16 リコルドサイド
午後の授業の終了ベルが鳴り終わるやいなや――僕はアルに拉致された。
寮の部屋へ引きずり込まれ、お茶すら出されないまま肩をつかまれる。
「リモーネに、ランチを別々にとりたいと言われてしまった! どうしたらいい!?」
「は? どうしたらも何も、別々にとればいいんじゃないか?」
「そんな! これまでずっと一緒だったのに!」
……何を言ってるんだ、こいつは。うろたえるアルにイラっとする。
「……分かってないのか? お前は、リモーネに婚約解消を申し込んだ立場だぞ? いつまでも彼女をお前に縛り付けておけるわけないだろ」
「そ……れは……」
「婚約を解消された以上、リモーネには新しい婚約者が必要なんだ。お前はもう彼女とは他人になるんだから、二人きりで会うこともできなくなるだろうよ」
「そんな……」
「――お前がそれを望んだんだろ?」
「違うっ!!」
違う! そうじゃない! 私はそんなこと、望んでいない!
アルが必死に否定する。その矛盾した態度に、更に苛立ちが募った。
「……じゃあどうしてリモーネに婚約を解消したいなんて言ったんだよ! お前、この間からリモーネのことばっかりで、メーラ嬢のことなんて少しも考えてないじゃないか! 本気でメーラ嬢と婚約する気あるのか?」
「……メーラ嬢と婚約なんて、するつもりはない……」
「はぁぁぁぁ!?」
何!? 何なの? 何言ってんの、こいつ!
「お前がメーラ嬢のこと好きになったから、リモーネに婚約解消したいって言ったんだろ!? 今更リモーネが惜しくなったのか? 最低だなっ!」
僕が吐き捨てるように言うと、アルの顔が歪んだ。
……傷つけたいわけじゃないのに、自分の気持ちが治まらなかった。
アルもリモーネも、僕にとって大切な幼馴染で。二人が仲良くしているのを見るのが好きだった。結婚式では絶対僕がスピーチをするんだと楽しみにしていたから、アルの心変わりがショックだったんだ。
「……だって、目が追ってしまったんだ……こんなの、浮気じゃないか……」
「え?」
「初めて、リモーネ以外の女性を目で追ってしまったんだ! そうだよ! 私は最低の浮気者だ! 一瞬でもメーラ嬢のことを、可憐だと思ってしまったのだから!」
「ん? いや? ちょっと待て?」
え、浮気って、目で追っただけで? それって浮気になるのか???
……何だか嫌な予感がする。
「……なぁ、アル。お前、どうして自分がメーラ嬢に恋していると思ったんだ?」
「……生まれて初めて、リモーネ以外の女性を可憐だと思ってしまった……。笑顔が素敵だと思ったら、つい目で追いかけてしまって……」
罪悪感で押しつぶされそうな表情で、アルが苦しそうに語る。
いや、うん、それってつまり。ただちょっと気になった異性をチラ見しただけなのでは?
……割とよくあることだよな?
恋人や伴侶がいても、舞台役者に熱を上げるような、そんな感覚。
「え? お前、その程度なの? その程度の感覚で恋とか言っちゃってんの?」
「その程度というのがどの程度なのか分からないが……。私はこれまでの人生でリモーネ以外に目移りなどしたことはなかった! だからこれが恋というやつなのかと思って……」
「えええぇぇぇ~~……」
嘘だろ。可愛い子がいたら、恋人がいたってちょっとくらい目を向けるのが普通じゃないのか? それは心変わりでも何でもなく、ただちょっとあの子可愛いな、と思うだけの感覚で。むしろ、これまでの人生でそれが無いって……こいつどれだけリモーネを溺愛してるんだよ!
「じゃ、じゃあお前、最初からメーラ嬢と付き合うつもりは……」
「そんな具体的なこと、考えたこともない。私はただ、こんな浮気者の自分からリモーネを解放しなければと思っただけだったんだ……。でも、リモーネが私とメーラ嬢の仲を取り持とうとしてきて……つい話を合わせてしまって……」
あー…なるほど。こいつは別にメーラ嬢とどうこうなるつもりは全く無く、ただリモーネの幸せを願って婚約解消しなきゃならないとおかしな暴走をしたのか……。
で、それを聞いたリモーネもまた、アルのためにと暴走してるわけだ。
それが、互いの足を引っ張り合っているとも知らずに。
なんだか一気に力が抜けてしまった僕は、とりあえず重要なことを伝えた。
「アル……すべてが間違ってる。お前が本当に恋をしているのは、メーラ嬢じゃなくリモーネだよ」




