み出てきた。私との戦いで消耗し、治癒魔法(とルミネースの吸い取りで)で相当魔力を消耗しているようだ。
「大丈夫かね? そんな事で戦えるのか?」
ロイルリーデ様がふんわりと微笑む。当然、ガリヤードはガルルルっと吠える。
「ぬかせ! 冒険者でもない奴を相手にするならこれで十分だ!」
……そうよねぇ。ロイルリーデ様が戦えるのか、そこが問題だ。
それは王族だし、多分教育で剣は習ってると思うのよ。それと、大魔力を持っているのも間違いない。着ている緑のジャケットにも強力な防御魔法が施してあるのはわかる。
でも、実戦経験は全然ないわけよね。少なくとも私はロイルリーデ様が戦っているのは見たことがない。長剣を構えているけど、いかにも教科書通りで全然強そうじゃない。
ガリヤードは消耗しているとはいえ上級冒険者でドラゴンスレイヤーだ。どう考えてもロイルリーデ様に勝ち目はないと思えるんだけど。
ガリヤードも多分そう思ってるのだろう。余裕の表情だ。彼は言った。
「ハンデだ! そっちが先に攻撃してきてもいいぞ!」
これは技量に差がある剣士の試合でよくあるハンデである。彼にもロイルリーデ様の技量が見て取れたのだろう。
するとロイルリーデ様はそれは満足そうに微笑み、頷いた。
「そうか。それでは遠慮なく行こうか」
次の瞬間、ロイルリーデ様の魔力が爆発的に燃え上がった。まるで火山が噴火したかのように錯覚したわよね。
は? へ? 私もガリヤードも唖然とする。見たこともないような大魔力だった。千年生きた大魔導師や古竜にも匹敵するような魔力。
ロイルリーデ様はそれを長剣に乗せると「ハッ!」と気合の声を入れながらガリヤードに向けて叩きつけた。
剣技としてはごく普通だが、魔力が途方もない。舐めプするつもりで構える事もしていなかったガリヤードは慌てて剣を構えて。
魔力にグワーンと押しつぶされて見事にぶっ飛んだ。さっきの私の一撃のコピーのように魔法障壁を突き破ると訓練場の壁に突き刺さり……。
今度は起き上がってこなかった。
……私は口がポカンだ。
「な、なんですか? あの魔力は! どういう事なのですか?」
ロイルリーデ様は涼しい顔をして仰った。
「生まれつきだ」
「生まれつき?」
……生粋の王族恐るべし。後で聞いたところによると、ロイルリーデ様の魔力は歴代国王の中でも特に多いという事だけども。
魔力に自信があるロイルリーデ様は、先制攻撃をすれば勝てる自信があったのだそう。魔力を抑えて戦い慣れていないところを見せれば、ガリヤードは多分ハンデをくれるだろうと読んでいたらしい。まぁ、ガリヤードの性格は分かり易いからね。
ガリヤードが万全な状態ならもちろん結果は違っただろうけど、私との戦いとルミネースの「治療」で消耗してたしね。そういう部分も計算に入れていたのだろう。
ガリヤードは完全に伸びてしまい、ルミネースが治癒魔法を掛けても三日も目を覚まさなかったわね。





