10 オルカサイド
リモーネ・テルペンとの最初の出会いは、魔法学園入学二日目の放課後だった。
「ねぇ! あなた、オルカ・マーレさんでしょ? 私はリモーネ・テルペン。いきなりだけど、私と一緒に魔法陣研究部を立ち上げない?」
「はぁ?」
いきなり至近距離で話しかけられ、驚いた。彼女は第二王子の婚約者らしいと噂されていて、学園では有名だったからだ。艶やかな長い黒髪をなびかせ、黒曜石のように煌めく瞳を持つ彼女はかなりの美人で、多くの男たちの目を攫っていたわけだが、本人はそんなことに気付いてはいなかった。
「この学園、魔法陣の研究部が無いのよね。だから新しく作ろうと思って。オルカさんは空間収納魔法安定化の魔法陣を開発したんでしょ? きっと魔法陣の研究をずっとしていると思ったから声をかけてみたんだけど、どうかな?」
侯爵令嬢のくせに、やけにフレンドリーに話しかけてくる彼女に、俺は困惑した。
いくら学園内平等と言っていても、平民と肩を並べることを不満に思う貴族も少なからずいるというのに。
「まあ……魔法陣の研究は俺、いや、私のライフワークですから。研究部を作るというなら入らせてもらいたい……ですが」
「ほんと? 良かった! これで三人目ゲットだわ! あ、同じ研究部の仲間である私には敬語とか使わなくていいから。同じ魔法陣オタクとして、熱いディスカッションを交わしたいんで!」
にっこりと笑ってそう言う彼女に、俺は更に驚いた。平民にタメ口許すとか、マジか。
不思議な女だと思いながらも、俺は魔法陣研究部に入ることを承諾した。
その後、ランチアを紹介され、俺たちは何だかんだ同好の士として仲良くなった。三人とも魔法陣に関して相当なオタクであったため、白熱した議論などをしているうちに戦友のような気持ちが芽生えたのだろう。他の貴族には取り繕うが、二人に対しては基本タメ口だし名前も呼び捨てとなった。二人もそれで喜んでいるので、やはり貴族としては変わり者なのだろう。二人はいつしか俺にとって大切な友人となった。
ある日、初めてリモーネが第二王子と一緒にいるところを見た。
第二王子は噂通りキラキラしていて、リモーネと並んでいると美男美女でお似合いだった。見ているだけで仲の良さが伝わってきて、なるほど第二王子狙いの女もリモーネ狙いの男も、これじゃあ諦めるわけだなと納得した。
卒業したら婚約して、すぐに結婚するのだろう。結婚式には出席できなくても、お祝いくらいは贈れるだろうかと考えていた俺に、まさかの知らせが飛び込んできた。
第二王子の心変わりで、リモーネが婚約破棄されたと。
婚約が仮だったことや、リモーネへの配慮などを説明されて落ち着いたが、もしも第二王子がゲス対応していたら、俺は間違いなくヤツの顔面に拳を叩きこんでいただろう。
だが、俺にはどうも第二王子の心変わりというのが怪しく感じるのだ。
挨拶を交わしただけの相手を好きになったというが、それは本当に恋なのか?
リモーネに新しい婚約者を斡旋するとか言っているが……俺は第二王子がリモーネに近づこうとする男を睨みつけているところを見たことがある。リモーネはシスコンが重いと言っていたが……果たしてそれは妹に対するような感情なのか?
色々と腑に落ちないことが多い中、ランチアからいきなりリモーネの婚約者になれと言われて、思わず強い勢いで拒絶してしまった。
しまった、と思ったが時すでに遅く、リモーネに睨まれてしまった。
別に俺はリモーネのことが嫌いなわけではない。ただ住む世界が違い過ぎると言いたかっただけなのだが、逆に俺の貴族へのイメージが打ち砕かれた。
夜な夜なパーティでダンスしているわけじゃないんだな。マナーも簡略化されてるのか。
……ほんの一瞬だけ、侯爵家に婿入りしている自分というのを想像してみた。
いやいやいや。無いだろ。無い……と思う。
他に候補がいなかったら考えてもいいだなんて、つい上から目線で答えてしまったが、逆だ。
俺には彼女は高嶺の花過ぎる。
そう言おうかと思ったが、ぶすくれてるリモーネが面白かったのでそのままにしておいた。
大丈夫、お前は引く手あまただよ。