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王太子の婚約者は大剣聖  作者: 宮前葵


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第五話  大剣聖、仕事する

 こうしてまんまとロイルリーデ様の婚約者にされてしまった私だったのだけど、もちろん、この段階でもまだ私は逃げようと思えば逃げられないこともなかったのだ。


 それは私が本気を出せばどんな騎士でも行く手は阻めないからね。無理矢理斬り抜けて王宮を出ようと思えば出られたのである。


 だけどそんな事をすれば私は反逆罪で王国にもいられなくなるし、冒険者も続けられなくなってしまうだろう。実家も大変な事になる。しかしどうしても王太子妃になるのが嫌だったのなら、断固として拒否すべきだっただろう。何もかも投げ捨てて家出を敢行したあの時のように。


 それをしなかったのだから、私は多分、どうしても王太子妃になるのが嫌だ! というほどでもなかったのだ。嫌だけど、断固拒否という程でもなかった。


 その辺の理由はその当時には自分でもよく分からなかったんだけど、後から考えれば多分、なんとなく私は王太子妃というものに興味があったのだと思う。


 変な言い方になるけど、私は貴族生活を投げ捨てて家出してしまったので、王太子妃というものがどんな存在なのか、よく知らなかったのである。


 未知の存在。私は自分でも好奇心旺盛な方だと思うのね。それで、なんだかよく分からないけど凄そうな王太子妃の地位に恐れ慄くと同時に、無意識に興味を持っていたのだ。


 冒険者になった動機からして未知へのチャレンジだった。上級冒険者、大剣聖を目指したのもそこまで行けば新しい何かに出会えると思ったからだ。


 そんな私なので、王太子妃になったらどんな風なんだろう? と興味を持ってしまった。それで、ならなきゃいけないなら、なってみても面白いんじゃない? と考えてしまったのだ。それが無理矢理にでも逃げ出さなかった理由なのだと思う。多分。


 そして、もう一つ理由があるとすれば、やっぱりお相手であるロイルリーデ様に理由があったんじゃないかしらね。結局、彼が「思ったより嫌じゃなかった」のが大きかった。


 魔物好きの変人ではあるのだけど、それ以外の彼は当たり前だけど、洗練された非常にスマートな貴公子だった。


 女性慣れはしていないけども、他人との接し方は丁寧で優しく、いつも笑みを絶やさず、語り口も穏やかで声を荒げるような事は決してない。


 自然な動作としてレディファーストが身に付いていて、私を優雅に導いてくれ、私が不快にならないように配慮してくれる。


 正直、荒くれ者揃いの冒険者の中で生きてきた私には、別の生き物かと思えるほどだったわよ。当たり前だけど一緒にいて大変心地よくて楽だったのだ。


 その居心地の良さにうっかり浸ってしまったのも、婚約を受け入れてしまった大きな要因だとは思う。


 正直私は恋愛経験が全然ない。男と付き合わないと生きていけないと公言するルミネースと違って、私はこれまで男性に一切興味を持たずに剣士として生きてきたのだ。


 正直、女性慣れしてないロイルリーデ様の事言えないのよね。そんな私なので、ロイルリーデ様の貴族的なエレガントなエスコートに、簡単に良い気分にさせられてしまった訳なのだ。ちょろ過ぎる。


 ただ、恋愛感情は全然持っていなかったと思うわよ? そもそも、当時の私は恋愛感情というものを全然理解していなかったと思うのだ。結婚とはどういう意味があるのか。子供を産むには何をしなければいけないのか。その辺を全く考えていなかったのよね。


 なので私は「王太子妃なんてとんでもない!」とは思いながら、意外と居心地よく暮らしていたのだった。ルミネースも頻繁に遊びにきてくれたしね。


  ◇◇◇


 王太子の婚約者、とは言っても、王宮に住んでるのだから実質扱いは王太子妃そのものだった。


 ただ、呼び方が「お妃様」ではなく「姫」「アリフィーレ姫様」なだけだ。姫様なんて私の柄じゃないんだけどね。


 姫は王族の令嬢への尊称で、私は王族に準ずる存在として扱われているという事だ。婚約時点で貴族から王族になっているのである。


 この辺が難しいんだけど、シャスバール王国における王族は、大女神様にこの地を収める権限を与えられた一族、である事を意味する。貴族とは明確に区別されているのだ。


 このため、王族に加わるには侯爵家以上の血筋と高い魔力を持っている必要があり、王族が見初めても身分や魔力が伴わなくて王族入り出来ない例はままあるらしい。残念ながら私は家柄も魔力もクリアしてしまっている。


 王族には貴族を「従わせる」権限がある。これは有事における指揮権があるという意味だけど。場合によっては領地の接収や人の動員を勝手に行う事も出来てしまう。国王陛下の代理人として強権を振るうことが出来てしまうのだ。


 逆に言うと、それだけの権限があるということは、それなりの仕事をする事を期待されているという事なのだ。王族の仕事、それは王国の運営である。


 王国では、王国の運営に関わる職務の長をほとんどを王族が独占している。政治、経済、軍事に関する事全てである。いろんなお仕事の長に王族が就任し、貴族を部下として使って仕事を行うのだ。


 もちろんだが大きな王国を運営するのだからお仕事は無数にある。それを手分けして担当するのだから王族の負担は大きい。そのため、成人した王族であれば女性であっても王国の政治に関わるのは必須になるのである。


 もっとも、これは建前であって、公爵家の姫がお仕事を任されたって政治がぜんぜん分からない場合も多い。そういう時は部下として付けられた高位貴族の皆様が実際のお仕事を行うことになる。実際にバリバリ仕事をするお姫様もいるそうだけどね。


 で、私は王族として扱われるようになったので、お仕事をするように言われた。王族は人手が足りないのでその辺は容赦ない。お姫様としてお茶会でお茶飲んでればよいのかと思ってたので驚いたけどね。


 国王陛下は私に「魔物討伐と冒険者の統括」についての仕事をせよと命じた。平たく言えば冒険者ギルドの上役になれという事だ。


「其方のキャリアが最も活かせる仕事であろう」


 というわけだ。確かにそれはその通りである。


 魔界から絶えず湧く魔物を討伐する事は、王族が大女神様から命じられた神聖な義務である。王国は魔物からこの地を守ために存在していると言っても過言ではない。


 それゆえ、王国は魔物を狩るための組織として冒険者ギルドを組織したのである。だから冒険者ギルドは王立なのだ。


 当初、冒険者ギルドに期待されていたのは低級の魔物の討伐だけであり、上級の魔物が出た時は王国軍が派遣されていたらしい。


 しかし、冒険者達の実力が次第に上がって上級の魔物も倒せるようになると、次第に魔物の討伐は冒険者の仕事になっていく。現在では王国軍が魔物討伐に出撃する事はあまりない。


 魔物を倒すには知識と経験がモノを言うからね。ダンジョンに篭った魔物を倒すには少人数で攻め込んだ方が効率的だという事情もある。


 そんな風に冒険者の実力が上ると、その強力な戦士達である冒険者の統制は国家の安全保障上の重大な問題となる。冒険者が一致団結したら王国軍よりも強いかもしれないからね。


 そういう事情があるので、国王陛下はこれ幸いと私に冒険者ギルドの統制を任せたのだろう。確かに元冒険者。しかも大剣聖である私以上に、冒険者をまとめ上げる仕事の適任者はいないかもね。


 私としても異存はなかったわよ。冒険者ギルドの統制をするのなら、顔馴染みの冒険者たちと合う機会もあるだろうし、なんなら街中のギルドを視察するために王宮を出られるかもしれないと思ったしね。


 私は内心そんな事を思って楽しみにしていたのだけど、私が国王陛下にお仕事を任されたと聞いて怒ったお方がいる。


 他ならぬロイルリーデ様だ。彼は珍しく不機嫌になり、わざわざ国王陛下に抗議に行ったのだそうだ。


「せっかく婚約したのに、アリフィーレと一緒にいる時間が減ってしまう」


 と。確かに私は執務室を与えられて、とりあえずはそこに資料を持ち込ませて読み込んだり、担当の貴族に質問をしたりしてお仕事を始めてしまったので、私室には夕方にならないと帰って来なくなった。


 これまでロイルリーデ様は休憩時間にはご自分の執務室を出てわざわざ私の私室においでになっていたのである。しかし、私が私室に不在では会えなくなってしまうというわけだった。


 昼食、晩餐やお茶は王族にとって貴族と交流する「社交」を行う、歴とした公務の時間である。このため、私とロイルリーデ様がご一緒できる時間は朝食の時だけとなってしまった。しかも朝食は国王陛下ご夫妻と一緒に摂るからね。二人きりにはなれないのだ。


 晩餐が舞踏会などの夜会になる場合は、ロイルリーデ様と二人で着飾って出席するので控室ではご一緒出来るけど、それは入場の時だけだ。後は他の貴族の皆様と歓談しなければいけない。特に私は貴族に何のコネクションもない状態だからね。顔を繋いでいる最中なのだ。出来るだけ多くの貴族の皆様と交流しなければいけない。


 その結果、私とロイルリーデ様の交流は婚約前から比べると激減してしまったのだ。それで私と親密な関係になりたいと願っている(らしい)ロイルリーデ様はむくれてしまったのだ。


 ロイルリーデ様は根が結構わがままで頑固である。いつもはちゃんと自制なさるのだが、魔物関係と私についての要求は一切譲らない事が多い。


 ロイルリーデ様の強い要求に、国王陛下は譲歩を余儀なくされ、私は昼食後に毎日一時間ほど、ロイルリーデ様との時間を取る事になった。確かに、婚約者との交流も大事ではある。


 ちなみにロイルリーデ様は王太子殿下なので、お仕事はたくさんあり本当は私以上の大忙しなのである。それなのに私と過ごしたいからと物凄い勢いでお仕事を片付けて私のところに来るらしい。何か彼をそこまで駆り立てるのだろうか。


 それはともかく、私は王族になりしかも公務が出来たので行動の自由度が大きく上がった。


 具体的に言えば王宮の出入りが自由になったし、王宮の外宮区画には人が自由に呼べるようになった。ただし勿論その際には多くの護衛を伴わなければならなくもなったんだけどね。私に護衛なんていらないんだけど。


 でも公務のためなら冒険者ギルドにも出向けるし、場合によっては他の街のギルドにまで出掛けることも出来るとなると、私は精神的に大分楽になった。もしも大きな討伐がある場合には私の判断で参加してもいいという事だったし。


 精神的な余裕が生まれれば、生活を楽しむ余裕も出来る。私は王太子殿下の婚約者という奇妙な立場の生活を楽しみ始めていたのである。


  ◇◇◇


 王族、というより貴族の重要なお仕事は社交である。貴族同士の交流だ。


 王国の政治は王族と貴族が協力して行う。それは王族は貴族を統率する権限があるとはいえ、王族が何かを命ずれば貴族がなんでも言うことを聞いてくれるほど話は簡単ではない。


 あんまり無茶な命令をすれば貴族はそっぽを向き、王族への反感が高まれば反乱を企んだり他国に鞍替えしてしまったりするだろう。あまりに無茶な要求に貴族が結束して反乱を起こし、国王陛下が退位を余儀なくされた、なんて話も過去にはあるくらいなのだ。


 なので王族は貴族との関係を良好に保たなければならない。何か政策を実行に移す前には、貴族たちに内々に計画を打診して反応を引き出し、貴族の利害関係を調整しないといけない。


 そのために行われるのが王族と貴族の交流(貴族同士の交流も勿論あるけど)、つまり社交である。


 社交で話し合いやすり合わせが行われた事を持ち寄って、最終的に国王陛下と王族の話し合いで政策は決められる。だから社交は王国の政治そのものと言っても良い。


 そのため、王族が社交に出るのは義務である。というか、生活が既にして社交まみれである。


 王族の食事で社交の要素がないのは朝食だけで、昼食と晩餐は必ず貴族を招き、あるいは貴族に招かれて同席して歓談しながら食事を行う。王族と食卓を共にするのは名誉とされ、毎日代わる代わるいろんな貴族と食事を共にする。


 男性王族の場合は、乗馬、狩猟などを他の貴族と一緒に行い、交友を深める事もある。剣術の訓練だとか、軍隊の視察を共にするるのも社交の内らしい。


 私たち女性王族の場合はお茶会や園遊会、ピクニック、音楽鑑賞、芸術鑑賞、観劇、珍しいところでは動物鑑賞などをご一緒するなんてこともある。これも立派な社交である。


 ……おそらく平民の皆様には遊んでいるようにしか見えないと思うのよね。実際、王族も貴族も催しを楽しんでいる事は間違いない。というか、ご一緒に楽しんで心を通わせるのが社交の第一目的なのだから、楽しくなければダメなのである。


 しかしながら、楽しんでいるだけではダメで、お楽しみになっている皆様に事細かに気を配りつつ、貴族同士の関係性とか、貴族夫人からそれとなく出てくる要求に耳を澄まさなければいけない。


 ……難易度高過ぎるでしょう。貴族生活初心者の私には。


 ただ、私が魔物討伐管理、冒険者の統括などを仕事にしていると分かると、貴族夫人からの要望は分かり易くなった。


 つまり「自分の領地に魔物が出るのでなんとかして欲しい」「冒険者にもっと来て欲しい」という要望だ。これをあまり直裁的でない回りくどい言い方で皆さん仰ってくる訳である。


 私は驚いたわよね。私はなんとなく、お貴族様は自領に出る魔物なんかには興味がないイメージを持っていたからだ。


 というのは、冒険者ギルドに魔物の討伐要請を持ってくるのは、ほとんどが平民だからである。農民や町の職人、遍歴商人などが「なんとかしてくれ!」とギルドに駆け込んでくる。それをギルドの職員が受け付けて、私たち冒険者に仕事を発注する。そういう感じだ。


 貴族が冒険者ギルドに依頼に来た、なんて事はほとんど聞いた事がなかったのだ。だから私は貴族は魔物に関心がないのだと思い込んでいたのである。


 私は試しにある夫人に聞いてみた。


「ご領地の街にも冒険者ギルドがあると思いますから、そちらに依頼を掛ければいいと思いますよ?」


 ところがその貴族夫人はわずかに顔を顰めながらこう言ったのである。


「私が平民に頼るのですか? ……それはちょっと……」


 つまり貴族たる自分が、平民の冒険者に魔物の討伐を願い出るのは、貴族の誇り的に出来ない、という話なのだ。私は唖然としてしまったわよね。


 冒険者ギルドは王立の組織で、ギルドの長は子爵か男爵相当の扱いを受けている。なので貴族が討伐依頼を出してもけしておかしいことはないのだ。


 しかし、どの貴族夫人も同じように「貴族である私が平民の冒険者に頭を下げるなんてとんでもない!」とお考えのようだった。


 私は呆れ返った。その結果、領地に魔物が溢れかえり、中には町をいくつも壊滅させられてしまったという貴族までいるらしいのだ。そんなつまらないプライドより、領地の臣民の方が大事でしょう!


 それでも、更にプライドの高い貴族当主に比べれば、貴族夫人の方がまだしも領地の領民の事を気に掛けているので、珍しく女性の身で魔物討伐の仕事を私が任されたのを幸いに、夫人たちが魔物退治を願い出てきている、という事らしいのだった。


 そういう事なら本職の冒険者、魔物退治のエキスパートとしては否やない。私は貴族夫人達からの聞き取りを元に計画を立て、王都の冒険者ギルド長を呼んで討伐を依頼した。


 ギルド長のアーノルドは私の話を聞いて目を丸くしていたが、やがて自分の禿頭を撫でながら苦笑して言った。


「なんだ。しっかり王族の仕事をしてるじゃねぇか。フィーレ」


 うっかり私を愛称で読んだ瞬間、私の護衛の騎士や侍女が一斉にアーロルドを物凄い目付きで睨み付ける。アーロルドはおおぅ……、となり、ソファーから下りて跪いた。


「失礼致しました。アリフィーレ姫」


「……いいから、お願いね」


 これでは彼と肩を組んで酒呑みながら歌うなんてもう無理そうね。


 他にも私は魔物情報を聞いた領地のギルドに手紙を出し、討伐を依頼した。手強い魔物の場合は他の町に応援要請を掛けたりもしたわね。話を聞いた貴族を覚えておけば、王国中を旅して冒険者として暮らしてきたのだもの、領地の位置関係は把握している。だから大した手間ではなかったわね。手強い魔物や珍しい素材が手に入りそうな魔物の話を聞くと、自分で討伐に行きたくなって困ったけどね。


 そんな事を一ヶ月もしていると、それで無事に領地に平穏を取り戻した貴族が増えて、彼らが何人も何人も私の元を訪問して感謝の言葉と贈り物をくれるようになった。私としては当然の事をしただけだと思っていたのだけど、これまではどうも、魔物の被害を誰に訴え出てもすぐには対処してくれなかったらしいのね。


 それが私は直接冒険者ギルドに手紙を書くのだから話が早い。あんまり速やかに解決したものだから、貴族たちは私が特別な便宜を図ってくれたのだと誤解したものらしい。それでわざわざやってきて高価な贈りものまで持ってきてくれたのだ。これは純粋に感謝の思いを表したというのもあるだろうけど、王族に特別な便宜を頂いたら、後でお返しにどんな無理難題を要求されるか分かったものではない、と考えたのもあるのだろうね。


 こんな風に私が働いている事はすぐに貴族の間では評判になり、私に相談を持ち込んでくる貴族は増えていった。夫人だけでなく貴族の当主も夜会の時などに私にお願いに来るようになったわね。


 国王陛下はお喜びになって「素晴らしい妃が来てくれた」と仰って下さった。私はまだお妃じゃないんだけどね。


 ロイルリーデ様は私が忙しく仕事をしていると、まだ若干不機嫌だったけど、私が各地から送られてくる報告書から珍しい魔物の話をお話しするとご機嫌を直された。献上された珍しい素材を研究室に飾ってご満悦だったわね。この人こういうところは全然変わらないのよ。


 そんな感じで私は王宮で「魔物討伐担当」の王族として急速に地位を確立していった。私としてはこのまま権限を増やして行動の自由度を増して、その内自分でドンドン討伐に出向けるようになるといいなぁ、なんて思っていたわね。


  ◇◇◇


 王宮で私が期待されている仕事はもう一つあった。


 それは剣術の指南役である。こちらは国王陛下に命じられたわけではなく、王国の騎士団長に頼まれたのだ。


 というのは、私は毎日は無理だけど、数日に一度は王宮に近接する王国騎士団の訓練所に行って身体を動かすようにしていたのだ。お嬢様生活ばかりしていては身体が鈍ってしまうからね。私は大剣聖なのだから、自分を強く保つのは義務なのである。それでなくても日常的に魔物と戦えなくなって実戦の勘はどうしても衰えているのだ。


 この訓練は国王陛下にもロイルリーデ様にも許可を頂いているわよ。ロイルリーデ様もこちらには文句を言わなかった。むしろ彼は、王族としての仕事よりも大剣聖としての訓練の方を優先すべきと思ってるらしい。訓練の見学にもよく来たしね。


 王国の騎士団は総勢二千名はいるらしい。この内、王都にいるのは五百人程で、もちろん最精鋭だ。騎士団への加入には貴族身分の外に実力試験もあって、そう簡単にはなれない。魔物討伐に駆り出される事もあるけど、彼らの仕事はもっぱら対人だ。王族の護衛、王都の防衛、王都周辺の盗賊の退治、勿論有事には外国の騎士と戦う事になる。


 実際、訓練場にはなかなか強い騎士がいたわよ。貴族出身者とはいえ、毎日戦う訓練をしているのだもの。雰囲気が冒険者に似てて粗野でね。ちょっと懐かしかったわよ。


 初日、私はドレスから品のいいブラウスとズボン。それとブーツという格好で訓練場に行った。訓練場は円形でかなり広い。周囲は城壁と魔法の強力な結界に囲まれていて、中では相当暴れても大丈夫である。実際、見ていると魔術師や魔法戦士が魔法をバンバン撃って訓練していたわね。


 騎士たちも剣で人形に撃ち込んだり、模擬戦をしたり、あるいは地道な筋力トレーニングに勤しんだりしている。この辺は冒険者の訓練場とほとんど変わらない光景だ。私にとっても馴染みやすい雰囲気だった。


 私がお付きの侍女や護衛の騎士を引き連れて入って来ると、訓練している者たちはあからさまに引いていたわね。それはね。こんな小さな普段着の女性が堂々とむさ苦しい男どもの中に(女性騎士もいないことはないんだけど少数だし、訓練場にはあまり来ないらしい。騎士とはいえ一応貴族女性だからね)堂々と乗り込めばそうなるでしょうよ。


 この反応も懐かしい。冒険者になりたての頃、あるいは地方に遠征に行って私の事を知らないギルドに行った時には良く受けた反応だ。口笛とか、下卑た笑いが起きないだけ流石にお上品である。


 変な注目を集めたままだと面倒なので、こういう時にする対処も大体同じである。さすがに冒険者時代みたいに「何見てんのよ! おう!」と因縁つけて喧嘩するわけにはいかないので、私は一人の強そうな騎士に向けて言った。当たり前だけど私は王族なのでこの中では最高位である。騎士団長にだって命令出来る。


「貴方。ちょっと相手をしなさい。肩慣らしに」


「は、じ、自分がでありますか?」


「そう。相手にはならないと思うけどね」


 フフンと鼻で笑うと、騎士はさすがに気分を害した顔をした。プライドは高いようだ。それは、誇り高い王国の騎士だもんね。


 私と騎士は訓練用の刃のない剣を取り、向かい合う。


「ぼ、防具は必要ないのでありますか?」


「要らない要らない。貴方こそ、鎧を着てもいいのよ?」


 着た方がいいわよ、とはさすがに言わない。失礼だから。騎士はそれでもムッとした顔で「では私も要りません」と言った。


 試合ではないので合図はない。私は相手が十分に身構えた事を確認すると、跳んだ。


 瞬きする間もなく間合いはゼロになる。騎士は全く反応出来ていない。こっちを見ていないもの。私は騎士の懐に飛び込むと、軽く剣の柄で騎士の腹をどついた。


 それだけで騎士はくの字になって吹っ飛び、転がった。私は呆れる。


「魔法防御をちゃんと展開しなさいよ。油断し過ぎ」


 騎士は返事をしない。完全に気絶してしまっている。ちょっと。あまりにも脆すぎるんじゃないの? 


「仕方ない。次はあんた。ほら、早く準備をして」


 私はそれから次々と騎士を指名して、模擬戦を行った。三人目からは完全武装させて、五人目からは三人掛かりにしたわよね。合計二十人くらいで品切れになった。それ以上は恐れて相手をしてくれなくなったのだ。


 私は全然本気を出してないんだけどね。汗もかいてない。鎧を着て槍を翳して三人で突入してきても、私の魔法防御を全然破れないんだもの。逆に盾と魔法防御全開で十分に備えさせても、私のパンチ一発で吹っ飛ばされてしまう始末だった。だめだこりゃ。訓練にならん。


「あんた達! それでも騎士なの! それで王国が守れるの? しっかりしなさいよ!」


 私はしまいには転がる騎士達にお説教してしまったわよね。ただ、騎士達の名誉のために言えば、彼らは別に弱い訳ではない。冒険者なら中級くらいには相当するだろう。十分に強いのだ。人外に強くなければなれない上級冒険者には及ばないけど、それはまぁ仕方がないわよね。


 ただ、戦い方が正直過ぎるのが気になった。要するに実践経験が少ないのだろう。力を受け流したり、逆に集中する事で強い防御を突破する技はなかなか訓練では身に付かないしね。


 この事があって、後日私は騎士団長から騎士達の訓練をお願いされたのだった。大剣聖が騎士の指南役になるのはよくある事である。ただし、大剣聖が王族、王太子妃(の婚約者)になった事などないから、その立場で指南役を引き受けていいものかは分からなかったけどね。


 騎士団長だけでなく、騎士達からも強くお願いいされた。やる気はあるようね。私も訓練場に行った時に相手をしてくれる騎士が弱過ぎても困るから、国王陛下とロイルリーデ様の許可を取って、指南役を引き受ける事にした。


 私は騎士達に向けて、にっこり笑って言ったわよ。


「引き受けてあげますけど、後悔しないでくださいませね?」


 ……私の血反吐吐くようなスパルタ訓練を受けたおかげで、王国の騎士達の実力が大きく上がるまでに時間は掛からなかったわよ。

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― 新着の感想 ―
ギルド長は睨まれても仕方ないと思う。 あの場は王族(仮)から王国として公式かつ正式に仕事を依頼をしている場、いわば公の場だからね。ギルド長が依頼を受理して、姫様がそれではお茶でもしましょうかと言って、…
 趣味の収集に関する事だけでなく、伴侶と過ごす時間も増やしたいと本心で思い、直談判や仕事片付けまでして捻出する王子様……。愛されてますなあ。  丁寧な応対で、ガテン系じみた冒険者たちと異なる良さを発…
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